Sense185
今までのボスには、多少なりの傾向という物がある。物理攻撃が高い敵、物理防御が高い敵、または、クエスト用に設定されたボスやあまつさえ弱く逃走するボスさえ登場する。
それぞれのボスには、プレイヤーを楽しませ、また苦しませるコンセプトがある。
今回のレッド・オーガとブルー・オーガのコンセプトは、HPとMPを共有した一対のボス。そして、連携というステータスや特性では測り難い強さを持っている。
これは、一つ試す価値があるか。
「ミュウ! これ使え!」
「これって、うわっ!? 危ない!」
俺がミュウに投げたポーション用の瓶を無骨なガントレットで正確にキャッチしてみせる。
これは、何か。顔を顰めて、怪訝そうに見ている。だが、それは、ミュウが使うべきアイテムじゃない。
「敵にぶつけろ!」
「……!? 分かった!」
こちらの意図を汲んだミュウは、巨躯から振り落とされる赤鬼の金棒を跳躍して避け、顔の高さで俺が渡したポーションを浴びせる。
瓶の中から飛び散る液体は、強度5。俺も持つ最高レベルの麻痺薬を浴びた赤鬼は、膝を着いて、動きを止める。
その瞬間を見逃さずに、アーツによる攻撃とセイ姉ぇの魔法が炸裂する。
「二十五秒だぞ! それからセイ姉ぇ、ポジションチェンジ」
「おい、嬢ちゃん! それだとセイの攻撃じゃブルー・オーガに……」
「じゃあ、ユンちゃんにタイミング合わせるからお願いね」
「セイも!」
ミカヅチは、声を上げて抗議するが、すぐに考えがあると感じて、目の前に敵に集中する。
ミュウの目の前の赤鬼は、状態異常から復帰し、範囲攻撃をする。その攻撃は、青鬼の範囲攻撃と重なり、交代するには、理想的な瞬間だ。
待機状態の魔法を撃ち尽くしたセイ姉ぇは、散発的に魔法を放ちタイミングを計り、俺は、ミカヅチへのエンチャントを掛け直し、青鬼への牽制を放ちながら、じりじりと後退する。
「――三、二、一。ダッシュ!」
俺とセイ姉ぇは、互いのポジションに素早く入り込み、セイ姉ぇは、余り効率的では無いが牽制程度の魔法を青鬼に放ち、俺は、赤鬼に向けて、状態異常の矢を次々と放つ。
ミュウに渡した麻痺の状態異常薬に既に掛かっているために、麻痺は効かないが、そのほか、弱い毒と強力な呪いには掛かってくれた。
「お姉ちゃん、ステータス強化! 流石に効率悪い!」
「悪い、待機時間で使えなかった! 【属性付加】――ウェポン、アーマー」
弓を脇に抱え、右手で水の属性石、左手で火の属性石を使い、ミュウへと属性をエンチャントする。
これによりダメージの入りは良くなったが、セイ姉ぇが対応した時より効率は落ちた。
だが、何度目かの範囲攻撃――数にして丁度十二回目。
「何もない、の?」
「奴のMP切れだ! 今の内に畳みかけろ。セイ姉ぇは、またポジションチェンジ!」
「忙しいね、ユンちゃん。けど、こういうのも嫌いじゃないよ」
そう言って、本来のポジションに俺たちは、戻った。残り三割のHPで起きた事態。
だが、これもブルー・オーガと対峙した時の情報と考察から考えた一つの攻略法だろう。
「うぉぉっ――【六連旋打】」
「――【ナイン・ソード・スラッシュ】」
ミュウとミカヅチがそれぞれ発動して畳みかける。
今までは、少人数で相手をしていたために回避重視の戦い方、そして隙の少ないプレイヤースキルに頼った戦い方だが、発動しない範囲攻撃のモーションの隙に大ダメージを狙えるアーツを使っていく。
セイ姉ぇもヘイト値を管理するためにわざと小出しにしていた魔法から強力な魔法へと切り替える。
「全てを氷尽くして――【コキュートス・ブレス】」
短文だが詠唱を必要とする上位の魔法を溜め込み発動する。そして、俺も負けるわけにはいかない。
「――【弓技・流星】」
数少ない長弓のアーツを発動させる。
上空へと放つ矢は、空高くに進み、やがて頂点に辿り着き、薄青色に光を放ちながら、ブルー・オーガの頭上めがけて落ちてくる。
そして、頭の頂点から股下までを割くように通過した矢は、大きなダメージを与える。
最後の止めは、ミカヅチの一突きが青鬼に刺さる。それを鳩尾に喰らい。よろけるように倒れる。
『『謎ノ答エハ、青鬼ガ浄土。正シキ道ハ開カレタ!』』
最後に謎の言葉を残して消える二体の鬼。完全に消え、背後の閉じられていた道と奥の先へと進む道が開いていくのを見て、溜息が漏れる。
「何か、最後まで変な言葉を残すし……セイ姉ぇは意味が分かる?」
「うーん。前に討伐した時は、何か失敗したし。多分だけど、ラスト・アタックをした方を選んだって事じゃないかな? 外しても目の前の道は開かなかったから、多分周回でボスと戦わせるための工夫だと思うな」
「謎掛けですらねぇよ」
そのまましゃがみ込む俺。
ミュウとミカヅチは、嬉しそうにこちらに近づいてくる。いや、嬉しそうにと言うよりも何か企んでいるようなニコニコな笑顔。
「なぁ、嬢ちゃん。どうしてMP切れってことを分かったんだ?」
「それに何かな? あのアーツ。ちょっと妹としても聞きたいことがあるんだけど」
「はぁ、ちゃんと説明するって。だから、顔近づけるな。怖いって」
二人を押しのけて、順番に説明する。
まずは、MP切れ。これは、状態異常の掛かり易さを利用した行動だ。
まず【呪い】の状態異常は、一秒間にMPの1%の減少とランダムバッドステータス。そして、レッド・オーガとブルー・オーガは、同じ一対のボスでも個体は別だ。
同一個体に同じ状態異常を使い続けると効きが悪くなるが、俺は、それぞれに【呪い3】の状態異常を掛けた。
後は簡単な引き算だ。鬼たちの範囲攻撃の最大発動回数は、二体合わせて二十回。MPに直すと一発5%の消費だ。そして二体の呪いの受けた時間は、三十秒。つまり、六回分の範囲攻撃を減らした事になる。
タクが言っていたが、昔のゲームは、ボスのHPよりもMPを削って倒す方法があったくらいで正当な攻略法だ。
まぁ、ステータス減少系の魔法と毒の耐性は高く設定されていたが、他のボスに比べたら、低く感じた。まぁ、人型MOBという設定もあるだろう。ゴーレムなどの無機物系のMOBは、状態異常完全無効なのは余談だ。
「つまり、MP切れを狙ってポジションチェンジした。と」
「一つの策だな。確証を得るために、ミュウに状態異常薬を渡して、個体ごとの抵抗は共通じゃない事を確認した後にセイ姉ぇとポジションを替えて貰った。この中で安全に状態異常に掛けられるのは、俺だ」
その代り、矢で状態異常を与える場合、矢と状態異常薬の合成で強度が二段階下がる。矢で安全に状態異常にするのと直接掛けた方では、どっちが良いかは一概には言えない。あの場合、パーティーの五人目にタンカーや遊撃のどちらかが居れば、かなり安全に直接ポーションをぶつけられたと思う。
「成程ね。けど、ちょっとお粗末よね。MP切れたのに専用モーションなんて……そこは修正した方がもっと強くなるのに」
「いや、これ以上強くなるって無理だから」
「後は、お姉ちゃんのあの攻撃! 何あのカッコいい一撃! 上からピカッと光って降りてきたようだよ」
「あれは、山形攻撃のアーツだ。俺の持ってる弓系アーツの中で最大攻撃力を持っているが……」
「が? 何だ? 何かあるのか?」
使い辛いのだ。最大火力をもって先制攻撃すれば良い。と思うだろうが、色々と制約がある。
まず、発動準備から発動終了まで他の一切の攻撃が出来ない。そのために、ソロでの狩りでは致命傷になり易い。この一点に尽きる。
あとは、攻撃の軌道が上空へと向けるためにダンジョンなどの閉鎖的な空間では天井に当たって不発の可能性もある。
移動不可能と広い空間の確保が必要なために場所が限られる。
一撃必殺に相応しいリスク。守ってくれる相手が居ないと簡単には使えない。
「全く、突発的な戦闘だったし、何より相手の特性とパーティーメンバーの充実をすれば、もっと色々な手札で楽に進めただろうに。俺だって待機時間の配分がもう少し緩ければ、【空間付加】でパーティー全体を強化出来たのに」
あれは、MP消費が激しく、待機時間も長い。今回はパーティー全体のステータスの底上げよりもミカヅチのステータスと属性の相性ダメージを優先した。だが、相対的にみると、ゾーンはMPと待機時間を、エレメントは、アイテムを消費するためにどっちも辛い。
「嬢ちゃん、リアルは何時も足りなくて挑むものさ」
「何か、そう諭すように言わないでくれるか。ちょっと採取目的のついでにボス戦やらされて精神的に余裕が無いんだけど」
ミカヅチの一言にこめかみを押さえて、そう呟く。
まぁ、無事だから良いか。と簡単に許してしまう自分が忌々しい。
今回の収穫は、自分の細工の鉱石素材やモンスターの素材。そして、火山地帯の炎熱油とカルココの実は、薬の原料の一種で商品として確立するにはもう少し先だ。
宝石類もマジックジェム用とアクセサリー用のストックが得られたのは嬉しい。
「さて、帰る前にボスのドロップを確認するか」
「うーん。私は、赤鬼の硬皮だね」
「私は、青鬼の角ね。ユンちゃんは?」
「ミュウと同じ赤鬼の硬皮だ」
「私は、赤鬼の角だ。まぁ、出現は、四種類。それぞれの色の鬼の皮と角だな」
「これって強化素材になるの?」
「いや、これは、強化素材にならないよ。特殊な部類の素材ね」
セイ姉ぇがそう答えた。俺は詳しく赤鬼の硬皮のステータスを確認すると確かに武器や防具に追加効果を付ける強化素材では無く、アイテム作成の素材だ。
「このアイテムは、ある程度の数を揃えて特定の生産センスで加工すると装備になるの。前に私が持ち込んだ青鬼の硬皮は、五つ集めて作成すると青鬼の皮鎧ってユニークアイテムになるらしいの。だから、周回討伐推奨のボスね。まぁ、逃げられない代わりに強さはそこそこだったけど」
成程、今までは、ユニークは限定イベントやクエストなどだが、特定のアイテムのみで作れる唯一の装備か。他に使い道は
なく数を揃える面倒があるが……って。
ああ、セイ姉ぇは、一度ここを攻略してたんだな。セイ姉ぇの見立てで俺を含むパーティーの適性がこのボスって事だろう。やっぱり、敵わないな。
アイテムの依頼をしつつ、ミカヅチと顔合わせ、更に引き籠っている俺を連れ出す。どこから考えてたんだろう。
「さて、帰ろうか! もう夜も遅いし」
「そうだな。私も一度酒飲んで気持ち良く寝るとするか」
「そうね。私も明日朝から講義だからちゃんと寝ないと」
ミュウ、ミカヅチ、セイ姉ぇの順番で話しながら歩く姿をやや後ろから眺める。
それに戦闘職の三人の冒険は、ボスを倒して帰るまでかもしれない。だが生産職の俺の今までの冒険は、仕込みの段階だ。そして、今日は休むとして俺の戦いの場がフィールドから工房に移るだけなのだ。
変更:ボスの最後に残す台詞とそれに対するセイ姉ぇの解釈を変更