Sense114
「これで、終わり。っと」
俺は、明日の学園祭二日目の準備としてクッキー作りを手伝っていた。
クッキー等は、お土産を目的にされていたが、ケーキが全て順調に売れたために、お茶請けとしても提供したために、予想よりも早く休憩所として解放。
その後は、必要最低限の見張りを教室に置き、残りは、自由行動とクッキー作りの手伝いだ。
そして、一般入場者が帰ってからしばらくして、最後のクッキーをラッピングし終わる。
「お疲れ様。ごめんね、手伝わせて」
「別に、気にしてないよ。回れなかった場所は明日回れば良いし。それより、遠藤さんだって大変だったでしょ」
実際、俺に比べれば色々な人を適材適所に配置したりで、頭を悩ませている。俺はただ与えられた内容をこなすだけだ。
「そうね。幾つかみたい場所を回れなかったけど……ふふふっ、あいつらが今日テロ的な物を開始しなければ」
ちょっと怖い内容を呟くように言ったが、俺は聞かなかったことにする。
「でも、最後まで手伝ってくれるとは思わなかったわ。いつも、時間になったら夕飯の準備って言って帰るから」
「親が休みだったからメールで夕飯を頼んだんだ」
「あー、私も峻君の両親は見かけたわ。素敵な両親ね」
「……まぁ、父さんは、普通っぽいし、母さんは見た目若作りだけど、見た目で騙されるなよ」
精神的な頭痛にこめかみを押さえる。
「なんと言うか、独特な人だから」
「実の親なのに、結構酷い物言いね」
「事実、母さんと美羽はかなり似たような楽しいことが好きな享楽主義的な面が強いからな」
俺は、目を細めて、過去起こった出来事を幻視して、顔を顰める。
互いに荷物を纏め、帰る準備をした。
「なんか、嫌な思い出でも?」
「あり過ぎる。まぁ、最近では無くなってきたが、代わりに巧や美羽が俺を……」
「まぁ、大変ね。とだけ言っておくわ」
「おう、じゃあ、また明日」
「ええ、それじゃあ、さようなら」
遠藤さんと別れてそのまま帰路に着く。
随分暗くなってきた中で急いで家へと帰る。
家に辿り着けば、すでに家族は皆夕飯を終え、明日朝早くから仕事という事で早々に部屋に引き籠っていた。
俺も食事や食器の片づけをして部屋へと向かう。
VRギアを装着し、ログイン。最近、PVPの訓練で集まる場所へと急げば、そこはすでに、戦場と化していた
「っ――【雷神拳】」
「――【ショック・インパクト】」
拳と剣がぶつかり合い、互いに相殺し合う戦い。
高速移動で互いの隙を狙う戦いではなく、真っ向から受け止めて実力と威力を頼りにした戦い方だ。
アーツのぶつかり合いで弾かれるように、距離を取る二人は、余波でHPを僅かに削るが、アーツの硬直が終わった瞬間、再び駆け出す。
距離を互いに取り、次の攻撃に備えるが、距離を詰めないまま脚が飛来する。
「――【飛鳥・三連脚】!」
三連続の蹴りの残像は、三日月状の衝撃波となって、タクへと殺到する。それを素早い切り返しで二撃目までを受け流し、弾き上げる。
最後の一撃を直接鎧で受け止め、よろめくが、剣を弾き上げた上段の姿勢から一歩踏み出し、剣を振り下ろす。
【ソニック・エッジ】と呟かれた後には、三連続の衝撃波よりも巨大な衝撃波が真っ直ぐに進んでいく。
「ちょ、硬直がっ! あーっ!」
互いの遠距離攻撃のアーツは、タイミングや技術による差が大きかった。非常に参考になる戦いだったが、今の一撃で終わったようだ。
「えぐい! タクはえぐい! 何であんなにアーツを受け流せる!」
「ガンツの方があり得ないだろ。明らかにリーチの短い徒手空拳で平然と打ち合うなんて」
今日は、ガンツが居るのか、と思いながら、タクたちの他の人を探す。今日も酒盛りをするクロード。そしてその一角で武器や防具を眺めているマギさん。ほか、ミュウとセイ姉ぇは楽しげに話している。
「おう、お疲れ、タク」
「ユン、今帰ってきたのか? どうだ?」
「準備は終わった。まぁ、明日が最終日だし見学だけにするかな」
元々、PVPにはそれほど力を入れているわけじゃない。むしろ、自分で戦うよりも誰かの戦いを見る方が楽しかったりする。
そして、俺を見つけたミュウたちが俺に近づいてくる。
「お疲れ、お姉ちゃん! フリータイムの時に喫茶店寄ったけど、良かったよ」
「今日、学園祭だったんでしょ。ユンちゃんとミュウちゃんの出し物見に行きたかったな」
「そうか? 学生の出店なんて程度が知れているぞ。まぁ、明日は、ケーキの種類が変わるからまた来るといいよ。後、セイ姉ぇの方も大学の学園祭だろ? 中高よりも規模が大きいんだから、俺はそっちを見に行きたいよ」
ミュウとセイ姉ぇとの兄妹トーク。こうして個別で会うのはそこそこな頻度だが、三人が集まるのは、意外と少ない。
「写真見せて貰ったよ。素敵なエプロンだったね」
「あれは、クラスの奴が勝手に作ったんだよ。そこに俺の意志は介在していない」
「でも、お姉ちゃんは、似合ってたよ」
兄妹トークは、学園祭に始まり、VRゲームであるPDの話へと移ったり。互いに、ゲームの憶測を交えた話やゲームへの期待などを口にする。
非常に取り留めの無い会話を長々と続けているが、ミュウとセイ姉ぇの目線での二重の会話がなされていた。
声なき会話。どうやら、俺たち三人の誰かに話しかけるタイミングを探っている人が居るようだ。
俺は直接目撃していないが、どうやらセイ姉ぇが先に気が付いたようだ。パーティー単位とは、随分大人数だ。
「それでさ、父さんたちが(おいおい、どうするんだ? あの集団。めっちゃ視線が背中に刺さるんだが)」
「そうなの? 私たちの所にも来たんだけど(今は無視。そのうちどこか行くでしょ? それより、思い当たる節は?)」
「ふふふ、お父さんたちも相変わらずね。そうだ。今年の正月休みは、帰れるかもしれない(うーん。あの人たちは、どこのギルドの人かな? ユンちゃん心当たりない?)」
互いに、フレンド通信を利用した副音声染みた会話をするが、そろそろ有効な対応策を考えないと。
「そうなんだ。セイ姉ぇが帰ってくるなら一度気合の入った料理でも作るか(ギルド? どこの)」
「じゃあ、じゃあ、ケーキお願い!(思い出した。あれは、ギルド【フォッシュ・ハウンド】と【獄炎隊】だ)」
「その予定でユンちゃんのケーキ楽しみだな(あー、最近、グレーな勧誘している所だけど……)」
思い当たる節はある。俺をギルドに勧誘しようとした人たちだったけど、あまりに気分が悪くなる勧誘の仕方だったので、一発で【アトリエール】の出入禁止にしたら、他の迷惑を受けた生産職が一斉に同調して、村八分にしたために、縮小の一途を辿るギルド。
ダメージの少ない時点で逃げた人は多いけど、残った人は、非常にモラルが悪かったとか自己中心的な感じだった記憶が……。悪い意味で有名なプレイヤーではある。
「セイ姉ぇは、今日はPVPの訓練(なにか、適当な理由を付けて逃げるぞ)」
「うん。待ち合わせ。これからダンジョン探索だよ(ダンジョンに逃げ込めば撒けると思うけど……ミュウちゃんは?)」
「私は、そろそろ寝るかな。明日の二日目が楽しみで眠れないよ(お兄ちゃんと一緒にログアウトするから)」
「じゃあ、顔出しただけだけど、ログアウトするよ。お休み」
「お休みなさい」
俺たち二人が仮想現実の世界を離れる時、慌てるパーティーを見た。あれが、俺たちを見ていたパーティーか、全く。溜息を吐きながら、仰向けのままVRギアを外した。
「くそっ、面倒な奴らに目を付けられたかな?」
「お兄ちゃん、入るよ」
部屋の扉がノックされ、美羽が俺の様子を見に来る。
少し心配そうな顔をしているので、大丈夫だ、と微苦笑を返す。
「お兄ちゃん、あの後お姉ちゃんからメールで様子を聞いたけど……やっぱり生産職の人を目の敵にしているみたい。周りに対して、口汚く言ってたらしい」
「心配するな。逃げ回ってれば良い。放置すればその内、止めるだろ。しばらくの間、PVPのような人の集まる場所には行かないだけだ」
「う、うん。何かあったら、私やお姉ちゃん、巧さんに言ってね」
「ああ、どうしようもなくなったら、頼らせてもらう」
美羽の頭をくしゃりと撫でつけ、明日も学園祭の事を告げる。どこか浮かない顔の美羽を見送り、俺はベッドに倒れ込み、長い溜息を吐き出す。
楽しいゲームで他人に不快な思いをさせてどうする。ゲームで虚栄心なんて張るなよ。
前の勧誘の時だってそうだ。自分の事を誇張するのはまだ目を瞑れる。だけど、あいつ等は、俺の友人を言葉で貶めることで自分を大きく見せようとした、最悪な気分だった。
俺は、それを思い出して、むかむかとした気分のまま、朝まで浅い眠りを繰り返した。
リアル多いって言われたから、予定していたプロット削減、ちょっと即興でゲームサイドを作成。
次は、学園祭二日目。に戻ります。
とあるゲームと技名が同じために変更
【飛燕連脚】→【飛鳥・三連脚】(あすか・さんれんきゃく)
※飛ぶ鳥落とす=遠距離攻撃