Sense177
週末まで様々な素材でパーツを作り、リーリーの所へと持ち込んだ。リーリーが検査するのは、硬さと重量、そして加工のし易さの三点を総合評価している。
十種類の機構部のパーツを使い潰す勢いで確認していき、最適なパーツを見つけたようだ。
「四番パーツと七番パーツは、駄目。どれも代替にはならないね」
「そこは仕方がないだろ、一番複雑なパーツなんだから。その部分は、鉄を使うとして、他のパーツはどれだ?」
とは言っても、パーツを削っている作業中、素材の癖を掴んでいる俺は、既に大体の予想は出来ている。
そして、リーリーの答えは、俺の意見と全く同じだ。
「妥協ラインなら、この紫色のパーツ。それで、理想の代替素材はこの緑の部品だね」
「やっぱりか。はぁ~」
溜息が自然と漏れてしまう。リーリーと同じ意見だからと言って嬉しい訳では無い。
「ユンっち、この素材って何を使ったの?」
「ポイズン・ドーザーの甲殻から削り出した。それで、緑のパーツは、その上位MOBのアシッド・ドーザーだ。初期で現れるMOB限定ならこの辺だが、第二の森周辺に出る昆虫系MOBの甲殻あたりが親和性が高いんじゃないか?」
正直、見た目が余り好かないMOBだ。今はステータス的に圧倒できるかもしれないが、心情的には、勝てる気がしない。ただそのモンスターのドロップアイテムは幸い市場に溢れており、直接その姿を見ることは無いのだが。
「成程ね。今回のコンセプトは『初心者向けの機械弓』の作成だから、そう言った素材の制限無しで試すのは次回かな?」
「それで? 全体のどれだけ軽量化出来たんだ?」
「弓のフレームと機構部のカバーの軽量化と機構部部品の軽量化で大体三割減かな? ユンっち。試しに持ってみる?」
手早く機構部をくみ上げて、フレームを止めた機械弓を渡して来る。持った感じ、前回より軽い。また機構部の巻き上げトリガーも軽くなり、前に比べると片手でも扱えそうな代物だ。
「流石、リーリー。頼んで正解だ。これなら初心者でも扱えるだろ」
「そう褒めてくれると嬉しいんだけど、これは試作品だから。やっぱり最終的には、使い手に合わせて細かい調整をしたいんだよね」
「それってどういう事だ?」
「直接、使い手を見たいんだよね。だから、会いにいかない?」
とは、いう物の今ログインしているのか。
レティーアとベルの二人は、ログインしているのが分かるためにレティーアにフレンド通信を繋ぐ。
『はい、レティーアです。どうしましたか?』
「ベルから頼まれていた弓の件で話をしたくてな」
『ああ、ベルが頼んでいたことですね。進展はどうですか?』
「実は、雛形は完成しているんだ。それで細かな調整で使い手のヒアリングをしたいんだ」
『……すぐにその子を連れて来ます。東門の外で待っていてください』
「えっ? レティーアさん?」
『ベルは、別の所ですので……では』
一方的に通信を切られて、少し困惑顔を作っていたのか、リーリーが心配そうに顔を覗く込んでくる。
「いや、これから会う事になったんだけど……急な話で大丈夫か?」
「問題ないよ。じゃあ、行こうか」
すぐに、準備を整えたリーリーと共に、東門の外へと出るが、まだ来ていない様だ。
「ねぇ、ユンっち? さっき話していたのは、誰?」
「うん? ああ、【新緑の風】って初心者支援をしているギルドのギルマスだ。本人は、調教師がメインのプレイヤーだぞ。小象の幼獣も使役しているし」
「へぇ~。興味あるな。ネシアス達を出して待ってる?」
「それも良いかもな」
俺たちは、センスに調教を装備し直し、パートナーたちを呼ぶ。
リーリーの腕に不死鳥のネシアスが止まり、空天狐のザクロは、俺の右肩。一角獣のリゥイは左側に回り、手に首筋を擦り付けてくる。
その場に座り込み幼獣と戯れながら、レティーアの到着を待っているが、俺たちの方が早すぎたのか。慌てて来るレティーアに申し訳なく思ってしまう。
そして、平原の向こう。森の境目からレティーアの使役MOBである象型MOB・ガネーシャのムツキが見えた。地響きの聞こえそうな足音を響かせて、そして結構なスピードでこちらへと一直線で向かってくる。
「来たみたいだな」
「あれがそうなの? でも、大きさが小象?」
「いや、明らかにサイズアップしているんだけど……」
前に見た時は確かに小象サイズだったのに、近づいてくる姿は、二回りも大きい象で以前であったムツキと同一とは思えない迫力があった。何らかのバグや不具合で突発的に出現したボスMOBと言われた方がまだ納得できる。
それが迷うことなく一直線に向かってくるので、顔が引き攣る。
そして、俺たちの目の前で停止した巨象を見上げれば、上から覗き込む様にこちらに会釈するエルフ耳の少女が居る。
「ユンさん、急いでパーティー纏めて連れてきました」
「何ですか! 何ですか!」
「師匠が居るんですか! おーい、師匠! ほら、ライちゃんも」
「ちょ、ちょっとアル! そんな子供っぽい真似やめてよ」
同じく、巨象のムツキの背中。見えない位置に件の弓使いがパニックで声を上げ、知り合い二人も居るのが声で分かる。
その様子に疲れた溜息が自然と出て、隣のリーリーは、間近で見る象の迫力に目を輝かせて見上げている。
「おっきい! これって幼獣!?」
「いや、このサイズじゃなかったんだけど……」
何時、成長したんだ。と引き攣る顔を手で押さえて、疑問に思う。そうこうしている内に、レティーアとそれに連れられた初心者パーティーが降りてくるが、顔見知りに新鮮味は無い。
「よっ、アル、ライナ。調子はどうだ?」
「師匠。まぁ、集まって狩りに出てますよ。ライちゃんと相性の良い人も居ましたし」
「何よ、アル。まぁ、一度に多くの人じゃなくて気の合う子を少しづつ増やしてパーティーを充実させるわよ」
何とも仲の良い双子の二人に苦笑いしつつ、本題に戻る。
「それで、レティーア? そっちの子を紹介してくれるか?」
「はい。この子は、ユカリです。新しくギルドに入った子で例の子です。さぁ、自己紹介を」
レティーアに軽く前に出るように押し出された子は、何処か気弱そうで保護欲を刺激する感じの子だ。手を胸元に寄せ、どうしていいか、視線を彷徨わせて緊張している姿が、気の毒に思う。
「大丈夫だ。一度、深呼吸して落ち着いて」
「は、はひっ! すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……はい、大丈夫です」
俺の声に落ち着いた少女は、一度、目に掛かるほど長い薄く淡い黄緑色の髪を手櫛で整えて、自己紹介を始める。
「初めまして。私は、ユカリって言います。えっと……ショート・ソードを使う、剣士です」
「別に、弓使いって事を隠さなくていいよ。俺も同じだ。ほら……」
俺の武器をユカリに見せるように掲げれば、前髪に隠れた目が驚いたように見開く。
「俺は、ユン。同じ弓使いって事でよろしく。それとこっちに居るのが――」
「木工師のリーリーだよ。ユカっちの話は簡単に聞いてるんだよ。それで直接会いに来たわけ」
「私の話?」
首を傾げて、本人は話に付いていけていない。レティーアに視線を持っていけば、話はレティーアとベルの二人だけで進んでいた様だ。
「リーリー。説明頼む」
「分かったよ。僕たちは、ティアっち達の頼みでユカっちの使い易い弓を作ってたんだよ」
「ねぇ、ユンさん。ティアっち、ってもしかして私の事ですか?」
「リーリーは、人の愛称に『っち』て付けるんだ。ロールの一つだと思っていれば良い」
初対面だと驚くけど、少しリーリーの言動を見ていれば、これがゲーム上の演技の一つ。自分に課したルールのような物だと思い、多くの人は納得する。
「ええっと? マスター? そうなんですか?」
「黙っててごめんね。あなたは遠慮深いし、私たちが気を回すとすぐに否定するでしょ。だから、こっそりとね」
特に表情を変えずに淡々と告げるレティーアだが、その言葉に甚く感動した様だ。手を強く握りしめている。
俺は、それを見て、良い場面だな。と思い感傷に耽っていると横から服を突かれる。
「師匠、師匠。どうして木工師のトップ。憧れのリーリーが居るんですか」
「えっ、まぁ、知り合い?」
随分、押しが強いアルに俺は一歩引き気味で答える。そう言えば、アルは、魔法職だ。それ関連の装備でリーリーの名前に反応したのだろうと予想を付ける。
余りに、押しが強いので咄嗟に話題を変える。
「そ、そう言えば、ユカリだったか。あの弓使いの子と同じパーティーだったとは思わなかったぞ」
「何と言うか、成り行きなのよね。弓使いって不遇って認識はまだギルド内にも残っているのよ。それで即席でパーティー組むにしてもあの子長続きしなくて……だから、私たちが誘ったの」
「僕らは、師匠を知っているから不遇とは思わない、って言って誘ってたんだ」
ああ、俺と言う弓でも戦えるサンプルが二人の認識を変えたのか。それなら、弓系センスの不遇を解消する一歩になったのだろう。だが、未だに俺は、前線を駆け抜けるトッププレイヤーじゃない。所詮、生産職でサポート要員だ。
「まぁ、本人の今後に期待だな。で、あっちはあっちで新しい武器のレッスン中と」
視線を向けた先では、気弱そうな少女が年下の少年から武器のレクチャーを受けている。
ユカリは手渡された機械弓を恐る恐るだが、使い始める。リーリーが細かく使い勝手などを聞くが、大丈夫です、前より良いです。と答えるだけで具体的な話が中々聞き出せずに、苦笑している。
「ユンさん、無理を受けて頂きありがとうございます」
「うん? レティーアか。別に、俺はただ仲介しただけだから。ただ、武器の費用は払ってくれよ」
「勿論。私とベルの二人で払いますよ。これでも小金持ちですから。ゲーム限定で」
その一言に、俺も同じだ。と笑ってしまう。
まだ、リーリーの方は時間が掛かりそうだ。俺は、俺でレティーアに聞きたいことがある。だから――
「何時までも立ってるよりも何か食べないか? 軽いピクニック気分で」