Sense138
以前、一度だけ会ったことのあるエルフ耳の調教師・レティーアとの再会。今の彼女の従える従魔は、小象と通常のMOBよりも二回りも大きい草食獣とミルバードである。
「ハルさんは、以前に会っていますよね。こっちは、ミルバードのナツさん。それと、夏のキャンプで仲間になったガネーシャの幼獣のムツキです」
「春、夏と来ると、季節か。それに睦月って一月だろ。いったい何体使役してるんだよ」
「他にも、ウィスプのアキちゃんとフェアリーパンサーのフユくん。全部で五体です。ですが、MPの関係上、これ以上呼ぶのは難しいので、アキちゃんとフユくんはお休みです」
「そうか、そうだよな」
俺も召喚と維持でMPは消費される。正確に言えば、召喚時にMPとMP上限を消費して、召喚する。俺の場合は、リゥイとザクロという二匹の幼獣の同時召喚をしているが、コスト面は問題ない。そもそも大量のMPを消費するのは、【レシピ】を活用した生産活動時か【付加術】によるエンチャントストーン、マジックジェムの作成時しかない。
後衛職だが、魔法やアーツを多用しないために、戦闘では宝の持ち腐れとなっている面もあるために、特に同時召喚していても問題はないが、流石本職の調教師は、召喚のコスト管理が大変な様子だ。
「流石に、五匹も引き連れて歩いたら、通行の邪魔になりますしね」
「いや、そのムツキって象一匹でも圧迫感あるから」
「むぅ、そう言われればそうですが……そう言えば、ムツの上に居たので下は見えませんでしたが、粗相をしたようで……」
話を逸らされた。表情の起伏が薄いが、微妙に目が泳いでいる点では、やはり自覚があるのだろう。ジト目で見つめると、軽い咳払いをされる。
「まぁ、それほどの事じゃないって、ただ、開いてた包みを食べられただけだ。まだ、インベントリに一つ残ってる」
「それは、すみません。この大きさでは、容易に他のエリアには行けないので」
「別に弁償求めてるわけじゃないし、また買いに行けば良いさ」
マスク下で軽い口調で答えたのが、相手にも伝わったのだろう。僅かに微笑みを浮かべる。
「分かりました。寛大なお心ありがとうございます」
「そんな大したことじゃないのに……」
「ですが、それとは別で、人の物を取ったという事で……ムツには、少し躾が必要です」
レティーアの言葉を聞いて、心なしか周囲の温度が下がる気がした。ムツキの左右に居た、草食獣のハルとミルバードのナツが俺の方に寄ってレティーアの視界から外れる。
「ムツ。その勝手な性格をもう一度矯正するべきだと思うのですよ」
静かに淡々とした口調で象へと語りかける。声を受けてすぐに平伏のポーズを取るムツキ。そして、柔らかく丁寧にその顔を撫で、語りかけるが、言葉の内容と雰囲気が脅迫にしか聞こえない。
レアな使役MOBのムツキが、涙目を浮かべて、その巨躯を縮めているように感じる。
「ま、まぁ、レティーア。俺は気にしていない。と言うか、うちの子たちが免疫がないんだ。やるなら俺の目が無い所で……」
身を縮めているのは、ムツキだけではない。レティーアの使役MOBとは違い、俺の幼獣たちは、完全に逃げ腰で、ザクロに至ってはマントの中に隠れてしまっている。リゥイも完全に注意人物扱いしている。
俺は、強く怒らないし、他人に迷惑も掛けない。そもそもリゥイとザクロの性格は、他人に関わらなかったり、対人恐怖傾向にあったりする。
レティーアのムツキは、自由な性格か、それとも勝手気ままな個性なのか、操り難いのだろう。あの巨体自体が戦力であり、またレアな幼獣では、特殊な特性も有しているのだろう。その反面、そういう扱い辛さも当然あるが、それを扱えるように矯正するのが本来の調教師の育て方なのか、と一つの例として頭に入れておく。
勿論、俺がすぐに同じことが出来るかと言えば、溺愛し過ぎていて無理である。
どちらかと言えば、調教する対象ではなく、愛玩動物のように接したり、うちの子などと言う言い方をしている辺りが相当な親馬鹿だろう。
「では、ムツ。後で続きをしますよ」
更に、一回り小さく見えるムツキ。
まぁ、他人の主従関係には口出しはないのが、マナーという物だろう。
「ユンさんは、調教師としてここに来たんですか?」
「いや、ただ当ても無くふら付いた結果、ここに辿り着いただけだ」
「そうですか。私たちのギルドで使役MOBとの触れ合いをやってるんです」
「ギルドの勧誘か?」
「概ね間違ってませんね。調教師をメインとしたギルドですので……。あと、ユンさんの勧誘嫌いは、一部有名ですので、控えるとしましょう」
あはははっ、と乾いた笑い声を漏らす。事実、勧誘を尽く蹴っている。俺の曖昧な返答にも構わず、レティーアの口は、滑らかに滑り出し、途中で止めるタイミングを失ったまま話を聞いている。
「ユンさんは、ご存知ですか? 調教センスには、どういう技術が関わっているか。
そもそもOSOというゲームが、他の追随を許さぬほどに注目される原因は、ゼロから作り上げた物ではないからです。例えばVR技術という物は、元々は軍、医療、化学分野で活用され、それぞれの分野で独自の研究をなされていました。その研究は、分野ごとで全く違う特色を持ち、研究と実験が繰り返され、膨大なデータを蓄積していきました。
他のVRゲームは、ゼロからの構築であるために、荒いグラフィックやAIの脆弱さが存在するのですが、OSOというゲームは、それら各分野の公開された研究データや一般で売りに出されたVR技術やAIをそのまま活用することで、生まれたゲームなのです。そのために、このゲームは、MMO特有の無目的なゲーム空間やコミュニティーの場とは違い、第二の自分、自由な空間としての役割も持って居るのです。
その最たる例の一つが調教に関わる物だと思うのです。
調教センスが関わる研究としては、アニマルセラピーや人間と動物の心理学など多方面の研究があります。また病院や隔離施設などの動物を入れられない場所での癒しの代用品としての動物型ロボットのAIや仮想空間での動物AIとの触れ合いなど。様々な技術が取り入れられています。こうした技術活用は、あまり広く知られておりません。またゲームのβ版や初期では、継ぎ接ぎゲームとして所々に極端なリアリティーの差が見られ、プレイヤー側に不便があり、調教センスもその煽りを受け……すみません。つい、熱が入ってしまいました」
「あ、いや。熱意は十分伝わった。うん」
気恥ずかしそうに、僅かに視線を俯かせ、頬を桃色に染める。人は見かけに寄らないとは、この事か。表情の起伏が乏しいと思われたレティーアが語り始めた直後から、目が輝き、生き生きとしているのだ。
正直、その熱意は、尊敬できる。それと同時に、そこまで細かい事を気にしない俺との温度差がある。
以前、タクがゲームとは何たるか、を語った時と同じ状況だ。
『ゲーム好きって言っても色々な奴がいる。グラフィック、2D、3D、声優、キャラクター、キャラデザイナー、監督、プロデューサー、ゲームメーカー、ブランド、CG、原画、塗り、シリーズ、世界観、システム、プレイ方針、ロールプレイ等。それぞれが好きな分野があったりするんだよ。俺や美羽ちゃんは、RPGが好きだったり、反射神経を使うゲームは得意だし、静さんは、単純なボードゲームや戦術、戦略、ローグライクなんかの頭を使うゲームが得意だったりする。峻は……あれだ。慣れれば、何でも出来るよな。美羽ちゃんや静さんたちに付き合ってるから』
と言われたのを思い出した。ゲームやる人は、皆それぞれなんだよな。と漠然と思う。
そう言えば――
「そう言えば、レティーアは、エルフを演技しているんだよな。ロールも第二の自分とか違う一面の自分って事だよな」
その一言に心なしか、空気が凍り付いた気がした。
「ふ、ふふっ、あの頃の私は、随分と浅はかだったと思いますよ」
「えっと……レティーアさん?」
「そう、日毎に入ってくる情報の中には、エルフ転生を示唆する情報が混じっているんですから。つまり、私は、ハリボテのエルフなんですよ。浅はかですね。いくら耳を尖らせてもエルフにはなれない。心はエルフに成りきろうとも体は、人間という。ハーフエルフにも成りきれていないのですから。うふふふっ……」
あー、なんか、地雷を踏んでしまったかもしれない。本人が拘っている部分だからこそ、中途半端な結果である今の姿が許せないのだろう。俺の知り合いは、どうして極端な性格の人間が多いのだろうか。
何かを得ると同時に、人間は何かを失うのだろうか。そうだったら、嫌だと思ってしまう。
「あー、その。何か情報があったら教えるよ」
「……期待しないで待ってます」
若干、諦めた様な表情。表情筋が大きく動かないからと言って、表情が乏しいわけでもない。作品によっては、エルフというのは、長い一生を森で緩やかに過ごすために、余計な感情が削ぎ落とされた無表情なエルフが描かれることがある。それをロールの参考にしているのだろうか。
ただ、感情を消しきっていないし、何と言うか、残念に見えてくる。
「話が逸れてしまいましたが、調教師も少しでも興味を持っていただけたら、という事でこちらでパフォーマンスを」
「あれがそうだったのか」
おどけるプレイヤーや楽器を手に陽気な音楽を奏でるプレイヤーが居た。特に、意識しなかったが、彼らの足元には、ちゃんとパートナーとなる従魔が居た。
おどけるプレイヤーに合わせて、愛嬌振り撒く毛並の良い野犬。音楽に合わせて体を膨張と収縮を繰り返し、表面を波打たたせるスライム。他にも、通常出会う様々なMOBが一堂に介している。流石にボスMOBや一部のMOBは調教されていないが、中には珍しいMOBや幼獣が混じっている。
「これが調教師メインのギルドではありませんが【新緑の風】は、多数の調教師を抱えています」
「ありがとう」
【新緑の風】とは、ギルド名だろう。
彼らのパフォーマンスは、勧誘と言うよりも初心者支援に近い物がある。ネットには、誰でも戦いやすい基本的なテンプレートのセンス構成が掲載されているが、それとは違う。慣れた頃の変化という物がある。
戦いに慣れた、ゲームに慣れた、パーティーに慣れた。そんな時、どういう人が求められるのか、どういう行動を自分はロールしたいのか、そのアドバイスをしている。
また調教師と言っても、メインは、剣士や槍使いでソロもしくは、第二武器として楽器や鞭と従魔のセットで活動する人もいるらしい。また、自分の趣味のために野犬と契約した人の自分語りに、同じ犬好きが興味を持っていた。
確かに、ザクロのふわふわの毛並みやリゥイのさらさらの鬣は、癖になる手触りだ。MOBとして出現する野犬は、知性の乏しい痩せ細った印象だが、目の前の犬は、十分いい肉付きと艶やかな毛並み。少し堅そうな毛。三角形の形の良い耳と程よい太さの揺れる尻尾の中型犬。
「大きいな。それにどのパートナーも一回り大きい」
「そうですね。レベルを上げたり、長く触れ合っていれば、自然と状態は良くなりますね。ユンさんのパートナーたちも毛並みを見る限り大事にされているのが分かります」
そう言われると少し気恥ずかしくはあるが、素直に受け取ろう。
「レティーアだって、従魔たちと良い関係を――「レティ、どこ行ってた、がぁっ、あががっ、止めて、ちょっと、頭割れる~」……」
俺たちの会話に割り込んできた少女。猫耳ヘアバンドを付けて頭がレティーアの片手によって握られている。その腕に更に力を籠め、腕を押し込めると少女は、後ろへと体を倒して、ギブギブと騒いでいる。
「ベル。あなたは、また私の耳を触ろうとしましたね。やるなら自分の耳にしなさい」
「えーっ、ケモノ耳やエルフ耳を堪能したいと言うフェチ的な欲求を満たしたいだけなんだよ~」
「だからと言って、人の会話に割り込まないでください」
ベルと呼ばれる猫耳ヘアバンド少女は、レティーアの知り合いらしい。周囲のギルドメンバーもその様子に苦笑いを浮かべている様子から日常的な光景のようだ。レティーアの言葉は、責めているが、口調は呆れが混じっている。
「で、こっちの人が……ふむふむ。狐と馬の調教師ね。にゃふふん、あなたが、ユニーク二匹引き連れたラッキーガールね。羨ましい」
「どうも……」
ベルの言葉を聞いていた人は、それぞれ違う反応を示す。狐と馬の組み合わせで俺の正体が解かる者、ユニーク二匹引き連れた俺に羨望の眼差しを向ける者、ラッキーガールで俺のキャラを女だと思う者。など……。まぁ、分からない者は、頭上にクエッションマークを浮かべて、直ぐに頭の隅に追いやっているようだ。
「私は、ベルガモット。みんなは、ベルって呼んでるからそれでヨロシクね。一応、主武器のセンスは、拳系で、武器は、鉤爪だよ。ああ、顔バレ嫌なら、別に見せなくて良いよ。夏のキャンプイベントで顔は、分かってるから」
「そうか。それは助かる」
「で、何でここに居るのかな? 今まで大小色んなギルドの勧誘を断る稀有な人が……まさか、同好の士? 同じ耳フェチ?」
「いや、違う。絶対違うから」
きっぱりと否定する。そうか、こいつは、耳に釣られてこのギルドに入ったのか。
「違うかぁ~。ギルマスがエルフで調教師だから、同じように亜人好きとか、獣好きとかモフモフ好きが入ってきてさ~。もう、ギルド名を【ケモモフ同好会】とかにすれば良いのに。抽象的より分かり易い名前の方が良いのに」
「嫌ですよ。人が集まっても私やサブマスでは対処できない場合があっては困りますよ。それに、多数の人間を率いるカリスマは私にはありません。身の丈に合った規模で細々と居たいのです」
「そうかぁ~。まぁ、同士が集まって語るのも良いけど、このギルドのモフモフやレティの耳を独占したいという思いもあるし。今は独占だけに留めよう」
「決して、あなたの欲望を叶えるギルドではないのですよ」
呆れたような口調で諌めるレティーアだが、ベルの耳には余計な事が入らないようだ。すぐに、別の事に意識を向け、移り気な様子は、
好奇心旺盛な猫のようである。
「ねぇねぇ。ここで会ったのも何かの縁だし。私と一緒に見て回ろうよ! うん、私が壁になるのも良いかもね」
「はぃ?」
「と、言う事で。私は、行ってくるね~」
「待ちなさい。どこに行くんですか。全く、あなた一人だと周りに迷惑を掛けるでしょ。私も行きます」
「えーっ、信用無いな。それに、ムツキが居るのに、どうやって同行するの」
「一度、戻って貰います」
その瞬間、えっ、戻されるの!? と言う驚きを小象のムツキが発した気がしたが、次の瞬間には、召喚石へと戻されていた。
「と、言う事で。私も一緒に良いでしょうか?」
「やったね。私のハーレムだ。エルフ耳にモフモフ獣、それに美少女」
俺が何かを言う前に、同行者が増えてしまった。