Sense153
暗い森の中を俺を先頭、レティーア、エミリオ、ベルの順で突き進む。
夜の森にもMOBは存在するが、初心者の訪れるような森のMOBだ。索敵範囲も狭く、ある程度の距離を離せば諦めるために、音を立てないためにも、全部を無視して突き進む。
俺の内心は、今二つに分かれている。
逃げ遅れたであろうライナとアルの二人を見つけ出さないと、という焦る気持ち。その反面、先ほどであったPKの発言をどれ程信用できるのかという冷静な思考だ。
実際、センスを取得するのが早いのだろうが、行動によって解放されるセンスだ。今すぐに確かめる事は出来ない。また、ライナとアルの周囲にPKが居た場合、その中にも【暗殺】を持つ者たちが居る可能性を考慮した戦いをしなければいけない。
初撃でどれだけ倒せるか。相手にスキルを使わせない様にするにはどうしたら良いのか。
だが、考えが纏まる前に探し人が見つかった。
「……あの子たちが知り合い?」
「ああ。さて、今回も罠を……っ!」
今、樹の陰から伺っていたら、人数は、六人。ライナとアルを囲む様な配置に、先ほどと同じように数を減らせば、と算段を立てている内に一人がこちらに視線を向けた。慌てて、頭を引っ込め、他の三人にアイコンタクトと首の動きで状況を伝える。
相手は、彷徨わせる訳でもなく。真っ直ぐにこちらを向いたのだ。
内心で舌打ちをしながら、可能性を並べる。
相手は、索敵、発見、直感の系統のセンスを所持している。その場合、もう気がつかれている可能性があるか、この位置が索敵範囲ギリギリの可能性だ。そうなると奇襲の成功率が減る。再び、樹の影から様子を伺うが、相手はもうこちらには向いていなかった。そして、誰かにこの事を報告していない点を見ると、気付かれた可能性は低いと思えるが……。
偶々、気がつかれなかったのか、それとも防具の【認識阻害】が働いたのか。不確定は多いが、既に見つかった事を前提に作戦を考える。
「どうする? 目的は、俺の知り合いを逃がす事だから無理に戦闘をしない方向もある」
小声での相談。少し、距離を離して完全に相手に見えない位置に回ったが、こちらからの監視は怠らない。【鷹の目】のレベルをコツコツと上げていて本当に良かったと思う。
「奇襲の成功率が低い状況が前提なら、囮作戦。二つに分かれて、もう一方の本命が時間差で背後から攻めるが良いと思うわ。エミリオさんのMOBと私のMOBの混成部隊なら数としては、上回れる」
「最悪、あの爆発物をある一か所に纏めて起爆して、ハッタリ噛ますのも有りっちゃ、ありかな? センスの話がホントなら相手は、負けるリスクが高い勝負は打って出ないだろうし……」
「それだと、音と光で他のPKが増援に来る可能性がある。さっきよりも大きい爆発だと、その範囲も広いと思う」
「うーん。じゃあ、その案は、取り下げて……私は、考えるの苦手だわ。やっぱり、頭の良い人に任せる」
「あとは、MOBの混成部隊が引き受けるのなら、回復の出来ない肉壁とでも思っておいて欲しい。あれは、そう言う物だから」
自分の案を取り下げたベル。俺としては、今のハッタリの案は良いと思うが、話している間に取り下げた。また、エミリオが自分の使役MOBは、回復できない物だと言った。そうなると、長期戦になるほど不利になる。
最悪、ライナとアル。それから着いて来てくれた三人を逃がして、一人自爆と洒落込むのが早そうだ。まぁ、最終手段として胸に秘めておこう。
「じゃあ、正面からレティーアとエミリオが引き付け、俺とベルが回復役潰しと目標の奪還を優先した行動。目的完了と同時に撤収。まぁ、この時点で、相手も終わりかもしれない」
三人が頷き、俺たちは、行動に移す。
俺とベル。レティーアとエミリオが左右から挟撃する配置。そして、こちらは息を潜めてその様子を見守る。
ある程度の距離にまで近づくと、先ほど俺へと視線を向けたPKが迷わず二人の方を向いた。
「そこから出てこい! やっぱり来てやがったか」
「ふぅ、見つかってしまってはしょうがない。どうも、こんばんわ。出来れば、こんなことをした理由とかを教えてほしい」
「仮面を着けたふざけた奴に語る事はねぇ。それに、たった二人! 鴨が葱を背負って来たようなもんじゃねぇか!」
「……こいつ、今日のPVPに出てた【素材屋】だぞ」
「よく気がついた。そして――いつから二人だと勘違いした」
エミリオの口許が釣りあがり、にやけた様な印象を他人に与えるのが、ここからでも良く見える。
上空へと振り上げた腕から投げられた物体は、人を模した塊とビーカーのような太く密閉されたガラス容器。
人型は、PVPで見た時と同じように巨大化したが、今回の物体は、月光が疎らに差し込む鬱蒼とした森で鈍い反射し、PK側の光源を受けて温かみのある色を宿す――鉄製の巨人。
ガラス容器は、地面へと落ちて砕け散り、中の液体が飛び散る。その中にあった肉塊が細胞分裂を繰り返し、一つの形を作る。頭を豹のようであり、体はごわごわとした犬の毛。手先は、逆立つ鋭い鱗と鉤爪が目立ち、尻尾の先は蜂のような鋭い針を持つ――合成獣。
身体の大きさで言えば、成人男性の倍はあるそれら。そして、上空と地上を縦横に駆け巡るレティーアの使役MOBが場を乱し始める。
空と腰元当たりを駆け抜けるミルバードと草食獣、犬たち。それを追って数を減らそうとするも統率の取れた動きで翻弄し、また退避場所として三匹は、鉄の巨人と合成獣の後ろへと隠れる。
深く追おうとすれば、二体に阻まれる。また、二体の戦闘力も並のプレイヤーを軽く超えている。
だからと言って、PK側が苦戦しているという訳ではない。
ライナとベルを囲む様に陣形を組み、攪乱する隙を与えず、堅実な守りでじりじりとHPを削っていく。
魔法職二人の火力も加わってダメージを着実に与える中で、連接剣を繰り出すエミリオと魔法で援護するが、たった一人の魔法職では火力が足りない。
最大火力を持つと思われる鉄の巨人は動きが重鈍で的にしかならず、遅い巨人の隙間を埋めるように合成獣が駆けるために、優勢とは言えない。
それでも、二人は耐え、そして俺が見極める。
「――【ラージ・ヒール】!」
「あいつか! 【付加】――アタック、スピード」
飛び出すと同時に、俺は、自身にATKとSPEEDのエンチャントを施し、ベルもエンチャントストーンで攻撃と速度の二点強化を図る。
最高速で相手との距離を迫る中、【食材の心得】を発動させ、マーカー箇所への攻撃で相手へのダメージ量を増やす。
こちらの存在に気がつき、振り向こうとするが、既に陣形は容易に崩せない状態であるために、後衛が前面にでて対処しなければいけない。
先に、ヒーラーへと跳びかかったベルは、その鋭い鉤爪を腹と肩の二か所にずぶずぶと突き刺していく。
苦悶の表情に歪むヒーラーだが、HPが残る限りは、ゲームでの死は無い。そして、突き刺したまま、相手とダンスをするように位置を変え、こちらの攻撃し易い位置に身体を差し出してくる。だから、俺は、迷うことなく全体重を込めて、背中にあるマーカーの一つに包丁を突き立てる。まだ、死に切らない事に駄目押しで引き抜き、同じ個所に突き立てる。
二度の鈍い手応えと共に、糸の切れた操り人形のように力の抜けるヒーラー。
包丁と鉤爪を引き抜き、囚われの弟子に声を掛ける。
「迎えに来たぞ。ライナ、アル」
「……し、師匠? 何で?」
「それより、この状況は何ですか?」
何故、俺がここに居るのか理解できないアルと少し疲れた様な表情で状況に対しての疑問を口にするライナ。まぁ、話す程相手は待ってくれるわけは無い。ここは先に相手に引いて貰うか。
「ヒーラーを倒した! これ以上の戦闘継続は困難だぞ。即刻去れ!」
声を上げて高らかに宣言する。こちらは、臨戦態勢だけ整えて攻撃の手を止めているために相手も警戒するが、残った五人が互いに顔を見合わせている。
「逃げるのなら、追わない! さぁ、どうする!」
「お、俺は、逃げ――「だらしないな。おめぇら」――えっ?」
森の中へと我先に逃げようとした壁役が森の闇から出てきた全身黒一色の男に声を掛けられた。
真黒の男は、だらりと黒い刀身の細剣を持ち、こちらに声を掛けてくる。
「あーあー。ヒーラーをピンポントに狙う、って弱点突くのが上手いな」
今にも逃げ出しそうなPKたちだったが、新たに現れた黒一色の男の存在に動揺している。
「おめぇらさ。そうホイホイ逃げ出したら、余計に弱点晒してるって分かってるか? 良い様に少人数に手玉に取られて。第一、負けない様に、って保守的な考えに付け込まれてんだよ。逆に考えろよな。――弱点出来たってな」
そう言うと、先ほど逃げ出そうとしたPKなど既に眼中には無く、ぶら下げた黒剣とは反対の手が何かを投げる。
その先には、ライナとアルの二人が居たために、咄嗟に庇う様に前に出て体で投げられたものを受け止める。
身体に刺さったのは、シンプルな投げナイフ。それが腹に深々と刺さったのを引き抜き、捨てる。不意打ちの攻撃を身体で受け止めたのは不味かった。身代わり宝玉の宝石が完全に砕けて、【暗殺】スキルに対する対抗策の一つが潰れた。
「……し、師匠。今、庇って」
ライナとアル。どっちが口にしたのだろう。僅かに首を回して、大丈夫だと、首の動きだけで伝えて再び睨み返す。
「おい、いきなり何するんだ」
「おー、悪ぃな。うちの野郎どもを鼓舞するために投げたわ。まぁ、自己紹介と行こうか。俺は、【獄炎隊】のギルマスやってるフレインだ。まぁ、仲良くしようや」
「残念だけど、生産職としても、一人のプレイヤーとしても難しい。理由は、そっちが分かってると思うけど?」
【獄炎隊】と【フォッシュ・ハウンド】の二つのギルドへの黒い噂は、多々ある。そんな相手に対して、物怖じせずに答えるエミリオは、生産職として何か思う事があったのだろう。
「あー。まぁ、そうだな。俺らも若かったな。別に俺が直接言ったわけじゃないんだがな。所詮は、ここにいる野郎どもみたいな末端が言い出したことだが、それを俺たちが止めなかったから余計に増長した結果が今だ。けど、生産職連中がここまで結束が固いとは思わなかった。しかも、街の中に居ることが多いからPKも出来ないからな。それで結構、堪えたな」
どこか他人事のように頭を掻きながら呟くが、反省の色も見せずに口にするPK宣言に、俺は、マスクの下で眉間の皺が深くなるのを感じた。
「生産職を馬鹿にする気か?」
「俺個人としては、PKするための大事な得物を作ってくれる。まぁ、贔屓にしている職人以外は、どうでも良い。って『侮ってた』な。けど、組織力って怖ぇって思ったよ。ポーションの補充が難しくなるんだから、まぁ、縛り要素があった方が、困難に立ち向かうみたいで楽しかったけどな。
あとは、報告にあった仮面のプレイヤーは、面白いって聞いたから来てみたんだが、二人居やがる。はてさて、どっちをキルするか? いや、どっちもキルするか」
楽しそうに語るフレインだが、その語り口調は、気の置けない友人と話すようであるが、内容は、これから剣を交える事を示唆していた。
「報告って誰からだ」
「あん? 【フォッシュ・ハウンド】のサブマスだよ。ったく、他にも二人ほど逃げ帰って来て、だらしがないと思ったけど、まぁギルド違いだから、意見なんざ元々合わねぇし。俺も今日は待機だってんで、逃げ帰った奴らに喧嘩売ったのに乗ってこないんだ。けど、面白い奴見つけた。って言ってたし。そいつらで我慢すっかー。って出て来た訳だ」
あの男か。しかも、サブマスの人が何で逃げ遅れの振りして居るんだよ。内心では、混乱しているが、目の前の相手が何時動き出すかも分からない。警戒は強めておく。
「……で、来て見たら、丁度うちの野郎が一人逃げ出す所でよー」
けらけらと笑いながら、自分の事を語るフレイン。PKと知らずに話していれば、気の良い年上の男性と思うだろうが、逆にその明るさが警戒を強める。
「……こっちも知り合い連れ出して、逃げ出したいんだけど、見逃す気は?」
「さらさら無いな。こんな旨そうな餌ぶら下げた相手が居るのに、見逃すなんてな。俺はそれほど出来た人間じゃねぇよ」
押し殺したような笑い声と獰猛な笑みを浮かべているフレインに対して、ベルは鋭い目付きで睨み、レティーアは、不快そうに顔を顰める。
「迷惑な奴だ」
「ああ、知ってる。けど、勘違いすんなよ。社会不適合のサイコパスや日常生活の鬱屈とした思いをゲームで晴らそうとするPKも居るが、俺はこう言ったプレイを楽しんでいるだけだ。俺にとっちゃプレイヤーも効率の良いMOBも全部同じ経験値袋なのさ。多少の知恵の回るか回らないかの違いだ」
「経験値袋は、あんまり良い表現じゃないけどさ。ギルマスなら、同族の手綱位握って欲しいね」
レティーアとベルの言葉に、うーん、とわざとらしく首を捻る姿は、演技かそれとも天然か、分からない。
「最初は、普通のギルドだったわけさ。俺がPKってだけで。それが類は友を呼ぶ、なのか知らんが次第にPKが集まって。来るものは拒まず、去る者は追わず。の放任主義でやってたら知らん間にPKギルドになってたんだよな。まぁ、放任主義だからどうでも良いし。ギルドの奴らが面白い事を計画すれば、俺は便乗するだけだ。ほら、君臨すれども統治せず。ってな」
「責任放棄だろ」
俺の呟きに、押し殺した笑い声で違いない。と呟く。
「まぁ長く話したが、仮面の奴がどっちか分かんねぇし、両方やりたいんだ。だからおめぇらは、それ以外を片付けろ! 俺は、目の前の仮面の奴を潰す」
「ちっ、ライナ、アル。何時でも逃げられるように、自分の身を守っていろ。ベルは、あっちに行ってくれ。こいつは俺が抑える」
相手の細剣とリーチの短い包丁で打ち合うのは不利だと判断し、解体包丁・蒼舞に持ち変える。
PKギルドのマスターとか、何処のボス戦だと言いたくなる相手だが、ライナとアルを逃がさなきゃ来た意味がない。
一週間、空いた釈明です。
前半の忙しさと、それによる体調不良でした。すみません。