Sense141
「薄々は、感づいていたさ。こうなる事が」
小さく呟いた声は、誰かに聞かれる事も無く会場の声によって掻き消される。
俺の今いる場所は、ステージの上、クロードから渡された女物の普段着を着ている。
ついでに、拘束。緩く両手を上に縛られ、少し腕が辛い姿勢。俺の左右を固める男性と女性の悪の戦闘員。
そして、ミュウとセイ姉ぇは――。
「悪の科学者、Dr.クレハ! その女の子を返しなさい」
「来たわね。企業ヒーロー・マコト! 返せと言われて誰が返すものか。衣服メーカー・MACOTOの専属モデルを誘拐することで、あなたの所属する会社の力と評判を落とす作戦よ」
ノリノリで場を繰り広げる二人。企業ヒーロー・マコトこと、我が妹ミュウ。
片や、悪の科学者、Dr.クレハこと、我が姉セイ。
そして、俺は、某企業の専属モデル役である誘拐された一般人。まぁ、よく、悪の秘密結社が重要人物とか一般人を誘拐しては、ヒーローが助けるけど……。
「助けてくれよ」
「ユンちゃん、今助ける」
そういう意味じゃねぇよ。とツッコミを入れたいが、この寸劇に参加したのだ。俺が全部を破綻させる訳にはいかない。ここは、大人しく場を見守っているか。
「さぁ、本気を出すわ。――変身っ!」
ミュウの今の姿は、制服調の服だ。紺のブレザーとスカート。そして、そのまま、ポーズを決める。
構えた瞬間、ミュウの口が小さく、ライトと唱えた瞬間。ミュウを起点とし、強い閃光が場を満たし、見る者の目を眩ましていく。
俺も、光を受けて、一瞬顔を背ける。そして、恐る恐る開く目の前には、舞台裏で訓練していたヒーローの衣装。変身のポーズからの光による目眩まし、その隙に装備を変える。これによって、あたかも変身したように見える。
「さぁ、行くわよ。Dr.クレハ!」
「マコト。始める前に、あなたに提案があるのだけれど」
そのミュウの変身に対して、悪の科学者役であるセイ姉ぇは、悠然としたまま、ミュウへと問いかける。
「私の作戦は、あなたの所属する会社の力を落とすことよ。あなた自体とは、事を構える気は無いの。だからね。私と手を組まない?」
「何を言うの! あなたが私に世界の半分を対価に仲間へと引き込むと言うなら、それは間違いよ! そんな安っぽいものじゃ、私の正義は、止められない!」
手を大きく振るい、自らの正義を貫き通そうとするミュウの姿は、カッコいいし、綺麗な容姿だから余計に目立つ。いいぞ、そのまま戦闘に入って、俺を助けてくれ。一分、一秒でも早く。
「じゃあ、誘拐したこの子を共有は?」
拘束される俺の背後に回るセイ姉ぇは、そのまま抱きしめるように前へと腕を回してお腹や頬を撫ぜる。その手つきが妙に艶めかしくて、ぞわぞわとして、体を捩り、逃げようとするが、セイ姉ぇに抑えられる。会場では、一部、目を血走らせ、生唾を飲み込む人が居たようだが、気にする余裕もない。
「Dr.クレハ! なんて羨ましい事を! 私の正義が邪魔しなければ、是非とも入れて貰いたい!」
なぁ、正義って邪魔なんか? というよりヒーローが煩悩塗れってどうよ? もしかしてアドリブ? あっ、アドリブじゃないの、原作が燃える萌えなソフト百合作品なのね。お答えありがとうございます、男性の方の悪の戦闘員さん。
俺は、アイコンタクトで状況の説明を受けている間に状況は、刻一刻と進んでいく。
「――しかし! 私は、自分の正義に殉じ、悪を滅ぼし、助けた女の子を独占するだけ!」
「なぁ、どっちが勝っても処遇は変わらないんじゃ――」
「行くよ! Dr.クレハ!」
「行きなさい、戦闘員一号、二号」
「「ウヒィー!!」」
始まるヒーローと悪の戦い。ミュウは、直刀を持って大立ち回りする一方、戦闘員二人は、数と言う利を使って相手の隙を狙い、誘い。場が拮抗する。そう言えば【ヤオヨロズ】からセイ姉ぇ以外にも出ているのだとしたら、この戦闘員の二人だろうか。自信のフル装備ではないが、動きのキレや駆け引きなんかは、非常に上手い。
「さぁ、あっちはあっちで盛り上がっている事だし。こっちも楽しみましょう」
「えっ? 何?」
そう言って、先ほどのように頬を撫でるように、手を添える。しかし、今回は、目の前の衆目に見せつけるようにしている。
「ちょ、ちょっと。冗談だよな。待って、演技だよな」
「(そう。演技だよ。ユンちゃん)」
「――っ!?」
俺にだけ聞こえるように耳元で囁くセイ姉ぇ。そして、耳元に掛かる息に痺れにも似た感覚を覚える。今の反応をどう受け取ったのか知らないが、一部の聴衆たちは、前傾姿勢で食い入るように見ている。
「(だから、原作に忠実な)まだ見ぬ世界を見せてあげる」
デニム生地越しに内太ももを撫で上げる手から逃げるように、足を閉じ、腰を引くが、後ろから押さえられて、思う様に動けない。会場の視線を一心に浴びる中、当初の目的も何も忘れ、ただセイ姉ぇの手から逃げるように体を捩る。
十分に太ももを撫でたら、次は、服の下へと手を入れお腹周り、そして、頬、髪の毛と場所が移動していく。
助けを求めるように、周囲へと視線を向けるが――。
「あっ――」
観衆の中に知り合いを見つけた。タクのパーティーであったり、ミュウのパーティーであったり、そして先ほど別れたレティーアとベルも居る。こんな恥ずかしい姿を見られていることに、視界が歪み、体に震えが走る。
「――み、見るな。こっちを、見るな」
顔から火が噴きそうなほど恥ずかしい。何とか絞り出す抵抗の意志も弱弱しく、震えて聞こえたか分からない。だが、その言葉だけが場に良く響く。何故か僅かな沈黙が生まれ、銃撃音の幻聴が聞こえた。所謂、ズキューンって奴だ。
その沈黙を打ち破るもの舞台上の登場人物。
ミュウは、一瞬の動きを止めた戦闘員二人を撃退し、俺を挟んでセイ姉ぇと対面する。
「さぁ、その子とニャンニャンする権利。じゃなくて、その子を返して貰うわよ!」
「ふふっ、お楽しみはまた今度としましょう。引くわよ! 一号、二号!」
「「ウヒィー!!」」
呆気なく引いていくセイ姉ぇ達を見て、正直、助かった。という気持ちが大きい。途中、ミュウが何か変な事を言った気がするが、これでこのお遊び(すんげき)も終幕だ。
「さぁ、助けに来ましたよ」
「……ありがとう」
両手を縛る物をその直刀で切り落とし、俺の拘束は、無くなる。俺は、精神的な疲れからか、足元がふら付き、崩れ落ちる。見上げるようにミュウを見ると、ひどく驚いた顔を俺に向けている。
「帰りますよ」
「あ、うん」
「さぁ、正義が最後は勝つのだ!」
手を取られて、ステージを去る。最後に、その一言を残すミュウ。
疲れて、フラフラなまま近場の休憩場所に腰を下ろす。疲労困憊の俺と上手くいった事を喜ぶセイ姉ぇとミュウたちとでテンションの差が生まれる。
「まさか、あそこまで囚われのヒロインが嵌るとは思わなかった。ユンお姉ちゃんがあんなに弱弱しい声を出して、震えるなんて……男の子だったら確実に落ちてたね」
「ユンちゃん、反応が良過ぎて、ついお姉さん過激になっちゃった。ごめんね」
「あはははっ、もういいよ。過ぎたことだし」
半分、燃え尽き状態の俺だ。何でだろう、ミュウやセイ姉ぇを衆目から遠ざけるために出たのに、心が痛い。
ミュウやセイ姉ぇは、自分のやりたい事も終わって、今度は観客側へと回るが、俺は、動く気力が生まれない。
しばらく、控えの脇でステージへと上がっていく人を無気力に見送っていく。セーラー服やブレザーなど様々なタイプの制服や職業コスプレの一団や有名なゲームのコスプレなどがステージへと上がっては、戻ってくる。
時折、不健全じゃないか、と思われるものは、マギさんとミカヅチによってアウト判定を受けて即退場に会うが、どうも頭に入らない。クロードは、飛び入りの人へと服装のアドバイスに奔走しており、ちゃんと仕事をしている事をただ茫然と見ていた。
そして、気がつく。もうここに居る必要はないと。
次の予定までどこかに身を潜めよう。
防具の【認識阻害】を発動させ、フードを被り、顔を隠して、舞台裏から街へと紛れ込む。
ふらり、ふらりと人のいない場所へと向かって。