Sense118
巧を連れて、着替えに戻る途中――
「峻? 何と言うか、何でそんな恰好して薄化粧までしてるんだ」
「実は――」
事の流れを簡潔に説明する。理解したようだが、どこか釈然としていない表情の巧。
「なぁ、ちゃんと抵抗したか?」
「あー、抵抗するって考えは薄かったな。随分と状況に流された気がする」
俺は、一人苦笑するのだが、巧の表情は、やはり晴れない。
「普段は、強く否定するし、俺や美羽ちゃんが絡まないと絶対に許さないのに……これが成長って奴か」
「はぁ? 何でだよ」
ふっ、とどこか遠い目をする巧。それは演技だと一目で分かり、どこか胡散臭さに俺が睨み返す。
「お前が他人に体を許すなんて……精神的な大人になって」
「誤解を招く言い方をするな! 誰も許してないし、いい加減な事を言うな!」
「それとも、クロードの服が原因か! 俺よりそんなにあいつの服の方が良いのか!?」
「なぜ、そう誤解を招く言い方をする! 何故、ここで服の話が出る! お前のそういう所直せ!」
巧との昔からの対応で、ついつい言い返してしまう。
俺を存分にからかった巧は、スッキリした笑みを浮かべるが、対して俺は疲れた風に溜息を吐き出す。
「全く、お前はいつもそうだ。別にゲームの服だって男が着ても変じゃない」
「ふーん。ってことは考え方の主体は、女性が着たら普通なんだな」
「……」
今、こいつは何を言った? いや、それ以前に、ゲームの服は、男が着ても。ってことは、俺は何を考えていた。
「なぁ、峻。ゲームの切り替えって上手く出来てるのか?」
「な、何だよ。急に」
「いやな、お前は、始めた頃から自然体でプレイしてた。だけど、プレイヤーと関わる内に、ユンってキャラを無意識に作ってたんじゃないか。と思ってな」
「別に作ってない。ユンは俺だし、俺は俺だ」
字面だけなら哲学的だが、別に他意は無い。俺自身は、何も変わらない。ユンってキャラクターは、リアルの俺自身だ。幾ら、ボディのキャラが女性モデルだとしても、だ。
「大人しく聞いておけ。仮に、無意識にユンってキャラを作っていたとする。周囲からの期待、羨望、キャラの実力や位置づけ。そういう物に影響されて、本来のお前から少しずつ離れているかもしれない。そういった本人も気がつかない微妙なズレを切り替えられなかったんじゃないか、って」
「……そうかな? いや、一つの可能性としては面白い話だ」
一度、疑問が浮かんだが、その話も決して間違いではないと思う。
いつの間にか、ユンの『どうせ、ゲーム』『リアルとは別の場所』『流された方が楽だ』『女性モデルの体だから普通だ』と言う意識が今日無かった、とは言えない。僅かばかりあったはずだ。
言い過ぎかもしれないが、俺はスイッチの切り替えが出来ていない。逆に、文化祭という場がバーチャルの非日常に近い雰囲気が、ユンというスイッチを押してしまったのかもしれない。
「はぁ~、俺自身が良く分からない。あれか? 巧は俺がユンって女寄りになっているって言いたいのか?」
「すまんな。変な事を口走って……。そこまでは言わないし、別に悪い兆候とかじゃないと思うけど……」
「けど……なんだ?」
「峻、その姿似合い過ぎ。こりゃ、生まれてくる性別を間違えたって言われても納得できる」
「お前は、つくづく人の容姿を……はぁ~。もう良いよ。お前の奢りで屋台巡りするから」
「おい! まさか……」
「たこ焼き、焼きそば、中華まん、チュロス、焼き鳥、かき氷に、イチゴ飴。後は、何の屋台があったかな。そうだ、美羽のクラスのクレープがあったな」
「俺の財布!」
知るか。俺の細やかな(ささやかな)復讐だ。とは言え、今言ったもの全部食べられるわけじゃない。精々半分、いや三分の一食べられれば良い方だろう。残りは、喫茶店で待ってる美羽や遠藤さんのお土産にでもすれば良い。そう考えると、中々良いアイディアじゃないか、と小さく笑みが零れる。
「さぁ、着替えたら行くぞ」
「――っ。峻、こっちに寄れ」
さっと、俺の肩に手を回され、廊下の端へと引き寄せられた。更に、小さく耳打ちで、下向いていろ。とだけ言われた。声には、どこか真剣味を帯びていたために、大人しく従った。
その直後に、廊下を早足で駆け抜ける人が一人。それを追うように数人の生徒が来客や生徒の点在する廊下を抜けていく。
真横を通り過ぎた人とそれの起こす風が前髪を乱す。
俺は、もう良いことを雰囲気で察し、後ろ姿を見ると、今朝見た文芸部の生徒とそれを捕まえようとする実行委員の密かな攻防が垣間見えることが出来た。
「ふぅ、危ないな。廊下は走るなって」
「あ、ありがと。バレずにやり過ごせたことを喜ぶべきか、それ程までに女顔が定着してるのか」
「まぁ、気にすることもないんじゃないか」
たった今、廊下の向こうでは、捕まり実行委員に連行されている姿を見た。
これでもう安心だろう。
「じゃあ、俺、着替えてくるわ」
「あっ、ちょっと待て」
「何っ――!?」
俺が振り向き様に、携帯のカメラで写真を撮る巧。何があったのか、と思って思考を止めてしまったが、巧の言葉にすぐに正気に戻る。
「よし、良く撮れているぞ。後で美羽ちゃんに見せよう」
「この……覚えていやがれ! 巧のアホ!」
捨て台詞のような言葉を吐いて、空き教室へと入る。ウィッグを外し、和服を脱いで制服に戻る。用意されたメイク落としを使って、メイクの痕跡すら残さぬほど徹底して綺麗にする。
そして、その後は、有言実行。きっちりと美羽や遠藤さんの分のお土産や俺の食べ歩きを巧の財布から出させた。
幾ら懇願しようとも知ったことではない。むしろ、写真代にしては安いくらいだ。と黙らせる。
学園祭最後の方では、俺も怒るのも馬鹿らしい。と思い、美羽と巧の三人で回った。楽しい学園祭と言えよう。
喫茶店も繁盛。『名も知らぬ美少女』効果だろうか、前日よりも売り上げが上がっており、片づけなども少なくて済んだ。
こうして、馬鹿ばっかの愉快な学園祭は、幕を閉じた。
活動報告書いたら、元気出た!
まったり、のほほん。マイペース更新。これが私の信条です