Sense164
両親は、昨日と違い遅くに帰宅予定。軽く済ませられるような物を要望されたので、今晩は、稲荷寿司だ。
油揚げは、稲荷寿司用の市販の物のために用意するのは、酢飯だけだ。砂糖、塩、酢を混ぜた物を炊き上がったご飯に切る様に混ぜ、酢が満遍なく行きわたる様にする。今日の稲荷寿司は、酢飯に白ごまを少し混ぜただけだが、代わりに人参、卵、椎茸、レンコン、ショウガを混ぜれば、五目稲荷。
また同じ材料を使う料理には、油揚げの中に生卵を落として、楊枝で口を塞ぎ、甘しょっぱいタレで煮たり、と。
他には、母さんが作り置きした野菜の酢漬け、味噌汁などが並ぶ。、
余談だが、冬場の味噌汁の具で意外に合う食材は、キャベツだ。煮込んだキャベツは、とろとろで甘く美味しいのだ。
と、余計な思考をしている間に夕飯の支度は済んだ。
その時間を見計らったかのように降りてくる美羽には、食欲センサーでも搭載されているのだろうか。
「おおっ!? 稲荷寿司。五目?」
「残念。ただの白ごま入りだ」
「幾つ食べて良い?」
「父さんと母さんの分は、別に分けて冷蔵庫に入れてあるから好きに食べて良いぞ。ただ、俺の分は残せよ。はい、緑茶」
「ありがとう。じゃあ――頂きます」
そう言って、食べ始める美羽。
時折、時計を確認しながら食べているが、予定時刻にはまだ余裕があるはずだ。
「そんなに急がなくても、間に合うだろ」
「……んっ。そんなんじゃないよ。何でかな? やっぱり美味しいと食が進むよね」
「そう言って貰えると作り手としては、有難いよ」
俺は、そう答えて、稲荷寿司の三分の一程を咀嚼する。うん、良い出来だ。
美羽と一緒に程なくして夕飯を食べ終わった俺は、食器を洗い、食べ終わった美羽は、食後のお茶で胃を休めている。
「ご馳走様。はぁ~、美味しかった。満腹、満腹」
結構、早いペースで俺より多く食べていた。あの小柄な体のどこに俺以上のスペースがあるのやら。俺は、八分目程で良い感じに幸福感に包まれている。
「あー、今日が終わったら明日からまた学校だ。夢のような休日が終わっちゃう」
「いや、そんな日曜が終わるのを嘆くなよ。まだ終わってないだろ。俺も洗い終わったし、早めに行くか?」
「うっし! 行こうか! じゃあ、先に待ってるね」
そう言って、軽やかな足音を響かせて二階へと駆け昇っていく。俺も後を追うように自室へ向かい、VRギアを接続してログインする。
ログインから待ち合わせ場所の町中央のポータルの設置されている広場。そこには、先に来たミュウを始め、見知ったプレイヤーや知り合いと話し合っている見知らぬプレイヤーが居るが、まだ全員が来たわけじゃない様だ。その間にセンスのレベルをチェックしておく。
所持SP27
【弓Lv44】【長弓Lv23】【鷹の目Lv50】【俊足Lv14】【看破Lv13】【魔道Lv10】【地属性才能Lv26】【付加術Lv30】【料理Lv33】【言語学Lv21】
控え
【錬金Lv41】【合成Lv37】【彫金Lv7】【調薬Lv43】【調教Lv15】【泳ぎLv15】【生産の心得Lv45】【登山Lv13】【毒耐性Lv7】【麻痺耐性Lv6】【眠り耐性Lv6】【呪い耐性Lv7】【魅了耐性Lv1】【混乱耐性Lv1】【気絶耐性Lv6】【怒り耐性Lv1】
本来は、センスの成長・派生をさせると、レベルが下がると同時に補正も下がるので、センス毎のレベル上昇値などを加味しても、保留にすべきだろうが、今回はPK達の居る場所だ。レイドボス戦で矢面に立たないならば、と平均レベルを下げる意味合いでの成長を許可された。
昨日、暗殺センス持ちのPKを倒したことで戦闘に使用したセンスのレベルの上がりが良かったこともあり、成長・派生の規定レベルまで達したセンスが幾つもあった。
【鷹の目】のレベルが50を超えたことで、成長するセンス――【空の目】。
【料理】のレベルが30を超えたことで、成長するセンス――【料理人】。
この二つを成長させることに決めた。
空の目で消費するSPは、3。料理人の場合は、1の消費で成長可能だ。SPが無駄に余っているのは気になるが、まぁ、それは後でいいだろう。
【料理人】のセンスで変わった所は、特にないだろう。今まで通り、料理に関する生産活動が可能な点と包丁を武器に扱える事。何か、特殊な条件があれば、解放されるスキルなどはあるだろうが、今の所見当たらない。
そして、【鷹の目】の成長センス【空の目】。一言で言うと、今までよりも視認できる距離は伸びて、ターゲティング能力も健在のまま。更に新たなスキルとして【空間】が存在した。
広場で説明文を読みながら使って見たが、今回のレイドクエストには、非常にお誂え向きのスキルと言える。文字通り【空間】を詠唱のキーワードに組み込むと自身を中心とした十五メートルの範囲での単一効果のスキル・魔法を複数発動する。
例えば、【ゾーン・ボム】とすれば、単一効果の下級地属性のボムの魔法が範囲内の対象となった相手に発動する。
同じ様に補助的なスキルとしては、魔法職の魔法の遅延スキルなどが存在するが、最終的に遅延スキルを含めた詠唱全てを無詠唱でしているので、手の内が読めない点が恐ろしい。
これだけ言えば、ゾーンが有用に聞こえるが、欠点は多い。まず、MP効率が悪い。通常の遅延による魔法待機で十発魔法を用意する場合、消費するMPは、単純に十倍が基準だ。魔法を待機させる時間によって若干の増加はするが、例外やセンス構成によって変動したりするものの、大体それくらいの消費量だ。だが、ゾーンの場合は、加速度的に消費量が上がる。現状、最下級のボムは、八発が限度。エンチャントは、十人同時が限界だ。それ以上の事を求めてMPの消費量が最大値に収まらない場合、MPだけが無駄に消費されて不発に終わる。
再使用のための待機時間は、長くは無いためにMPポーションを湯水のように使うのも一つの手だ。
他の欠点として、対象毎に一発ずつ。これは、遅延による十発の魔法は、自由自在にターゲットを指定できるので、同じタイミングでの命中で連鎖ダメージを稼ぐことが出来るが、ゾーンは、そこまで自由度は高くない。
これらの欠点が多いために、使い辛いが、用途を広範囲エンチャントに限定した場合は、問題ない。センス成長によるステータスダウンも、この場に居る多くが了承し、むしろ守る重要対象と位置付けられた。
「【鷹の目】を成長させるとそこに行き着くわけか。聞かない情報だったから未到達もしくは、センスを所持して居ても情報を公開していない人が居るのかもね」
「まぁ、ぶっつけ本番でやるには不安だけど、普段より役割を減らして、戦うしかないな」
エミリさんは、検証マニアを自称するだけあって新しいセンスに関しては興味があるようで、俺は分かる範囲で答えて時間を消費する。
元々、ダメージディーラーに成れない俺は、特に話し合う必要も無く、徹底的に味方の戦力底上げが役割となった。
そして、しばらく、ポジション、アイテムの使用タイミング、相手の行動パターンによる陣形の相談などをしながらレイドクエスト参加者が全員やって来た。
ミュウとそのパーティー六名。タクとそのパーティー五名。セイ姉ぇとミカヅチとそのギルドメンバーらしき人たち十七名。最後に、俺とエミリさんの二名。合計三十名。五パーティーが今回のレイドクエストに参加するようだ。
構成としては、魔法職と壁職、回復役の比重が多いだろう。昼間のPVPで両手剣であるバスタードソードよりも一回り大きな剣を振り回していたケイは、ラージ・シールドとショートソードに切り替えている。
またタンカーには、以前参加し、対応法や間合いを掴んでいるプレイヤーが多く参加し、安定感は高い。以前よりも性能の高い装備に一新し、入念なレベル上げ等を行った彼らの士気は、非常に高かった。
「今回のレイドクエスト攻略は、複数パーティーの合同だ。前回の雪辱を晴らしたい奴やクエスト報酬が気になる奴もいるだろう。まぁ、それに期待するのも良いが、その前にボスを倒さなきゃならん」
ミカヅチのちょっと冗談の混じった宣言が入り、苦笑の混じる笑みを浮かべるが全員真剣な表情を作る。
「色々という事があるが、そう言う長ったらしいのは私は嫌いだ。だから、行くぞ!」
「「「――おうっ!」」」
ノリの良い男性陣は、大きく掛け声を合わせ、俺はそれを頼もしく思いながら眺める。
そこからは、三十人の集団がぞろぞろと移動を開始する。
ポータルで桃藤花の樹の近くの廃村まで移動し、村長の家の地下には、俺と数人が入り込み、クエストを発生させる。
それから要石のポイントに移動しながら、クエストの工程を消費していく。
以前にも一度見た人柱の亡霊をもう一度眺め、レイドボス直前までの状況にした。
その間、この周囲に居たPKたちやそれに戦いを挑むプレイヤーたちが居たが、俺たちを素直に通してくれた。
普通は、全力で妨害しようとするだろうが、残念ながらそのような気概のある奴は遭遇しなかった。
「ここを通りたければ、俺たちに一度キルされるんだな! それか、消耗品を置いていけ!」
と言った感じの追いはぎや盗賊みたいない事を言ってきたら、こっちは、集団で武器を取り出して、素振りを始める。
剣を持っている人は、鞘と剣をぶつけてカチャカチャと音を鳴らし、長物の武器を持つ人は、それを振って風切り音を生んで無言の威圧を醸し出す。後ろからジト目で見て居たいが、それでコントの様に引くPKもPKである。
まぁ、彼らだってリスクを負っているんだ。勝てない相手に喧嘩を売るより勝てる相手で経験値を稼ぐ方が得策だろう。強い奴は強い奴に任せるのが道理だろう。
まぁ、この集団を見て、レイドクエスト参加者だと分かっているのだろう。クエストの境界線までは何の問題も無く辿り着けた。
そして、そこに待ち構えるように集まっている十二人のPK。中には二人ほど見知った顔があった。一人は、言わずと知れた目立ちたがり屋のフレイン。もう一人は、俺が見逃した【フォッシュ・ハウンド】のPK。確か、サブマスと言われていたか。
好奇、警戒、無関心、敵意と全く異なる感情を視線に込める中、フレインが一番に口を開く。
「よぉ、俺らを打ち取りに来たのか?」
「まさか。クエスト受けに行くだけだよ。だから、邪魔はしないし、しないでくれよ。ボウヤ達」
フレインとミカヅチのやり取り。最後のボウヤの発言に挑発的な意味合いを込めた為に、より強いマイナスの視線に晒されることになるが、話しているフレイン本人は、面白そうに笑っているだけだ。
「じゃあ、その用事が終わったら相手してくれるのか?」
「さぁ、分からないけど……まぁ、襲われたら返り討ちにするんじゃないか? クエストでレア装備が手に入ったら、真っ先に実験体になる覚悟があるならだけど」
「そりゃ面白い。じゃあ、手出しはしない。行ってくれば良いさ」
フレインの一言に他の多数のPKたちが湧き立つ。この場で倒せ。集まっている仲間を呼び寄せれば数では有利。態々通す必要はない。と言っているが、面倒そうでつまらない物を見るような無機質な目を俺はフレインから感じ取る。
俺たちが通り過ぎようとする時、フレインの視線が俺に向いた。
無機質な何の感情も読み取れない表情のまま、目を向けられて、驚きで思考が停止する。前に敵対した時に感じなかった怖さのような物を感じたが、すぐに表情が解け、歯の見える笑みで見送られた。
読唇術は、出来ないが声に出さず何かを伝えようとしたようだ。その口を思い出し、同じ様な形で言葉を探る。
『ま、た、や、ろ、う』――また、やろう。俺としては二度も三度もフレインとは戦いたくないのだが、本人はバトルジャンキーの様だ。それも強い相手と戦う事が好きな。
その期待に応えるのは俺では無理だと思いながらも集団の後に着いていき、クエストの場所に到達する。
周囲から人が消え失せ、目の前の一本の樹がある。
そして始まる――レイドクエストが。