Sense193
リーリーに言われて、久しぶりにその存在を思い出した。
以前イベントで手に入れた追加効果を十五個装備できる弓・ヴォルフ司令官の長弓を思い出す。
と、言うよりも気になるのは――
「リーリー。何時来たんだよ」
「今さっきだよ。マギっちに伐採用の斧と武器の短剣のメンテナンスの受け取り。それより面白そうな話してたね」
そう言いながら、マギさんからピッケルと同じ黒鉄製の斧と綺麗に磨かれた二本の短剣を受け取って、子どもっぽい満足げな笑みを浮かべて、頷いている。
流石、マギっち! 良い仕事! と褒めるリーリーとそれを嬉しそうに片手間だけどね、と謙遜するマギさん。
二人の挨拶も終わって俺の方に向く。
「それでユンっちは、どうする? 魔改造素材に使ってみる?」
「まぁ、それで判別できるなら。と言うより良く思いついたな。リーリー」
「僕も魔改造素材で未確認の素材効果をチェックしてるから。差し詰め――素材チェッカーって所かな」
タクは、隣でそれ本来の使い方と違うだろ! と激しいツッコミを入れるが、まぁ使い道としては間違っているだろうが、これも一つの使い道だよな。と納得している俺が居る。
「だよね~。僕としてもあれば嬉しいけど、使い道があんまりね~。それで僕が強化するけど、どうする?」
「じゃあ、お願い」
リーリーに魔改造素材・ヴォルフ司令官の長弓と強化素材・陸皇亀の甲羅片を渡して推移を見守る。
とは言え、それ程時間を置かずに強化の終わった素材をリーリーから渡されて、三人より先に武器のステータスを開く。
ヴォルフ司令官の長弓【武器】――弓の名手にして獣人の司令官・ヴォルフの使っていた長弓。
ATK+25 追加効果:対空ボーナス、支援効果(攻)
新たに追加された効果は【支援効果(攻)】だ。対空ボーナスは、タクとその他筋肉な登山家二人と一緒に倒したユニークMOBのドロップで強化したものだ。
そして、今回追加された【支援効果(攻)】の内容なのだが――
「新しい追加効果は、支援効果(攻)――戦闘している仲間全員の攻撃を上昇させる、ってある」
「それは随分と補助的でありながら実用的だな」
手に持った魔改造素材から顔を見詰めて、素材を手に入れたグランド・ロックを思い出す。
あの咆哮と共に狂暴化するMOBたちは、暴走や怒り、混乱のような状態異常を受けたと思っていたが、グランドロックから支援効果も受け取っていたのかもしれない、と。
ふと、顔を上げると三者がそれぞれ違う表情をしている。
タクは思案気な表情で弓を見詰め、リーリーは俺にキラキラと輝いた目を向ける。マギさんは、ちょっとニヤついた笑みを浮かべている。
「ユン。これの効果範囲とか、どれくらいの上昇値か分かるか」
「いや、分からない」
「これがレイド級の敵に対してなら、あれば良いよな。後は、重複するのかとか色々と調べて適所に……」
一人自分の世界に入り込むタクは放置するとして、俺の服の袖を軽く引っ張って聞きたそうにウズウズしているリーリーに顔を向ける。
「どうした?」
「その強化素材、凄い欲しい。何処で手に入れたの? 他にも持ってない?」
「あ、あーっと……」
少し考えて、この情報は俺の有利になるかを考えたが、別に話して良い内容だと判断した。俺の薬師としての分野が脅かされないだろうし。
「えっとね。グランド・ロックってMOBの背中に採掘ポイントがあってそこで手に入れたんだよ」
「グランド・ロック?」
「リーリーは、北側には興味無かったよね。木材とかの素材が多い、南や東の方に偏ってるから」
マギさんが少し時間を掛けて通過する洞窟とその奥の平原。そこの構成MOBと超弩級大型MOBのグランド・ロックの事を話して、納得したようだ。
「ちょっと手間だね。僕が欲しいのにユンっちに入手を頼むわけにも行かないし……」
「今回は、運よく入手して帰れたが、そもそも自力でそこまで行けるセンスを取得しないと。または、採掘できる人にその情報を流して取ってきて貰うとか」
「ユンっち、それ難しいよ。だって僕の所で支援効果を欲しがるのは、杖とかの後衛職。後衛職は、採掘を持たないし、そもそも【登山】ってマイナーなセンスは取らないよ」
だよな。俺も無理矢理取らされた形で【登山】を手に入れたのだ。ゴミセンス、不遇センスよりはマシだがやっぱり不人気に近いセンスだ。
「だから、今回は、自分で取りに行くよ。だから【登山】センスのレベル上げの仕方を教えてほしいな」
「リーリーは、その前に【採掘】のEXスキルを手に入れなきゃダメじゃないの? あとは、私も欲しいし、出現率の詳しいデータを取りたいから私も【登山】を取得したいな」
「俺は、教えるのは出来ませんけど、俺に教えた人なら多分大丈夫じゃないですか? あの二人なら登山人口増加のために日夜山と格闘していますよ」
と、言うよりも偶に消耗品の補充や武器、防具のメンテナンス以外は、全て山の周辺に居るような二人だ。山肌に腰かけて【料理】センスで即席に作った登山料理を食すなんて事を聞いたことがある。リアル登山さながらの装備制限をしながら、武器は棍棒や鎖分銅など使う肉弾戦闘を軽く出来る二人だ。強い云々よりも迫力があるリアル山男どもだ。
「じゃあ、ユンっち。仲介してくれる?」
「ちょっと待って。……今は、ログインしてないみたい。双方がログインしている時に連絡するからそれで良い?」
フレンドリストの欄からログインの有無を確認したが、今は居ない様だ。
「じゃあ、それでお願いね。さぁ、リーリーは、その前にEXスキルを入手しないと」
「じゃあ、予定決めちゃう? 三日後で予備日に五日後で良いかな? 登山を教えてくれる人がその時間帯に入ったら、予備日に取得すれば良いし」
リーリーとマギさんは、二人で簡単なスケジュールを整えていく。VRだとこうした時間調整が必要であるために、結構管理も重要になる。
「それにしても、そこに居るだけで味方の強化が出来るってのは、凄いよな。やっぱりユンは、一パーティーに一人欲しい」
「何だよ。その一家に一台みたいな言い方。けど、言うほど効果は高くないと思うぞ。エンチャントに比べれば、少ない上昇率だと思うぞ」
深い思考から戻って来たタクのボケに早速ツッコミを入れるが、その会話にマギさんやリーリーも参加してくる。
「ユンくんが居ると何もしなくてもパーティー全体に影響を与えるとは、これはご利益ありそうだね」
「ユンっちのご利益は、凄く有りそう。拝んでおこう」
「リーリーは、拝むな!」
二礼二拍手一礼の綺麗な動作で拝むリーリーに、俺は神仏か、ツッコミを入れそうになるが、ちょっと待て、タクが反論の声を上げる。やっぱり、こういう時は、頼りになる親友だ。
「ユンの場合は、より味方に対して過保護になったって考え方なら、ここはあの二つ名も」
「ああ、あれね」
「「「――保母さんだ」」」
「傷を抉り返すな!」
忘れたかった事を久々に思い出して、またダメージを受ける。
その後、話はすぐに終わり宥められて終わったが、ダメージは意外に残っていた。
保母さんだの、神様だのは、もう良いと半ば諦めてその日は、ログアウトする。