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Only Sense Online  作者: アロハ座長
第3部【リアルとイベントとRクエスト】
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Sense167

 後ろ足を折り、お座りの状態で待機している十メートル級の巨狼が不覚にも可愛いと思ってしまったのは、さっきまでの殺伐とした戦いの直後に、無意識で癒しを求めた結果だろう。

 知性のある青い瞳でこちらを見下ろし、クエストを締めるイベントが始まった。


『まさか、贄としてしか見ていなかった人間に負けるとはな。執着だけで今までやってきたが、我自身も限界だったのかもしれぬ』


 語りかけるような、それでいて独白のような台詞に全員が腕を下ろし、見上げている。


『女神の愛した草花を守る役割を与えられ、肉体を失ってもこの地に執着した。女神が何時戻ってきても良い様に樹を管理し、花を咲かせた。

 樹の下に人の骸を山ほど飲み込み、樹の根は人の血を吸い上げて、咲いた花を女神は愛すのだろうか。我は、もう任を続けることも叶わぬ身。自然の摂理に任せた方が良いのかもしれない』


 今までどこか遠い場所を見ていたガルム・ファントムの身体が色づいた煙となって解れていく。

 徐々に輪郭を失いつつも、最後の最後でプレイヤーたちを見る巨狼の亡霊は、言葉を残す。


『一本限りのこの樹を我は守れぬが、我が一族が密かに守るであろう。だが、新たに増えた【桃藤花の樹】は、誰の物でもない。願わくば、女神が戻る時、この樹の花が覆う世界であれば――』


 最後まで言葉を告げる事無く、消えるレイドボスと共に、インフォメーションが更新される。



 ――【Rクエスト・桃藤花の巨狼討伐3/3】――


 クエスト完了――成功報酬、初回クエスト達成ボーナス。



 この情報を見て、本当に終わったんだ。と言う気分になる。他の情報としては、後三分後に通常のフィールドに強制的に転送されることなどあるが、十分だった。

 それにしても――。


「ミュウもタクも無茶しただろ。見ている方もハラハラするし、もうこれっきりにして欲しいよ」


 全く、タクが吹き飛ばされた時やミュウがいきなり止めを刺しに行った時と心臓に悪い。

 俺個人としては、こんなスリル満点なクエストは、遠慮したい。


「むぅ、私は、自分の手でレイドボスって壁を越えたんだよ! お姉ちゃんは、褒めてくれても良いじゃん」

「ユンにミュウちゃん。情報纏めるぞ。システム的には、クエストは終わったが、本当のクエストは、帰るまで続いてるぞ」

「何だよ、俺一人が間違えている様な責められ様は。別に間違えてないよな」


 周囲に同意を求める。俺たち三人の主張は、全て共感出来る様で、否定もされず肯定もされない。

 そう言う時の大人の対応は、一先ず置いといて、反省会だ。


「時間が短いわよ。まずは、クエスト報酬だけど、通常報酬が一つ。初回攻略のボーナスが二つ。確認して貰える?」


 セイ姉ぇが良く通る声で伝える内容を聞き、インベントリからクエスト報酬を探す。

 報酬は、植物の苗木、狼の意匠が彫り込まれた薄紫色の全身鎧。そして、輪を描くように何重にも巻き付いた蔦と七つの藤の花びらの腕輪。

 全身鎧は、防具六ヶ所全てが一つのアイテムに一体化して一つの防具とされている。

 また、七つの藤の花びらの腕輪は、その三つが薄桃色に色付いている所から桃藤花をイメージした物だと思われる。


「どんなアイテムがあった?」

「鎧と苗木、それと腕輪のアクセサリー」「俺は、強化素材の牙とマント、本だな」「俺は、苗木と苗木と苗木」「ダブりもあるのかよ。ってダブり過ぎワロタ。俺は、腕輪と盾と……」


 他人と報酬内容は、同じという訳では無さそうだ。聞いている限り、七種類。その中からランダムで報酬が与えられる。初回攻略で二つであり、全て揃えるには、最低あと四回攻略しないといけないようだ。

 プレイヤーの射幸心を擽るために敢えて、一度でコンプリートさせない形は、上手い方法だと思う。まぁ、俺が欲しい物さえ手に入れば、問題ないが。


「よし。報酬の内容は後回しだ。すぐに転送されるぞ」


 時間が無いために、ミカヅチが声を張り上げる。そうだ、この外ではPKの跋扈する場所だ。帰還した直後、レイドクエストで消耗品や集中力を減らしている所を襲われるかもしれない。

 再び、弓の握りを確かめて、転送された瞬間にすぐに迎撃できる準備と心構えをする。

 そして、始まる転送。

 夏のキャンプイベントでも感じた浮遊感を一瞬味わい、数センチ浮いた所から落とされるように元の樹の側に落とされる。同じだけど、全く別の相違空間とでもいう場所から帰還した。


「ははっ! 待ってたぜ。てめぇら」

「なんだ、まだ居たのか。私たちがクエストやってる最中に倒されたのかと思ったわ」


 挑発し返すミカヅチを軽く鼻で笑うフレイン。その周囲には、たったの二人。最初に居た奴らは、数を減らし、この樹が一本立つ丘の上では隠れる場所は無い。


「倒されたんじゃなくて、俺が倒した。美味かったぜ、経験値」

「何だ。仲間割れか? 別れる直前、険悪な雰囲気だったけど……」


 俺は、そう呟きながら、フレインの隣に立つ二人の内の一人【フォッシュ・ハウンド】のサブマスに視線を向ける。何で、別ギルドの二人が隣に立ってるんだ? 仲間割れをしたなら普通は並ばないと思うのだが。

 そのネタ晴らしは、フレイン自身が語る。


「仲間? ただ強い奴を斬るのに利用しただけさ。なのに、他の奴らまで巻き込んで増長して。あんたらがクエストやってる間に決裂して、そのまま斬り合いに発展したのさ。【フォッシュ・ハウンド】派に【獄炎隊】派、それに俺たちに挑んでくる奴ら。三つ巴の戦い。楽しかったぜ」


 ニヤリと笑って見せるフレインに、サブマスらしき男は、溜息を吐きながらツッコミを入れていく。


「何が楽しかった、だよ。元々、エリアの占領もクエスト報酬も興味が無い。更に、大きくなりすぎて管理の面倒を縮小整理するために騒動起こした癖に。【フォッシュ・ハウンド】や【獄炎隊】の中から、同じ様な戦闘狂いだけ味方に取り込んでそいつらと暴れただけだろ。それに、本音は気に入った奴が何人もクエストに参加してたってだけだろ」

「うるせぇ。余計な事は言うな。俺は、PK上等。この辺り一帯の戦いに決着を着けたのだって、俺が楽しくこいつらと戦うためだ。それに【フォッシュ・ハウンド】の奴らは、気に入らなかっただけだ。俺は、強い奴や面白い奴とリスクと覚悟を持って戦うのが好きなんだよ。リスクを払う覚悟も無くて、PK名乗る奴らと肩並べて戦うくらいなら、背中から斬り付けてやる」


 随分とぶっちゃけたトークを俺たちの前で繰り広げる二人。何か、何でも行う極悪PKって先入観と粋な人情を持つ戦闘狂。単純なギャップと彼の淀みないセリフに、フレインのカリスマ性を見える気がする。

 そして、同じギルドマスターであり、カリスマ溢れる女史・ミカヅチは、ウォーミングアップでもするように自身の長物を素振りして構える。そう言う動作が、一々カッコいいんだよな。こいつら、と内心呟く。


「じゃあ、約束を果たさないとな。レアな装備で相手してやるよ」


 一瞬の間を置いて、ミカヅチの身体を包む装備が変わる。上質な布と革製の防具は、薄紫色に狼の意匠が象られた全身鎧に変化する。


「ああ、簡単に倒れてくれるなよ」

「それは、こっちの台詞だ。凶悪なPK・フレイン。戦ってみたかったんだ」


 互いに、長物と細剣を構え、合図も無く全く同時に距離を詰めて、武器を打ち込む。木製の棒と細い剣がぶつかる度に、両者の素材ではあり得ない音が響く。

 重量感ある全身鎧を着こんだはずのミカヅチは、見た目に反し、滑らかな動きと剛力で相手の攻撃を挫いていく。

 対して、ゴリ押し気味な戦い方のフレインは、力で押し負けると獣染みた動きと手足を地面につけての低い足元からの攻撃を繰り出していく。


 両者の実力は、拮抗していた。


「楽しそうだな。二人とも」

「何だよ。俺に何か用か?」


 視線は、二人の戦いを追ったまま、【フォッシュ・ハウンド】のサブマスは声を掛けてきた。


「俺は、トビアだ。元【フォッシュ・ハウンド】で今は、新生【獄炎隊】だ。前のギルドは、一度解散して同じ名前でやり直した」

「そうか。俺は、ユン。なんて言うか、良かったのか? ギルド解散して。それで」

「良いんだよ。俺たちは、フレインの我儘を見ているのが好きな連中だけが残って集まったんだ。それに、アイツが我儘なら俺たちも我儘だ。愛想が尽きたら、後悔無く去る。来る者は拒まず、去る者は追わず。やりたいことがあるなら自由にやれば良い。否定せず、干渉もしない。随分とアッサリしているんだが……それが心地良いんだよ」


 遠い目をしながら語るトビアと徐々に押されるが子どもの様に楽しそうに戦うフレインを見比べる。

 PVPのフィールドの無いPK。ルールに縛られない代わりに、リスクも負う自由な姿も一つのゲームの有り方だと俺に示している。

 そして、全員が無言で二人の戦いを見守っている。

 互いに回復なんて手段は最初から選ばずに、命の削り合いとも言える戦いをしている。


「――【暗殺】」


 ついに来た。追い込まれたフレインが一発逆転の確殺スキルを発動させる。

 腰を落とした姿勢から突き上げるように放った細剣の一撃。冑と鎧の隙間へと吸い込まれるような鋭い一撃は、最小限の動きで回避したミカヅチの素早い反転を利用した回し蹴りがフレインの腹部に決まる。

 地面をバウンドするように転がり、最後にマウントポジションで動きを止めたミカヅチ。決着は着いた。


「さて、これでお前の負けは確定だ。だから自決なんてせずに大人しく負けろ」

「当たり前だ。ったく、誰だよ。折角、愛用していたバグ技が修正された。運営仕事のし過ぎだろ」


 そう言って、ふぅ、と力を抜くフレインの脳天をかち割る様に振り下ろした長い棒。その一撃は、一瞬で残りのHPを全て奪い取る。

 全員が見守る中で、フレインの負けを確認したトビアは、息を吐いて軽い声で「撤収~、じゃ、お邪魔しました」と去って行こうとする。トビアの気の抜けた声にミカヅチが待ったを掛ける。


「楽しかったな。そっちの人もどうだい? これから一緒に打ち上げに」

「はぁ? 俺たちPKで、あんたらはさっきまでうちの頭とあんたが戦っていただろ。どの口が言うんだ?」

「私は、気にしてない。まぁ、参加は自由だ」

「いや、うちのトップが寝ているのに……」


 大丈夫なのか? と頭をガシガシと掻きながら悩んでいるトビア。ミカヅチは、俺へとそっと期待の籠った視線を送って来る。

 はいはい。分かったよ。

 俺は、前に出て、転がるフレインに一本の薬を使う。

 桃色のエフェクトと共に蘇生するフレインにトビアは、目を見開いている。まぁ、簡単に高価な蘇生薬を使った事やPK相手に蘇生させるなんて、どんな気狂いだと思われたかもな。


「マジで半端ない強さだな。それもレア装備のお蔭か?」

「半分実力で半分は、装備だ。物理攻撃力を大幅に引き上げる代わりに、一切のスキル、アーツが使えない鎧だ」


 負けは負けとして受け止めるフレインにミカヅチが答える。


「次は、酒飲みで勝負だ。おい、トビア。今ログインしている奴ら集めて打ち上げに乗り込むぞ」

「本気……ですよね。まぁ、付いていくさ。飽きるまでな」


 いつの間にか、他人も巻き込んだ打ち上げが日曜の夜に始まる。料理に酒に、それから語らい。自由参加のそれには、戦いの後の興奮のまま参加する。そして、PK相手でのストリートファイトを肴に酒を飲む大人組や手に入れたクエスト報酬のトレードや即席オークションが開かれることになる。


長かった第三部も次回でラスト。その次は、第四部予定。


修正:素材の木材→強化素材の牙

   「ダブりもあるのかよ。ってダブり過ぎワロタ。俺は……」→「――俺は、腕輪と盾と……」

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