Sense190
グランド・ロックに登れ。タクは確かにそう言い、俺は巨大な陸亀を目指す。
しかし、それを阻止するように敵が上空、地上、遠距離より俺へと攻撃してくる。
「ちっ、【付加】――スピード!」
速度を強化し、山羊の遠方より放つ魔法をタイミング良く躱す。しかし、その後、襲ってくる上空よりのカマイタチは、背中に受けて、衝撃に流されるように避ける。
「このレベルの敵だと進行方向予測してやがるな」
タクに合わせて動いていたために、タクと同じタイミングで避けていたが、一人だと焦って単調な避け方になる。そして、敵は、その単調な動きから予測地点に攻撃を落として来る。
「……緩急つけて、一瞬で加速!」
唱えるようにエンチャント状態の七割の速度で走り、敵を観察しながら、攻撃モーションの入った所で、一気にトップスピードへと持って行き避ける。
山羊の魔法を避けながら、次に来る牛の群れを見る。タクとエミリさんの三人で居る時より襲ってくるMOBの数は減った。だが、襲ってくる数が減っただけで、更に上空、または遠方には大量のMOBが控えていた。
「これが、俺の避けられる限界数って事か」
プレイヤー一人で相手取れるギリギリの数が襲ってくることに、困難だが生き残らせる配慮を感じた。まぁ、貧弱な俺は、下手に避け損ねれば、すぐに圧殺されそうな状況なのだが。
「っと、考えてる余裕もないのかよ」
次は、右側から俺の進路を遮る様に牛が横断してくる。ここで走り抜けられなければ、グランド・ロックまで時間を掛けて遠回りする事になる。なんとしても走り抜けなきゃ。
緩急のために落とした速度を一気に上げて、牛より早くに走り抜けたい。だが、間に合わないと判断してなお速度を緩めないで、跳ぶ事を選ぶ。
「――【クレイシールド】!」
自分の真下にマジックジェムを配置し、せり上がる土壁を足場に大きく跳ぶ。そして、背後を振り返り――
「――【ゾーン・ボム】!」
空中で次の攻撃を仕掛けようとしたコカトリスの集団を爆撃する。また、密集する集団での連鎖の余波を背中に受けて、飛距離を伸ばす。【空の目】の範囲拡大と魔法の使用で長いスキルの待機時間が発生するが、グランド・ロックまでの距離が稼げたと考えよう。
「良し、成功! あとは逃げる!」
その後も追跡してくるMOBを緩急や急停止、急加速。または、低級魔法を小出しにしながら逃げ続ける。
進行方向は、真っ直ぐでは無く、ジグザグと避けながら走っているために、最短距離より時間は掛かったが、グランド・ロックの近くまで来ることが出来た。
「……モンスターたちが引いてく?」
グランドロックの側まで近づいた俺は、急に静かになるのを感じた。ずりずりと地面を引き摺り、地響きを上げるグランド・ロックから一定距離を近づかないのだ。
余り下手に近づくと尻尾や足で踏み潰されそうだし、距離を取っていてもうっかり離れすぎたら、また襲われそうだ。
そして、コカトリスの飛び出した背中の大岩には、MOBも居なさそうだ。軽く並走しながら、センスを整え、グランド・ロックの背に飛びつく。
「意外としっかりしてるんだな」
断続的に発生する移動による振動に振り落とされないために、しっかりと大岩を握り締める。
登山用の装備で大岩に楔を打ち込み、落ちない様に固定する。そこから十数メートル進み、小さなスペースを見つけてそこに座る。
「やっと安全な場所に辿り着いたな。それにしても、どうなってるんだろうな。これは」
オブジェクトと思ってた小山は、実は超弩級大型MOBだったり、それと連動するようにMOBたちが暴走し始める。
「全く、こういう情報は事前にくれよな。じゃないと不測の事態に対応できないだろ」
とは、言う物の少しして別の考えが浮かぶ。最前線や攻略組なんて呼ばれる人は、そんな情報なしで足を踏み入れるんだ。だから、情報など無いのが当たり前だと思った方が良いな。
「それにしても、何時までこの騒動は続くんだ?」
【空の目】の遠視能力で見るに、まだ収まりそうにない。
手を組んで、そこに顎を乗せて考える。今の状況は、かなり限定的な状態異常に近い。他者を操作する魅了か、それともアーツや魔法が使えた事から怒りの状態異常。もしくは、その上位の状態異常か。
「はぁ、考えても仕方がないな。少しこの周りを調べるか」
ただのオブジェクトじゃなくてMOBなのだから、何らかの意図や役割が存在する。こんな巨大な敵を倒せ。なんて意図じゃないはず。それに、背中の岩山に登って、本体から攻撃が無い事からメインは背中にあるはずだ。
「さて、何が出る事やら」
登山用の装備とベルトのホルダーに包丁と小型のピッケルを持つ。
グランド・ロックの背中に何があるかを探し出すために、岩肌に手を掛けて、登り始める。
時折来る揺れ以外にMOBが襲ってくる訳でもない。ある程度の感覚で休憩出来るだけのスペースがあるために、休憩と登攀を繰り返す。
「それにしても、高いな。大体三分の一くらい登ったか?」
全体としてはまだまだだが、十分な高さまで登って来た。以前、登山プレイヤーのイワンが滑落した高さと同等だろう。落ちても死ぬことは無いが瀕死。もしくは耐久値の関係で俺なら死ぬ可能性もある。
「これ以上登ると帰る時に大変だし、このあたりでサンプルを集めるか」
俺の読み通り、背中には、多数の採掘ポイントが存在した。
足場のある比較的採取のしやすい場所や飛び出した岩下にある危険な採掘場所まである。
「比較的近場の採取に留めるか」
近場だけでそれなりのポイントが存在するが、この岩山の頂上には何があるのか。見てみたい気持ちはあるが、登り切る準備もなしに行う無謀はしない。
そして、更に俺はここが一筋縄では通らない事を体感した。
「硬っ、と言うよりピッケルが壊れた」
足場の比較的安定した場所で命綱を着けての採掘作業。ピッケルを突き立てる場所が異様に硬く、また採取出来るアイテムは、かなり少なかった。残っているのは、手持ちの小さなピッケル一つ。それも使い潰す覚悟で足場の不安定な場所でも採掘し、最終的に十五個の未鑑定の鉱物を手に入れた。
いや、十五個しか手に入らなかった。という事実だろう。
そして、眼下に広がる騒動が徐々に沈静化し始め、遠くでは白い塊がグランドロックの中腹から頂上付近へと帰っていくのを見た。
グランド・ロックの動きも徐々に収まり、そのタイミングでタクからフレンド通信が入る。
『ユン。無事か?』
「ああ、なんとか、グランド・ロックに取り付くことが出来た」
『俺たちも無事に平原の外に出れた。もう、降りても大丈夫だ。MOBもアクティブからノンアクティブに戻ったから手を出さなければ襲われることは無い』
「分かった。あと、色々と喋って貰うからな」
通信の向こうでは、乾いた笑みを浮かべるタク。容赦はしない。