Sense125
ホリア洞窟を抜けた先には、廃村が広がっていた。農村よりも質素な石積みの家と朽ち掛けた屋根の木材。そして打ち捨てられた道具類からは僅かに生活感が漂う。
洞窟の暗さは無く、のどかな雰囲気漂う廃村にのろのろと歩き、枯れ果てた噴水の傍に設置されたポータルの前でしゃがみ込んでしまう。
「……怖かった」
「お疲れさん。まさか、お前が『嵌る』とは思わなかったぞ」
「何だよ。その嵌るって。それに、あの時のは? それと何を俺に飲ませたんだよ」
タクへと睨みつけるが、どうも座り込んで見上げる関係上、上目遣いのようになってしまい迫力に欠けるようだ。
「まぁ、順番に説明するって。まずは『嵌る』ってのは、ホリア洞窟の地形効果に嵌った。ってことだ」
「うん? どういうことだ? 地形効果の話なんて聞いたことが無いぞ」
地形効果とは、簡単に言ってしまえば、地形の性質や特徴という物だ。
森や平原などは、特に特徴らしい特徴は無い。ただ平原と湿地帯を比較すると、湿地帯の方が僅かに歩き辛く、また所によっては、足を取られる。
また、ダンジョン街のノーマルダンジョンには、様々な罠が仕掛けられていたり、洞窟は、内部に光源が無いために暗闇の性質があったりする。昼と夜の違いもそういう性質の一部とも考えられる。
そんな何気ないリアリティーを地形効果と捉えているのだが……。
「ホリア洞窟の効果は、暗闇の他にも、状態異常の混乱の付与だ。とは言ってもそれ程掛かる人もいない。言ってしまえば、数十人中一人か二人だ」
「運悪くかかったのか? 俺が」
「いや、掛かる人や掛かりやすい人間ってのには、傾向があるらしいんだ」
傾向。つまり、俺は掛かりやすい人間なのだろうか。
「まぁ、催眠術に掛かり易かったり、思考を誘導され易い人間がなりやすいな。だから思考の誘導に『嵌る』って表現を使うんだ」
「つまり、洞窟が原因で状態異常の【混乱】を受けていた、と」
「そういう事。まぁ、不幸中の幸いか、混乱状態で暴れられるより動きを止めてくれたのは対処し易かったな。あと、スペクターの怪念波も受けたのか? 更に混乱の上乗せで上位の【錯乱】にもなってたしな。ちゃんと状態異常薬が効果を発揮するから問題は無い」
「……」
戦力外とは言われたが、実際足手纏いだった。まぁ、洞窟の性質を知っていれば、事前に対策の一つや二つは立てられたが、情報を聞くことを疎かにしていた訳だ。始まる前に、嫌だ嫌だと駄々を捏ねる前に、聞くことが出来れば回避できたかもしれないのに……。
例えば、事前に混乱耐性のセンスを装備するだの。思考に嵌らないように、気をしっかりと持っていれば良かったのだ。
「ま、まぁ、そう気を落とすなよ。俺だってまさかユンが嵌るとは、思わなかったわけだし。もっと事前に説明しておけば良かった事だ」
「……」
情けなく取り乱した姿もぐちゃぐちゃで頭が真っ白になる想像も全部が霞が掛かったように薄らとしか思い出せない。ただ、漠然とした感情だけが宙ぶらりんで存在して、違和感がある。
自分の甘さと違和感でどうにも気分が落ち込む。
「落ち込むな、っての。あの洞窟は考え方を変えれば、お前みたいな嵌る奴が居た方が絶対良いんだよ。ゲームの制作者としては、プレイヤーがお化け屋敷や肝試し感覚で訪れるのに現実味を帯びさせるために、時折お前みたいに混乱して動けなくなる奴が必要なんだぞ。むしろ、珍しい体験。美味しい立場だ」
「……タク。お前は、俺を慰めたいのか、それとも怒らせたいのか?」
人を出来の悪いお笑い芸人のように表現しやがって、こいつは何時か後ろから狙い撃つ。
「おっ、何時もの表情に戻ったじゃないか。そうそう、お前はその表情だ」
「なんだよ。その表情って」
不満を口にしながらも自分の顔に手を当ててみる。自分の表情筋を揉む様に解してみるが、いまいち分からない。
「さて、ユンが何時もの調子に戻った事だし。もう大丈夫そうだな」
「大丈夫だと思いたい……って、ちょっと待て。今まで放心状態だったから気がつかなかったが、ミュウが殿で居ないだろ。それにリゥイも」
アンデッドに対しての有効な攻撃手段を持つ一人と一匹がまだ戻ってきていない。やられることは無いだろうし、危機に陥っている様子もない。洞窟の方へと視線を向け、来るのを待つ。
ザクロも心配そうに俺と同じ方向に目を向けている。
「まぁ、ミュウちゃんは、楽しんでいるんじゃないか? ほら、襲ってくるスペクターやゾンビを熱光線で狙い撃つ」
「いやいや、そんなテーマパークのアトラクションやFPSホラーシューティングじゃないんだから……」
しかし中々出てこない様子に、心配が徐々に募ってくる。
ぽっかりと空く洞窟の暗闇も【鷹の目】では全ては見通せない。
「おっ、ミュウちゃん来たみたいだな」
「いや、来たって言うか……なんと言うか」
洞窟の奥の方からストロボのように光が点滅を繰り返すのだが、同時に響く足音の数が問題だ。
最初は人が来たと思う程度だが、徐々にその足音が多重に聞こえ、洞窟内部で反響し、間延びした足音や声が生み出す不協和音に眉を寄せる。
ミュウとリゥイの無事な姿を視認できたことに安堵するのも束の間。その後ろには、数十というお化けの群れを引き連れて洞窟の外へとやってこようとする。
魑魅魍魎。百鬼夜行の行軍のような様相に、血色の戻った顔から再び血の気が引く思いがする。
「――どっせい!」
大ジャンプで洞窟の外へと飛び出して来るミュウとリゥイ。女の子らしくない掛け声と共に洞窟から追いかけてくるアンデッド達は、洞窟外の日光を浴びて、悶え苦しみながら、徐々に燃えていく。洞窟へと戻ろうとするも、後から後からを溢れ出すアンデッドが、団子状になり、入り口では、阿鼻叫喚の地獄絵図が作り出される。
呻き声を上げるゾンビ。悲鳴を上げるスペクター。骨の体を捩り苦痛を表現するスケルトン。その光景に対して「良し、一網打尽! ドロップ大量ゲット!」とガッツポーズを取るミュウ。妙に自信に満ちた雰囲気を出すリゥイ。
「なんか、お化けが怖いと言うより哀れに思えて仕方がない」
「まぁ、雑魚MOBなんてのはそんな物さ」
インベントリの中で加速的に増えていくドロップアイテムは、哀愁を誘う。
しばらく、混乱に満ちた洞窟入り口は数を減らしたことで、アンデッドは逃げ帰る。
結果、大量のドロップアイテムが手に入った。
ゾンビドロップの錆びた鉄剣や錆びた銅剣など。錆びたと名前の付いたアイテムは、同じアイテムよりも性能や耐久度が低いが鍛冶、彫金センス持ちは、これを鋳潰してインゴットに作り直すことがある。大体錆びたアイテム二つでインゴット一つの割合だ。隠れ鉱山やお化け坑道なんて呼び方が生産職の中であったりする。
スケルトンドロップは、骨粉。そうだ。以前畑に投入したアイテムだ。
畑に撒くことで、収穫できるアイテムの質を上げることができる。主な使い方は其れだが、時折投入しないと、土壌が元に戻るのでキョウコさんに預けておくと、適切なタイミングで投入してくれるので俺的には、重宝する。
最後に、スペクタードロップは、鎮魂の涙。ゾンビとスケルトンにレアドロップが無い代わりに、スペクターだけはレアドロップしか落とさず、倒してもアイテムを落とさない方が圧倒的に多い。
今回は、ミュウが乱獲したおかげで俺にも二つ手に入った。用途は、装備アイテムの強化素材だ。
武器の強化に使えば【アンデッド特効】。防具には【アンデッド耐性】などの効果が付与される。
「全く、ミュウは無茶して」
「えへへっ、いや~。ハイリスク・ハイリターンって良いよね。後で要らないアイテム買い取って」
「はいはい。リゥイは、良くミュウを見張ってくれたな偉いぞ」
「酷い! 私の方も頑張ったよ! それに、お姉ちゃんのお土産も別で拾ってきたのに~」
「あははっ、洞窟内で石でも拾ってたのか。そりゃ帰ってくるのが遅くなるはずだ」
「笑って誤魔化すな。全く、人を心配させて」
「「お前 (おねえちゃん)が言うの?」」
「……すみません」
正論を言われて押し黙る。すぐに、ミュウが手を叩き、場の雰囲気を一掃して、ミュウの拾ってきたアイテムを俺が鑑定する。
洞窟内部に落ちていたアイテムの半分はただの石だったが、残りの半分は当たりだ。
「宝石の原石が殆どだな。研磨しなきゃ分からん。後で買い取りで良いか?」
「了解であります」
「ほらほら、喋ってないで蘇生薬の素材を探すぞ。この辺は、桃藤花の周辺以外は敵が出現しないんだ」
「へぇ~。じゃあ、あっちの方は?」
俺が指差すのは、小高い丘。舞い散る桜色の花びらのある方向とは逆の険しい山の見える方向。
「あそこは、無理だよ。明らかにレベルが違いすぎる場所。行ったら確実にお陀仏だよ」
「そういう事。だから、山と丘に近づかなければ敵は出ないんだよ」
そんな物なのだろうか。と思って軽く流す。
廃村の中や廃村周辺の雑木林の中を歩いていく。一般的な薬草類のアイテムは採取できるのだが、目当てのアイテムやそれの有りそうなスポットは発見できずにいる。
「見つからないね。一度後回しにして【桃藤花の謎】でも探す? お姉ちゃんにタクさんはどう思う?」
「そうだな。蘇生薬の素材は水場にあるはずなんだけど……。まぁ、どっちが先でも良いんだけどな」
「ユン。素材が水場にあるって話は初耳だぞ。それよりこの周辺に水場は無いはずだぞ。情報が間違ってないか?」
周囲を隈なく探したが水場は、見つからない。確かに情報が間違っている可能性がある。早々に諦めた俺たちは、謎を探るべく廃村へと戻る。
ポータルと枯れた噴水を起点として同心円状に石積み式の朽ちた家々が配置される町。タクとミュウの話では、村の中は隈なく探したらしいが、殆どの家屋は倒壊しており、瓦礫であるという。ただ僅かに残った家に案内してもらった。
「と、ここが三つある建物の一つ。名も無い村人の家って所だな。何かあるか?」
「ぱっと見で怪しい所は無さそうだな。朽ちた木製の食器とか。ただのオブジェクトだな」
一件目の建物は、怪しい様子は無い。床を踏んでも、硬い土や石の感触だ。続いては、村はずれの農具小屋は、二階建てだったのだろうが、上の部分は崩れ落ち、建物の石壁だけが残っている状態だ。壊れた農具やわら屑や麻袋の切れ端などが落ちているだけ。
最後に巡ったのは、この村の村長の家だ。
外から見たら損傷が激しそうに見えるが、内部は意外と綺麗だった。家具などが配置され、一番広い屋内。
「村長の家。一度探索に入ったら、村長の家に地下があるって話だ。確か、奥の土を退けると、地下室があるはずなんだが……」
「分かってる。見えてるから」
看破のセンスに反応する箇所がある。そこの土を足で払い、木造の扉を引き上げると、埃っぽいような空気が鼻腔を突く。暗い中にミュウがライトを打ち出し、朽ちていない梯子で降りると広い場所に出る。本棚や机があったり、壁には、大きなタペストリーが掛けられていたり……如何にも何かありそうな雰囲気がある。
「おねえちゃん? これとか分かる?」
「ちょっと待って」
壁に掛かっているタペストリーは、上空から見たこの村周辺の地図だろうか。先ほどまで散々歩いていた場所だ。そして、この地図からは水場らしいものは見当たらない。
タペストリーの地図には、所々にチェックが入っている。更にミュウが差し出してきた物は、木の板に穴を開けて紐を通した木簡と呼ばれる物だ。
「あー、それは、この地下室から持ち出せないオブジェクトなんだよ。インベントリに入れられないし、持ったまま地下室を出ると転移して元の位置に戻る。確か内容は――」
「内容は、『これを読む者が居たらどうかあの化け物には関わらない事だ』――」
この木簡の内容は、村長の言葉だ。
村の成り立ち。そして、巨狼の土地神と生贄の関係。それによる村の存亡の危機。増える生贄と咲き続ける花。豊かな土壌にも関わらず、減る村の人口。最後に、決起を起こした若人の死と死霊化までの展開。
それから結論として、村の占い師が巨狼の正体は、霊体であるという事。最後に、念押しで関わるな。と警告が発せられた。
「――『絶対に関わるな。奴は、冥界の獄門だ』か」
――【Rクエスト:桃藤花の巨狼討伐】が開始されました。
この瞬間、俺たちは、未知のクエストを発生させた。
変更:地獄の獄門→冥界の獄門