Sense194
最近は、タクに連れ出されたり、セイ姉ぇに連れ出されたりと外回りのプレイが多かった俺は、集中するためにアトリエールの工房部に籠っている。
誰か来ても、居留守を使う。用事がある時以外は、工房の外に出ない。面倒事は他人に回す。よし、と強い意志で決意し、工房部に貯められた手付かずの素材を並べる。
火山地帯の炎熱油とヌメリコケ、そして先日採取したコカトリスの血や潜影の血液などのエレメントクリームの素材。
火山地帯や洞窟、グランド・ロックの採掘ポイントから得た宝石の原石。
火山地帯で採取し、アトリエールの畑で栽培したカルココの実。
最後に、これは俺が直接採取したわけじゃないが、マギさんから少量のサンプルとして以前話していた砂結晶というアイテムを譲ってもらった。
大きめの麻袋に濁った乳白色の粒の大きな砂が一杯に詰まっているのは、どう見ても少量ではないが、足りないよりは良い。
これから数日から一週間を掛けて行うのは、これらの素材を使った活用法の研究や本や図書館などで手に入れたレシピの再現と工夫だ。
「まずは、どれからやるべきか……」
出先でのインスタント調合よりも工房ではより細かい分量を決められるが、特に急ぐことはない。
そろそろミュウが痺れを切らしそうなビーズ・アクセサリーを重点的に作業して、その合間にカルココの実でのとあるレシピの再現をすれば良い。
カルココの実のレシピは、急いで作る必要はないためにゆっくりと出来る。
まずは、アクセサリー作りからだ。
空いた時間に細々と作ったビーズ状の素材とクロードから融通して貰った強靭な糸。この糸にビーズを通して、糸の結び方で様々な形に作ることが出来るが、今回は、メインとなるパーツが出来ていない。
鉄を成形して色々な形を作ってみたが、どうも子供っぽさが抜けないために、代わりに宝石を加工して作ろうと考えた。
宝石の原石を一つ一つ丁寧に研磨し、カットを施していく。ただ、今回はマジックジェムでは無くアクセサリー用であるためにやや小さめに削り、そして、糸を通す宝石用の台座に嵌め込んでいく。
鉄と銀の二種類の台座には、スピネルやアメジスト、トパーズが透き通る美しさがある。
また、洞窟で取れたキャッツアイやターコイズなどの独特の模様や不透明な宝石もまた別の美しさがある。
両方を見比べて、宝石のような光の反射を持つ石よりも不透明な宝石の方がビーズ・アクセサリーには良さそうだと感じ、それ以外を一度仕舞う。
「でもなぁ。俺の趣味かもしれないけど、ミュウには合わないよな」
自分の作りたい物を作っていれば楽だが、今回はミュウ自身が使う物を頼まれたんだ。ミュウが使っても可笑しくないデザインを考えないといけない事に気がつき、溜息が漏れる。このパーツも個人的には好きだけど、ミュウの白を基調とする姿には悪目立ちする。
宝石のような煌びやかな色でも原色の宝石でもない。澄んだ控えめなアクセントが欲しい。
「やっぱり、これを使った方が良いかな。溶かせば、ガラスみたいになるベース素材だし」
砂結晶を溶かして、成形すればそれで簡単なガラスになる。
試しに、細工に使う高熱炉に砂結晶を入れた坩堝を入れて、超高温で熱する。すると中の結晶が溶けだし、液体になる。
「……ここからどうするか考えてなかった。」
ゲームの作業とは言え、一般人の俺には、ガラス細工の知識などない。自分が作ったとはいえ、目の前に超高温のドロドロのガラスがあってもどうすれば良いのか判断が出来ない。
「ガラスって棒に付けて、吹いたり、形を整えたりするよな」
腕装備の手袋が手を保護しているために、躊躇いも無く金属棒を坩堝の中に差し入れ、軽く掻き混ぜてから掬い上げると、金属棒の周りに水飴のような粘性の持ったガラスが纏わりつく。
それは糸を引き、赤々とした色を持っていたために慌てて棒を回して歪な球体にする。
「これは……ガラス玉と言うよりトンボ玉だな」
出来上がったのは、歪なガラス玉のくっついた金属棒。普通なら引っ付いたままのガラス玉も熱を持った赤が抜け、完全な無色透明なガラス玉が出来上がった。
リアルではあり得ないほど熱の冷めが早いガラスを触れてみれば、金属棒からポロリと零れ落ちるように外れる。
「最初だからこんな物か?」
歪なガラス玉をランプのオレンジ色の光に翳して、ガラス越しに光を見る。
屈折した光と気泡の含んだガラスが内部で屈折と反射を繰り返し、偶然の産物としての美しさがある。
「まぁ、無色透明な素材だけってのも味が無いよな」
染色用のアイテムを取出し、作ったガラス玉に使用するが、色は定着しなかった。
インク壺のような各色の染色アイテムが適応されない事に首を捻り、まだ坩堝に残る液体のガラスへと使用し、金属棒で掬うと単色のガラスが生まれた。
色合いは、染色アイテムのそのままの単色。ガラス細工特有の透き通る色合いとは違い、不透明な色。ここは、改善の必要が有りそうだ。
「にしても……透明度の高い色ガラスってどうするんだ? 産地によっても変わるのか?」
いや、それはリアルな話だ。だが、リアルでの色ガラスや陶器の釉薬は、原料の砂に微量の鉱石が含まれているために出る色合いだ。だから、使われる土によって色合いが変わる。
「鉱石か……余り気味の鉱石でも使って見るかな?」
坩堝の中のガラスを全てガラス玉へと変えて、保存し、空になった所に新たな砂結晶を加える。
そして、それとは別に鉱石やインゴットを粉砕し、粉末にする粉砕機で最近使う機会の減った銅インゴットを砕き、粉にする。そして、粉になった銅インゴットを目分量で少しづつ加えて混ぜる。
赤々と熱と光を発するガラスに様子が分からないが、一度粉を加える手を止めて、金属棒で掬い上げる。
「……金属を入れ過ぎたか。色が濃すぎる」
出来たのは、黒に近い濃緑色のガラス玉。だが、方向性は間違ってないはずだ。
ただ、再び多く出来上がったガラスをガラス玉にする以外にも使い道がないか、首を捻る。
「ガラスって何かに定着させるのはどうだ?」
例えば、リングをガラスでコーティングする。今まで練習で作ったリングの一つを取出し、中の穴に金属棒を差し込み、そのまま、液状ガラスの表面をなぞる様にリングの表面に付けて行く。感じとしては、林檎飴を作るような感じだろうか。
ただ、多すぎず、少なすぎない様にガラスのコーティングをして、最後に表面を整えるために、金床の上でリングとその表面のガラスを転がして、均一にしていく。
熱い、変形しやすい間に整えなければいけないので、意外と速さと正確さが必要になる作業だったが、冷えて出来上がった濃緑色のガラスコーティングのリングを眺める。
夏祭りの屋台や出店で売っているちょっと安っぽいリングだが、これはこれでまた味がある。
ガラスに混ぜる金属で色を調整が出来るし、何より変化前と後でアクセサリーの性能が若干変化している。
ただMINDの数値が一ケタ程度の上昇だが確実に上昇している。
坩堝も複数加熱できるだけの設備もあるし、マーブル模様のガラスなんかは、綺麗だろうな、と勝手に夢想してすぐに頭をふる。
「本来の目的は、モンスター素材を使ったアクセサリーだろ。なんか、どんどん別の方向に進んでいるから」
これはいけないな。と思い、一度全ての作業を中断して、考えを纏める為のノートに向き合う。
研究は始まったばかりだ。
モンスターの素材を削りだし、ビーズ状にしてアクセサリーのパーツに出来る。
砂結晶をベースに粉末状の鉱石を加えて、色付けが出来る。
ガラスは、アクセサリーとも組み合わせが可能で固まる前なら非常に柔軟。
「と、こんな所か。……モンスターの素材にも鉱石的な物はあるよな」
例えば、骨や角、牙、昆虫の甲殻などの素材は、カルシウムで構成されているなら、鉱石とも言えなくはない。地球には虫の体液を染料にする地域があるほどだ。
次は、染料に適したモンスター素材の選別。
モンスター素材を使ったガラス玉をアクセントにしたビーズ・アクセサリーを作る。この手順で進めよう。