Sense120
第一の町に大分近づいた時、第一の町から二人組のプレイヤーが言い合いをしながら進んでくる。
「だから! こっちに来たんでしょ! 私は、さっさと差を広げたいの!」
「無理だって。堅実に行こうよ。ね、お願いだから僕の話を聞いてよ」
話の内容からどうやら、背伸びをしたいプレイヤーがこちらに流れてきたようだ。
すぐに、この南の湿地帯はレベルだけじゃないと思い知らされるだろう。
すれ違う時、互いに視線を交えたが、相手の表情は、怪訝そうに歪められた。警戒するような雰囲気。すぐに、自分はマスクを装備している事を思い出し、それで怪しく思ったのだろう。と結論付ける。
ただ、その二人組には、妙な違和感を感じた。
「あいつら……何をやってるんだ。堅実以前の問題だろ」
無警戒で湿地帯をずんずんと進む二人組の少年少女。この湿地帯に入ったら、常に自分の得物は手に握ってなきゃ不意を撃たれた時、対応できないのに、背中と腰に武器が収められたまま。
その不可解さに、立ち止まり、その背中に視線を送る。
「なに? 今の? ここにソロでいるってことはそれなりに強いのかしら。変な仮面着けて、格好付けてるの?」
「もう、またそういう事を。ほら、見てるよ」
俺の視線に気がついたのか、二人は、一度こちらを見て、更に声を小さくして話す。話の内容は、客観的な心抉る評価などどうでも良かった。その二人の進む先には、一本の樹木がある。いや、樹木に擬態したMOBだ。
「ほら、あそこに採取ポイントがある。お願いだから、無茶はしないで。これ取って帰ったらそこそこアイテムが買えるんじゃない?」
「もう、心配性ね。分かったわよ。幸か不幸か敵にも出会わなかったし。出会ったら、倒して経験値にしてやるのに」
木の根本に生えている草を目指す二人。それは、ダメだ。完全に餌に釣られた。
俺は、二人に向かって走り出す。包丁を引き抜き、クレイシールドのマジックジェムを左手に掴む。
二人の先に居るのは、この南の湿地帯で強MOBとして知られる樹木のモンスター――トレント。純粋なステータスでは、ダークマンを上回り、不意打ち急所の一撃死でその被害が多発している。湿地帯を説明する上で例外的なモンスターだ。
トレントは、一見すればただの樹だ。そして、その周囲には、鉱石の採掘ポイントや採取アイテムの傍でじっと待っている。
南の湿地帯のMOBは、不意打ちをするが総合能力では低い。ただ、トレントだけは、南の湿地帯で極端に強い。強MOBや強雑魚などと呼ばれる部類だ。俺だって、事前の準備なしで一人で相手にして勝てる勝算はまずない。
だから、今日の探索で見つけてもトレントを絶対に避けたと言うのに、この二人は、敢えて死地に進んでいく。それも気づかぬまま。
内心では、悪態を吐きながらも、二人を止める。
「おいっ! そこには強MOBが居るぞ!」
声を張り上げたまま、強MOBへと突撃する。
薬草へと手を差し伸べていた二人は、包丁を持つ仮面マントが猛スピードで走ってくる姿を見て、ぎょっとしたような表情をしていた。
振り向いた二人の死角には、樹の幹がめりめりと広がり、目と口のような洞が出来上がり、にたっとした嫌らしい笑みを浮かべ、木の枝を構えていた。
「リゥイ、水盾。【付加】―スピード。【呪加】――アタック!」
俺は、エンチャントによる加速で一気に距離を詰める。更に、トレントの一撃を軽減するために、攻撃のカースドを相手に施す。
「何!? きゃっ!」
「うわっ!」
二人を貫こうとする木の枝をリゥイの水盾が一瞬だけ受け止める。幼獣のリゥイの作る水盾とカースドによって攻撃を下げられたトレントの一撃では、まだトレントの一撃の方が強い。だが、その一瞬で俺は辿り着き、突き立てる枝を薙ぎ払う。
「大丈夫か?」
「え、ええ。ってさっきの仮面男!」
「大丈夫? ナナちゃん」
「私をナナって呼ぶな! ライナって呼んでって言ってるでしょ」
「ご、ごめん。ライちゃん」
「それだけ話せれば、十分だ。今来た道を逃げろよ。真っ直ぐに」
二人が話す間、俺は、突き立てられる木の槍と蔓の鞭を包丁一本で切っていく。最初から攻撃は捨て、防御に徹することで何とか現状を維持している。
それでもチクチクと捌き切れずに刺される攻撃には、手数を増やすか、もっと大きな刃物があれば便利だ、と考えてしまう。両手に包丁だとマジックジェムやポーションを使い辛くなる。だが、状況に合わせて包丁のタイプを変えるのは有りだろう。
今度、マギさんに複数のタイプの包丁でも注文しようか。と頭の一部では別の事を考えている。
「はぁ? 何であんたの指図を受けなきゃいけないのよ。私だって戦えるんだから!」
「止めろ。今、手を出すな! 共闘ペナルティが発生する」
「ぐっ……」
「ライちゃん。無理だよ。逃げようよ!」
「……わ、分かったわ」
じわじわと削れられるHPだが、その都度、後方支援のリゥイの浄化で回復する。
「掛け声をかけるぞ! 三、二、一、今だ。【呪加】――スピード!」
トレントの動きが目に見えて遅くなる。
既に背中を向けて走りだした二人を足音で確認しながら、俺も大きくバックステップで距離を取る。
距離が離れるとトレントの攻撃方法が変わる。両手のような枝や鞭から青々と茂る葉っぱを真っ直ぐに飛ばしてくる。
俺は、それを弾くために、トレントとの間にマジックジェムを放り投げ、発動のキーワードを詠唱する。
「――【クレイシールド】。逃げるぞ、リゥイ、ザクロ」
土壁の左右を防げない葉っぱが跳んで俺の肩や脇に刺さるが、戦闘の安全圏で見守っていたリゥイたちには被害がなかった。
俺は、湿地帯の外へと避難しつつある二人を追うように足を進める。二人の逃げる先には、敵は居らず、逃げる時にMOBを引き連れることが無く安心する。
それにしても、逃げる時の足の速さはどう見ても遅い。この当たりで探索するレベルを考えると重装備より僅かに。少し装備を軽くしたタンカーとどっこいどっこい。
「まさか……な。いや、でも」
俺の中である考えが浮かんだがすぐにふり払われる。
その二人へは追い付き、言葉を二、三交わして、平原と湿地帯の境へと送った。無駄な心労にマスクの下では、短い溜息を吐き出す。
「その……助けてくれてありがとうございます。敵に、全然気がつきませんでした」
「わ、私は、不意打ちされても平気だったわよ。それより、カナデが逃げよう。って言ったんでしょ」
「だから、勝てないって」
はぁ~。どうやらライナという少女は、随分と勝気なようだ。助けなければ良かったか。だが目と鼻の先で、呆気なく一撃死を貰うだろう二人を助けられるなら助けようと思ったのは、偽善だったかもしれない。
「手助けが要らなかったのなら悪かった」
「……ありがとう」
「もう、ライちゃんは素直じゃないな」
「う、煩い! そもそも武器持って走ってくるって非常識じゃない! 初心者PKかと思っちゃったじゃない!」
そう指摘されれば、確かに至らない点が多々あったと思う。そして、初心者PKという言葉から自ら弱者と言っているようなものだ。それら全てを纏めて脇に置いておくとして、まず聞きたいことがある。
「……聞きたいことがある。どうして、南の湿地帯に来た? 対策も取らずに」
敵を発見するための索敵をしていない点、武器を常に手に持たずに歩く舐めたとしか思えない態度、逃げる時の足の遅さ。背伸びをするというレベルじゃない。
「対策を取る? どういうこと? 平均センス8レベルでもこのエリアのムーア・フロッグくらいは倒せるわよ」
「はぁ? 何を言ってるんだ?」
8レベルで倒せる。そんな馬鹿な。と思ったが話を黙って聞いていく。
とある動画サイトに投稿された動画の話らしい。一種の縛りプレイと言うやつだ。明らかに適正レベルより低いレベルで撃破できるか。という行動なのだが……。話を聞く限り、その装備しているセンスは確かに低レベルだが、成長や派生をした上位センスで組み合わせや手数、後は行動パターンのアルゴリズムを理解した者の動きだろう。低レベル撃破は、きちんとした前準備が必要なのだ。
それを参考に、自分たちも挑戦しようとした、と言うのが事の顛末。明らかに不釣合いなレベルの理由に納得したが、それでもまだ釈然としない点が多々ある。
「……無謀過ぎるだろ。しかも、協力者が周囲の敵の排除ってお膳立ても無しに……。それに、最初に出会ったのがトレントって。俺でも逃げ出す強MOBだ。態々死にに行くようなものだろ。全く」
「ですよね。やっぱり経験者のいう事は聞くべきだよ。ライちゃん」
「私は、強くなりたいの! 他のプレイヤーがラッシュを掛けて来る前に!」
「無謀な事をやってデスペナルティーを貰うより、確実に自分の行ける範囲で行けばいいだろ。相方巻き込んで、お前はそれで良いのか?」
俺の指摘に、ぐうの音も出ない様子のライナ。相方の少年は、僕の方は気にしなくていい。とは言ってるが、焦って視野狭窄に陥っていた事を自覚し、少なからずショックを受けているようだ。
俯き黙るライナを見て、これだけ反省したなら、もう同じ間違いは当分しないだろう。
「じゃあ、話は終わりだ。次に同じ間違いをしても助けない。今日は気まぐれだ」
「――待って!」
俺は、それだけ言い残して去ろうとするが、背中に引き留める声が投げかけられる。
「僕たちを、いえ、ライちゃんを強くしてください! お願いします!」
「ちょっと、アル! 何やってるの!」
「だって、僕たちを助けてくれた人だよ! それにライちゃん、四人以上で行動するといつも喋れなくなるじゃん!」
「アル! 人をコミュニケーション障害みたいに言うな! 弟の癖に、双子の弟の癖に、姉より上になるな」
目の前で、毅然と俺に協力を求めるメリットを語る弟のアル。対して、感情的に否定する姉のライナ。なんだか、少し親近感が湧いてくる。特に、猪突猛進なライナを相手にするのは、ミュウを思い出す。まぁ、ミュウの言葉には、悪態は無い代わりに、多大な甘え成分を含んでいるのだが。
「じゃあ、話は長くなりそうだから、俺はこれで――」
「逃がさないですよ! ギルドとかがライちゃんの性格じゃ駄目なんですから! あなたが頼りなんです!」
「その辺の暇人にレベリングを頼め! 俺は帰る!」
左側のマントを捕まれ、引き摺ってでも行こうとするが、次に右側も掴まれた。
「……なんだ?」
「あんたみたいな仮面男に頼むのは、釈然としないけど、期間限定なら……」
「じゃ、俺は帰る!」
「わぁー、期間限定でも良いからお願いします! スタートダッシュを切りたいんです!」
面倒な二人組に捕まってしまった。最後の最後でライナが折れて、頼んできた。これをガンツやクロード辺りが来たら、ツンデレとかデレ期到来。とか訳の分からない事を言い出しそうだ。
「全く、面倒なんだが……」
「お願いです。これも何かの縁と思って、仮面男さんに頼むんです!」
「あの馬鹿どもを見返すためにも、たった数日でもあるアドバンテージを有効に使いたいの!」
「まぁ、話だけは聞くけど、協力は其れからだぞ」
諭すように言った上で二人は、俺のマントを放し、前置きをして話し始める。
「分かったわ。まぁ、簡単に説明すると――」
本来、自分たちはVRギアを所持する予定はなかった事。OSOをプレイしたかったが、βテスターや第一次VRギア出荷で入手できずに、第二次に託したのだが、抽選に零れた事。
そして、自分たちを小馬鹿にする同級生の上から目線の言動に日々鬱憤を貯めてたこと。
曰く、自分たちは流行を先取りするイケてる中学生、リアルの知り合いにもプレイヤーが居てレベリングを手伝ってくれる、話題作に関われない可哀想な奴ら。と言うようなことだ。
「よく学級崩壊が起きないな。ちょっと頭可哀想な人間か?」
「そいつら、自分たちが孤立してるのに気付かないのよ。関わり合いの無い場所から見ている分には、動物園の猿みたいな面白味があるけど、直接関わると駄目。気持ち悪い」
「ライちゃんも仮面男さんも言い過ぎだよ。何気に二人で酷い事を言ってるし」
「アルって言ったか? お前の姉は、何時もこうなのか?」
「ええっ、でも、友達の悪口とかは絶対に言ったりしない良い姉ですよ。ただ好き嫌いが激しいと言うか……」
「お前も苦労しているんだな」
俺は、労いの言葉をアルに掛けると、苦笑を浮かべるだけであった。
「そんな話はどうでも良いの! あいつらの鼻を明かすために、私はこの地に降り立ったんだから」
「そもそも、持つはずの無かったVRギアを持っている。……まさか盗んだんじゃ」
「違うわよ! お店の予約抽選で手に入らないから諦めて懸賞やイベント景品を狙ったのよ!」
「それで、先日行われたPDのアンケートで僕の名義で自分とライちゃんの分の二台が昨日送られてきたんです」
「どう、凄いでしょ!」
ライナが威張る事じゃないな。アルに感謝しないといけないだろ。という俺の視線に気づいたのか、少し挙動がおかしくなる。
「一応、弟の運の強さには感謝しているわよ。でも! ゲームで必要な情報は私が調べたんだから!」
「どうせ、ネットの纏めを流し読みしたんだよな。俺も最初そうだった」
「うぐっ……」
図星のようで押し黙るライナ。常に苦笑いを浮かべるアル。
それにしても、二人の言動の端々から感じたのだが――俺を男として認識しているようだ。いや、それは良い。俺は男だ。マスクで顔を隠し、籠るような声と一人称で男と判断したのだろう。その事実がなんだか、じんわりと胸に広がる。
「まぁ、片手間では手伝える。ただし、条件がある」
「な、なに……」
俺の協力する条件。それは――
「そんな仏頂面でいるな。笑え。楽しい楽しいゲームファンタジーなんだ。ゲームやって不機嫌になったら本末転倒だろ」
「わ、わかった」
「それと……俺は見守るだけだ。自分のスタイルの確立やセンス構成、アイテムの購入は、自分で考えろ。俺は俺で自分のセンスを上げるだけだ。俺の協力は期間限定だ。第二の町か、第三の町に辿り着いたら終わりだ」
「分かりました。ライちゃん共々よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いするわ」
話は、決まった。成り行き上だが、面白そうな双子の初心者を見つけてしまった。
まぁ、二、三週間前後の付き合い。ユンはソロプレイヤー。親しい特定の人間としかパーティーは組まないのは周知の事実。それを逆手にとっての雲隠れには、丁度良いかもしれない。
俺たちは、その場から移動をしようとするのだが――。
「なにっ……体に力が入らない」
「僕もだよ。敵?」
どうやら、空腹度の減少によるペナルティーが発生したようだ。これは、教えることが思ったより多くありそうだ。