Sense147
防御と速度面を重視してエンチャントストーンの重ね掛け、そして、強化丸薬を飲み込み、右へ左へとジグザグに人との間合いを気にしながら走り続ける。時折左右より俺の進路上に飛び出すプレイヤーたちは、時に俺を狙い、時に、ただ戦いの中で躍り出ただけだったり。
だが、邪魔の一言で魔法をぶつけるにも、包丁を使った近接戦闘に持ち込むにもバトルロワイアル特有の周り全員が敵だ。うっかり近づき過ぎて、囲まれたら逃げられないだろう。
現に、会場の各所で徐々にではあるが、臨時の共闘関係を構築し、生き残りを目的としたプレイヤーたちが見て取れる。
「こう、乱戦って面倒だな。全く」
何度も人の合間を縫っては、遠く離れた目についた相手を射撃していく。
ここまで何度も襲撃を受けているが、幸いと言って攻撃は回避し続けられる。だが、それはこちらが積極的に攻撃を行っていないからだ。
散発的な弓矢の攻撃。それも特に相手を選んでいる訳じゃない。囲まれれば、物量で圧殺される。だから選択するのは、射撃による不意打ちとカウンターの二種類。
「その首貰ったぁ!」
「ちぃっ! お前ら事前に共闘してただろ!」
「当然! さぁ、俺らの前で……」
とある戦闘に不意打ち介入。二対一の戦闘の多数の方の一人の背中にアイテムをぶつけると膝を付いて、体勢が崩れる。かと言って、ダメージを受けた訳でもなくオーラは健在。
使用したのは、麻痺の状態異常薬。レベルは【麻痺4】。対策センスやアクセサリーを持っていなければ、最大二十秒間は、思い通りの動きが出来ないだろう。俺が直接手を下さなくても、その二十秒間の間に誰かにダメージを、運良く倒されれば儲け物だ。
そして、多数の方を積極的に不意打ちすることで、同数同士の戦闘で全体的な消耗を促す。態々(わざわざ)相手の土俵に立つ必要もない。
他にも、散発的に放つ状態異常薬を合成した矢で各所で混乱が生まれる。使い捨てで状態異常薬より効力が短いのが難点だ。
「ヴァル! そっちに厄介なのが行ったぞ」
「了解! あんまりちょろちょろしてっと踏み潰されちまうぞ!」
全身を板金鎧で固め、荒く金属を削って作ったような武骨な斧槍を肩に掛けて、俺へと振り落とそうとするプレイヤー。あまりに状態異常薬を振り撒き過ぎて、一部に警戒を与えてしまった。
目の前の男から逃げるにしても、斧槍の範囲が広く、また遠心力で勢い付いた一撃は非常に危険だ。
隙間の無い鎧では、矢では弾かれて状態異常にさせられないだろう。
「おらおらっ! オレのハルバードでぷちっと潰れちまえ!」
「生憎、虫の様になるつもりはない」
暴風の様に振るわれる斧槍を上体を反らし、頭を下げて避け続ける。パワータイプのプレイヤーなのだろう。うっかり彼の斧槍の暴風圏内に入り込んだ人がその一撃を受けて数メートルは、飛ばされ、その余波で数人を巻き込む。
流石にパワータイプの一撃でも即死にはならない物の、フラフラとしている。あのままじゃ、他の人に打ち取られるだろう。
「余所見して潰されても文句言うなよ!」
「そっちは、声上げる元気あるなら、もっと狙い定めたらどうだ?」
「上等だ。女だからって容赦しねぇ。どこまでも追ってハルバードで潰す」
そもそもその斧槍って潰すための物なのか。というツッコミを冷静でしている時点で、若干現実逃避気味だ。と考えが目の前から逸れた瞬間、斧槍に僅かに接触。それだけで一割程度持っていかれた。
青筋浮かべた板金鎧に追い掛け回されるのも嫌だが、こいつを正面切って倒すのも面倒だ。今は何とか避けているが、完全に見切っている訳じゃないのは先ほどの接触がその証拠だ。集中が切れれば終わる。
周囲に共闘を申し込むにしてもこいつに近づこうとする奴は居ない。今は遠巻きに別の人と剣を魔法を戦っている。
さぁ、そろそろ余裕がなくなってきた。どこかの密集地帯にこいつをぶつけるか。と視線を周囲に巡らせると打開のヒントがあった。
俺の地属性の魔法と同じクレイシールドを使う人。
「戦う鍛冶師の力で潰れ「――マッドプール」ろぉっ!?」
相手の踏み込みに合わせて、俺は、魔法を使う。選択したのは、足止め魔法のマッドプール。範囲は、俺と男を含めた直径三メートル程度の大きさ。相手は、踏み込みに合わせて生まれた泥濘に足を取られ、腰に力を入れて姿勢を立て直そうとする。
粘性を持つ泥沼は、俺も相手も、満足に動けない状態。この好機を逃すまいと遠巻きに見ていた者たちが魔法で狙いを付けるが、それよりも早く俺は、泥の中に一つの宝石を落とし、キーワードを唱える。
「――【クレイシールド】」
俺の足元を起点として競り上がる土壁に足を掛け、上昇する土壁に合わせて泥沼より抜け出す。
セイ姉ぇが以前使った氷の助走台然り、俺にヒントを与えてくれたクレイシールドを足場に跳躍する魔法使い然り。俺も同じようにオブジェクトの性質を持つ魔法を使った足場形成。
だが、もし魔法単体だったら、インターバルで先に斧槍か魔法の餌食になっていただろう。マジックジェムのノータイムの発動も合わさって出来たことだ。
「じゃあ、俺は、これで」
「まて、逃げ――」
狭い足場の土壁の縁に足を掛け、思いっきり飛び出す。置き土産として彼の頭上から【混乱】と【怒り】の状態異常薬を振りかけて再び通常の地面へと降り立つ。
直後に殺到する魔法の余波を背中に浴びて僅かにダメージを負うが、そんなのは、微々たるものだ。あの男の一撃や魔法の集中砲火を受けるよりマシ。
そして、崩れ去る足場にしたクレイシールドの向こう側でその男は、ダメージを負いながらも立ち続けていた。
「げっ……まだ生きてたか。逃げるが勝ちだな」
少しでも早く、あのパワーファイターから逃げるために足を速める。もうじき、俺のマッドプールの効果が切れる。その時に暴れ出した彼は、混乱と怒りによって、強化されたATKで無差別に暴れ出すだろう。その被害に巻き込まれない様に走り出す。
数秒後に、板金鎧とは思えない速さで一番近くの人の前に移動した彼は、雑草でも刈るように次々と人を薙ぎ倒し、最優先で倒すべき脅威になった。
獣のような咆哮を上げていた。二十秒間逃げ切るか、倒してくれ。と心の中で祈る。
次第に数を減らす生産職プレイヤーたち。残っているのは、最初の三分の一程度。だが、生き残っている者もそれぞれダメージを負っていたりする。一番ダメージが少ないのは、俺みたいに逃げに徹している奴。だが中盤戦に入った今は、逃げよりも打って出るように状況が変わってきた。
「ふぅ、さぁ、行くか!」
一度、深呼吸して戦いの中に跳びこむ覚悟を決める。その瞬間だけ、周囲の観客の喧騒が戻ってきたが再び意識から外れる。
左手の弓を握り直し、右手には、ノーマルの矢を数本纏めて掴む。
腰を低くして、小走りで横走りに移動する。俺へと向かってくる刺突剣の女性が最短距離で俺へと到達する前に手に握る矢を連続で射る。
引き絞り、力を貯めるよりも連射性を重視した威嚇射撃。少しでも相手の行動が鈍ればと期待したが、身に負うダメージを無視して突き進んでくる姿に慌ててバックステップを細かく刻み距離を取るが――
「――っ! 【弓技・鎧通し】」
鋭いレイピアの突きが肩口に刺さり、衝撃で何本かの矢が手から零れる。刺さったレイピアを体を捻る事で逃れ、無敵時間を利用して近距離でアーツを放つ。
アーツの貫通攻撃をその身に受けて、膝を突く。直後に消滅した様子から今のが決めてとなって転移した様だ。
防御に重点を置くも俺のHPは、残り六割程度。次々と生き残りが互いを見つけては、互いに激しい攻防を繰り広げる。
「そろそろ、弓矢の出番はお終いか」
人数が減って散発的な攻撃が出来ない。ここまでは普通の魔法職が不利だったらしく、残っている魔法使いも近接武器とのハイブリット型が多い。
俺も遠距離の弓矢から包丁に装備を変更し、空いた手でボムのマジックジェムを握りしめる。