Sense151
そこからPKの実況とも言える事の推移がメールで見て取れる。
始めに、一日目の終了という事で、有志が集まって騒いで、食べて、飲んで、パーティー組んで。とまるで飲み会のような様相だったそうだ。
そんな中で中堅どころの夜型プレイヤーが昼間装備を新しくした初心者引き連れて、初心者支援として夜の森へと狩りに出かけたり、今日初めて会ったプレイヤーが即席でパーティー組んで北や南の方へと散っていった。
しばらくして最初の問題が発生した。
初心者支援や狩りに出たプレイヤーがPKに遭遇した。
PKにも千差万別の遊び方がある。中でも、キャラクターロールや独自の遊び方として美学を持ち、迷惑行為を避ける人は、PKでも受け入れられている。しかし、今回のPKは、同時多発的、多方面で発生した。
しかも、発生したPKのやり口が非常に悪辣なのだ。
PKによるメリットは、相手の所持金の半分。それは、相手依存であり、長くゲームをしていれば、誰だって手に入る可能性のあるゲーム通貨だ。そこにPKの汚名を被ってまで得るメリットはあまりない様に思う。
しかし、金稼ぎとしての手段であるPKが別の目的による手段だとしたら。
――恐怖統治によるPK。良くも悪くもVR技術に発達は、人に現実に近いリアルを与える。
PKの行動は、奇襲による襲撃。そして人数を減らして少数のみを残す。キルされたプレイヤーと残されたプレイヤーのどっちが良いのか? と言えば、絶対に前者だ。
残されたプレイヤーは、複数の人間に囲まれているだろう。現状、非道な行動はしてないだろうが、逃げようとすれば、容赦なく攻撃を加えて、回復魔法で強制回復。それが繰り返されれば、逃げる事すら考えなくなるだろう。
だからと言って他のプレイヤーを拘束して良い理由にはならない。
「馬鹿どもがっ……。やって良い事と悪い事の区別も判断できないのかよ」
VRの痛覚は、かなり制限され、強い攻撃でも軽い圧迫に感じる程度だ。だが人間は、過去の記憶に引っ張られる生き物だ。いくら実際に傷みが弱くても、錯覚で痛いと思うだろうし、高圧的な相手に恐怖を感じるだろう。
操作に慣れた人は、緊急時の強制ログアウトで逃げたようだが、通常のログアウトは、MOB・プレイヤー問わず戦闘中には行えない。その方法を知らない人はまだ森の中に残っている可能性がある。
「……有志のPK対策を受け付けてるのか。人が集まる場所に行けば話が聞けるかも」
俺は、すぐさまミニ・ポータルで中央広場へと飛び、生産ギルドを目指す。夜にも拘らず、人の往来が激しいギルドに入り込み、ホールで知り合いを探すが、見つからない。
仕方がない、と近くの人を引き留めて声を掛ける。
「すみません。今、どんな状況なのか教えてくれますか」
「えっ!? あっ! ユ、ユンちゃん!?」
「すみません。時間が無いなら別の人にききます。今、どういう状況ですか」
「は、はい! 何でもパーティーのPKが複数出現して襲撃しているらしくて、下手な数で突撃して返り討ちにあったとかで、駆逐するための人数を集めているそうです」
「その場所は」
「東西の門前です」
「ありがとう。早速、行ってみます!」
俺は、生産ギルドを後にし、東側の門へと小走りで進む。
昼間、人と露店で溢れ返りそうな通りも夜には片付けられ、妙に広く感じる道の端を早足で抜ける。
見えてきた東の門前では、クロードが陣頭指揮を執り、そこに縋る様にしているプレイヤーたちが居た。
「最低でもパーティー以上で行動してくれ! 討伐パーティーは、組み次第、出撃。後は、深追いしない事と無理なら即撤退! 森に残っているプレイヤーの名前が分かるなら報告してくれ」
俺は、そのままクロードに近づき、話しかける。
「クロード。何か手伝うことはあるか?」
「ユンか。混乱してて情報の整理が追い付かない状態だ。すまんが、情報の整理に回ってくれないか」
「分かった。情報を送ってくれ」
クロードから送られた乱雑な情報は、不確定ながらPKの構成や主観的な行動パターンの報告、被害に遭ったパーティーの報告、そして帰還していないプレイヤーのリスト作成。
それらを虚空に浮かぶ複数の半透明なウィンドウをタッチパネルとキーボードを駆使して操作して、振り分けていく。まずは、森に残されたプレイヤーのリストを大まかな位置と人数、リストとマップに同期させていく。
新情報は、初期の混乱に比べて落ち着いているために、溜まっていた情報を処理して完成したリストをクロードに送り返す。
「これ、出来たから送り返す。あと、目撃情報から【フォッシュハウンド】と【獄炎隊】、それからアウトロー寄りな連中が多数。はっきりしてるのは、最低五パーティー三十名が、十人を森で抑え込んでいるってことだ。あとは、二つのギルドのマスターやサブマスは目撃情報無し」
「短い時間で十分。直に、偵察だけの奴らが新しい情報を伝えてくるだろ」
「了解」
しばらく、俺がクロードの補佐として状況を整理していく。
偵察に出たプレイヤーは、かなり精度の高い情報を心掛けている様子だ。だから、時間が経つにつれて、新たな逃げ遅れの子細な情報も送って来るが、総括する俺は、違和感を感じる。
「クロード。少し良いか?」
「何だ?」
「発生初期に逃げ遅れたプレイヤーは、初心者寄りなプレイヤーの傾向が強いけど、後から入る情報は、第一陣のプレイヤーが多いんだ」
「それは、ソロプレイヤーで後から発見が遅れたからじゃないのか?」
「PKは、一度陣取った場所からあまり移動してない。それに見つかった場所は、東西に集中して分布している。MOBのレベルが高い南北に分布しているのなら分からないでもない。それに、発生した直後に強制ログアウトで逃げだした人が居る中で、森を捜索し始めたタイミングで連続で見つかるのが不自然だろ」
「……分かった。後から追加された第一陣だけを抜き出して、別のリストにしてくれ。出来た物は別の方に回す」
「もう出来てる」
「流石だ。良い美人秘書になれるぞ」
無駄話など聞く余裕はない。
場は、未だ緊張感に支配され、誰もが事態を収束させようと躍起になっている。それだけ、このゲームを、世界を愛している証拠と思えば良いのかもしれない。
俺も、自分が好きなこの世界での出来事を片付けるために、自分の出来ることを全うする。目は情報を追い、手は新たな情報を振り分け、頭では複数の事柄を並列的に処理していく。
目が回るような情報の中で、俺は、一瞬だけ全ての思考を停止させてしまう。
『――逃げ遅れ、二名発見。プレイヤー名、ライナード、アルファード。東北東より』
それを見た時、背中に冷水を流されたような冷たさが流れ込む。
「ユン。お前の予想は、当たりだ。まるでトロイの木馬が仕掛け……どうした?」
「……知り合いが逃げ遅れた。少し行ってくる」
「おい、落ち着け。何があった。詳しく話せ」
静かに告げたはずだが、きっと唇が震えて声も掠れていただろう。
さっきまで冷静で居た筈が、動揺して思考が纏まらない。それでも話せと言ったクロードに対して、途切れ途切れであるが答える。
この回答も反面では煩わしく思い、可能ならすぐに駆け付けたいのだが。
「一人で突っ込むのは、無しだぞ。ただでさえPKが多い中、逃げ遅れに偽装してPK側に与している奴も多いんだ、敵味方の判別が難しい。最低パーティーを組めるまで出るな」
「……分かってる。けど――」
けど、フレンド通信のリストからライナとアルの二人の名前を見詰める。ログイン状態を確認したが、通信を繋ごうにも二人は通信に出ない。どちらかがPKされていれば、ログアウトしてリアルサイドから回線切断で強制ログアウトで復帰させるという入れ知恵も出来るのに。
別に付き合いは長いわけでもないし、特別な仲でもない。俺の気まぐれで出会った二人だけど、やっぱり知り合いが面倒事の渦中に巻き込まれているのなら、そこから助けたい。
可笑しいな、ゲームなのに何を本気になってるんだ。と冷静に考えるために自嘲的な考えを巡らせるが、どうしても無理だ。リアルでもゲームでも関係ない。
唇を噛み締めて自制をするが、そう長くは続かなかった。
「ヤッホー。なんか、面倒な事になってるね。見に来ちゃった」
「ベル。少しは場の雰囲気を考えて……。一応、見知った顔が居たから出てきたんだけど、ユンさんどうしたの?」
「……知り合いか? ユン?」
俺を見つけて近づいてきたレティーアとベル。そして、二人とは初対面のクロードが訝しげな表情を作る。
「一応、知り合いと言えば知り合いかな? 付き合いはそれほど長くは無いけど」
出会って二回目は、少ないだろうが、ここは頼むべきだろう。
「事情が分かるなら、手伝ってくれないか? 俺とパーティーを組んで森に入って、人を探したいんだ」
「オッケー。可愛い者の頼みなら事情は特に意味は無いし、にゃふふー」
「貸し一つで良いですよ」
ベルに対しては、反応は軽いが、レティーアは強かだという印象を受けたが、どこまで本気なのか。少しも表情に変化が無い所を見ると、多分本気だ。
俺は、二人にパーティー申請を行い、パーティーを組む。即席パーティーで個々人の実力と連携は不安だが、戦力は多いに越したことはない。
「クロード。パーティーが出来たから行きたいが……「パーティーは、六人一組だ。その二人がいくら実力があってもそれは譲れない。本音を言えば、情報整理をし続けて貰いたい」
「なら、人数が足りてれば問題ないという事?」
聞きなれない声に振り返れば、その姿はすぐに思い出される。
クリーム色の三つ編みと顔の上半分を覆う仮面の麗人――【素材屋】エミリオの発した声だった。
昼間のPVP・マイスタークラスの覇者の声は、どこか透き通り過ぎて、人工的な印象を与え、それが中性的な印象に拍車を掛ける。
「そこの【薬師】に協力する。昼間の戦いを見れば、一人で三人分は働ける。パーティーとしては、十分」
「……はぁ、分かった。【素材屋】までユンに肩を入れるなんて、俺たちでも事務的な関わりしかないのに、何処で親しくなったんだ?」
どこか疲れた様な溜息を吐くクロードだが、俺だって分からない。逆に、何時親しくなったのか聞きたい。何で俺に声を掛けてくれたのか。だが、尋ねる前に、相手からパーティーの申請が送られ、俺たち四人は、無駄を一切喋ることなく、移動しながら作戦会議を始める。