Sense156
翌日、別れ際にエミリさんとログインする時間とPVPの観戦の約束をして出会い頭に一言。
「……峻くんってやっぱり変身願望が」
「無いから。これは、必要に駆られたと言うか。代わりに借りたんだ」
誤解を解くために事の顛末を話す必要がある。
それはエミリさんと合う三十分ほど前。朝早くに、クロードに防具の修理のために訪れた。
「来たか。じゃあ、服を脱げ」
「来てそうそう、いきなり言う言葉じゃないだろ。まぁ修理を頼むのは俺だし頼んだ」
と、そこで俺の動きが止まる。装備の変更をメニュー画面で行おうとしたのだが、駄目だった。
「……どうした?」
「いや……代わりの装備を持ってない」
基本、オーカー・クリエイターが俺の一張羅で、他の防具類は無い。辛うじて、昨夜の戦闘で残った装飾用のマントと予備のアクセサリー装備がある程度。どうした物か、と悩んでいる間にクロードは俺の一言に非常にやる気になったような。俺としては、冷静でいてほしいのだが。
「仕方がない。裁縫師としては、代わりの服は多数用意するものだ。さぁ、これを代わりに装備……「却下だ!」じゃあ、これだ!」
最初に突き出したのは、桜色のセーラー服で次に取り出したのは、スリットの大胆に入った水色の法衣。次に反対に真っ白のゆったり目の布に真っ白な羽が付いた天使の衣装。果ては、身体のラインが分かってしまうようなボディースーツ系の衣装まで。
どれも却下して行き、最終的にエミリさんとの約束の時間が迫り、俺の妥協点の一つとして今の衣装を選んだ。
真黒に染色された上下一体の貫頭衣は、タートルネックであり、首筋や鎖骨を露出していない。胸元に銀糸の刺繍の施された服は、上下一体で非常に裾の方はゆったりしている。その反面、腰回りを紐で締めているために細く見える。
また、分離式のフードが胸の上や肩甲骨、肘辺りまで垂れているために、上半身の体型を隠して分かり辛い作り。
露出面は圧倒的に低く、男女のどちらでも通用しそうな服だが、俺が着るとどうも女性的に思われるようだ。
「と、苦肉で選んだんだが……」
「それで選んだのが、改造法衣。って言っても見方によっては、シスターにしか見えないわよ」
「何でそうなるんだ」
俺は、落胆の色を滲ませ、エミリさんは、微妙な表情で見ている。
「まぁ、腰回りの細さや、流れるようなヒップのラインは、露出が無いからその曲線が女性的に見えたり……全体的な丸みを帯びたシルエットが原因だ。と単純に分析してみたり」
「くっ、クロードの奴。そこまで計算して服を作っているのか!?」
「もしそうなら、相当にそれなりの道に精通した人ね。まぁ、最悪、そのフードで顔を隠せば」
「ああ、そうする」
何時までも落ち込んでいたは、仕方がない。気持ちを切り替えて行こう。とするが、エミリさんが待ったを掛ける。
「まだ、来てない人が居るのよ」
「来てない人?」
「うん。来たみたい」
そう言ってエミリさんの向く方向を振り向く。
「師匠!」
「昨日ぶりね」
見ると、レティーアとベル。そしてライナとアルだ。
昨夜は、あのまま任せっきりで挨拶もそこそこにログアウトしたが、今日の同行者は、これで全員のようだ。
「おおっ!? うへへへっ、良いね良いね。その恰好」
「な、何だよ」
ベルがその猫耳ヘアバンドをピーンと立たせて、妖しい手付きで、ふんすー、ふんすーと女子にあるまじき鼻息を立ててにじり寄って来る。
「その丸いお尻と控えめな胸。そして、信仰に全てを捧げた乙女。可愛さと凛々しさを兼ね備えた神秘性が……「止めなさい」……にゃっ」
俺が、後退る中で、迫るベルをレティーアが最高のタイミングで捕まえる。
言ってることが、ミュウのパーティーのリレイを思い出す。リレイが静の指向性を持つなら、ベルは動と表せるだろう。ベルとリレイの二人を絶対に引き合わせてはいけない気がする。
「可愛い女の子への最高の賛美を何故止めるの」
「それのどこが賛美なのよ。雰囲気からして怪しいじゃない」
「何を言うかっ! 可愛く、凛々しいユンちゃんは、至高の存在!」
「いや、マジで女扱いは止めて」
俺の声も空しく、聞き入れられなかった。レティーアとベルの二人がヒートアップする中で、ライナとアルに改めて挨拶を交わす。
「昨日は、大丈夫だったか?」
「大丈夫ですよ。ほら、ライちゃんも」
「えっと、その。昨日は、ありがとうございました」
どうもまだ硬さが残っているライナ。アルは、俺の事を上手く受け止めているけど、ライナはまだ表情が優れない様子だ。
「それと、もうあんな事には巻き込まれない様に強くなります」
「いや、別に気にする必要は無いんだけど……」
「ユン師匠。ライちゃんが素直じゃなくてすみません。その、ライちゃんは、人が多いとやっぱり面と向かって言えないので」
「ちょ、ちょっと! アル、そこに直りなさい!」
俯いていたライナがアルに掴みかかるが、軽やかに避けるアル。二人はそのまま、逃げ回る。
なんだ、いつも通りか。と思うがこの場に付き合ってくれるという事は、この場に居る人とは、ある程度馴染めているのだろう。
「それと! 強くなるために、ギルドに入ろうと思うわ!」
「あっ、そう。それはどこ?」
ライナがまるで照れ隠しでもするように急に話題を変える。それにしても、本当にギルドの話がいきなりとは。
「えっと――【新緑の風】です。普通に初心者支援で同レベル帯の人と組んだりする。って話ですし。まぁ、ライちゃんが人が多いと馴染めないから小さいギルドだけど、どうかな? って誘いを」
「あとね。ライナちゃんは、私のケモモフ思想に感銘を受け、多種多様な動物王国を築くために調教師としての道を歩むのよ――主に、アルくんが」
あっれ? なんか、うちの弟子の一人が何かコアな思想に毒され、もう一人の弟子がそれに付き合わされているように思えるぞ。
アルが上手く纏めてくれたのに、一気にベルが台無しにした。何となく、視線を逸らすライナと乾いた笑い声を発するアルの姿が真実を語っているように思う。
「……その、レティーア? うちの弟子たちを見ててくれるか?」
「ええ、当然よ。人としての道を外させないわ」
「それに、ライナとアルも。ギルドを頼る他に、俺にも遠慮なく頼ってくれ。何かあったら手伝ってやれるから」
「それって……私たちが弟子のままで良いの?」
別に、師匠と弟子の関係なんて便宜上そう呼んでいるだけだったが、今となってはおかしな関係だがそれが心地良かったりもする。何一つ教えていないのだが。
「別に正体バレたからって二人を弟子除名とか、そんなことしないさ」
そう明るく言うとライナは、切羽詰まった感じで俺を見詰めてくる。俺まで緊張が伝わり、次に何を言うか、静かに待つ。
「絶対。絶対に、強くなって――蘇生薬のお代は払います!」
「……はい?」
「その……私たちをあそこから逃がすために使った蘇生薬は、強くなって何時か返済を」
今まで表情が暗いのは、それが原因か。なんか、予想外の言葉にしばらく思考が止まる。そして次に思ったのは、意外と律儀と言うか、口の割に頭が硬いという事実だ。
それが、なんか笑えた。
「ぷっ、くくくっ……」
「えっ!? え、どうして笑うの!?」
「い、いや。そんな下らない事を悩んでいたのか、と思って。悪い、いきなり笑ったりして……でも、ははっ」
笑いが止まらない。頬が自然と緩み、反対にライナの表情が釣りあがる。
「わ、私が真剣に考えたのに! ギルドに入るのだって効率的な稼ぎ方を覚えて返済しようと……」
「分かった分かった。ちゃんと俺が教えた、打算的に考える、って事が出来てるな。じゃあ、師匠としての次のステップの提示だ。ゲームは楽しめ、だ。それとな。別に返済なんて無くても構わないけど、気が済まないなら、うちの店で買い物してくれれば、それで良い」
「うぅ……絶対に、蘇生薬に使った代金以上の利益をお店に献上させますよ!」
「楽しみにしてる。だが、その前にPVPの観戦だ。食べ物買い込んで行こうか」
俺が促すとレティーアとアル、ベルとライナの組み合わせでそれぞれ好きな物を買いに走る。
それを眺める俺に今まで一歩引いて眺めていたエミリさんが話しかけてくる。
「まさか、峻くんが冗談を言う場面に遭遇するなんて、クラスでは見れない姿だったわね」
「俺だって冗談くらい言える。何時も弄られている奴って印象が強いだろうけど」
「ふふっ、私にとっては、峻くん。いえ、ユンくんは、頼りになるクラスメイトよ」
そう言って貰えて、何となく嬉しかったりする。
俺たちも四人の後を追うように屋台で買い物をして戦闘職のPVP・バトラークラスを始まるのを待つのだった。
シスター姿のユンちゃん、マジ聖女。