Sense130
振替休日の明けた日の夜。アトリエールの在庫を確認しながらも、工房部は稼働していた。
調合施設の粉砕機では、以前乳鉢で潰していた胆石や薬石を粉末状にする行為を代理しており、今回は、薬ではなく爆弾の素材を加工している。
「明日から新規プレイヤーが参入するだろうけど、在庫は以前から蓄えているから問題ない。問題は、これだよな」
燐魂結晶やその小さな欠片を纏めて粉砕機に掛ける。内部が白みがかった靄の入った結晶は、砕けるとガラスの砕けるような破砕音を上げて光を乱反射するサラサラの粉へと変化する。
またもう一方の素材である黒爆石も粉砕機に掛けるが、こちらはどちらかと言うと黒くしっとりとした粘土質な土のような感じだ。
「威力の最適な調合率と使用するための必要な大きさ。それと必要な型紙」
爆弾を構成する要素は、調合率、サイズ、形状の三つだ。
調合率は、この二種類の調合率で、スキルによるデフォルト作成では、1:1の調合率だ。
サイズに比例して威力が増大するが、重量も変わり、デフォルトでは、バスケットボール大(約一キロ)の大きさだ。
型紙は、第三の町で購入できる爆弾用の型紙。四種類が存在し、丸型、ダイナマイト型、感圧型、時限型と爆弾一つ取ってもカスタマイズの幅が広い。
ただ、調合によるカスタマイズ無し。スキル作成によるデフォルトの爆弾のステータスはこれだ。
通常爆弾【消耗品】
HPダメージ【-500±50】
こんなレベルだ。ダメージポーションよりも高威力だとしてもバスケットボールの大きさでは扱い辛い。うっかり自分の足元に落として自滅しそうなほどだ。
まぁ、低威力で見た目派手な爆弾は、パーティーグッズとしては面白いだろうが。
「デフォルトを基準として、分量を十パーセント刻みで変動させるか」
俺がまず始めるのは、最適調合比率の割り出しだ。
百グラムの内、燐魂結晶と黒爆石の比率を変えて火薬玉を作成する。
分量を量り、均等になるように混ぜる工程は、料理にも精通する作業であり、非常に慣れた手つきで作る。
燐光結晶の比率が多い爆弾が四パターン。黒爆石の比率の比率が多い爆弾が四パターン。計八種類の火薬玉が出来、それを元に、同じ規格で通常爆弾を作った。
その結果、燐光結晶と黒爆石の比率には、関係性が見られた。アイテムのステータス画面を通して見た爆弾は、3:7が一番に高い数値になった。
通常爆弾【消耗品】
HPダメージ【-400±40】
「バスケットより小さいサイズでビッグボアには有効打与えられる威力か。逆に、これ以上黒爆石の比率を増やすと不発爆弾になってるし……」
燐光結晶の多い爆弾は、威力数値が低い。黒爆石が火薬。燐光結晶が発火装置と見立てれば、納得のいく物だ。
投げるなどの衝撃を受けた燐光結晶の粉末が熱を発し、黒爆石に引火、爆発を引き起こす。燐光結晶の量が少なすぎると、引火せずに不発弾。不良品となる。
また、不発爆弾のステータスにはダメージが表示されていない。
じゃあ、逆に――
「……アイテム単体での威力表示なら、外部から火気を持ってくれば、爆弾として使えそうだな」
粉末にした黒爆石のみで作った爆弾は、予想通り不発弾だった。だが、これがもしも爆発した場合、威力はどれだけ上がるだろうか。
逆に、燐光結晶のみで作った爆弾は、どうなるのか。ダメージの無い爆発アイテム。傍らに置くメモ帳に思いついたアイディアを単語として一時的に纏めておく。
同じサイズで燐光結晶のみの爆弾は――。
閃光爆弾【消耗品】
名前の通り、光を発するだけなのだろう。一時的にスタンにする。とか目眩ましのような役割だろう。光魔法のライトの代用品としてはあり得るが、実用してみないとどの程度の物なのか分からない。
「まぁ、俺が使わなくてもタクにでも渡して、後で感想を聞けばいいか」
その後も、指に挟める細いタイプのダイナマイト型や手に収まるピンポン玉の小型爆弾の二種類を一ダース十二個、それぞれ二セット製作する。
他にも、試験的に作ったサンプルの爆弾毎によっても粉末の消費量が違うために、意外と多くの数が作れるようだ。
「……多く作れるんじゃなくて、デフォルトのスキル作成の方が効率が悪いのか」
レシピに登録されたダイナマイト爆弾や小型爆弾、閃光爆弾に使われる素材を比較すると、余り差は無いように思う。
結局、新規作成のレシピからのスキル作成は、もう一度同じものを作れるが、手作業の方が細かい分量などで差が生まれる。
「結局、使い勝手の良い、小型高威力爆弾を優先して感圧型と時限型の爆弾は作れなかったな。材料集め直さないとな」
だが、こうやって作ると、状況に応じて様々な道具を使い分けることが出来そうだ。
衝撃を受けて起爆する通常爆弾。
光を発し、相手を一時的に足止めする閃光爆弾。
事前設置で相手の意表を突く感知式爆弾。
設置から起爆までの時間を設定する時限式爆弾。
これらを基本に、サイズや火薬を変えて派生させれば、攻撃の幅や今までの低い攻撃力を増加できるかもしれない。
火属性や火を扱う敵には、不発爆弾。小型を大量に同時に使う事でマジックジェムの連鎖ダメージと同じようにダメージを増加させられる。また、合成で矢と爆弾を組み合わせれば、矢への技能付加では出来なかった爆弾矢が作れるかもしれない。
「って、まだ実験してないんだ。実際に使ってみて、欠点とかを見つけないとちゃんと使えないからな」
ぐっ、と背を伸ばし、肩を回して体を解す。
今日の調合作業でメモしたことをノートにまとめ直し、まだやっていない調合や残っている作業を思い出す。
「蘇生薬の研究もまだか。って言っても判明している素材が無いし……生成する途中まで進めておくか? それにミュウたちと出かけた時の鉱石の詳しい鑑定もしてないな」
タクには、詳しい素材を伝えなかったが、桃藤花の花びらを含む四種類は、既存のポーションを素材とした調合だ。
ハイポーションとMPポーションを三対一の割合で調合し、それを濃縮する。この時出来るのは、濃縮ハイポーションというアイテムで、回復量も混ぜる前のハイポーションに劣るために、HP回復系のポーションとMP回復系のポーションは通常混ぜても反発し、能力が減衰するだけだと言う予想を付ける。
まぁ、その濃縮された液に、最後の足りない素材を加えると、濃緑色の液体に変わり、その中に桃藤花を加えると、花びらが溶けて完成する。というのが手順だ。
「進めるなら一度に進めたいし、また廃村の周りで探すか。駄目なら街道まで戻って探せば良い」
俺は、使用している道具を片付けて装備を整えていく。装備と爆弾のサンプルを確認している時、フレンド通信が入る。
相手は、セイ姉ぇだ。
「セイ姉ぇ? どうしたの?」
『聞いたよ。レイド・クエストを見つけたんだって。私たちもギルドとしての攻略と発見者の知り合いでの攻略をするつもりだから。そのお礼を言いたくてね』
「あー、別に良いよ。知られても俺は痛くないし」
『まぁ、お礼の言葉もそうだけど……ユンちゃんが欲しい素材の心当たりが一つあるんだ』
「欲しい素材。って、まさかな」
今さっきまで考えていた素材。タクは心当たりがないようだが、セイ姉ぇはセイ姉ぇで自分たちのギルドで情報を持っていそうだし、嘘とは思えない。
「それって……」
『うん。タクくんから事の顛末は聞いてるよ。蘇生薬の素材探しの事も。で、私たちで出来るお返しって言ったら情報を情報で返すくらいだし』
「ああ、そりゃ有難い。けど、大丈夫なのか? 俺に教えても」
『大丈夫よ。ミカズチには話は通してあるし……。それに蘇生薬が出来たら売ってくれるように恩を売っておけだって』
「その一言、余計じゃないのか?」
俺の言葉に、敢えて言ったのよ。とセイ姉ぇの声が。
『じゃあ、廃村のポータルの所で待ってるよ。あと、液体を保存できる容器なんかがあると良いよ』
その一言でセイ姉ぇが素材の正体を知っていると分かる。
俺は、装備よりも液体保存の容器をインベントリに複数本入れて、工房部に設置されたミニ・ポータルから直接、廃村へと飛んだ。
「セイ姉ぇ。待った?」
「ううん。寧ろ、ごめんね。私が呼び出して。私が持って行っても良いけど、これは直接見て貰った方が良いと思って」
「あー、素材の採取場所の事? ここから動くの?」
「違うよ。簡単な手順を見て貰うんだ」
そう言って、ポータルの目の前にある枯れた噴水に近づく。廃村の中で一際目立ち、水は無いが作りがしっかりした噴水。その周りで何かを探すように光源を頼りに探す中、直ぐに見つけたようだ。
こっちへ来るように、と手招きするセイ姉ぇに従い、傍でしゃがむ様に見る。
細い溝を指でなぞるセイ姉とその上にある文字を指でなぞる。
「前ね。ギルドの建築好きが取ったスクショの中に偶然この文字が写ってたんだ。で、スクショの文字を解読したら『お金を入れる』だったんだ。面白いよね」
「うわっ、こんな細かい部分良く見つけたな。俺は、全く気がつかなかったぞ」
「普通は気がつかないんだよね。で、ここの溝にゲームの通貨を入れると……」
手品のようにゲーム内通貨として使われる硬貨。普段は、情報のみのやり取りだが、こうしてアイテム化も出来る。それを溝に押し込むと、するりと硬貨より僅かに大きい隙間から中に落ちる。セイ姉ぇはそれを三枚、四枚と続けると、今まで枯れていた噴水から水が勢いよく噴き出す。
「綺麗だな」
俺は、言葉にしたのはその一言だけだった。荒廃した村の中で唯一生きている噴水と水の煌めき、幻想の月と合わさり静寂の中で不思議な空間を作り出す。目を閉じて、噴水の水の音を聞くだけで、リラックスが出来そうだ。
「ユンちゃんは、気に入ってくれたみたいだね。私も好きだよ」
「あっ、スクショに残しても良いか? コレクションに加えたい」
「どうぞ。でも、本題は忘れないでよ」
うっかり忘れていた。俺は、保存用の容器を取出し、溜まり始めた噴水を覗き込む。
綺麗に溜まった噴水の水を保存用の容器で掬い、それを眺める。
生命の水【素材】
本の記述を頼りにすると水場……確かに、噴水も水場である。
この生命の水と言う素材は、それ単体だと非常に美味しい水だ。様々な調合をする場合、ベース素材として活用できる。
薬草がHP回復の特性があり、解毒草が解毒の特性があるとするならば、それらと合わせるとよりその方向性に強化する。
同じアイテムでも回復量は増える。同じアイテムでも効果に差がある。
ただ、その効果もプラスの方面にだけ働く。毒草と組み合わせても、毒を助長はしない。ダメージポーションに使ってもダメージは増加しない。
それにしても――
「セイ姉ぇ、これで頼まれていた蘇生薬が出来そうだ。ありがとう」
「感謝するのは、出来てから」
「分かった。それにしても……自販機かよ」
「まぁ、一応、ポータルのある村なんだし、これくらいの特色があっても良いんじゃない? 廃村にはNPCの販売員が居るのも不自然だし」
そうなのだが……。何となく釈然としない気持ちだ。だが、俺が微妙な思いを抱いていると、噴水の水が流れ始める。慌てて他の容器に貯めていくが、結局容器四本分を取り。再び、噴水にお金を入れて、生命の水を容器に貯める。
最終的に、腕に抱えるほどの容器十本分をインベントリに収め、満足のいく結果になった。
「この噴水。ミュウにも見せたいな。結構、綺麗な景色とか好きだし、噴水に跳びこんでいきそうだ」
「実は、ミュウちゃんも誘ったんだけど、断られちゃった。ちょっと寂しかったな」
肩を竦めて何でもないように言うセイ姉ぇ。そして、二人して噴水を眺めながら、セイ姉ぇが一つの提案をして来る。
「ユンちゃん。時間があれば、この後一緒に冒険しない?」