Sense188
無事、洞窟入り口まで辿り着いた俺たちは、覗き込む様に下を見ると登るのに慣れない人たちが苦労しているのが見られる。
「やっぱり、本気で飛行MOB作ろうかしら。一回の運搬でお金取れば、結構儲けられそう」
「……エミリさん、それって本気?」
「本気よ。【素材屋】って二つ名があっても所詮は、生産職向けの素材の合成と錬金がメインだから収入は、そんなに儲けは無いのよ。それにMOBを作るのに大量の素材が必要で買い揃えるにもお金が掛かるし」
はぁ、と溜息を吐き出す。エミリさんも金欠気味か。分かる、その気持ち。俺も金欠だったし、今では店の売上で収入が安定しているが、未だにメインの稼ぎは委託販売だ。今あるお金も店の維持費や畑や店、生産道具の増設するための貯金、装備の修理費などである。
「確かに、一人五千Gでもパーティー六人なら三万Gは稼げる。あそこにいる人全員を運んでも二十五万Gくらいになるんじゃないのか?」
「でも、これって一過性の物でしょ? 継続した儲けじゃないなら、稼ぎは少なくてもセンスが成長できる方法を探すわ」
「まぁ、そうだよな」
「二人とも、何時までもそこに居ないで洞窟に入るぞ」
タクに声を掛けられて、洞窟の中に入り込む。先頭を歩くタクの掲げる光源のランプで数メートル先を照らすが、【空の目】の暗視能力がその奥まで見通す。
闇の中に光る緑色の瞳と壁や天井を這う様な姿。
「気を付けろよ。動きは遅いけど、一瞬で跳びかかって来るから」
「なんだ。あれは」
「ダイバー・テイル。闇の中に潜り込んで、いきなり襲ってくる。影に逃げ込まれたら魔法でしかダメージが通せないから、剣士はカウンター狙いが基本だな」
数は結構多いが、動きは少ない。それに壁には、鉱石の採取ポイントがあるのか。
「じゃあ、倒しながら鉱石の採取するか。素材はあっても足りない事は無いし」
「おいおい、俺としては相性の悪い相手だから守りながらはキツイって。ユンは魔法メインで戦えないか?」
「それなら私が掘るからユンくんが魔法主体で二人で守ってくれれば良いんじゃない?」
入り口付近は、敵が寄ってこないが、それでも少しでも踏み出せば襲ってきそうだ。
「俺は、素材の採取が出来れば、それで良いよ」
「じゃあ、その方向性で。ただし、全部の採取ポイントは回れないぞ」
「私は、発見系のセンスは無いから見つけた奴だけにするわ」
話が纏まった所で俺たちは、洞窟の中に入る。早速、二つの採掘ポイントを見逃して勿体ない気がするが、それを見送って二人の後に続く。
駆け足の速さで走り抜ければ、すれ違ったダイバー・テイルは、僅かに俺たちを追うだけでしつこい追跡は無さそうだ。どうやら、リンクする範囲が狭く設定されている様だ。
「ここにポイント!」
「じゃあ、俺とユンが守るから手早く頼む。ユンは右側」
「了解! 【付加】――アタック、ディフェンス、インテリジェンス」
タクの指示を受けて、俺はエミリさんに背を向けて、武器を構える。狭い場所で厄介な敵を相手に弓では不利と判断して、一対の包丁を取り出す。
ずっしりと重い黒の肉断ち包丁・重黒を構えて、相手が跳びかかって来る前に、こちらから攻撃を仕掛ける。
「――【ロックバースト】」
地属性の魔法【ロックバースト】。目の前に生み出した岩が砕けて散弾の様に飛んでいく魔法で仕留めに掛かるが、ボムより威力は高いが、確実に仕留めるには威力が足りない。
普段は、魔法を控えた戦い方をしていたが、この時ばかりは魔法のレベルも上げとけばよかった。と後悔する。
エンチャント込みのロックバーストは、特に狙いを定めなかったために、ダメージを受けた個体と受けていない個体が居る。こういう所も使い辛い所かと思いながらダイバー・テイルが襲ってくる。
咄嗟に、右手の包丁を前に掲げ、受け止めると包丁に噛みつくようにして実体を現す醜悪な猫。
釣りあがった狂暴な目と棘の生えた太い尻尾。黒と灰色の斑模様の猫を組みついた包丁を力いっぱい振り回して、壁へと投げ捨てる。
その行動で宙を舞う様に離れ、壁を蹴って地面へと潜り込んだ猫に、今のは、上手くいかなかったと感じる。
続いて、二匹同時に襲ってきた猫を右で受け止め。左で叩き切る様に斬り伏せる。
肉断ち包丁が重い抵抗感を持って振り抜かれ、地面に叩き付けられる猫。最初のロックバーストの影響もあり、この個体は、今の重い一撃で倒せたが息の吐く間もない位、猫たちが襲ってくる。
「っ!? 二体以上は捌けない! ――【ゾーン・ボム】」
同時に跳びかかってきた四体が小規模の爆破に包まれ、爆破を突破してきた内の二体を切り伏せたが、残り二体に肩と足を噛みつかれた。
ぐっと押し込む様な声を上げて、包丁を振り回すが、身軽な動きで離れてしまう。
逃げられた猫を視線で追っていたら、横から反応があり、衝撃が走る。視線をそちらに向ければ、鞭のように伸びた棘のある尻尾が影から出ているのが分かる、また別の影から同じように尻尾が伸び、こちらに振るわれるのを半歩下がり避ける。
俺でも避けられる攻撃に視野を広く持たないと。折角、闇を見通す暗視能力と看破があるのに宝の持ち腐れだ。
攻撃を受ける直前、看破のセンスが反応したが、それも正しく把握できていなかった。
「回収完了!」
「ユン。撤収、俺が殿で次のポイントまで進行。移動中に回復しておけよ」
まだ目の前には、半分以上敵MOBが残っている中でタクの声に従い、移動を始める。しばらく移動すれば、ダイバー・テイルは、追ってこなくなる。その時、ちらりとタクの方を見るとHPは、無傷でしかも担当していた側には、敵は残っていない。不利だとか言いつつきっちり倒しているタクに大きな差を感じつつ、減ったHPとMPをポーションで次のポイントに進む。
一度、タクの戦い方をじっくりと観察したかったが、そんな暇はなく、常に泥臭い戦いをしながらも、どうすれば良いか考える。
タクとの差は何か、を考えつつ。実際に見て、アドバイスを貰えれば良いが、今はそんな余裕はない。
武器の違いや武器の扱い、または事前知識の差だろうか。引き籠りの生産職は、敵やアイテムの情報は無いって事が実地の戦闘経験がないのも大きな差だろうか。
とにかく、エミリさんを守りながら、色々な事を意識しながら戦いを工夫してみる。だが、どうにも上手くいかない。
時折、チラ見するタクの動きやすれ違う他のプレイヤーの戦い方を盗み見るが、参考にならない。魔法を使いつつ、身体で受け止めて、何とか追い払うのが精一杯の泥臭い戦い方。
自分も傷つかずに守る。その難しさが良く分かった。
「これでラスト!」
「そろそろ洞窟が終わりだから後は走り抜けるぞ」
「わかった」
遠くに見える出口を目指して走る中、背後からダイバー・テイルが追って来る。最後くらいは、やり返したい気持ちが起こる。
「タク、先に行ってくれ。最後にデカいの残す!」
「はぁ!? 何を」
「良いから!」
タクを先に走らせ、俺は走りながら魔法を用意する。マジックジェムに込められない魔法の中で一番強い魔法を選択。ロックバーストのような点の攻撃ではない。洞窟を埋め尽くすような攻撃。それを唱える。
「ふっとべ。――【エクスプロージョン】」
追い縋るダイバー・テイルの背後に生み出した爆発は、舐めるように爆発を洞窟内の壁に広げ、影を呑みこんでいく。だが、威力を見誤ったようだ。閉鎖的な洞窟で威力の逃げやすい出口へと広がる爆発がダイバー・テイルの代わりに追い掛けてくる。
「やばっ、タク! 逃げろ!」
「この馬鹿! 何使った!」
「二人とも早く!」
俺の生み出した爆発が俺たちを追い掛けてくる。先ほどよりも更に足を速めて、洞窟の出口から光の元へと飛び出す。その直後に、通り抜ける爆発と煙。コントのような状況に終わった後から乾いた笑いが出てくる。
「ユン! 何をしたんだ」
「えっと……タク? 怒ってる?」
「何を、した」
「えっと、最後に【エクスプロージョン】で倒そうと思って。その、ごめん。タク、エミリさん」
なんか、戦いでは役立たずだったし、最後の最後でパーティーを危ない目に合わせちゃったな。と気分が落ち込む。
洞窟の入り口で座り込んだまま、顔を伏せていると、額に衝撃が走る。
「痛っ!?」
「馬鹿か、ユン程度の魔法喰らって俺たちが倒れるかよ。俺が怒っているのは、倒す必要もないのに敵に向かって攻撃を放った事。それと他のプレイヤーが居た場合、迷惑を掛けていたことだ。幸い、擦れ違いや同じ方向で近くにプレイヤーは居ないようだから良かった物を」
「……ごめん。次から気を付ける」
自己嫌悪でまた顔を伏せる。やっぱり、タクみたいに上手く立ち回る事は出来ないな。
「俺だって最初は、上手く戦えなかったっての。そもそも、俺は、β版からずっと剣士やってるんだ。レベル差はどうあれ、プレイヤースキルだって相応に高いんだ。簡単に真似されない自負はあるんだぞ」
「タクくん、それって何気に自慢しているよ。でも、ちゃんと私を守ってくれていたんだから」
タクの励ましのような、自慢のような言葉を聞きながらも重い腰を上げる。やっぱり、自分は、お荷物な役立たずに思えて、すぐには復帰できそうにない。
「そこのセーフティーエリアで休憩しよう。」
「うん、分かった。ごめん、ちょっとだけ休ませて」
開けた場所に俺は座り込み、リゥイとザクロを何気なく呼び寄せる。
精神的に凹んだ時は、少し癒されたい。ザクロを胸に抱き、リゥイのサラサラな鬣に頭を預けて、目を瞑る。
温かくて、気持ちの良い二匹の感触を肌で感じながら、十分ほどの短い時間で気持ちをリセットするのだった。