Sense123
ミニ・ポータルへと転移した俺は、コートとマスクを外し、フードを取って頭を振るう。別に汗など掻いていないのだが、何となく頭を振るうと髪の毛が自然と治る気がする。
俺は、自身の身嗜みをチェックし終え、タクの待つアトリエールの店舗部へと出る。
「よっ、待ったぞ」
「悪いな。待たせて。で、詳しい話を聞こうか」
「フレンド通信でも言った通り、蘇生アイテムの『桃藤花』からより上位の蘇生アイテムを作って貰いたい」
「って言ってもな。量にも依るんだよな」
入手できる絶対量の少ない素材であり、蘇生アイテムだ。保険として持っている人は、手放さずに研究素材としては確保できない。
「ユンなら出来ると信じているぜ」
そう言って、俺へとトレード画面を開くタク。送られてくるのは、【桃藤花】が二十個。サンプルとしては十分だが、安定供給するには足りない。
「無茶言うな。情報なしでいきなり当たりを引けると思うのか?」
「だから、ユンの勘とセンスを頼りにしてるんだよ」
そういう根拠の無い信頼が不意打ちで来るほど、胃に掛かる負担は大きい。だが、予感めいたものは感じていたために、準備だけはしてあった。この一か月俺も無為に時間を過ごしていたわけじゃない。
「まぁ、誰かから俺に蘇生アイテムの依頼が何時か来るかと思って準備しておいて正解だな。一番最初に持ってきた奴に教えようと思ってたネタだ」
ジト目で睨み、OSOでの目にした様々な事を書き留めたノートを取り出す。調合レシピの配合比率も纏めた物だからおいそれと他人には見せられない。俺のアドバンテージの一つだ。
「ちょっとしたゲームの設定だ。信じる信じないは別として聞いてくか?」
「なんだ? 高校生にもなって本の読み聞かせか。だが、ファンタジーは好物だ」
ニヤリと笑い返すタク。俺はそれを受けたまま、ノートのあるページを開く。
読み辛い表現から重要と思しき情報だけを抜き出し再構築した絵本の内容。
女神と六つの草木の話だ。
「『女神は、草花を愛していた。季節の移ろいと共に変わる色鮮やかな花々を愛し、愛でました。
女神が特に愛した六つの樹は、特別を与えられました。
六つの樹は、女神が人や幻獣に預けました。魔王との戦いで戻ってきた時に、また見ることができるように……』ってのがまぁ始まりだ」
というのが物語の冒頭。他五つの樹の中で【桃藤花】に合致する樹の部分だけを抜粋して聞かせる。
「で、肝心の話が――『春に、桃色の花びらを沢山の鈴のように咲かせては散っていく花樹には、癒しの力を与えられました。死者すら癒す力を持った樹は、一匹の幻獣に預けられました。大地の底に住まう巨大な狼犬。狼犬は、女神が戻るその日まで季節に関わりなく、花を絶やさないように、呪いを施した。
生者を呼び寄せ、命を喰らう蠱毒の法が樹の周りに張り巡らされました。樹に吸われた魂は、桃色の花を満開に咲かせ、癒しの花を振り撒く。蠱毒で残った生者だけがその僅かな花を手にすることができる。
大地の底の巨獣は、今もただ命を集めて、花を咲かせる。
たった一本の樹を守るために、幾千幾万もの魂がその樹に染みている。それでも美しさを失わない花樹。
巨獣は、過去に二度現れる。女神の死を嘆く夜に。そして、蠱毒の法が破られたその時に。
巨大な狼犬に会いたければ、蠱毒の法を破る事。ただし、それは、花の餌になる事を意味する』……」
語り終え、長めに息を吐き出す。語り方に雰囲気を持たせたためか、タクの表情に僅かな緊張と興奮が混じるのを見て、俺は敢えて軽い口調で話しかける。
「と、まぁ、こんな話だ。どうだ? 面白かったか?」
「正直、ゲームで女神や魔王云々は耳にしたことはあるが……そこまでサイドストーリーが作り込まれていたとはな。びっくりだ」
「話を要約すると、この話の樹と【桃藤花】はほぼ同一だと思うんだが、タクはどう思う?」
「ほぼって言うか確定だろ。クエストやイベントの情報だろ。偶然にしては符号する点が多い。よく調べ上げたな」
【桃藤花】を入手するためには、桃藤花の樹に近づき、出現する敵を全て撃破すると樹から入手できる。
つまり、設定的にみるならば、蠱毒の法によって引き寄せられたプレイヤーとモンスター同士のつぶし合い、死んだ方は、樹に吸われて花の養分となる。残った方には、癒しの力のお零れが貰える。
蠱毒の法と呼ばれる何らかのオブジェクトか、手順をクリアすれば、狼犬が現れる。と言ったところか。
「俺は生産職だぞ。俺のホームグラウンドは、採取場とこの店を含む町全体だ。まぁ、レシピを図書館で探した副産物ではあるがな」
「ほう……レシピを見つけたのか」
「まぁ、手順は無いが、材料だけは特定した」
「その候補の素材って?」
「言うかよ。企業秘密だ。と言いたいが、正直に言うと特定の素材が足りない。四種類使う内の一種類は俺も持ってない。だから、その素材を探してくれ」
四種類中三種は手元にある。ただし、最後の一種類を俺は持っていない。採取可能なエリアは、【桃藤花】の樹近辺にあるはずなのだが、ミュウやセイ姉ぇたちが見つけてないのだから多少奥まった場所に限定的にあるのかもしれない。
「そういう事は、お前の方が得意だろ。確か罠の発見や見破りの【看破】のセンスを持ってるだろ。その蠱毒の法って奴も俺よりもセンス持ちの方が見つかる可能性がある。そもそも、センス持ちが居ないと発生しないタイプのクエストかもしれないだろ」
「いや、その辺も含めて知り合いに当たってくれよ。俺は俺で気長に待ってるから」
「まぁまぁ、薄暗い部屋に籠ってたら、頭に茸が生えるぞ。ゲームでも引き籠ってると不名誉なセンスを得ることになるぞ。それに、学園祭の振替は明日まであるんだ。昼飯食った後に一緒にな」
「いや、だから……」
「そもそも、探知系のセンス持ちの知り合いは平日は居ないぞ。そもそも、学生が平日の真昼間からゲームしてないだろ」
「うっ……はぁ~。分かった。一緒に付いていくよ。行きたくないけど」
桃藤花の樹までは、第二の町から街道を通り、途中の分岐でホリア洞窟を突き抜ける。さらに、ポータルの存在する廃村を通って、小高い丘に樹は生えている。
「行きたくないんだよ。ホリア洞窟には」
「そこは諦めろよ。俺が護衛として着いているんだ。それに廃村まで進めば、もう通らなくて済むだろ。一度だけだ。それに、ユンの適性よりちょっと低い程度だ。問題ない」
「わかった。なんか、俺が便利屋のような扱いを受けている気がするんだが」
所持センスの種類から言えば、ほぼサポートや後方支援重視な役割だから、キャラの本懐としては正しいんだけど、気が乗らない。
「じゃあ、俺は一度落ちて、飯を食べたら連絡する」
「了解。はぁ、お化けとか苦手なんだよな」
俺たちは、ぽつりと呟きながら現実へと意識を戻す。
短めな内容。
現在、実家に帰省中。実家過ごし易くて、日々怠けております。