Sense178
平原に広げるシートとその上にサンドイッチの詰め込まれたバスケット。そして、ティーセットを用意して、皆でそれを囲む。
新米弓使いのユカリとリーリーは、武器のレクチャーや調整、聞き取りで少し離れた所に居るが、ライナとアル。そして、レティーアがシートに座り、彼女の使役MOBのムツキとリゥイ、ザクロが一緒に休んでいる。
「まぁ、色々と聞きたいが。デカ過ぎだろ。ダンプカーかよ」
「そうですね。大き過ぎて小回りが利かないのが難点ですが、走っているだけで邪魔なMOBは自滅してくれますよ」
逆に、こんな大きな使役MOBに踏み潰される敵が可哀想に思ってしまう。流石、レア幼獣。
「それにしても何でこんなことになった」
俺は、三人に紅茶を振る舞いながら、変化の激しい象を見上げた。
「幼獣から成獣になった。という事ですよ。これが本来のムツキ。いえ、ガネーシャというMOBの姿ですね」
「やっぱり。これが成獣か。だけど、俺のリゥイとザクロは、まだ幼獣だ」
「使役MOBのステータスに【幼獣】とありましたよね。あれがLv100になれば、自動的に成獣になりますよ。まぁ、あのセンスの経験値は、召喚時間の累積。後は、MOBの種類毎に時間が違うので、ユンさんの場合、タイミングは違うのかもしれませんね」
レティーアに言われて、ここ最近、二匹のステータスを確認していない事に気がつき、センスステータスを開く。
リゥイの場合――【一角獣Lv10】【幻獣Lv4】【魔力Lv5】【水魔法才能Lv3】【浄化Lv8】【幻術Lv3】【幼獣Lv89】
ザクロの場合――【空天狐Lv7】【幻獣Lv3】【魔力Lv3】【狐火Lv2】【祟りLv1】【幼獣Lv66】
ステータス全部の成長度合いは、全くと言って良いほど成長していないが、二匹の【幼獣】センスが高レベルを記録している。
順調にいけば、リゥイの方が、早く成獣になりそうだ。
「俺の場合は、リゥイが89。ザクロ66だ」
「なら、リゥイの方はもうすぐですね。レベルが高いと言っても別に必要時間が増える訳でもありませんから」
「でもな……。もし、リゥイが通常の馬サイズになったら、アトリエールにはスペースが無いぞ」
俺は、少し遠い目で二匹を眺めるが、レティーアは特に問題ないと言った風に、悠然と紅茶に口を付けてから語る。
「その辺は、問題ないです。幼獣から育てたプレイヤーには、EXスキル【幼獣化】が与えられます」
「それって名前の通り、幼獣にするんだろうけど……」
「ええ、自由に幼獣と成獣に姿を切り替えられます。幼獣だと経験値の取得とステータスの減少、サイズの変化という制限はあります。反面、召喚中の維持コストのMPは減りますね」
「でも、成獣は強いだろ。明らかに他の使役MOBとは違うだろ」
「残念ながら、強力であるがために、高コストなんですよ。相応のMPを払って維持しないといけないので、複数を育てる調教師としては悩みどころですね」
ふぅと溜息を吐いてレティーアは、サンドイッチを一つ手に取る。
俺は、調教師じゃなくて薬師。生産職だ。畑違いだから、贅沢な悩みに聞こえるために、そんな物か。と思いながらも俺もサンドイッチを食べる。
俺たちの会話のタイミングを計っていたのか。その会話の切れ間にリーリーとユカリが戻って来る。
「ただいま~。調整の目途が立ったよ。ユンっち、お茶頂戴」
「おつかれ、二人ともお茶どうぞ」
「は、はい! ありがとうございます」
矢を撃ち尽くしたユカリとリーリーがシートに戻ってきたので、お茶をカップに注ぎ、手渡す。
リーリーは、何時もの様に美味しそうにお茶を飲み、サンドイッチをネシアスと分け合っているが、ユカリは、カップの中身を覗き込んだまま、停止している。
「どうした? 一度に色々あり過ぎて疲れた?」
「いえ、大丈夫です」
俺が声を掛けたが、同じような返事。このユカリって子の大丈夫は、大丈夫じゃないと受け取った方が良いのかもしれない。ライナは、心配そうに声を掛ける機会を伺い、アルは、ライナの心配をしつつも、リーリーとレティーアの依頼の商談の様子にも気を掛けている。
ここは、同じ弓使いとして話題を振ってみるか。
「ユカリって呼び捨てで良いか?」
「えっ、はい!」
「じゃあ、ユカリ。新しい弓の使い心地はどう?」
「えっと、凄く、嬉しいです。なんか、夢みたいで……」
少し動揺しながらも少しづつ言葉を選ぶユカリ。まるで小動物的な反応と守りたくなる保護欲を刺激する人物に微笑ましく思う。それと同時に、俺の周囲に今まで居ないタイプの人間で少し癒される。
「そうか。でも夢じゃないぞ。これから持つ事になる自分の武器なんだ。やりたい事やしたい事が何でもできる」
「えっ、でも……貰えない」
「弓の形は違うけど、同じジャンルの武器を持つ仲間が出来て俺は、嬉しかったんだ。だから、貰ってくれるか? 俺の我儘だけど……」
その一言にまたぼうっとした感じで小さく口を開いている。前髪で瞳の様子は良く見えないが、やや紅潮している感じが見て取れる。あれ? 何か変な事言ったのか?
俺の慌てる様子と呆然とするユカリの様子に周りの視線も自然と集まる。
何処となくニヤニヤと人をからかう様な感じだ。唯一、表情を変えないレティーアが一言。
「人間たらしですね。それも天然の」
「ユンっちだからね」
年不相応の微妙な笑みを浮かべるリーリーを軽く睨むと弟子二人がユカリを軽く揺すって正気に戻す。
「えっと、あの……ありがとうございます」
人よりペースの遅いユカリが小動物的にお茶を飲み、サンドイッチを小さく口にしていく。時折、幸せそうな溜息を漏らす姿に逆に俺の方が癒される。
しばらく、ゆったりとした時間の流れを楽しんだ後、ユカリ本人が弓に対しての要望を一つ口にした。
「あの……我儘言っても良いですか?」
「勿論、ユカっちは、気にしないで。そう言う要望を叶えるのが僕ら生産職だから」
「えっと……片手でも、扱えそうなので。二挺用意して。二挺拳銃みたいな……なんて」
はははっ、と乾いた覇気の無い笑みを浮かべるが、リーリーは、合間を置かずに、了承する。
「それならスペアパーツから殆ど同じ物を組み立てるから少し待って」
「それなら、俺はどうするか?」
「あー、ユンっち。時間あるなら、この場の誰かに弓矢の作り方教えて上げてよ。さっきの確認で撃ち尽くしちゃったから。補充も兼ねて」
「ああ、自分である程度管理出来るようにか」
納得しつつ、管理のために弓の作り方を学ぶ相手を聞くと、ユカリが身を乗り出してきた。他、ライナとアルの二人は見学、レティーアは、リーリーと情報交換の様だ。
「さて、何から教えるべきか」
俺のやり方だと、弓矢を作るには【合成】。そして、自動帰還のプラス付きを作るには【錬金】センスを覚える必要がある。
そして、今回教えるのは、ダート矢という弓矢の派生生産アイテムだ。