Sense137
人溢れる町から見上げる空には、飛び交う色とりどりの魔法。脇には、幻を利用して、角を隠し、色を変えるリゥイとその頭に引っかかるようにして乗る、こちらもリゥイの幻で二尾の内の一本を隠し、色を狐色に変えるザクロ。
幼獣とは言え、馬と狐という組み合わせが目を引くようだが、通り過ぎる人々は、一瞬だけ視線を二匹に向け、マスクにマントの怪しい俺を一瞥して、すれ違う。
「怪しい恰好も祭りだと仮装の一種に見られるのかもな。別に、変ってわけじゃないだろうし」
入り込んだのは消耗品のエリア。客引きで奇抜な格好をする人が居る中で、俺の姿は逆に、地味と言えよう。
「さて、祭りの定番と言えば、屋台だよな。何か旨そうな物は……」
視線を向ける先には、二種類の食べ物屋台がある。
食える物を売る屋台と食えない物を売る屋台だ。
「いらっしゃい! 毒抜きされたミルバードの焼き鳥だよ! 美味しいよ! 効果は、ATK上昇だよ!」「ビッグボアのケバフなんてのはどうだい! 旨いぞ」「こっちは、ポータルから第二の街直送新鮮野菜(笑)が売りの野菜スティックよ!」
と言った様々な声が聞こえる。その反対に、玄人向けの屋台は、このような宣伝をしている。
「さぁ、ロシアンルーレット。六個の内、一つが毒あり! パーティー内の運試しだ。ついでに、解毒薬も売ってるぞ!」「味は悪いが、状態異常で経験値稼ぎ! 血反吐を吐くようなレベル上げがお手軽簡単!」「素材の味そのまま、世にも奇妙な毒味とはこれ如何に! さぁ、ゲームらしい、毒料理はこちらですよ!」
と反面、状態異常でのレベルアップを目的とした毒料理。パーティーのお遊び要素のロシアンルーレット、毒料理が並んでいる。うっかりと興味本位で初心者が手を出させないようにゲーム初期では、ちょっと躊躇われる値段設定であるために、誤爆はある程度防げるだろう。
ただ、場の雰囲気に乗せられて購入しては、店の前で自爆する人間が後を絶たないのを見て、何とも言えない気分になる。更に、その隣には、満面の笑みを浮かべるポーション売り。
「まぁ、俺たちは、普通の屋台を探そう」
視線を巡らせるが、何処も彼処も匂いを発している。その発している匂いが美味しい匂いならまだ良いが、毒屋台の臭いとも混ざり合い嗅覚だけで良い店かどうかを判断するのは困難になっている。
ただし、人間限定で、の話だ。
リゥイとザクロ。二人は、混ざり合う匂いの中から、とある屋台の匂いを導き出していた。
先導するように進む二匹の後を追うように進む屋台は、短い列を作っており、他の店のような派手さは無い。だが、堅実な料理と言えるだろう。凹凸のある鉄板に生地を流し込み、たこ焼きのように作られる料理だった。
ただし、使われる食材は、どちらかと言えば、スイーツ寄りな具が多い。
一口チョコや数種類のフルーツジャムが生地に包まれて焼かれている。最後に掛けるホワイトとビターの二種類のチョコで再現されたソース、添えられた二本の爪楊枝が妙にリアルだ。
「いらっしゃいな。お兄さん、幾つ要りますかい?」
「って、フィオルさんのお店だったんだ。喫茶店は今日やってないのか?」
たこ焼き器の鉄板の前に立っているのは、クロードの店【コムネスティ喫茶洋服店】のスイーツ担当フィオルさんだ。たまにしか、お店では会わないし、出現自体がレアな人。喫茶店をやりたいというラテムさん、カリアンさんとは別で、ただお菓子が作りたい。という人なために、メニューは不安定。ただ、季節に合わせた変わり種をたまに作る人だ。
歳も二十代半ば。気の良いOLと言った感じ。
「あれ? 私の知り合い? うちの知り合いでマスク被った人しらんよ」
「あっ、そうだったな。すまない。これでいいか?」
フィオルさんだけには見えるように、マスクとフードをズラせば、誰なのか納得した様子だ。
「顔が分からないように、変装中」
「はぁ、顔売れちゃってるもんね。それにしても男の人と間違えるとは、私も焼きが回ったかな? まぁいいや。お店に来てるようだけど、私のスイーツの味はどう?」
「いつも美味しく頂いていますよ。ただ、個人的な好みとしては、甘さ控えめの物が欲しいです。それで、ここって何のお店ですか?」
「ここ? 見ての通り、なんちゃってたこ焼き屋の創作スイーツの店よ。中身は、ランダムで四種類のフルーツジャム、チョコ、バニラアイスの計六種あるんよ」
一パックの中身は、十二個入り。外はカリッと、中はしっとりをコンセプトに作ってあるようだ。
「じゃあ、一つ。いや、二つ」
一つと言った時、リゥイが俺の腰元に頭突きをしてきた。不意の頭突きと短く生えた角が地味に危ない。避ける際に、少し仰け反った姿勢になるのを目の前のフィオルさんに見られて、小さく笑われてしまう。
「久しぶりに見たけど、えらい可愛いMOBよね。良い物見せてくれたから、一パックオマケで良いよ」
「その、すみません。……って、早速奪いに来るな」
受け取った食べ物は、ファンタジーの世界観を壊さないように、大きな葉っぱに包まれているのだが、ザクロは、マントに足を掛けて、背中を駆け上がり、肩に留まる。
鼻先で葉包みを退けて、中のおやつを食べようとするが、俺は手を伸ばして、それを阻止する。
「ちゃんと分けるから待て。まだ精算が終わってないから。ちゃんと分けるから、睨むなって」
「やっぱり、面白い人よね。クロさんが気に掛けるの分かるわ」
抜け駆けで先に食べようとしたザクロを静かに睨むリゥイ。ちょっとその様子が怖い。
屋台側のフィオルさんにも笑われて、軽い溜息を吐く。
「どこかゆっくり食べられる場所ってありますか?」
「それだったら、この先のパフォーマンスエリアなんか、ちょうど良いよ。他にも、露店とか入り混じるような形だけど」
「ありがとうございます」
「良いって事よ。趣味の延長のお菓子作りだし。そっか、甘さ控えめか……次は、ティラミスとかやってみるかな」
小さな呟きを残すフィオルさんに、会釈して、その場を去る。ただ、肩に乗るザクロとリゥイから包みを死守する姿に、吹きそうな顔で小さく手を振って送り出してくれた。
少しして、クロードの所の喫茶店担当のラテムさんとカリアンさんがすれ違ったが、こちらもマスクをしていたために気がつかなかった様子だ。きっとフィオルさん所の創作スイーツでも買いに行ったのだろう。
俺たちは、パフォーマンスエリアの範囲内である教会前の広場に腰を下ろして、包みを開いた。
二色のチョコソースの掛かったスイーツ。それを見て、目の前の二匹の視線は、それに釘づけになる。
「食べても良いぞ」
その一言に、器用に一個づつ口に咥えて、少しづつ食べる。同じ数になる様に、順番に食べている所が和む。時折、俺の方を見上げて、ねぇ、食べないの? と首を傾げる様を見て小さな声で、気にせず食べな、と言う。
「それにしても、面白いパフォーマンスしているな」
目の前の広場は、すり鉢状になっており、教会側が低い階段があり、俺はその段差に腰掛けるように座っている。
この位置でも見えるが、路上のパフォーマンスには、様々な物があった。ゲーム初心者とのナイフ投げ対決。参加者は、レベルの平均が10以下のみ。投げたナイフが的に何本刺さるかの勝負。勝つか引き分けで挑戦者の勝ち。参加費の十倍が賞金として出るパフォーマンスだ。
金額設定も、初期では一回か二回出来る額で、賞金も何かを買うのに必要な額。実に面白い商売だ。
それを見て、どっちが勝つか、のトトカルチョも即興で行われていたり、飛び込み参加の路上PVPも賭けの対象だ。
だが、それもパフォーマンスの一面。白と黒の道化のマスクでナイフを器用に投げるピエロのパフォーマーも居れば、集団での演舞なども目を引く。中には、センスを利用した茶番劇と言ったものもある。
その中でも特殊なのは、特撮風の劇だ。
正義と悪。更に、一対多という対比構造。
予定調和とも思えるストーリーだが、注目すべきは、そこに使われている技術だ。
多数の悪がたった一人を取り囲み、男へと魔法を放とうとするが、男は、ただ手を翳すだけ。それだけなのに、周囲の者たちの放つ攻撃は無力化され、逆に吹き飛ぶ。
その後も、通常ではありえない動きや跳躍を見せ、激しい悪の幹部とのタイマン勝負。
一撃毎に、オーディエンスのボルテージを上げていく特撮劇。CGを駆使しないとできないような複雑な軌道を描く必殺技。
ゲームだから、と決めつけるよりも頭の柔らかい初心者には随分と衝撃的なのだろう。
最後には、種明かし。
「ご視聴ありがとうございます。今回のパフォーマンスで使ったのは、一部バグ技を含む物もあります。このバグは、知っていれば回避できるもので、既に運営にも通達済みなために、次回の更新では修正されるでしょう。まず――」
バグ技。今回のは、特定のセンス三種類を装備した状態で魔法を放つと、攻撃のエフェクトと実際の効果範囲のベクトルが真逆になるというバグ。これを利用して、あたかもたった一人で多数を一撃で倒したように見せた。ただの自殺バグと言えよう。
ほか、異常なまでの複雑軌道も、途中リタイアした戦闘員が、予定された位置に人の目に留まりにくい風魔法や演出のための火や地魔法の爆発を利用した空中加速の小技。他にも、魔法を理論的に理解した上で、入念な準備と練習を重ねて作り上げたことを説明した。
「凄いな。あの熱意は……」
俺の一言は、パフォーマーと観戦者の両方だ。
空間を理解し、座標を的確に指定して攻撃できるだけのプレイヤースキルの高さは、並のプレイヤーより高いのではないだろうか。モンスター戦では使い辛くとも、心理戦込みのPVPや追撃戦などでは、非常に優秀だろう。
また、座標攻撃の魔法はレベルが高いためにすぐには手は出せないが、自殺バグは、比較的簡単に行うことが出来る。キーとなるセンスは、SPさえあれば今すぐにでも入手出来、比較的低いポイントを消費する。
「喰らえ、俺の一撃。ぐはっ」「おや? 何かやりましたか?」のような茶番や工夫を凝らして「うおおおっ!」「ふんっ!」「やったか?! ……なに」「そのような攻撃で私を倒せるとお思いでしょうか?」のようなやったか? なに!? の定番茶番を始める者もいた。他にも、アレンジを加えたり、これを全く別の有効方法は無いか、悩む者もいた。
「さて、俺たちも別の所に行くか?」
俺とは違い、手元のスイーツに集中していた二匹。残り四個ほど残っているのは、俺の分なのだろうか。一人当たり、四つずつ。別に食べても良いのだが、そういう細かなAIの知能は本当に高いと思う。
「じゃあ、俺も頂いてからまた歩くとしようか」
楊枝を手に取り、一つ突き刺す。そこで、自分がマスクをしたままだと思い出し、マスクだけを外すが……。
頭上が暗くなる。急に暗雲立ち込めるにしては、範囲は狭く、人の影にしては、大きい。
そして、俺の首筋に急に灰色の太い物体が近づき、爪楊枝に刺さっているおやつを持って行ってしまう。
呆然として、振り返り見上げる先には、小象が居た。とはいえ、象だ。俺よりも優に大きく。素晴らしく特徴的な耳と鼻を持って居る。灰色の肌の質感と重量、そして存在感に圧倒される中で、包みに残っていた残りのおやつも全てその鼻に掴まれて器用に口に運ぶ。
その象の上には、人が乗っているようだ。左右にもMOBを引き連れている。
「すみません。うちのムツが粗相を」
「あっ、いえ。別に……」
ただ、圧倒され、そういう事しか言えなかった。サイズとしては、高さ三メートル。体長五メートルはありそうな小象。いや、その質量自体が戦力となる。
象の背に乗る調教師は、逆光で顔が陰って見えない。だが、相手からは、こちらが見えるようだ。そう、食べる寸前、マスクを外した俺の顔を。
「えっと……女性?」
慌てて、マスクを着ける俺。マスク無しでも【認識阻害】がある程度働いたようだ。だが相手は、別の情報から俺を導き出した。
「ユンさん? ですね。お久しぶりです」
「……なんでわかった。と言うより誰だ?」
「私ですよ。まぁ、お会いしたのは一度だけですけど」
象を器用に操り、上げた前足を足場に降りてきたのは、何時か見たエルフ娘。
「レティーアです。ハルさん共々その節はどうも」
「……思い出した。どうして俺だと分かった」
「それはもう、同じ調教師で使役するMOBが馬と狐の組み合わせは、直ぐに分かりました。色や特徴が記憶とは違うのですが、まぁ、他のプレイヤーは、気付かない人の方が多いと思いますよ」
まぁ、見ている人は見ている物だよな。そういう諦めた感じで、降参のポーズをとる。
閑話で名前だけ出てきたスイーツ職人・フィオルさん登場。気の良いOLがストレス発散のために、お菓子作って、自分で食べる人。リアルでは、食材費やカロリーオーバーになりそうなので、ゲームの世界で満足。
一部より久々に登場のエルフ耳・レティーアさん。はたして、彼女が何故そこに居たのかは、次回。