Sense155
「私たちがこの子たちを見てるから行って来て良いよ。少し落ち着いたらログアウトさせるから」
「ああ、すまない。色々付き合わせて」
「別に、気にしなくていいよ。私としては、今回の事で色々と興味あったし」
楽しそうに言うベルに対して、レティーアがそう言う事は思っても口に出さない、と諌めていた。
「ユン師匠。その……今日は、すみませんでした」
「アルたちは、気にすんな。俺が勝手にやったことだ」
何となく、撫で易い位置に頭が下げられた二人の頭を軽く撫でる。
ライナとアルをレティーア達に任せて、生産職である俺と遠藤さん。いやエミリさんは、マギさんに指示されてコムネスティー喫茶洋服店へと向かう。
遅い時間には、喫茶店としては、店を閉めているここも今回の襲撃後の休憩所として解放していた。複数の人がテーブルに疲れた顔で座っているのが見えた。
また、カウンター席では、見知った人も精根尽き果てた感じでお茶を飲んでいる。
「ユーンくん。どーして、お姉さんの所に手伝いに来てくれなかったのー!」
「うわっ!? マ、マギさん!? いきなり何を!?」
カウンター席に座っていたマギさんが、俺を見た瞬間に腰の辺りに抱き付いてくる。立っている俺と座っているマギさんの位置関係上、丁度良い具合に抱き締められ、容易に抜け出せないので周囲に助けを求める。
「仕方がないだろ。と言うよりも情報の処理を全部俺の方に丸投げしていた癖に。それと、おかえり」
「ただいま。そっちもお疲れ様」
クロードの登場でやっとマギさんは、俺を解放してくれた。そして、改めて俺たちを見た二人がエミリさんを見て、誰? と首を傾げる。
「えっと……紹介する。【素材屋】のエミリさんです」
「こんにちは。まぁ、エミリオの方が印象が強いかな? こうして変装無しで会うのは初めてだと思うし」
何の気負いも無く自己紹介をするエミリさんに、二人は疑問が残るようだがそれを呑み込み話を続ける。
「一応、リアルの知り合いって事と生産職って事で同席したいんだけど……良いかな?」
「ああ、構わない。と言っても大した話はしないがな」
肩を竦めて、俺たちにカウンター席へと勧める。
マギさんは、さて、何から話そうか、と考えを巡らせている様で、少し時間を置いてから語り始めた。
「うーん。今回のPKの主なギルドは、【フォッシュ・ハウンド】【獄炎隊】後は、新しく【グリーン・フォール】と【相互互助兵団】って中堅ギルド。他は、無所属のソロのプレイヤーたち。全部合わせると、三百人くらいになるかな?」
「結構な人数ですね」
「まぁ、全員が全員。ログインしている状態じゃないだろうし……。とは言え、PKとしてこの近辺で襲ったりしてたようだけど、ある時点で一斉に退いてね。大した被害も与えられずに終わったのよ」
何でだろう。と俺が顎に手を当てて考えている横でエミリさんは、ぽつりと呟く。
「……囮とか?」
「正解だ。PK達がフィールドのある場所――桃藤花の樹周辺を占拠した。まぁ、システム的に領地化するとかギルド所有は出来ないから、その地域に入るプレイヤーをPKして排除することで占拠している訳だ」
エミリさんの言葉に、クロードが引き継ぐ。
だが、そんなことは、普通に無理だろう。ゲームの運営にも影響があるんじゃないのか? その思いが顔に出たのか、うんざりした顔のマギさんが答えてくれる。
「その辺は、考えられてるのよ。ギルド毎にパーティーを出して、持ち回りで守らせる。単一勢力の独占じゃないって言い訳が出来るし。三百人のプレイヤーが時間差で交代しても、二時間で四パーティーを常駐させられる。下手に突入しても数の暴力で負けるわね」
「新規参入プレイヤーには、まだ手の届かないエリアでありながら、レイドクエストの重要ポイント。更に、お前が原因で更に重要度が上がってるんだ」
俺が原因? 俺は、何かとんでもない失敗をした覚えは無い。あるとしたら、一つ……。
「……蘇生薬の原料の一つ?」
「そうなんだよね。ユンくんは、悪くないんだけど……代替素材や代替レシピが無い現状だと、蘇生薬の作成も出来ないでしょ? それにエリアを長期的に占領されれば、蘇生アイテムをPK側が揃えられて、エリアから排除するのが難しくなる。まぁ、そのレベルまで進んだら、後は運営に任せるしかないと思うんだよね。もしも、運良くPKを排除出来ても、また占拠されたら困る。せめて、代替素材かレシピが見つかれば、重要度も減り、相手もあのエリアに固執するだけの労力も無駄に終わるんだろうけどな」
「うーん。PK側がまた占拠するにも時間が掛かるだろうし、そもそもすぐに立て直せないんじゃないかな?」
今度は俺たちが報告する順番となり、森であった事を話す。
ただ【獄炎隊】のギルドマスターとの遭遇は、相手の人物評価もあって主観が入りそうだったので、客観的な内容だけを話す。
主に、【暗殺】センスについて……。
「……と【暗殺】センスの解放条件や効果は不透明だけど、対人戦闘に特化している点は、実際に体験した。あれは確殺スキルだ」
「そうね。まぁ、体験した人しか分からないだろうけど……」
「で、大丈夫だったの? 二人ともどこか体調に問題とかは?」
実際に受けた俺たちの意見を真剣に考えているクロードと一度PKされたことに心配してくれるマギさん。全く問題ないのに、狼狽えている姿がちょっと新鮮で可愛らしいと感じて、苦笑を浮かべて、大丈夫だと答える。
「ちょっとでも体調に違和感を覚えたらすぐにログアウトして休むんだよ。良い?」
「大丈夫ですよ。それで、クロード、その話はどう思う?」
「まぁ、調べてみるか」
そんな簡単に調べられるのか? という疑問に対して、クロードは意味あり気な笑みを浮かべて、こう答える。
「――蛇の道は蛇。って言うだろう? 本人たちに聞くまでだ。まぁ、楽しみに待っていると良い」
「なんか、色々とヤバそうな匂いがするのは気のせいか?」
「ユンくん、深く追求したら駄目な事もあるんだよ」
何で、マギさんはそんな慈愛の籠った眼差しを向けるんでしょうか? そして、エミリさんは、クロードを非常に残念な人を見る目で見ている。まぁ、その思いは良く分かる。
「あとは……何度か、強烈な攻撃を正面から受けたから使用した武器と防具のチェックはして貰えるか?」
俺は、解体包丁と傷み受けのマスクの事を話すと、二人はすぐに調べてくれた。
「うわっ……これは、結構ダメージが蓄積してるよ。耐久度は高めの筈なんだけど……私は、忙しいしすぐには耐久度回復は出来ないよ」
「防具の方は、少しダメージを負っているだけだ。必要なら、明日の朝一にでも来て、置いてくれれば、夜には直しておく」
「マギさんが忙しいのは、仕方がないです。それに、メインの武器じゃないんで問題無いんですけど……クロード? お前は何時寝ているんだ? 【暗殺】センスの調査と生産職としての仕事とイベントの準備って」
「ふっ、成人になれば、二徹、三徹など余裕でこなせるさ」
いや、無理でしょ。とエミリさんのツッコミが入る。俺もそう思う。
「まぁ、今すぐPKをどうこう出来る訳でもないし、イベントだって中止にする程の事でもない。一番の優先事項は、明日のPVPだ」
「俺は、装備やアイテムが万全じゃないからマスタークラスの出場は無理かな。リーリーの頑張りを見守るよ。エミリさんは?」
「私も観戦する側に回るわ。明日一緒に見ない?」
嬉しい提案に、俺も同意する。
俺たちの様子を見ているマギさんとクロードの目がどこか優しく暖かい物の様に感じる。
その後は、互いに言葉を交わして別れることとなる。
イベントの初日は、こうした騒動が最後に起きて、幕を閉じる。
今回は、ちょっと短め。