Sense133
「セイ姉ぇ、火力高過ぎ……。遭遇する敵全部一撃って」
「いやいや、ユンちゃんの索敵能力とエンチャントとカースドの場作りは有難いよ。ユンちゃんのお店のエンチャント・ストーンよりも上昇率高いんじゃないかな? まぁ、何にせよ、二人でもサクサク進んで、宝箱の回収が捗るよ」
俺たちは、今ダンジョン最深部の一歩手前。第四層の後半に居た。
ここまでは、第三層のMOBの魚群をセイ姉ぇが全てマイナス30度の瞬間冷凍により倒し、第四階層のMOBは、魚の体に胸ビレや背ビレが進化し、手足のようになった魚人・サハギンを百度を超える高温のスチームに晒され、火も使わないスチームクッキングを実行しているようにさえ思える。
俺も援護射撃やMPポーションの回復、逃げ道を塞ぐための地属性魔法の【クレイ・シールド】を使うなど、非常に有意義な時間だが。
俺の目の前に、また新たな敵が現れた。
「なんだ、今度は色違いのサハギンか」
通常のサハギンは、背中が青白い色で腹に向かって白くなり、ぎょろりとした出目が特徴で、手には粗雑な作りの銛やナイフが握られ、腰には、襤褸布が巻かれている。
しかし、通常のサハギンに囲まれた色違いのサハギンは、体全体がサハギンに比べてスマートで、背中が黒っぽい青で銀色に輝く美しい腹が、洞窟を照らす青白い光源によって、マリンブルーの美しさを持つ。更に、体の各所を白銀の部分鎧を装備している。
魚の癖に、なんて美のこだわりを……。まさに、サハギンのイケメン。エリート・サハギンとでも言おうか。
そして、セイ姉ぇが、そのエリート・サハギンを見た瞬間、表情に驚愕の色を見せる。
「あ、あれは――レア物だよ。ユンちゃん。サハギンじゃないサハギンだよ」
「はぁ……そうなの?」
「サハギンの中の変異種。百匹に一匹のレアなサハギン。その名も――サバギン」
「って、サバかい!?」
いや、何か他のサハギンには無い物があるはずだ。例えば、サハギンの三倍の強さとか、ドロップにサハギンとは違う強化素材や微レアな武器が手に入ったり……。
「なんと、強さはサハギンの二倍……」
この時点で三倍ではないが、強いことは分かった。いいぞ、サバギン。頑張れ――
「そして、旨味成分は、三倍。ドロップは、サハギン印のサバ缶だよ!」
「結局、食料かい! ってサバギン捕食される側かい!」
「因みに、このサバ缶は、食べると、一時間の間HPとMPの上限を一時的に上げる効果があるんだよ」
「うわっ、無駄に高性能なサバ缶」
「高級サバの缶詰にも引けを取らない味。まさに、狩るには不足しない」
この洞窟に出現する敵は、鱗や骨などの素材の他にも、魚の切り身やエビ丸ごとなど食材アイテムが手に入る。魚介類の宝庫だ。
サハギンは、精々、水属性の追加効果が付いた微レア装備をドロップする。
だが、結局サハギン種も食べられる奴が居たとは……。
「あれだよな。サハギンの外見見ると、サバ缶を食べる気には成れないんだが」
「そうかな? 一度食べると、病みつきだよ」
そう言いながら、敵の索敵範囲のギリギリの距離から強化したスチーム・ピラーを放出し、サバギンを炙っていく。他に居た固体は次々に倒れていく中で、サバギンだけがセイ姉ぇの超火力の魔法を耐えきり、こちらに銛を掲げて突撃を始める。
あのサバギンが、セイ姉ぇの超火力神話を打ち砕き、襲ってくるが、それでもダメージをかなり負っている。単身で俺たち二人へと突撃するが、俺は正面から矢の連射でセイ姉ぇの次の魔法までの時間を稼ぐ。
「キャァァァッ――」
「さっさとサバ缶に成れ!」
毒矢、麻痺矢、魅了矢と次々と状態異常の矢を放つが、走る勢いは止まらないサバギン。状態異常に耐性を持ってるのか。地味に強いな。
セイ姉ぇが次の魔法を撃つまでが俺の役目。弓を仕舞い、包丁を引き抜く。
さぁ――料理しようじゃないか! 三枚に下ろして、調理してやろう!
まずは、体の前面にある胸ビレのマーカーへと包丁を突き刺す。下から上へと突き上げるような角度で包丁を入れ、手首を捻り、右側へと包丁を振りぬく。
俺の一撃に対して、素早く武器を振るうが、素早いのに切れの無い動き。バックステップで余裕で避け、そのまま、右側へと回り込み、腕と化したヒレを脇下から掬い上げるように、包丁を入れる。
サハギンより強く、集団としての戦闘に特化したサハギン種だが、一対一の変異体に、恐怖は無い。
寧ろ、次の動きが漠然とだが分かり、先読みで次へ、次へと。ミカヅチとの対人戦に比べれば、かなり温い戦いだ。
回り込んだ右から更に、速度エンチャントで加速し、首の後ろにあるマーカーへと包丁を差し込み、抉るように手首を回す。
サバギンのHPは、もう殆ど残ってない。あと少し、たった一撃で倒れる。
俺は、相手の攻撃を誘発するような位置取りをする。
(さぁ、来い、来い来い来い。来たっ!)
銛を掲げ、突く動作に合わせて、前へと出る。サバギンの体に張り付くように刃物を白い腹に突き立て、一気に体重を掛けて、下へと強引に引き裂いていく。
相手の抵抗で、俺は銛を持たない手で殴られ、吹き飛ばされてしまう。滑りやすい地面を滑るように倒れ、直ぐに反撃できるように包丁を構えるが、それは全て無駄だった。
先ほどの一撃が最後の足掻きだったようだ。そのまま、腕を振るったまま、体が勢いに流され、倒れていく。
「お疲れ様。ユンちゃんは、一対一だとこの階層の敵と戦えるんだね」
「セイ姉ぇ。ミカヅチに比べたら、全然。あー、でも最後の一撃でHPの三割持ってかれた」
俺は、ハイポーションでサバギンから受けたダメージを回復する。決して、前衛向けじゃないのに、無理に体張って戦って。割に合わないな。と思ってしまう。
「と、言うよりもセイ姉ぇ。俺がサバギンに止めを刺す前には、もう魔法の準備終えてただろ」
「あっ、バレてた? ユンちゃんがどれだけ戦えるかを見たかったんだよね」
「まぁ、良いけど……。で、如何する? 最下層のボスに挑むのか? それとも、ここで帰るのか?」
正直、ここまで無事に戦えたとしても、ボスが同じように戦えるとは思わない。むしろ、パーティー推奨の敵にたった二人で挑むのは、少々無謀なようにも感じる。
「ユンちゃんの後学のために、ボスだけ見に行く? 一応、外からボスを見ることが出来るけど。それに、最下層はボス以外は出てこないから」
「じゃあ、降りようか」
最下層の階段を下りていく。今までは、階段の光源も十分にあったのだが、ここだけは、進むにつれて光源が絞られ、非常に薄暗く、足元が危うい印象を与える。
「セイ姉ぇ、足元に気を付けて」
「大丈夫だよ。それよりユンちゃんも気を付けてね」
湿って薄暗い場所だが、俺は、暗視に適応したセンスがあるために、滑り易そうなところは避けて降りている。
階段を降り切ると、広い円形の広場が広がり、その向こうには通路が一本伸びているだけだ。他には何もない。休憩スペースのようだ。
「さて、ここがボスと戦う前に一休みする場所だよ。前にパーティーが居るか分からないから様子を見に行こうか」
「待たなくて良いのか?」
「別に手を出す訳じゃないし。ボスの直前にもここより小さいけどスペースあるんだし」
「分かった。セイ姉ぇに従うよ」
セイ姉ぇの後を追うように、通路の一本道へと入っていく。通路は、薄暗く作られ、距離感を狂わすように出来ているが、案外通路の距離は短いようだ。通路を抜けた先には、先客のグループが居るようだ。
ただ、雰囲気と言えば良いのだろうか。どこか、場違いな感じがする。
何が違うとは分からない。ただ、手に各々の武器を握っているし、血気盛んな感じはボスと戦う前の興奮と取れなくもない。そのパーティーは、どこか浮足立っているのも、逸る気持ちを抑えているようにも感じるのだが、どこか怖い感じがする。
表情や雰囲気が非常に攻撃的なのだ。
「セイ姉ぇ、先客が居るようだけど……なんか。なんというか、変な感じ」
「あっ、居るんだ。どんなグループ?」
「えっと、武器を持って、浮足立ってる。かなり攻撃的な雰囲気で……」
何と言えばいいのか。関わり合いたくない。
遠視センスで一方的に見ているために、相手には気づかれていないが、見ていると気分が悪くなる。
「ふ~ん。嫌だね。こんな所まで来ていたのね」
「セイ姉ぇ。一人で納得しないでくれよ」
「ごめんごめん。けど、ちょっと私に付き合ってくれる? あっ、少し面倒くさくなるなら顔は隠して」
「えっ、分かった」
俺は、インベントリからマントとマスクを取出し、すっぽりと被る。
「じゃあ、行くね。全部、お姉ちゃんに任せれば大丈夫だから。黙っててね。あっ、あと何時でも攻撃できるように、お願いね」
何をするんだ、セイ姉ぇは。聞くのが怖い中で、突き進んでいく。
隠れるとか、忍ぶなんて無く、極々自然体で進んでいく。
「やぁ、どんな感じですか?」
陽気に、愉快に。薄暗い広場に反響するような声。それに対して、目の前のグループは非常に鬱陶しそうに、舌打ちをして来る。その様子に、むかつくが、セイ姉ぇに黙ってるように言われた。俺はただ直立不動のまま、マントの下では包丁とマジックジェムを隠し持っておく。
「どうもねぇよ。何だよ、てめぇら」
「そんなに殺気立って、前のグループはどんな感じかな?」
「そんなもん、自分で見やがれ」
不愉快な言葉遣いにも淡々と答えるセイ姉ぇだが、近くに居る俺は、陽気に愉快な雰囲気の中に、蛇のような狡猾さを感じ、背筋が泡立つ。
「あー、そう言えば、こんな話知ってる?」
「あんだよ! キルすっぞ!」
「最近ね。ダンジョン内で悪質な行為が横行しているんだよね。人の少ない時間帯を狙って、ボスに挑むパーティーを後ろから狙いキルするPK集団」
「……」
「あれだよね。怖いよね。ボスに集中している時に、背後からズドンだもんね。しかも、自分たちがギリギリまで追い込んだ所でヤラれるから割が合わないし、追い詰めたボスのドロップもキルされて、その場に居ないから得られないし……」
口調が、陽気な雰囲気から少しずつトーンを押さえ、共に顔に浮かべた人の良さそうな笑みも少しずつ抜け落ちていく。
「だから、あんまり人の嫌がる事は、やらない方が良いよ。――【フォッシュ・ハウンド】の皆さん」
「「「――っ!?」」」
目の前のグループが息を呑むのが分かる。そして、俺もマスクの下では、驚愕の表情を作っている。セイ姉ぇは最初から相手が誰か知っていたのか。
そして、相手の行動の違和感にも気がついた。あれは、ボスと戦っているプレイヤーをキルするタイミングを計っていたのか。
俺たちの乱入。下手をしたら、有無を言わさずに斬られていたかもしれない。と思うと更に背中に冷たい物が流れる気がした。
「自分たちの事が知られていないとでも思ってるの? 一応、誰が、どこで、何をしたのか。意外と知られているよ」
「う、煩い!」
「あー、私たちと戦うの? そっちは五人。こっちは二人。だけど、分かってる? 相手が誰で、君たちの目的を考えた時」
「……」
セイ姉ぇは、暗に、落とし所を提示した。自分は、名のあるプレイヤーで、やり合えば互いに無駄に消耗する。そして【フォッシュ・ハウンド】と言えば、生産者たちにそっぽを向かれた不躾な一団の一つで絶対的に消耗品が足りていない。
ここは俺の推測だが、【フォッシュ・ハウンド】は、ボスの強化素材などを狙い、ダンジョンを潜る。ダンジョン内には、微レアやデフォルトの消耗品も手に入るが、それらを使って、ボスに挑むのは余計な消耗を生む。だから、少ない労力で結果の残せるやり方を選んだ。
もし、ここで俺たちが戦えば、潤沢なアイテムを使える二人組と消耗品を余計に消耗することの出来ない五人。ここで俺たちを退けても、その後PKを成功させることが出来るのか、または、出来ても残ったボスを討伐できるのか。それらの成功率は一気に下がるだろう。
ここで引けば、ダンジョン内を巡って集めた消耗品は残るだろう。
さぁ、相手はどう出るか。
「ちっ、行くぞ!」
「良かった。出来れば、真っ当にゲームを楽しもうね」
【フォッシュ・ハウンド】の一団は、苦々しげな表情で足早に去っていく。その中の一人が聞こえないほどの声だが、確かに口が動いたのを見た。すまん、と。
俺は、見通せなくなるまでその背中を見つめ続け、警戒を続けたが、あっさりと去って行った。
相手が見えなくなってから、マントとマスクを外して、大きく緊張で溜まった息を吐き出す。
「ふぅ、何とか行ってくれたね」
「無茶するなよ。びっくりするだろ、全く」
今回は、上手く相手が引いたが、言葉を交える前に襲ってくるかもしれない。または、俺たちが一人の時に狙われるかもしれない。俺としては、面倒事には関わって欲しくないのが本音なのだが。
「あの中にも、自分が迷惑な事している。って自覚を持っている人もいるんだよね」
「そうだな。でも、俺たちが言っても変わらないだろ」
「そうだね。私たちが言っても変わらないね。でも、組織として、集団として何も出来なくすることは出来る」
セイ姉ぇが語るのは、今行っている【フォッシュ・ハウンド】【獄炎隊】への対抗手段。
ゲームなのだから、プレイヤー同士が戦ってケリを付けるなどしない。搦め手を主とした対抗手段だ。
ネットによる情報の拡散。随時、相手の行動を報告するネット民。そして、断片的な情報を繋ぎ合わせて、両ギルドのメンバーを高い精度で割り出し、警戒を広げる。
相手が行動を起こせば起こすほど、関係の無い一般プレイヤーや新規参入者に白い目を向けられる。
こちらが何かする必要はない。相手を吊し上げて、居場所を徐々に無くして追い込む。
最終的には、他人の目を気にして下の者が自然と離れて行き、自然消滅するまで徹底的に情報を更新していく。
「手法が悪辣だろ」
「でも、一番有効な手段であり、流れなんだよ。これは誰かがこうしよう。って決めたことじゃなくて、自然と形成された流れであり、出る杭は打たれる、を体現したような現象だね」
「まぁ、俺も自分で何かをしようとは思わないがそのギルドとは関わり合いたくないし」
「そうそう、そう言う考えの人が集まれば、無言の圧力になるんだから」
そんな物だろうか。首を捻っている間に、別の足音が響く。今度は、自分たちが来た方とは逆。ボスの居る場所からだ。どうやら、先に戦っていたパーティーは勝ったようだ。
「こんにちは」
「こんにちは。セイさん、今日はどうしたんですか?」
「ボスを見せに来たんですよ。この子のために、ね」
「うわぁーっ! ユン様だ、セイ様も」
この女性プレイヤーは、俺を頭の先から足先まで眺めている。それにしても何故様付けを。そして、セイ姉ぇも苦笑を浮かべている。
「ユン様とセイ様、ミュウ様と言えば、OSO美少女三姉妹として有名だし、精力的にOSOをプレイするプレイヤー! きゃぁ、こんなダンジョンの奥で会えるなんて!」
「あー、すまん。こいつ、一部の人間に感化されて神格化してるみたいで……」
俺の顔が引き攣っているのを見て、相手のパーティーの一人が謝ってきた。
まぁ、様々な原因が複合的に絡まった結果と言えるが、多分彼女の想像しているユンという人物の偶像は俺とは結びつかないだろう。
「それに、つい最近だって、レイド・クエストを発見した。って聞きましたよ! 発見自体が凄いです! 私たちもそれに挑戦する準備としてボスを倒してレベル上げと素材集めをしていたんです!」
「お、おう、頑張れ」
「はい、きゃっ、ユン様に頑張れって言って貰っちゃった!」
女子らしい高いテンションに押されて、少しタジタジになる。セイ姉ぇも相手のパーティーリーダーと何やら楽しそうに談笑している。
「セイさんのギルドは、クエストどうするんですか? うちは、ギルドじゃないんで、いくつかのグループを誘ってやろうと思うんですけど」
「うち? うちも最初は、希望者募って、複数のグループで挑戦するつもりだよ。けど……血気盛んなミカヅチはどうかな? 明日当たりにでも、十数人ほど引き連れて、負けて帰ってくるんじゃないかな? まぁ、弱点や攻撃パターンの情報くらいは持って帰ってくれるんじゃなかな?」
「あはははっ、完全にギルドマスターが捨て駒扱いですね」
「そんな捨て駒だなんて。本人は分かってて無謀に挑戦しているんですから狂犬くらいじゃないと」
「おっと失礼」
この二人は、ミカヅチに何か恨みでもあるのか。確かに血気盛んなのんべぇの残念美女のミカヅチに対して……うん、適切だ。むしろ大人としてちょっと自由人で腕が立ち、俺に料理を要求する姿を思い出すと、苛立ちを思い出す。
そうして俺たちは、互いに、何が手に入った。何をしたなど。プレイヤー同士の生の情報交換を味わった。普段は、知り合いが情報を運んでくれるが、中には俺への情報が意図的にシャットアウトされていたんじゃないか。と思うような情報がぽろぽろと聞こえる。
曰く、店を構えるやり手の生産者。
曰く、弓を持てば、矢は必中の弓の名手。
曰く、強力な使役獣を連れて歩く調教師。
曰く、変身を残しているのではないか。
そのどれも俺の評価なのだが……。微妙に合っているような、合ってないような。
店を構えるが、やり手ではないし。
弓は持つが、名手ではない。
使役MOBを連れているが、戦闘力が低い幼獣だし。
変身とは、エンチャントによる自己強化だろう。
つまり、話が誇張されているのだ。
その場で全てを否定したが、認められなかった。本人なのに。
「じゃあ、ボスを見てから一緒に地上に戻りますか?」
「そうですね。帰り道の宝箱とかも回収しながら、戻りましょうか。ユンちゃん、あれがボスだよ」
リポップした地形ダンジョンのボス。その姿に、俺は息を飲む。
双頭を持つ鮫だった。右の頭は、鈍角な頭を持ち、石のように固く、細かな傷を持っている。左の頭は、鋭く剃刀のように細い頭とサメ肌特有のざらつく肌を持つ。
ボスの名は――ツインヘッド・シャーク。
左右で全く違う突撃攻撃、尾びれによる攻撃。また水属性の魔法などを使い、広いドーム状の空間を自由に回遊するために捉えるのは難しい。最初から難易度が高いが、HP減少による攻撃パターンの変化やステータス変化はないために、慣れれば戦い易い敵という認識だが――。
「鮫なのに、ちょっと顔が……」
ボスは怖がられて当然と身構えていたのだが、頭を打ち付けた右の頭の鮫など目の所に刀傷のような交差する傷があるし、左の頭はパーツが鋭く狂暴そうなのだが……
「出目って。全部怖さとかぶち壊しだろ。なんか、鮫っぽい怖さが無い」
「まぁ、ボスなんてこんなもんだよね。変なのも居るし、怖いのも居るし。今回は深海魚だから、変顔なのかもね」
「愛嬌ある顔だよね。でも、強いんだよ」
「なんか、納得いかない」
「はいはい。ユンちゃん、そんなに怒んないでよ」
「怒ってない」
セイ姉ぇに宥められるが、元々それほど怒ってない。ただ、ボスの顔を見てツッコミを入れた点では、まだゲームに慣れて居ないと思う。これで初見のボスにツッコミすら無くなったらきっと俺もミュウやセイ姉ぇの仲間入りだろう。
それだけは止めよう、常に敵MOBの外見を評価し、何らかの利点欠点を見つけよう。そう無意味な方向性で新たな決意をするのだった。