Sense154
暗い森の中に響く剣戟。
「おらおらおらっ! そんな気の抜けた攻撃なんぞ、喰らうかよ!」
「ふざ、けんな。 こっちは必死だ!」
両手で解体包丁の柄を握りしめ、フレインの攻撃を正面から受け止めて、時に反撃をする。一回一回の攻撃が重く、腕に衝撃が伝い、痺れるような感覚が生まれる。身体を貫く衝撃は、微量のダメージとして蓄積されていく。
速さ重視の武器である黒の細剣がハンマーのような威力を片手だけで生み出すなんて、デタラメも良い所だ。
フレイン本人の対人ステータス補正が主に強いのだろう。こいつは、相当PKしてレベルを上げてるのかもしれない。対人だけで比較すれば、一対一では、絶対負けてる。
「ほらほら! しっかり後ろの後輩ちゃんたちを守ってねぇと。攻撃が流れるぞ!」
「手を抜いてる事は、有難いが! 煽るな、イラつく!」
両手で持った解体包丁と片手で支える黒の細剣との鍔迫り合い。俺が体を前に倒すようにして押し込むと、フレインは、大きくジャンプして距離を取る。
何度目かの仕切り直し。俺のHPの回復とエンチャントの準備を待っているフレインの余裕に乗りかかる形で、痺れた手が回復する時間を稼ぐ。
「良いな。その不退転の姿勢。手を抜いて見る価値は十分あるぜ」
「知るか。逆に手を抜き過ぎて俺にやられない事だな」
【暗殺】センスは、対人戦闘での攻撃力に補正を与えるって話だ。なら防御は、攻撃ほど馬鹿げた物じゃないはずだし、反応速度も今まで打ち合って来たが、初撃は早いが手を抜いて連撃をしてこないだけだ。このまま、相手が慢心したままレティーア達三人がこっちに来てくれれば、相手をすることも出来る。
「俺を倒す算段が付いたのか? 無駄だと思うぜ」
「算段じゃなくて、可能性を考えてただけだ。じゃなきゃ、やってられない」
本当に攻撃力が高い割に、武器や防ぎやすい所を狙う性格は、受ける方にとっては精神的な苦痛が大きい。
それを分かってか、俺の発言に喉を鳴らして笑う。レティーア、ベル、エミリオの三人は、残ったPK相手に苦戦はしていないが善戦もしていない。微妙に硬直状態である。
まだ耐える必要がありそうだ。
「じゃあ、行くぞ――」
その一言と共に、一気に距離を詰めるフレイン。相手の攻撃に合わせるように解体包丁を構えると再び、衝撃が体を貫く。
歯を食いしばり、反撃に出るタイミングを見計らう中で、二撃、三撃と重い一撃が武器を通して体に伝わる。
「そろそろ飽きてきたし、少しピッチを上げるぞ。付いて来れるか?」
「はぁ、何――っ!?」
今まで受けるだけだったが、その攻撃には、咄嗟に上体を反らす形で何とか避けた。
「どーも、店売り最弱装備のナイフくんだよ。甘い所があったら、容赦なく刺してくから」
「ははっ、持ち手が対人最悪の奴だったら、そんな武器でも脅威だよ」
乾いた笑みを浮かべて、自分の考えが早くも崩れる。
片手だけで相手していた相手が、両手に武器を持って襲ってくる。しかも、ご丁寧に最弱装備で出力押さえて。なぶり殺しも良い所だ。
「バトルジャンキーか。お前は……」
「さぁ? まぁ話すのはこれくらいで、もっと楽しもうや」
そう言って切りかかって来るフレイン。それを正面から全力で受け止めるが、空いている肩にナイフが突き立てられ、一歩下がる。再び重い一撃を耐えると今度は、太腿を切り裂かれ、膝を着く。
完全に隙を見せる形だ。しかも、今の一連の攻撃でHPをかなり削られた。
だが、フレインは、その隙にも攻撃をせずに、こちらを見下ろしているだけ。
俺は、直ぐにポーションを使い、立ち上がる。
「諦めて無くて良かったぜ。もう一度行くぞ!」
そう言って、振るわれる一連の動作。衝撃が襲い、甘い所を刺される。だが、それを耐えて見極められれば三回に一回は、ナイフの刺突を避けられる。
相手は、それで気を良くしたのか、こちらへと向ける笑みを色濃くした。
それから一方的な攻撃だった。全く同じ様な動作でも対策を見つけられずに、何度も追い詰められて、回復する。
時折、攻撃の直前に俺から視線を外して、背後に控えるライナとアルに視線を送り、こちらの気が緩んだと感じたら、二人へと向かう素振りを見せる。嫌な奴だという感情を視線に込めて睨む。
攻撃を受けては、回復をどれ程続けただろうか。俺たち二人の優劣は、変わらずだが、レティーア側には変化があった。
「おっと……痛ぇじゃねぇか。こっちが楽しくやってるのに背後からなんて」
「後ろが空いていたから、つい。次は確実に仕留める」
剃刀のような鋭さの連接剣が宙で踊る様にエミリオの手に戻っていく。
その奥では、レティーアとベル、そしてエミリオのMOBが数の減ったPKを相手にしており、硬直した状態から脱したようだ。
「遅れてごめんね。二人で相手をしよう」
「ああ、助かる」
エミリオの一撃を受けたフレインは、予想以上にダメージを受けていた。防御力は、並程度。やっぱり、攻撃力だけが異常に突き出しているようだ。
「仮面が二人上手い具合に俺の前に出てきたのは良いけど、不意打ちは止めてほしいぜ。俺は、回復手段が乏しいんだから」
「そんな事は知らない。さっさと退場して」
「団長! これ以上は、持たないです! 俺たちは逃げますよ!」
「ああっ! 分かったよ。じゃあ、こいつらに一撃づつ入れたら、お前ら先に戻ってて良いぞ。俺が殿してやるから」
やれやれと大仰に肩を竦めるフレイン。他を逃がしたら、たった一人で四人を相手にしなきゃいけなくなる。それとも【暗殺】スキルを全員に使うつもりなのか。
「じゃあ、行くぜ。構えてないと、首が飛ぶぞ」
忠告はしたからな、と言って初めて黒の細剣を構えた。フレインの気配は、今までで一番ヤバい気がした。
――【暗殺】。
そして、動きは一瞬だった。俺の僅か前に居たエミリオのHPが一瞬で消え失せた。
弾けるように砕けた仮面と倒れるエミリオ。次の獲物である俺に狙いを定めたフレインの動きは、やはり一瞬。だが俺は、勘に従い前へと踏み出すと、相手の驚いた顔が目の前にあった。
たった一撃で俺のHPも尽き、意識とは別に身体から力が抜ける。視界の端に映る縦に割けたマスクが地面へと落ち、消滅する。俺は、まだ消滅せずに、フレインと至近距離で居た。プレイヤーのキャラと意識は、街へと戻る事を選択しなければ、少しの間は消滅せずに宿ったまま。消える時に、町へと戻される。それまでの間が蘇生の猶予期間だ。
「おいおい、仮面の一人があんたかよ。一番面白いってより俺にとっては天敵のような相手だろ。死の回避法を持ってるんだから」
知らねぇよ、と言い返したいが意識して動かせない身体。だがそんな体でも猶予期間ギリギリまで肉の拘束として身体に細剣を刺したままフレインにもたれ掛り、動きを押し留める。その背後で逃げ出すPKたちとそれに見切りをつけたレティーアとベル。二人が背後のライナとアルのフォローに即座に回ってくれた。
「師匠! 師匠が!」
ライナの涙声だ。アルの声は聞こえないが、まぁ、大丈夫だ。そろそろかな。
視界に映る選択肢から俺は、YESを選択する。
「よぅ、蘇って来たぜ」
その一言と共に、取り落とさなかった解体包丁をフレインの腹に深々と突き刺し、相手の体を蹴る事で互いに、突き刺さった武器を引き抜く。
体の中に武器が刺さっていたはずなのに、内側には感触や気持ち悪さは無い。ただただ、空洞の何かに突き刺された様な感覚にやっぱりゲームだと感じる。
今の一撃が、致命傷となったのか、よろよろと後ろに後ずさるフレイン。追い討ちを掛けるより逃げてほしい。
俺は、インベントリから二個目のそれを取出し、倒れていたエミリオに使う。
「ありがとう。あと少しで私だけ、町に死に戻りだった」
「どういたしまして」
蘇生薬。貴重なアイテムだが、こういう時に使わなきゃ意味の無い物だ。惜しまず使わせて貰った。
「さぁ【ラージヒール】」
「レティーアは、ありがとう。ああ、一度死んで、付加が全部消えてる」
「それより【獄炎隊】のギルマスをどうする? 送り返す?」
レティーアに回復された俺とエミリオが、フレインに視線を送る。こっちは、四対一。そして、蘇生薬は、まだ二つ残っている。もう一度俺が体を張って押し留めている間に仕留めれば、終わりだ。
「おいおい、俺の事なのに、俺抜きで話し合うなんて酷いな。仲間に入れてくれよ」
「どこまでもふざけた人ね。もういい、魔法で終わりにする」
俺の一撃を受けて、結構ダメージを負っているが、特に気にした様子を見せないフレイン。奥の手の【暗殺】は、先ほど使った。それ以上の攻撃があるのだろうか。
「なら、これで終いにしようぜ――【フレイム・ストーム】!」
フレインの言葉と共に発せられる炎の竜巻。これが奥の手ならば、センスによる攻撃補正と範囲攻撃が合わさるとこの魔法一つでもかなり危険だと判断できる。
俺は、防御のために、クレイシールドのマジックジェムを準備し、全員にMINDのエンチャントを掛けようとしたが様子がおかしい。
フレイン自身が生み出した炎の竜巻が、フレイン自身を飲み込んだのだ。
赤く煌々と燃える炎の中で、真黒の影として立っているフレインが声を発している。
「最後にこうやって自滅するのが、俺のやり方さ! 他人にヤラれてレベル下げるくらいなら、自分で自滅してやる! 今までご苦労様! 実りの無い戦いだったな!」
余りに、唐突な出来事に口を開くことが出来なかった。あんなに好き勝手にやって、最後には、自分で勝手に退場する。ふざけんな、という気持ちと面倒な奴がやっと去る安堵の気持ちが生まれた。
「じゃあな! 獄炎の中からさようならだ! また、楽しい殺し合いをしようぜ!」
そう言って、炎の中の黒い影は、炎に溶けるように消え、しばらくして竜巻も後を追うように霧散していく。
「――魔法反射バグを使った自滅技」
エミリオが呟くように言ったのは、昼間パフォーマンスで見たバグ技の事だ。特定のセンスの組み合わせで発生する不具合を利用して、魔法ベクトルを反射して自分に当てるお遊び系のバグだが、今回は、それを利用して、セルフ死に戻りを実現。他人にPKされてないのでフレインは、【暗殺】センス持ちのリスクを回避するために使った。
だが、問題もこれで去った事だし。早く二人を町へと送り届けよう。
そう、色々と問題は無くなったが、新たに問題が生まれたのだ。
「し、師匠が、女の人だったの!?」
今度はアルの叫び声。対してライナは、俺が女だと認識すると気恥ずかしそうにしている。普段の少しサバサバとした小生意気な感じじゃないのが、違和感を感じる。
「いや、俺は男だから。と言うよりも今まで通り接してください。マジで」
「何で、顔隠していたんですか?」
「そりゃ、【保母さん】のユンって有名だからですね」
最強の保護者と言われる、とかレティーアさんは、要らない補足をありがとう。その不名誉な二つ名を早く返上したい。
「まぁ、気にしない方が良いよ。私は分かっているから」
妙に憐みのような視線を送って来るエミリオ。いや、遠藤さん。
「って、何で普通に遠藤さんが居るの! 俺もそれが訳分からないんだけど!」
「いやだな。ずっと一緒に支えてあげたのに。エミリオとして」
上半分の仮面を着けたエミリオが、リアルでクラスメートの遠藤さんだったとか、驚きのメーターが降り切れて疲れた溜息しか出ないが、相手は驚く素振りも見せない所から俺だと一方的に知っている様子だ。
「えっと……師匠。ユン師匠とエミリオさんの関係は?」
「リアルな友人かな? あと、そうだった忘れていたわ」
虚空で指を動かす遠藤さんことエミリオは、メニューで装備を変更している様子だ。耳に着けたイヤリングを外すと、エミリオというネームにノイズが走り、エミリという名前に変わる。
――遠藤絵美里。たしか、遠藤さんのリアルの名前だ。
「面白いでしょ。お遊び要素のユニークアイテムで装備中に名前を変えられるの。変装や男装プレイなんかを楽しんでいたんだけどね」
どうかな? と改めて、学校で見るような下縁メガネを着けたクールビューティーがそこに居た。
「もう、正体がバレてびっくり。正体バラされて、びっくり。それより何時から俺の事を知っていた」
「大分前だけど……それは、ここじゃない方が良いと思うな」
ほら、他の人の視線があるわけだし。と目で伝えてくる。これは、俺が女性モデルのキャラを使っている事への気遣いか。男扱いしてくれるのは嬉しいけど、リアルの知り合いだって事実がなんか、重たい。
俺が視線を他の四人に向けると、ライナはアルの後ろに隠れるように顔を背けている。やっぱり年頃の女の子に嘘を吐いたのは不味かったかもしれない。アルは、俺の正体が色々な言動から、俺の噂を思い出したのか、顔を面白いくらい変えている。
レティーアとベルは、ひそひそ話をしている。時折、修羅場? 修羅場なの? という単語が聞こえるが、決して修羅場じゃありませんから。
「はぁ、とにかく帰るぞ」
重い足取りで街へと戻る。その途中に、メッセージでPK襲撃が沈静化した事とPKが退いてった事が書かれていた。あとは、マギさんからの個人的なメッセージも、だ。
びっくりしただろ。