Sense183
灼熱の山肌の中でそこはそこだけが異様な空間を作り出している。主に、癒しの方面の好ましい作りだ。
山の中腹にあるセーフティーエリアは、大きめの石を荒削りした椅子が点在する場所で、その脇の一段下がった場所には、白く煙を吐き出し続ける空間があった。
煙と言っても水蒸気で構成された湯煙。
温泉と呼ぶには、狭いが、先程の油池程の広さと適度な深さを持った足湯が存在した。
「うわっ、一面真っ白。足湯なの?」
「うん。一応、ここを利用すると一時的に速度上昇の補正が得られる休憩ポイントだよ」
セイ姉ぇの説明を聞きながら、足湯の淵を覗き込む。白く濁ったお湯に手を入れてみると肘までの深さで深くは無いようだ。
靴を脱いで、縁に据わってゆっくり出来そうだ。
「ここまで来たご褒美としては、嬉しいな」
「嬢ちゃんってこういうのが好みなのか」
「だから、嬢ちゃん言うな。まぁ、こういう風情のある景色は好きかな」
ちょっとこういう事を言うのは恥ずかしいが、ゲームでドンパチやるよりもこうした景色巡りや名所巡りのような事をした方が俺は好きだ。
「ついでだし。リゥイ、ザクロ――【召還】」
パートナーの幼獣を呼び出す。何も言わずに足湯に駆け出し、跳び込むザクロは、人間では浅い湯も子狐の幼獣には、完全にお風呂と言った感じ。縁に頭を乗せて、体だけプカプカと浮いている。リゥイの方は、暑さにも澄ました顔で湯を飲む。って飲むのかよ!? まぁ、飲める温泉とかあるし、深くはツッコまない。
幼獣たちの後に続くように、靴を脱ぎ、ズボンの裾を捲り上げ、外着を外してインベントリに仕舞い込む。
「ふぅ、温かい」
足を湯に浸けて、軽く足を動かして湯を掻き混ぜる。腰を下ろした縁の石もぽかぽかと温かくて気持ち良い。
「セイ。爆炎でビビるし、ゲームよりも風景やシチュエーション好きって、嬢ちゃんって私らより女子力高くないか」
「家事能力も高いし、気が利くから女子力的には……まぁ、高いかな?」
「女子力よりも攻撃力! そして、私も足湯に浸かって速度上昇!」
背後で何やら相談してからミュウが俺の隣に腰を掛けて、足湯に浸かる。
俺は、それを軽く横目で見た後、濃い藍色に近い夜空と人工の星々を見上げる。赤々と光を放つ火山と暗い空の何とも現実味のない光景か。人の作りしファンタジーだ。
「ふはぁ~、こいつは極楽ですな~」
「何を年寄り臭い事言ってるんだよ」
「……じゃあ、子どもっぽく、足バタでも」
止めんか、と言いながら、隣のミュウの頭に軽い手刀を落とす。
ちぇ、と口をすぼめて軽く足を動かして湯を掻き混ぜるが、その生まれた湯の波が縁に顎を乗せていたザクロを攫って行く。本人は、気にせず気持ち良さそうにプカプカと浮いたまま流れに乗って足湯場の中央へと流されていく。
「全く、ザクロが流された」
「ありゃ、ごめん」
「ちょっと連れ戻して来る」
縁から立ち上がり、濡れない様にズボンを押さえながら、流されたザクロを追う。俺の歩きで生まれた波で更に流され、反対側へと辿り着く。
「全く……」
「あっ、ユンちゃん、待って。そこは」
「何? セイ姉――」
俺の言葉が途切れたのは、体が下に沈んだためだ。
一気に沈む体と底の深い空間。頭まで浸かるほどに一気に沈んだが、更に底が深く、白く濁るお湯で視界がままならない。冷静に手探りで周囲を探れば、きつい傾斜の壁があり、それに捕まって浅い場所へと体を引き上げていく。
「ぷはっ! なんだ!? これ」
「中央は、深くなってるって言おうとしたのに……」
「もっと早くに言ってくれよ」
這う様に穴から抜け出し、下半身をお湯に浸けたまま、座り込む。ザクロを探して視線を巡らせるとぷかぷかと浮いて流されたザクロは、リゥイに首根っこを咥えられて、湯から出されている。ほっと息を吐き出した直後に、自分の姿を思い出す。
「はぁ、服が張り付いて気持ち悪いな」
お湯を吸って、身体に張り付く。別にステータス的には影響はないし、時間が経てば乾いて元に戻るが、予想外の事に良い気分はしない。
「み、見えた!」
「ミュウ? 何が見えたんだよ。でも、何でこんな所に大穴があるんだよ」
「まぁ、怪しいと言えば怪しいけど、セーフティーエリアを深く調べる人も居ない。同じ濡れるなら、この際、調べてみればどうだ?」
一段高い位置で楽しそうにこちらを見ているのが、なんか気に入らず、むっとしてしまう。だが、言われている事は確かに正論だ。道中会った不自然な程目立つオブジェクトと同じように怪しいと感じる場所は、積極的に調べるべきだろう。
「仕方がない。行くとするか」
適当なセンスを外して、久々の泳ぎのセンスを装備する。そして、穴の中へと頭を下にして潜っていく。
傾斜のきつい壁は、足湯の底の様に適当な石を敷き詰めた感じで、体を支えるには丁度良い凹凸である。
少しづつ、石を掴んでそこへと潜っていくが進むほどに白く濁ったお湯が視界を遮る。更に、ここからお湯が湧き出るのか、真っ向からお湯の流れを受けて、進み辛い。
しばらく進み、息が厳しく感じた頃に穴の底へと到達した。探索にそれ程時間が割けないと感じて、視界の悪い穴底を手探りで探す。
そして、限界だと感じた時、手に何かが引っかかり、それを持って、人間の浮力で一気に上へと上がる。
水面へと顔を出した俺は、盛大に呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻す。
心配そうにこっちを見てくるセイ姉ぇたちの方へと向かい、縁の所に腰を掛けて、盛大に仰向けに倒れる。
ぐっしょりと濡れた体と服をこうしてほんのりと温かい縁の石に押し付けていると、心地良さからやる気が……。
「ユンちゃん、大丈夫?」
「ヤバい、これ気持ち良い。寝ちゃいそう」
「そんな無防備な姿、男の前で晒すなよ」
なんか、ミカヅチが口元に手を当てて何かを言っているが、軽く聞き流す。頭までお湯に浸かり、火照る顔が熱く、また気持ちの良い倦怠感に包まれている。
「ねぇ、何があったの?」
「うん? なんだろう。見えなかったから、確認してない」
硬く握りしめた手をゆっくりと開くと手の中に鍵があった。
「あっ……」
これは、ボスへの直行してしまう。キーアイテムの【門番の鍵】だった。
「おお、これはもう、ボスへと挑戦しろって事じゃないかな?」
「それにしても灯台下暗しってこの事だな。休憩するセーフティーエリアにまで隠してあるなんて。まぁ、泳げる人限定で一番楽な入手方法って所か。嬢ちゃんは、運が良い」
「あと、自分はまた今度。って言わないでね。むしろ、ユンちゃんが来て問題を解いて欲しいな。ミカヅチじゃ頼りにならなくて」
脳筋で悪かったな。と言った感じの目をセイ姉ぇに向けるミカヅチだが、それを軽く流す。セイ姉ぇはもう通過して、挑戦権を失ったのだろう。代わりに答えられない。となると頼りになる回答者は一人でも多い方が良いと言う事だろう。
「全く、どうせ俺もレベルの高い素材を求めるならボス攻略云々以前に、その謎かけを解かないといけないんだろ」
「クイズ自体は、プレイヤーのステータス関係ない物だからね」
だから、特に難しいという訳じゃないだろう。
「その前に、その姿は何とかしろよな。濡れたまま行く気か?」
「時間が経てば、自然と乾くのがゲームの不思議なんだけど。ザクロ、ちょっとお願い」
リゥイに咥えられたまま運ばれる茹で狐に、火で乾燥をお願いしたら、小さな火を複数生み出し、均一に乾くように俺の周囲を回り始める。
しばらくして、完全に乾き、足湯に入る直前に脱いだ靴と外着を再び装備し直す。
「ザクロは、乾かしてくれてありがとう。リゥイはザクロをちゃんと見ててくれてありがとうな」
二匹を普段の様に撫でるとザクロの湿った艶のある毛とリゥイの外界よりも冷たいひんやりとした体に普段とは違う触り心地だった。
これから再び山を登るために、二匹を元に戻し、探索を再開する。
「酷く贅沢なレアMOBの使い道を見た気がする」
「まぁ、お姉ちゃんですから」
「まぁ、ユンちゃんだからね」
ミカヅチの微妙に何か言いたそうな表情にそう答える姉妹たち。戦闘で使えよと言いたいのだろうが、幼獣は直接的な戦力にはまだならないのだ。なら、小まめに呼び出して成長を促している。
しばらく、セイ姉ぇとミカヅチから今まで出たクイズの内容や種類を聞きながら、目的地を目指した。
出題される問題は、バリエーションに富んでおり、どの問題が出るかの山を張るのは難しいと感じ、本番に考えることにする。
そして、六合目の謎かけの門。
『汝ら、鍵を持つ者よ。この試練を受ける資格を持つ』
目の前には、複数の生物や動物の彫り込まれた分厚い石の扉と人の顔。そして、人の顔の部分が一人でに語り出した。
「石の顔ってなんかデスマスクみたいでシュールだな」
「結構、不気味だよね。それがしゃべり出すって」
ミュウも同じ様に軽口を叩くが、ミカヅチだけは、真剣に扉の人の顔を凝視している。今度は失敗しないという気迫があるが、俺は別に付き添いで運よく通れれば良いという考えだ。
「セイ姉ぇが答えを教えるって」
セイ姉ぇに尋ねると首を横に振り、声が出ない。または、耳が聞こえないという身振りをする。つまり、そういう助っ人やアドバイスも禁止されているのか。
『そもさん――ある商人が急ぎの荷物を届けるために、馬車を走らせていた。商人が峠の曲がり道に近づいている。このまま曲がり道に行けば、商人は、曲がり切れずに馬車を横転させて、崖から落ちてしまう。何かを落とせば、商人は助かる事が出来る。さて、何を落とせばいいでしょう』
「荷物を捨てる!」
反射的に答えたミカヅチ。いや、もう少し深く考えろよ。とツッコミを入れそうになるが、その前に、扉の顔面が違いますと冷ややかに答えを切り捨てる。
「じゃあ、何なんだよ」
「商人が急ぎの荷物を届けるのに、その荷物を捨ててどうする」
「じゃあ、何を捨てるんだよ。人間か!」
『もう、回答権はありません』
この顔面、人間という単語に律儀に反応した。
まぁ、この人間も答えとしては違うだろうな。ミュウとちらりと見るとミュウの方も答えは纏まったようだ。
『残り時間は僅かです』
「ミュウ。答えは用意できたか?」
「うん。お姉ちゃんの方は?」
「多分、これ」
「じゃあ、一緒に言おうよ。せーの……」
ミュウが深呼吸するようにタイミングを計り、互いの答えを門に向けて言い放つ。
謎々の答え合わせは次回。