Sense140
お昼前のその場所では、一つの仮設ステージが出来上がっており、プレイヤーたちが今か今かと始まるのを待ち望んでいた。
最前列は、境界線を示すラインは、さながらアイドルのコンサート会場のようだ。
そして、裏側では……。
「ふむ。時間よりも早めに到着とは。服を選ぶ時間はありそうだな」
「クロード、お前の服は着ないっての」
ジト目で睨みつける俺に裏方には、様々な衣装とそれを用意した生産職。そして、コンテストに出るモデルが居た。
モデルと言っても様々だ。色々な男女がハンガーに掛けられた服を手に取り、選んでいたり、用意した生産職が自分の作品を勧めてみたり。
集まった複数人が事前に話を着けていた生産職とポーズの確認をしていたり……。俺も出場しなければ、後ろの方から眺めていたいのだが。
「……なぁ、やけに視線を感じるんだが」
背中にひしひしと感じる熱い視線。それに対して、クロードは、お前をモデルにしたい奴だろ。と素っ気無く答える。
それは、俺に着てほしいという意味だろう。変な衣装や女っぽくない衣装なら大歓迎だが、それだと逆に目立たずに終わる可能性がある。それでは、ミュウやセイ姉ぇを守ることが出来ない。その兼ね合い、バランス調整は難しくもある。
「すみません! わ、わたしの作った衣装でステージに上がってください」
一気に近づいてきた女性のプレイヤーが一着の衣装を差し出す。その奥では友人が、期待の表情を浮かべて、小さく、頑張れと呟いている。目の前の四角い眼鏡に長い前髪で目元を隠す女性は、ちらりと期待するように上目遣いをする。
だが、無理である。
「なぁ、これは何?」
「えっと――魔法少女系のコスプレです」
いや、魔法少女系と言われても俺は知らんよ。黒を基調としたタイトスカートに、反対の色をした白のジャケット。その背中には、二対の漆黒の翼が折りたたまれていた。
腰回りには、別装備でコルセットのような腰回りを補強しつつも垂れ下がる布が後ろから太ももまでを覆い隠し、内部にワイヤーなどの骨組みがあるのか、緩やかな広がりを見せている。
頭に乗せるリボン付きの白い帽子と随所に純金製の装飾が施される衣装。そして、装備には、本と大仰な杖。
それを見て、ちょっと俺にはハードルが高すぎる。という気持ちになる。
「ほう? 人気シリーズの第二弾のアレか。俺も好きだが、2Pカラーも悪くはない」
「ああ、後から出てきた子たちですね。私は、そこまでやってないんですよ。漫画は知って可愛くて! そこから」
「そこまで知っているなら楽しい会話が出来そうだな。俺は、声優も好きでな」
「ああっ! 毎回の歌が良いですよね! 響きが……」
白熱しそうな二人に挟まれた俺は、二人を白い目で見る。
女性の方は、俺を忘れて自身の話に熱中した事に苦笑いを浮かべている。
「で、どうかな?」
「俺には、ちょっとハードルが高いから無理。すまん」
丁寧に断ったのだが、とても残念そうに下がっていく。去り際に期待を込めた視線を背後の友人たちと共に投げかけられるが小さく謝る。その姿に物凄い罪悪感を覚えたが、一時の罪悪感と安請け合いで盛大な羞恥心は負いたくない。
「それで、ユンは、どういった衣装を選ぶんだ?」
「うーん。目立つけど、盛り上がって視線を集める。そんな物かな? でも、エロいのとか駄目だ」
ミッションは、会場の視線を釘づけにして、ミュウやセイ姉ぇに被害が及ばない様にすることだ。
「希望のシチュエーションとかは?」
「シチュエーション?」
「ああ、例えば、ナース服。所謂、白衣の天使にしても、薄桃色のナース服から、純白、天使の羽付きなど、色々な物がある」
そう言って指差すコーナーには、確かに多種多様なナース服がある。
だが、そんな短いスカートの物は、絶対に穿かない。ステージの位置関係上、中が見えてしまいそうじゃないか。そんな事は回避せねば。
「で、だ。例えば、このナース服とこっちのナース服は全く別種だ」
「別種、って。こっちは、結構普通のナース服だし。もう片方は、ちょっと羽が着いただけだよな」
一般的な物と天使の羽付きを手に取るクロードは、淡々と二つの違いを説明する。
「こちらの一般的な物は、主にシチュエーションを目的に作られた物だ。例えば、『〇〇さん、お加減どうですか?』『こんなところに居たんですか? 早く病室に戻らないと駄目ですよ』という台詞とともに行うシチュエーションの再現だ。その時、非常に分かり易いポーズなどを取ってアピールするのが、ポイントだ。また、憧れの職業の場面を演技するのもコアだが評価になるだろう」
「ふーん。で、そっちの方は?」
「こっちは、主に原作が存在するキャラクターの衣装なんだ。だから、この衣装を着た場合、そのキャラクターに成り切ることがアピールポイントになる。シチュエーションとは違い、原作のセリフやポーズ。または、対立関係などの場面再現をすると非常にポイントが高い」
「じゃあ、さっき、彼女たちが持ってきたのって」
「ああ、主にキャラ物だな。あの手の物は、キャラクターの予備知識が必要だったり。実際に声質が似ていると更に評価は高いが、中途半端だと逆に低い評価になる。お前の場合は、シチュエーションが無難だな」
そう言って、冷静に分析するクロードとそれを聞いて、真剣に検討してみる。そう、例えば――
目に映る衣装の数々の中からある一つの衣装が目に留まる。
「なぁ、この衣装を着てみたいんだが」
「それか? ああ、ギャップ狙いだし、男物と言えるが……なるほど、やるなら単独じゃなくて左右を人で固めた方が良いな。それも男で」
「いや、俺も男なんですけど……」
「それなら、これとこれを組み合わせて、更に左右の男は……おいー。お前らは、こっち着てこれ着てみないか?」
選ばれるのは、小物のような装飾品。それぞれ別の生産職の衣装らしい。こうした部位毎違う生産職の装備は、またそれぞれの個性の調和という形で衣装が纏められる。
そして、俺と一緒にステージに上がるために呼ばれた男性は、二人だ。俺より一回りも二回りも大きい筋肉質な男性二人だ。
荒くれ者のような雰囲気は無く、非常に穏やかな表情を浮かべた人たちだ。
「彼らは、このコンテストで肉体美を披露したい人たちだ。左右で補佐をして貰うと良い」
「あっ、はい。お願いします」
「「よろしくお願いします」」
顔や声似てないが、声を揃える当たり、結構息がピッタリかもしれない。
渡された衣装を受け取り、軽い打ち合わせ、クロードが耳元でアドバイスをくれた。
それを言う様に。とのことらしい。
「さぁ、始まるな」
『皆さま、お待たせしました――』
「マギさん!?」
会場に響く声は、紛れもない鍛冶師のマギさんの声。
『これより、コスチュームコンテストを始めます! 司会進行役は、私マギと――』
『特別解説員として【ヤオヨロズ】のマスターである私、ミカズチが送る』
さぁ、始まりました。生産職が作り上げた様々な衣装を参加者が着て、軽くアピールするコンテスト。
裏側には、様々な衣装が用意され、自由にアピールして貰う事。また、余り長々しく場を盛り下げる参加者が出た場合、この特別解説員・ミカズチがアウト判定により即座に退場となるので、ご了承を――
諸注意などが終わると、会場は更にヒートアップする。
なんか、あのステージに立ったら、群がってきそうで怖い。
『まぁ、特に順番は決まってないし、跳びこみ参加したい人は裏方へ。それでは、開幕です!』
その声と共に、一番最初の人が駆け出す。モデルも衣装も負けず劣らずに派手であり、自信に満ちている。
それを舞台横に待機しているが、少し歓声に気圧され、不安になる。
「そんな不安そうな顔するな。別に特別な事をする必要もない」
「べ、別に俺は……」
「さぁ、出番だ! 行ってこい!」
背中を押されて、前の人とすれ違う様にステージへと躍り出る俺たち。
俺の着ている服は、学ランである。とはいえ、用途は一般向けではない。
後ろの丈が長く、燕尾服のように長く、横から見れば斜めにカットされている。ズボンを穿き、頭には白い鉢巻、手には手袋。腕章には、『団長』を着けて、ステージの上で背筋を伸ばして、腕を後ろに組む。
僅かに、左右に控える二人の衣装は、ぱっつんぱっつんの半袖ハーフパンツ。その雄々しい肉体美と不釣合いなほどに窮屈な運動着のギャップがシュールで笑いを誘いそうだ。
場に満たす静寂。それを打ち破るのは、静けさを齎した俺だ。
「ゲームのますますの発展と、後進のプレイヤーへ。エールを送る! フレッ、フレッ、ゲーマー。ガンバレ、ガンバレ、ゲーマー!」
「「フレッ、フレッ、ゲーマー。ガンバレ、ガンバレ、ゲーマー!」」
腹の底から上げる声とそれを復唱する左右の男たち。
ここで、クロードに耳打ちされたアドバイスを実行する。
(――場も巻き込め。そうすれば、周りも楽しめる)
その一言をどうするか。そんなのは、こうする。
「会場の皆もエールに参加! フレッ、フレッ、ゲーマー。ガンバレ、ガンバレ、ゲーマー!」
「「「フレッ、フレッ、ゲーマー。ガンバレ、ガンバレ、ゲーマー!」」」
「声が小さい! もう一度! フレッ、フレッ、ゲーマー。ガンバレ、ガンバレ、ゲーマー!」
「「「「「フレッ、フレッ、ゲーマー。ガンバレ、ガンバレ、ゲーマー!」」」」」
「まだまだ、もっとだ! フレッ、フレッ、ゲーマー。ガンバレ、ガンバレ、ゲーマー!」
「「「「「「「フレッ、フレッ、ゲーマー。ガンバレ、ガンバレ、ゲーマー!」」」」」」」」
煽り、盛り上げる。会場では、最初の反響以上の声が上がり、俺と同じように手振りをしているプレイヤーも見受けられる。俺も限界まで声を絞り、腹に力を入れる。どうしても、女のような甲高い悲鳴のような応援になったが、やり切った達成感と程よい疲労感から肩で息を繰り返す。
「――撤収!」
三人共々素早い動きでステージの上から去る。ステージ横から見ていた次の人たちには、一言頑張る様に軽く応援して、そのままクロードの所へと戻っていく。
「はぁ、緊張した~」
背後では、ざわめきが裏方まで響いてくる中で呟きと同時に脱力する。左右を固めてくれた二人は、次の衣装に着替えると、再び衣装の前へと移動している。
時折、マギさんとミカズチの声がここまで響く中、クロードが声を掛けてくる。
「お疲れ。中々、格好良かったぞ」
「まぁ、こんなものかな?」
「だが、視線を全部攫うほどじゃないぞ」
クロードの言葉を俺から外される視線の先には……
「ルカート。それに、コハク」
事前に聞いていたが、やっぱり美少女三人が一つのテーマで統一された衣装は、かなりの迫力がある。
二人のイメージを全面に押し出した軽鎧。肩から先の露出と所々にあしらわれた装飾や紋様。膝上のスカート丈に金属鎧の前掛け。手に持つのは、普段使う武器とは全く異なる特徴的な武器。ルカートが鏡のように磨かれた丸盾と長剣。コハクがガントレットと杖。
鎧の背後からは、皮膜のような鮮やかなイメージカラーの六対の翼。
「さしずめ、戦乙女と言ったところか」
「ちょっと、あれは大丈夫なのか! 脇とか、お腹周りとか、スカート部分が短くないか!?」
それを見て慌てる俺に対して、ルカートは、気恥ずかしそうにスカートの裾を押さえ、コハクは左右で色の違う瞳でウィンクをしてくる。
ちょっと、際どい姿に見ている俺の方が、恥ずかしい。
「ユンさん、こういう服に免疫が全くないんですね」
「男は、チラリズムが大好きな生き物らしいな。そういう俺も大好物だ」
「何が、十分なんだよ! もう少し、自分たちの容姿が優れている事自覚してくれよ。色々と心臓に悪い」
見ているこっちが、ハラハラする。と言えば、あなたが言う言葉じゃない。と返される。むぅ、俺の何が悪いんだ?
「そもそも恥ずかしくないのか? その……ひらひらした衣装で」
「ああ、装備に位置固定が掛かっているからどんなに激しく動いても、捲れあがることが無いんよ。斜め掛けの帽子とかは、そう言う理由でズレ落ちないし」
コハクの説明に、ああ、なるほど。と納得する。
そのまま、手を振って、次の出番へと向かっていく。
「あの服着るって勇気あるな。俺は、嫌だな」
「やれやれ、美少女のやる気だぞ。会場のボルテージは更に上がるのに、お前は本気であれで良いと思うのか?」
「いや……」
周囲の目を向けると、先ほどのルカートとコハクの衣装がまだ控えめな物だと分かった。
自身のプロポーションに自信のある者は、防御力の無いようなビキニの鎧を装備したり。短めのスカートのメイド服と白のオーバーニーソックスの組み合わせ。典型的な三角帽にローブ姿の魔法使いも居れば、長身を生かした男装の麗人のような人や灰色の鱗と鈍い光沢の持つスケイルスーツと爬虫類系の付け尻尾と皮膜の張った翼の半人半竜のドラゴニュートコスチュームなど多彩。
俺の応援団衣装など、確かに会場を巻き込むインパクトはあるが、目を引くほどじゃない。
そして――。
「ミュウにセイ姉ぇ……」
二人の衣装は――ヒーローと悪の秘密結社。
「変身のタイミングはこれでいいかな?」
「うーん? もっと、腕の角度を変えて、そう、足を高く上げるの」
「お姉ちゃんのは?」
「こっちもちゃんとキャストは用意できたよ」
ミュウの衣装は、チャイナドレスのような上下一体式だが、服自体の雰囲気は、和装の雰囲気を持ち、長い白銀色の髪を後ろで一本に纏め上げ、肩には天女の羽衣を連想させる薄桃色の漂う布。スリットの入った太ももが非常に艶めかしい。持つ武器は、直刀。それを振るう姿は、奉納の舞いのように思える。
対して、セイ姉ぇは、シンプルな縦縞のセーターと白衣。タイトスカートに黒のストッキング。そして、知性を宿す片眼鏡装備。チャームポイントの泣きホクロを隠さずに、優しげな垂れ目が少し悪戯を考える小悪魔的にも見える。
武器は持たず、悠然と胸の下に腕を組む姿は、その豊かな胸を誇っているような印象を与える。
知性と魅了を兼ね備えた美女。魅惑の悪の女科学者というキャラ付けだろう。
非常に、目立つ。対照的ながら、十分に目を引く。しかも、キャストという単語からセイ姉ぇの近くには、統一衣装の悪の戦闘員が二人並んでいる。男女がその肉体美をスーツ越しであるが表現し、顔全面を覆うマスクは、戦闘員の個性を打ち消すために無機質なデザインである。
これを見ると、ミュウとセイ姉ぇの二人が目立ち、後は、背景になってしまうほど。
「あれに混ざる気はあるか?」
「あるわけないだろ。てか、勝てる気もしない」
ああ、このままでは、ミュウとセイ姉ぇの姿が衆目に晒されて、記憶に深く刻まれてしまう。何とかして避けねば。
「なに……正義と悪のキャストと来れば、残っているのは、後一枠だ」
「そ、それは……」
「これを着れば、分かる」
差し出された新たな衣装。まぁ、普段着というか。シンプルなワンピースとデニム。肩掛けの小さなバックと秋物カラーの非常に落ち着いた色合い。個人的には、悪くないセンスだが、女物だ。
これを着ると、何が分かるのか。
俺は、その言葉に乗せられるまま、装備を変えるのだった。