Sense149
鋭く、そして素早く振るわれる拳を避け続ける。
ラングレイの拳は、時にフェイントを織り交ぜ、また危険部位とされる肘や膝など、そしてアーツも織り交ぜて、俺を攻めてくる。
「――【剛拳】」
「うわっ! 危なっ!」
ただの正拳突きもアーツの補正が掛かれば、ダメージは非常に大きい。初歩的なアーツであるからこそ、モーションアシストが少なく、クールタイムや隙が短いのが利点だ。若干、オーラっぽい物も纏っているために攻撃判定に差が生まれ、予期せぬダメージを負いそうになる。
「逃げるのだけは上手いな。もっとそっちから打って出ないのか?」
「残念だけど、あまり相手の土俵で戦いたくないものでね」
正直、接近戦でまともに戦えば、ミカヅチとの訓練の様に一方的に殴られるのが目に見えている。今は、避けに徹して機会を見つけられれば、と最初は楽観視していたが――。
「――【突貫蹴り】」
「またそれかよ!」
小刻みなステップで後退をして何度目かの離脱を考えたが、相手がそれを許してくれない。腰を一度落として、三歩分の助走の後に、大きな跳躍と跳び膝蹴りの格好。
アーツの動作は最後まで補助され難なく、俺との距離を一瞬で詰める。
本来、突貫蹴りというアーツは、貫通ダメージの特性を与えた跳び膝蹴りなのだが、そのモーションは、本人のステータスによって差が生まれる。ステータスが高いほど、跳び膝蹴りの跳躍で遠くへと跳べる。それを利用したアーツによる移動や緊急回避は、俺が以前教わった魔法を利用したノックバック加速と同じような小ネタをこの時は知らなかった。
兎に角、こちらが距離を離した分だけ相手は詰めてくるのだ。アーツ発動のためのMP切れを狙うのも現実的では無いし、だからと言って、接近戦じゃあ、相手の方が二枚も三枚も上手だ。
相手の放ったストレートに対して、カウンターで一撃入れようとしたが、即座に体を捻り回し蹴りを放たれた。他にも、壁の様に感じる連打を強引に突破しようと踏み出せば、ラッシュの速度と数が増え、容易に近づけない。
だから、俺は、武器を変える。こいつを持つのは実戦ではこれが初めてだ。
「おいおい、また武器を変えてきたのかよ。幾つ武器扱うんだ?」
「包丁は、三種類って所だ。ちょうど、作って貰ったばかりの新品の試し切りだ。有難く思えよ」
蒼色の刀身を両手で構え、半歩後ろに足を下げる。片手で握りしめ、もう片方の手は、持て余しているために素人丸出しの格好だがこれで良い。
切っ先を相手に向けて、目測で間合いを測る。一度、息を吐き出し、吸い込んだ後、瞬発力を駆使して相手の側頭部へと振り下ろす形で攻める。
「おっ、意外と鋭いな」
「余裕は今の内だ」
手首を返し、相手を捉えるために最速、最短で相手の胴体を狙う。攻撃は見切られて尽く避けられてるが、攻守は逆転し、相手は攻め辛い状況にはなった。
後は、ダメージポーションか状態異常でも使って残りのHPをじわじわと削り切れれば、良い。爆弾やマジックジェムを下手に使って、自分も巻き込まれる訳にはいかない。
そう思い、空いた手には、ダメージポーションを指の間に挟む。
相手が避けた先にこれをぶつける。それを数度繰り返すだけで終わると、思っていた。
「パフォーマンスも長々とやると皆が興味無くすし、次に進もうぜ」
「お前が倒れる事で終わるだろ!」
「剣相手の戦いも練習はしてるさ。こんな風にな」
俺が次に振るうのは、横薙ぎの一撃。今まで上体を反らしたり、一歩下がって紙一重で避け続けたのが今度は斬撃の範囲に跳びこんできた。
拳が届くか届かないかの距離で相手は相打ちでも狙っているのかと思った。だから、引いた腕の瞬発力ですぐに横から斬撃を放とうと考えた。しかし、更に距離を詰め、あまつさえ斬撃が到達する前に止めた。
解体包丁を振るう腕に合わせるように、掌を当てて、腕全体の動きを止めてきた。腕は掴まるとは予想してなかったために何が起きたのか分からなかった。だが、妙に嬉しそうな相手の顔を見上げて、相手の腹部に添えるような手を見て、咄嗟にダメージポーションをぶつけようとするが、遅かった。
「――【震撃】」
どすん、と腹部を伝う衝撃が全身に駆け抜ける。直後に掴まれた腕は放されたが、身体が後ろへと引かれる感覚が強く、二度三度、地面を転がって止まる。
何が起きたのか分からない。という感覚が強いが、とにかく立たないと。ここで追撃は許してはいけない。
解体包丁は、握り締めたままだが、ダメージポーションの握りが甘かったのか、落とした。いや、替えが利く物だ。次を取り出せばいい。
HPの残量も二割を切っていた。
「うわっ、ちょっと引っかかった。あー、HPちょっと減っちまった。もう少し気を付けないとな」
一人俺を吹き飛ばした張本人は、楽しげにしながらも足元をしきりに気にしている。
「タダでは転ばないか。嫌な置き土産を残す。まぁ、盛り上がるけどな」
「ダメージポーションか。ジワジワと削るつもりだったが、悠長な事を言えないな」
吹き飛ばされた時に取り落としたダメージポーションの内の一本が足に掛かったようだ。一本の効果は微々たるものだが、偶然ダメージを与えたことは運が良い。
それにしても、残り一割の相手に多少のダメージも神経質になりそうな物だが、そういう素振りは見えない。
また、相手の先ほど使ったアーツは、掌底打ちとか呼ばれる打撃技のアーツだろう。効果は、貫通攻撃か。受けた腹を軽く撫でるが、問題ない。腹に重りを抱えている様だが動けないほどじゃない。
どれを使う。何を使う。
距離を簡単に詰められるから相手に遠距離は通じない。接近戦は、俺が打ち負ける。速さや危機察知が高いために十分隙を作らなければ、アイテムも通用しない。爆破をまき散らす爆弾やマジックジェムだと俺まで巻き込まれる危険性。強引に打って出れば、隙や硬直を狙われる。
現在は、多数のアイテムとエンチャントで自己強化は、続いている。ずるずる続けては、これらが切れた時の隙を突かれる。
「詰んだか?」
「おいおい、諦める前に楽しもう、ぜ!」
相手は、待ってくれない。相手から距離を詰め、再び始まる切り合い、殴り合い。先ほどまでの優位性は、幻想だった事に気付き、俺の方が心理的に追い詰められる。
互いの距離は、先ほどと同じだが今度は相手も攻撃を織り交ぜる。
非常に神経の使う接触に、相手が小さなミスを犯すのを待つ。しかし、考えのどこかでは、ミスは無いと思っている。
幸運による乱入などない。幸運による失敗などない。なら、どうする? 先ほどまで幻想の優位性に浸っていたが、その時の相手はどうやって俺を突き崩した。
前に出て、俺からチャンスをもぎ取った。なら、俺も――。
仕切り直しと互いに距離を開けて、得物の握りを確かめる。解体包丁の柄を少し短く持ち直し、空いている手ではダメージポーションを指の間に挟む。相手は拳の握り直して、フォームを整える。
次の一瞬で決まる、そんな達人のような予感などない。ただ、これが失敗すれば、後は無いのは確かだ。
俺は、腰を落として、抜き身の解体包丁を腰の横へと添える。格好だけ真似た居合の構えは、ハッタリだ。腰に力を貯めてダメージポーションを体の影に隠す。そんな鋭い斬撃など放てない。だが、相手の一撃を誘うためには必要なのだ。
それに合わせるように相手も次の一撃に力を込めているようだ。
そして、溜め込んだ力を解放するように、距離は一瞬で詰められ、拳が唸りをあげて迫る。俺は、それに合わせて解体包丁を振り抜き――柄をぶち当てる。
拳を正面から受け止め、一瞬だけ力関係が拮抗する。受け止めた衝撃が腕を伝い体に流れ、ダメージとして現れるが構わない。引きずりだした隙に合わせて、ダメージポーションをぶつけるが、相手は無理な態勢から拳を引いて下がる。
それも囮。本命は――
「……っ。昼の奥様劇場でも見ないやられ方だな」
「残念だが、そんなドラマ性のあるもんじゃねぇよ。後、女扱いするな」
抱き付くように体当たりをした手に握るのは、包丁だ。腰のベルトに括りつけられた愛用の武器を引き抜き、全体重を込めて相手へと突き刺す。
解体包丁もダメージポーションも囮に使ってこの一撃に全てを込める。もしもこれも避けられれば、囮として地面に落とした解体包丁を回収する間もなく、殴り倒されただろう。
受け止めた際のダメージが多ければ、俺はやられていた。
ダメージポーションを気にせずに殴られれば、良くて相打ち、悪くて一方的な負けだった。
ゆっくりと腹に突き刺した包丁を引き抜き、下がれば後ろに倒れるようにラングレイは転移していく。最後に、また後でな。と良い笑みで言われてしまった。
さて、残りのHPも一割程度。一瞬で勝負が決まるかもな。と思う中で次の相手がやってきた。周囲の人数が大分減った中で、一際目立つ人物だ。
顔の上半分を覆う仮面とクリーム色の髪を三つ編みにして肩に掛けている。金属と布の混合防具、武器には小さな溝が等間隔で彫り込まれたロングソード。
非常に中性的で不思議な感じだ。
「名乗りを」
相手にそう言われて、俺は、今まで名乗る事をしてなかったのを思い出す。無節操にセンスを取り過ぎているが、やっぱり俺のメインは、これだ。
「【薬師】のユンだ。他にも【合成】【錬金】【料理】【彫金】と無節操に取っている」
「検証マニアにして素材を作る生産職【素材屋】のエミリオ。使うセンスは、【合成術】と【錬金術】」
そう言って、取り出した茶色い人型だ。
人を模しているそれを中空へとほうり上げると、上昇の頂点に達した時、変化が始まる。
それは、縮尺をそのままに巨大化し始め、地面へと辿り着く時には、三メートルを超えるゴーレムへと変わっていた。
「じゃあ、始めようか。検証マニアの発表を。【合成術】と【錬金術】の成果、創られた使役MOBを」
見上げる巨体の影から這うように迫る刃。咄嗟に解体包丁で受け止めるが、それは、包丁と俺の首筋に巻きつき逃げることは出来なかった。
ワイアーと刃の先には【素材屋】の持つロングソードの柄の部分が見える。人造ゴーレムの影から強襲してきたそれに絡めとられ動けない。
剃刀のような鋭い鉄片が腕と首筋に突き刺さる。ロングソードじゃなかった。特殊ギミックを組み込んだ連接剣だ。
そして、俺の目の前に迫るゴーレム。身体を軋ませているような重音を上げながら振り上げる拳は、一瞬の停止と共に剛腕の唸りをあげて迫る。
逃げようともがけばもがくほどに腕と首に刃は深く刺さる。相手は、その気になれば手元のワイヤーを引き戻し、すぐにでもHPを削り切るだろう。
結局、ゴーレムの剛腕に圧殺されるか、連接剣で切り刻まれるか。最後の悪足掻きすらやる事が出来ずに俺は、目を強く瞑る。
「おーい、大丈夫か?」
「……寝てると邪魔になるよ」
見上げるのは、夕暮れの近い色の変わり始めた空。
フィールドから排出された俺は、平原の地面に倒れ込んでおり、そんな俺の顔を覗き込み者が二人。
「……オトナシとラングレイか」
「おう、残念だったな。俺を倒したからちょっと期待したんだが」
「でも、相手が悪いね。あれは無理だよ」
彼らの視線を追えば、空中に浮かぶモニターが現在のPVPの状況を映し出している。
先ほどまで互いに鎬を削るような戦いをたった一人が打ち崩した。皆、傷ついていたがもしかしたら自分が、という希望を持っているのに、全部打ち砕かれている。
「【素材屋】エミリオ……か」
エミリオの呼び出した人造ゴーレム。そして複数の生物を混ぜ合わせた中型の合成獣が呼び出され一方的に試合を展開していく。一人に圧殺されることを恐れてここで連携を取り始めるが、終盤戦の傷ついた身では、呼び出された万全の使役MOB二体とプレイヤー一人を相手に苦戦を強いられる。
使役MOBの投入のタイミング、個人の戦闘スタイル、そして序盤の乱戦から中盤まで生き残る実力から俺の中の【素材屋】の評価は、とても高いものとなった。
次々と終盤まで残っていたプレイヤーがこちらに転移して来ては、様々な表情を浮かべる。
楽しそうに笑う者、悔しそうに俯く者、気持ちを切り替えて真剣な表情を作る者。
しばらくのPVPは、【素材屋】対その他という状態に移行し、合成獣を一体倒し、状況が好転したと思わせて、新たな合成獣を一体呼び出した。万全の状態で、ただし微妙な姿の違いが見られるそれに絶望感が場を満たし、流れは最後まで【素材屋】が掻っ攫っていった。
「こうして見るとPVPは、見ごたえがあるな」
「くっそぅ、俺があそこで負けてなきゃ。【素材屋】と戦えたかもしれないのに。ああ、あんな派手に場を盛り上げるなんて」
「また、ラングレイのパフォーマンス精神に火が付いた……面倒だから僕は帰るね」
「良いじゃねぇか、魅せるバトルは、少年漫画でも人気だぞ。てか、シチュエーションマニアの刀マニアに言われたくないぞ」
「シチュエーションマニア? と言うより二人って知り合いか?」
まぁ、ラングレイのパフォーマンスや魅せるバトルは分かるが、オトナシのシチュエーションマニアってなんだ?
と、言うより二人は、親しそうな様子だから知り合いか?
「知り合いって言うか、ギルド仲間だな。こいつは、妄想好きのシチュエーションマニアなんだよ。自分の武器であんな状態からどれだけ刀やクナイを美しく魅せるか、って。俺とは別の魅せるバトルだな」
「お前と一緒にするな。僕は、リアルでは不可能な事象をVRで再現しているだけだ。一本二十万の日本刀を使い捨てるなんて方法は無理だからね」
それ以前に、リアルで日本刀を持ってれば、銃刀法で捕まると思ってしまうのは俺だけか。いや、問題はそこじゃないか。
「ったく、オトナシ。別に再現は良いけど、お前のテンションが上がると気持ち悪い笑いする癖が直ってないぞ」
「失礼な。僕は、別に笑ってないし」
そう言って、仏頂面になる。俺は、オトナシとの戦いの記憶を掘り返して、思い出す。
……うん。高笑いしてた。それに、俺が接近した時、非常に耳に残る短い笑い声が聞こえた。
「まぁ、興奮するとちょっとおかしくなるお年頃かな。うちの妹も似たような物だし」
二重人格とは違うけど、テンションが上がるとついやっちゃう。そんな未成熟な精神ではありがちな事だ、と生暖かい目で見守ろう。
「そう言うのを、中二病とか言うんだってな。お前にピッタリだ」
「煩い! あんまり言うと、ミカ姉ぇとセイ姉ぇに言う! それに、ラングレイがPVP中ナンパしてたって言う! セイ姉ぇの妹を」
「おい、お前。ミカヅチさんとセイさんには言うなよ」
まぁ、聞きなれた二人が会話から出て驚いた。つまり、この二人はギルド【ヤオヨロズ】のメンバー。しかし、俺も全員は知らないけど、この二人とは初対面だ。
まぁ、初期のメンバーじゃなくて前のキャンプイベント後に参入のなら知らないのもあり得るし。その辺は気にしなくて良いか。
『『『わぁぁぁぁぁっ!』』』
スクリーンに映る会場が大きな歓声を上げる。勝利者宣言がなされ、【素材屋】エミリオが二体の使役MOBを引き連れて堂々としている。仮面に隠れた上半分の顔と肩に垂らしたクリーム色の三つ編みがまるで貴公子の様に感じる。
こりゃ、あれのファンでも出来上がるかな? などとどこかミーハーな考えが過る。
しばらく、スクリーンを見上げながら、オトナシとラングレイとの無駄話に興じ、夕飯目前になり、ログアウトする。
ただ、ログアウトする直前に、マギさんからメッセージを受け取った。
――『夜の十時頃に、反省会。参加は自由』。さて、暇なら様子見でもするか。幾つか気になる事もあったことだし。