Sense180
あの後は、ベルを急遽呼び寄せた。
ユカリに予想外に高くて払えない姿で不安にさせるよりも先輩らしくポンと払う姿を見せて安心させたいらしい。
俺に新人三人を連れ出し、狩りの引率を任せている間に三人で壮絶な値段交渉が始まる。
「楽しかったな。一度壮絶な値切り交渉ってやってみたかったんだよね」
後で語るリーリーの言葉だが、レティーアとベルの二人は、完全に何か搾り取られたような雰囲気で深く突っ込まなかった。
引率で連れ出したユカリたちの様子は、三人パーティーという少人数でもきっちりと役割を果たし、またユカリの攻撃速度と回数が増えたために殲滅力が確実に上がっている。矢の消費自体は激しいが、かなり生き生きとした表情を作り出す。
口数は、やはり少ないが、状況に応じてすぐに動いてライナとアルのフォローに回れるアクティブさは、新しいユカリの一面を見た。
最後に、彼女の中のレティーアとベルへの尊敬度は、確実に増している事だろう。
そして、数日が過ぎる。レイドボス報酬の本の解読もほぼ終わり、リーリーとの共同依頼で中断していたビーズ・アクセサリー作りを再開している。今は、一番基本となる指輪型のアクセサリーを作っている。
細かいビーズをきっちりと詰めて織り込んでいくリング。本来は、決まった配置に他の色のビーズを配置して模様を作るが、試作品のために全部単色に染色したビーズで作っている。
「ふぅ……。やっと半分か」
前回は、ただ削った粗い素材に糸を通しただけだが、細い糸と細かく均一なビーズに揃えたために違った印象を与えてくる。
薄暗い工房部から飲み物を用意するために、店舗部へと向かうタイミングで先に扉が開く。
「ユンさん、セイさんが来ていますよ」
「セイ姉ぇが? どうして」
NPCのキョウコさんが用件を伝えるので、そのまま店舗部に行けば、カウンター越しで椅子に座って待っているセイ姉ぇが居た。
「ユンちゃん、こんばんわ」
「こんばんわって、どうしたんだ? セイ姉ぇ」
「姉が弟に会いに行くのに理由がいる?」
「分かった。まぁ、今からお茶出すから」
俺は、カウンター裏側に置かれたティーセットを並べ、お茶を入れていく。しばらくして、紅茶の良い香りが店舗に広がり、出来あがった紅茶を一口飲んで、ほっと息を吐き出す。
「うん。美味しいよ」
「ありがと。それで、何?」
「うーん。色々と用事があるから纏めて来た。って所かな? ミュウちゃんに聞いたよ。本まで買ってビーズ・アクセサリー作りを始めたって」
「ああ、まぁ……」
俺は、曖昧に答える。ミュウ経由でセイ姉ぇに伝わるとは。ビーズ・アクセサリーなんてちょっと男っぽくない事を姉に知られるのは、少し恥ずかしく感じる。
だが、セイ姉ぇの口から出た言葉は、予想外の言葉だった。
「やっぱり、気にしてたんだね。ごめんね」
「……うん? えっと、何の事?」
「何って、ミカヅチがユンちゃんの邪魔をした事。怒って無いの? てっきり怒った反動でビーズ・アクセサリー作りに没頭したのかと」
まぁ、本気で怒った時は、姉弟の中で一番面倒だと自覚しているが、それ程長い怒りじゃなかった。
「あっ、何か思い出した瞬間に、またムカムカしてきた」
「あははっ、藪蛇だったみたい。でも、ミカヅチが一応気にしてたよ」
「まぁ、人のギルドにお邪魔して、いつもの環境と同じ気分だったのは、悪かったと思う。けど、だからって大声で入って来るかよ」
「まぁまぁ、お互いあんな別れ方したんじゃ顔も合わせ辛いだろうし、早い内にまた顔合わせしない?」
「ええっ……面倒臭い」
別に会いに行く用事は、俺には無いのだが。それを予想していたのか、軽い溜息を吐きながら、やっぱり別の理由で引っ張らないと駄目よね。と言っている。
「それと、別の用件でも来たんだけど、見てくれる?」
「また新しい素材? それなら喜ばしいけど……」
セイ姉ぇが差し出すのは、器だった。陶器製の小さな容器で小さいながらに蓋が付いていた。俺は、怪訝そうな表情でそれを開き、呻き声を上げる。
まず、匂い。ヘドロのような刺激臭に咄嗟に顔を背けるが、刺激臭に誘われて目が潤み始める。
口元を押さえて、再び見る中身は、ドロドロとした良く分からない物だ。液体なのか、固体なのか、そもそも何なのか。
「セイ姉ぇ、これ何?」
涙目で訴える俺に対して、予想していたセイ姉も同じように口元を押さえながら答える。
「素材じゃなくて生産アイテムなんだよ。【調薬】で作った」
「はぁ!? こんな酷い匂いって、新手の毒薬か何かか?」
「一応、プレイヤーの補助アイテムの筈なんだけど……作り手が大雑把で。効果は一応あるよ。匂いを我慢しなきゃいけない点を除けば、使えるから」
逆に言うと、俺の所に持ってくる程に酷い匂いって事だ。まぁ、年頃の女性が悪臭を放つアイテムは使いたくないだろう。
何時までもこのアイテムを見ている訳にはいかないために、そっと蓋を閉めて容器をセイ姉ぇに返すが、受け取る瞬間、もの凄く嫌そうな顔をしていた。
「で、何のアイテムなんだ」
「えっと、防御属性を一時的に付与するエレメント・クリームらしいんだけど……」
「ああ、あの本のレシピか」
実際に、インベントリの中からそのレシピが掛かれた本を取り出す。
本【経験則的民間薬事典】の丁度、真ん中辺りにあるレシピ。名前は、属性軟膏となっている。
「素材は、炎熱地帯の火炎油とヌメリコケの抽出蝋、それから属性を含む素材に活力樹の実か」
「作り方を見せて貰ったんだけど……本を翻訳した人と作る人が別だったから。ユンちゃんの様に上手く情報が伝達できなかったのかも。結構雑で」
「俺は、自分の防御属性を変えられるから要らないけど。セイ姉ぇ達は欲しいんだよな」
【付加】センスの【属性付加】で武器と防具に属性を付与できるが、属性を変えるセンスの無い人は、アイテムで補う必要がある。
「素材は無いんだよ。全部、さっきの悪臭クリームに使っちゃって」
「悪臭クリームって……」
「だから、ミカヅチと一緒に採取の出来る場所に行かない? まぁ、互いに変な別れ方をしたから仲直りにね」
「仲直りって子どもじゃないんだぞ。全く……」
とはいえ、悪い提案じゃない。エレメント・クリームの素材と本の後半部分のとある薬の素材の入手先が同じだ。
採取エリアは、火山地帯で俺一人だと危険なために護衛だと思えば良い。
「分かった。じゃあ、何時、採取に向かう? 手前のポータルは登録してあるから移動には問題ない」
「明後日はどう?」
「火山地帯ってどんな感じなんだ? 敵とかフィールドの感じは」
セイ姉ぇが顎に指を当てて、火山地帯の様子を語っていく。
地面が赤々と熱を持っていて、夜でも非常に明るい場所。敵も火と土属性が多く、弱点は、水と風。また火山地帯であるために、戦闘は斜面であり、平地の戦闘とは違うためにバランスに注意が必要。状態異常には注意が必要ないが、フィールドに間欠泉や火炎泉などの時間経過式トラップが多数。
すらすらと語る内容から必要なアイテムを選んでいく。
まずは、防御属性の火の属性石。攻撃には水と風。そして、各種回復。明るいために光源アイテムは必要ない。後は、普段通りの装備。
「うん。大丈夫そう。その時は案内お願いできる?」
「任せて、他にユンちゃんの方で誘いたい人っている?」
「うーん。久しぶりにミュウと一緒に行くのは……どうかな」
ミュウの予定は聞いていないが、提案だけはしておく。セイ姉ぇも問題ないと言っていた。
久しぶりに兄妹三人が揃って冒険。余り意識しなかったが、今までそれぞれ自分のプレイスタイルを貫いていたからちょっと楽しみだ。という思いが生まれた。
明日の朝にでも早速、ミュウの予定を聞いておこう。