Sense139
「おっちゃん! ドリンク三つ!」
「あのな。せめて、お兄さんって言ってくれないか? まだ二十代の大学生なんだけど」
「あはははっ、ごめんね。一度言いたい台詞って奴だよ。おにぃさん」
「全く、はいよ。はしゃぎ過ぎるなよ」
「ありがとねー」
ベルが俺たちの分のドリンクを買ってきた。
何故か、同行者が増えたが気にしない。もう、気にしたら駄目な気がしてきた。
同行者も増えて、集団移動が周囲の迷惑になるために、幼獣や従魔たちは全員、召喚石へと送り返した。本当に、どうしてこうなったのやら。
「ユンさん。ツッコんだら負けですよ」
「いや、お前も無理やり着いて来てるだろ。そもそも、ギルドは良いのかよ」
「良いんですよ。元々、大した活動もしてませんし、自由参加なギルドなので。私が居なくても回ります」
それはそれで悲しい気がするが……。本人がそれで良いなら。
「おまたせー。ほーら、私の奢りだよ」
「無理に着いて来たんですから、奢りは当然です」
「いや、レティも人のこと言えないよね」
ベルからドリンクを受け取り、マスクの横からストローで飲む。ドリンクは、バニラシェイクのようだ。
ストローを吸いながら、目の前の二人組の会話を見ていると、漫才を見ているようで、そして、こう既視感という物が頭の片隅に……。
あっ、分かった。何時もの俺だ。いや、ツッコミ役がレティーアに変わって楽だな。こういう、ボケとツッコミの応酬は、見ている方が楽だ。
「ねぇねぇ! レティ! あっちにネタのお店があるよ」
「分かりました。そう急かさないでください」
「なぁ、俺も一応予定があるから少しだけだぞ」
溜息混じりで、レティーアの手を引くベルたちの後ろ姿を見て、後を追う。
「にゃんと!? これは、何とも素晴らしいネタ武器ですね! 是非欲しい」
ベルの止まった露店は、雑多なアイテムを並べており、特に統一感の無い場所だった。工具や道具、ポーションに素材系が多数。
「いらっしゃい。まぁ、個人的な趣味の露店だ。実用性は無いけど、拘りの物ばかりだよ」
「良いね! この曲線と良い、ずっしりとした重さと良い。素晴らしい武器だよ」
「いや、それは、どう見ても、バールだよな」
「ええ、ベルの持ってるのは、バールですね」
しかし、このバールが武器とは……。頭に黄色いヘルメットでも被って、解体作業でもするのだろうか。
「これは、俺の用意したネタ武器『バールのようなもの』だ。用途は、撲殺、刺殺、様々な便利武器だ」
「は、はぁ……」
自慢げに語るお店の方に曖昧な返事をする俺とレティーアだが、その一方で、ベルが頷いている。
「この曲がり具合と良い、赤いペイントと良い、重さや尖端の鋭さと良い。どこからどう見ても『バールのようなもの』。飾って眺めていたいよ」
「分かってくれるかい! ネタ装備だが、実用性はあるつもりだ。殴り易いL字型。更に、工夫を加えて抜けない様に尖端には返しがあるだろ。抜けないから、刺した相手を引いて倒して、梃子の原理を利用して、刺さった周囲の肉を無理やり引きちぎる。血に染まる『バールのようなもの』。ロマンだとは思わないか」
サムズアップする二十代後半と思われる成人男性の良い笑顔。しかし、語る内容をイメージしてしまって気分が悪い。
レティーアもその顔を若干青くしている所を見ると、血や肉という物への耐性が低いのだろう。俺も、ゴブリン相手にこの『バールのようなもの』を使用した光景を想像して、胃がムカムカする。
丁度、横にスイングしたら、子ども程度の大きさのゴブリンなら頭を捉えて、さっくり尖端が入り込みそうだ。そして、梃子で頭蓋骨を無理やり引きはがし、肉と緑色の皮膚と骨の蓋を取り除いた先には……。止めよう、これ以上だと食欲が無くなる。
そもそも――。
「リーチが短いよな。撲殺するなら、メイスとか、ハンマーで良いじゃん」
「それに、突き刺すのが目的なら槍やレイピアで十分ですし。流石に、仮想現実と言えども、血と肉の描写は無いですよね。梃子を利用した攻撃も効率が悪いかと……」
現実的な俺たちの対応に、店の人は、項垂れてしまう。
「俺も薄々気がついてたんだよ! こいつは、武器じゃない! 観賞用だって!」
「おっちゃん。しっかりして! それがネタ武器の宿命だって! だけど、体術と併用すれば、良い線行くかもしれないよ!」
「くそぅ、慰めは要らないさ! それと、俺はまだ、十八だ!」
なんだと……社会人と思っていたが、意外と若い。身長も高そうだし、ちょっと大人っぽい雰囲気があるから年上だと思ったのに、裏切られた気分だ。くっ、身長を少しでも分けやがれ、そうすれば、俺だって女っぽいとか言われないから。
「兄さん。『バールのようなもの』は、私が買っていくよ」
「ありがとう。観賞用の武器だけど、強化が必要なら受け持つよ」
そう言って、嬉しそうに受け取るベル。俺は、ベルの肩越しに商品を眺めてみると、意外と良い物が多い。
「この角は、どのモンスターのドロップなんだ?」
「そいつは、ゴブリンの落とす角を錬金センスで纏めて作ったボブゴブリンの角ってアイテムだ。知り合いの代わりに店に置いている。角や骨系のアイテムは、サイズが小さくて硬いから武器には作り辛いけど、細工センスで削ったり、穴を開けて作ったボーンアクセサリーなんかは、味があって俺は、たまに作ってるんだ」
「そいつは、興味深いな」
ボーンアクセサリーか。削って鳥の羽や動物の牙を紐で通せば、そこそこ民芸品のような物が作れそうだ。
他にも、錬金で作られたアイテムや上質化された素材。それらで作られたアクセサリーや調度品など。主に武器よりも細工類の方が多く感じる。
その中に、一際不思議な素材を見つけた。
「なぁ、この色石って何だ? さっき言ってたボーンアクセサリーとかに使うビーズか?」
「マスクの姉さんは、冗談が上手いな。ビーズじゃないけど、これも知り合いが作ったアイテムだ」
「俺は、男だ」
「あっ、そうなの。じゃあ、マスクの兄さんだね。一応、素材として持ってきたんだ。色によって属性があるアイテムだって。俺もこれで細工しようとしたんだけど、意外と脆くて砕けちまう」
露店が見せてくれた石は、四色。薄い赤、青、緑、そして白。名前は、属性石。そして、このアイテムは、五等級という表記がなされている。
どの素材も非常に興味がそそられる。
モンスターの部位アイテムは、薬丸の原料と練り合わせて、固形に固めて作る強化丸薬に使う事が出来るし、ボーンアクセサリーは、少し心踊る響きがある。また、この属性石を細工では無く、調合系センスで何らかの新しいレシピが見つかるかもしれない。
「これを揃えた人って誰なんだ?」
「興味持ったんだな。ここにある素材は【素材屋】ってプレイヤーが自前で錬金したものだ」
「【素材屋】か……分かった。ありがとう。ああ、属性石をそれぞれ十個ほど貰っていいか?」
「毎度、ちょっと待ってくれ」
振り返ると、レティーアも呆れた表情で俺を見ていた。つい、素材アイテムを見てしまうと、連れを忘れて考えてしまうとは。またもう一人の同行者であるベルは、ボーンアクセサリーを比較して、自分に似合うやつを探しているがどれも似合っている。猫耳とボーンアクセサリーが合わさって非常に野性味を帯びているが。
「あいよ。じゃあ、五等級属性石を各種十個な。まいど」
購入画面で属性石を購入し、インベントリへと転送された瞬間――
――条件が満たされたためにスキルが追加。【付加】Lv30以上。かつ、特定アイテム入手により属性系の付加を解放。
「……っ!?」
マスク下では、突然のインフォメーションに驚いて、固まってしまった。購入したのに動かない俺を訝しげに見る三人。俺は、少し狼狽えながら、その場を後にする。
黙って歩く俺は、今し方追加されたスキルを読み込んでいる。
スキル【属性付加】。そして【属性呪加】だ。
先ほど手に入れた属性石を消費して発動し、アイテムの等級に応じた属性の付与を一時的に得る付加魔法だ。
また、エンチャントは、強化する種類が、アタック、ディフェンス、インテリジェンス、マインド、スピードの五種類だが、エレメントは、攻撃に属性を付加するウェポンと防御に属性を付加するアーマーの二種類。攻撃や防御の数値ではなく、対応属性の追加ダメージと属性耐性を一時的に与える物らしい。
付加、物質付加、技能付加、呪加。そして、新しく属性付加。
条件から見るに、意外と初期に入手出来たのかもしれない。
だが、何処にあったのか、元の素材が何なのか。
あの露店の人は、【素材屋】という錬金センス持ちが用意したと言っていた。なら――
「――【上位変換】」
先ほど買った火の属性石に錬金センスのスキル【上位変換】で変質させる。
結果から言えば、等級が一つ上がり、四等級の属性石となった。
ここまでは、錬金センスのルールだ。逆に【下位変換】を使った場合、ランクが下がったアイテムが生まれるのか、それとも消滅するのか。
実験の結果――消滅した。
つまり、五等級が最下級。アイテムも消滅したために、元の素材が分からない。それとも錬金センスを成長させたら、変換スキルとは別種のスキルを入手する可能性もある。
所持SP24
【弓Lv41】【長弓Lv18】【鷹の目Lv49】【俊足Lv10】【看破Lv9】【魔道Lv7】【地属性才能Lv23】【付加術Lv30】【錬金Lv41】【調教Lv15】
控え
【合成Lv37】【彫金Lv7】【調薬Lv43】【泳ぎLv15】【生産の心得Lv45】【料理Lv31】【言語学Lv21】【登山Lv13】【毒耐性Lv11】【麻痺耐性Lv6】【眠り耐性Lv6】【呪い耐性Lv11】【魅了耐性Lv1】【混乱耐性Lv1】【気絶耐性Lv6】【怒り耐性Lv1】
所持センスを確認した所、鷹の目と錬金センスが近い。レベルが五十になる前には、一度【素材屋】というプレイヤーから詳しい事を教えて貰いたい。
「「……じぃーっ」」
「……」
「「じじじーっ」」
「……なんだ?」
「さっきから視線を送っているのに、全く気付かないとは。いきなりどうしたんですか? 先ほどもスキルを使っていた様ですし」
「いや、すまん。歩きながら実験してたんだ。っと、俺は、次の予定があるからこの辺で」
僅か数十分程度の付き合いに別れを告げて、人ごみの中に紛れるように逃げる。
深く聞かれるほど自分も理解していないし、本当に予定が詰まっているのだ。
行きたくはないが、行かない訳にもいかないし。あのまま留まってレティーアとベルに付き合わされるのも疲れそうだ。俺は、早足で人の間を抜けて、コンテスト会場へと向かう。