Sense110
「学園祭前日! 楽しみだね。お兄ちゃん」
「はいはい。あんまりはしゃぐと怪我するぞ」
正直、俺としては楽しみよりも面倒という側面が強い。
今日は、学園祭の前日。クラス毎で最後のスパートや準備の調整などを行う日だ。
美羽たちのクラスは、屋台の準備と衣装合わせ、そして各自の動きの最終調整。中学生は、学校への宿泊は許可されていないために、必然的に泊りにならない内容になるが、一部の部活や高校生は学校での泊りがけの準備が許可される。
俺のクラスは、外部発注やコスト削減で手間が掛からないために、一部を除いたメンバーは、実行委員会に貸し出される。
「ふふふ、お兄ちゃん。学園祭の屋台に来てね」
「はいはい。代わりに俺の所にも来いよ」
「でも残念だよね。お姉ちゃんが来れないなんて」
「当たり前だろ。静姉ぇは、土日じゃ往復で負担が掛かる」
往復に手間が掛かるために、正月休みにでも帰ろうか。などと話に上がっているためにそれまでの辛抱だ。
「折角、お兄ちゃんのメイド服が……」
「捏造するな。普通に制服で接客だ」
「じゃあ、私がメイドで」
「兄としては、色々と心配なのだが……」
因みに、美羽のメイド服は、集客力を上げるために用意されたものらしい。こちらは本当に着るようだ。悪い人に目を付けられたりしないか心配だ。
「何かあったら俺に言うんだぞ」
「はーい。あっ、そうだ。今日は帰りにゲーセンに寄るんだけど……」
「正直、俺は真っ直ぐ帰って欲しいんだが。俺は今日遅いから一緒に居られないし」
「大丈夫。タクさんも一緒にイベントに参加するから」
「イベント? 何の?」
「新作のVRゲーム【サイキック・ドラゴンアームズ】の発表会があるんだって」
普通、イベントはどこかの会場で記者を集めたり、人を集めたりすると思うのだが。
「あのね。このイベントは、エプソニー社主催の仮想世界で開催されるらしくて、全国のゲームセンターに設置されているVRアーケード機体からの限定アクセスらしいの。だから、参加人数も限られていて整理券が一か月前から抽選されていたの」
「まさか、それに当たったとか?」
「違う違う。私たちは外れたけど、モニターに映像が映し出されるからそれを見に行こうと思ってね」
「そうか。面白そうだったら俺にも様子教えてくれ」
「分かったよ。早く学校終わらないかな」
今日楽しみなのは、学園祭の準備ではなくゲーセンの新作ゲームの発表会の方か。相変わらずのゲーム好きだな。
俺は、そんな美羽の様子を苦笑混じりに学校の校門に辿り着けば、早朝から学生たちが準備に忙しなく動いていた。
入り口の飾りつけや学園祭のスローガンの垂れ幕設置、野外の屋台のスペース確認などに奔走し、見ているだけで大変さが伝わる。
「それじゃあ、俺からも巧に頼んでおくけど気を付けるんだぞ」
「もう、お兄ちゃんは心配性なんだから」
そう言って、玄関を駆けていく美羽を見送り、俺も教室へと向かう。
既に入り口の飾りつけがなされ、椅子やテーブルの揃えられた教室では、クラスメイトたちが好きな場所に集まってパンフレットを片手に、思い思いの話に花を咲かせる。
俺は、その間を抜けて、巧の傍へと寄る。
「おはよう、巧」
「峻、おはよう。俺のために今日は頑張って働いてくれ」
「聞いた。イベントの話だろ? 逆に、美羽をしっかり見張ってくれよ」
もう聞いたのか。耳が早いな。任せとけ、と巧に言われた。俺は、更に言葉を重ねる。
「それと、当日は巧たちの方が働くんだから、今のうちに英気を養えよ」
「心配無用。ゲーセンのイベント参加や学園祭なんて、全国規模のゲームイベントに参加するよりも楽な仕事だ」
「いや、比較対象がおかしいから」
俺は、一応は突っ込むもをこいつに何を言っても無駄なのは知っている。
「峻、一日目三番目と二日目の一組は互いにフリーだけど、一緒に回るか?」
「そうだな。どこか面白そうなのはあるか?」
「運動部の出し物は結構多彩だからその辺を回りながら、学校内を一周コースは?」
巧は、パンフレットを差し出し、指先で巡るだろうコースをなぞる。
運動部の食べ物屋台や運動体験コーナーを巡り、校舎内へと入り、文化部の活動発表などのコーナーを回り、自分たちの教室へと戻るコース。
「良いんじゃないか? 体育館の出し物って文化部の方がメインか?」
「いや、武道系の運動部は演武とかの催しがあったり、クラスの劇とかやったりするからそこそこ種類があって楽しめそうだぞ」
これは、巧のルートをメインで巡って、個人のフリータイムにはその穴を埋めるように出し物を見ていけば楽しめそうだ。
その後は、担任が点呼をして文化祭実行委員とクラス委員の遠藤さんが中心となって、仕事を割り振りだ。
割り振りなのだが……
「俺は、これから明日のクッキーを用意するんだけど」
「時間一杯までラッピングの手伝いだ。時間になったら自由解散」
「あ、そう」
巧の仕事は、ラッピングか。それにしても最初は暇だろうに、俺は俺でクッキー作りに集中できるが。
「摘み食いするなよ」
「しねぇよ」
「なら良し」
巧とのアホなやり取りをしながらも準備を終える。
借りられたオーブンは、午前中は六台。午後から使うクラスがあるので、午後には二台。午前中には、予定する分量の半分は焼き上げたい。
一度、事前練習したクッキー班は、特に指示する必要なく生地を作り上げていく。俺やラッピングの準備をする巧も雑談する余裕があるほどだ。
「なぁ、峻」
「どうした?」
「来週のPVPに向けてどうだ?」
「まだまだだな。そういう巧はどうだ?」
「うーん」
少し手を止めて悩むような素振りを見せる巧。
「PVPは問題ないけど、最近ではフィールドワークやダンジョン探索とかやってないからそっちもやりたい」
「贅沢な悩みだな」
俺一人がダンジョンやフィールドワークをするのは、意外と大変なのだ。まぁ、巧も一人でずんずんとボス直前までは進みそうだが。
「ただ、他の趣味に走るプレイヤーたちとの交流が、漁業組合さんとか、検証マニアさんたちとか」
「また増えた。今度は検証マニアか」
「ああ、不遇センスの活用法や紹介詐欺とされるセンスを検証する集団だ」
不遇センスや紹介詐欺。これは、センスの紹介文などが本来のセンスと乖離している場合、予想よりも使い辛いセンスとして見向きがされなくなった。そうして生まれたのが不遇センス。
【弓】自体は、紹介通りなのだが、元来の使い勝手の悪さや依存ステータスがDEXである点、弓矢は別売りなどが問題である。
対して、紹介文詐欺で代表的なセンスは【料理】や【調教】だろう。
料理センスは、ステータスの一時上昇アイテムを作る生産系センスなのだが、肝心の一時上昇の食材が毒素材だったり、毒の無い食材はそこそこ希少。今では、毒抜き技能の習得条件が『手動毒抜き』などという条件。何気に料理センスの必須スキルだったりする。料理センスは、空腹度の実装で必要に駆られたために不遇センスを脱却。
調教の場合は、ゲーム開始当初の捕獲方法が敵を倒して捕獲して使役する。というワンパターン。それでいて低確率。ただ、現在では、それなりにセンスの活用法が普及して、モンスター毎に適切な捕獲法や捕獲時間があるらしい。
殴り合いでの和解、餌による餌付け、圧倒的武力による屈服、音楽や踊りなどで相手を楽しませる親交。など様々な行動があり、モンスターの種族ごとにその捕獲率に差があったりする。
まぁ、調教師が増えて、情報が多く共有されるようになってこちらも脱却した。
だが、まだまだ使い勝手の悪いセンスは、多い、特にレベル30を目安にレベル上げをしているが一向に成長・派生先の見えないセンスは、大体がその段階で交代させられたりするので検証不足でもある。
それは、付加に始まり、錬金や合成もその部類に入る。
そして――
「なんか、検証マニア兼、生産職の人がデッカイ発見したみたいでさ」
「発見?」
「なんていうか、今度のイベントで生産職としてお披露目するからその時まで秘密にされたんだ」
「……それって遠まわしに知らないのと同じだろ」
「そうなんだよな。俺も凄い気になる」
気になる。確かに気になるが、巧が知らなければ、聞いても意味はない。と早々に思考を切り替える。
「知らないなら、答えるのも無理だな。よし、クッキー生地できた」
俺は、巧との話す内容も無くなったので、黙々と作業に没頭する。
その中で、時折他人の会話を耳で拾う。
「なぁ、来週発売のロットって予約券取れた?」「無理。うちの兄貴の友達は買えたらしいけど……」「こりゃ、直前のキャンセルでの繰上げを期待するしか、俺もVRやりてぇ」「俺今のうちに体鍛えるわ」「なんでだよ」「だって、自分の身体データそのままのアバターだぜ? 細マッチョと中肉の男だとどっちがモテると思う?」「確かに……」
どうやら、男子のグループは、追加で発売されるVRギアについて話しているようだ。ゲームで自分の体を美しく見せるためにリアルで鍛えるって、なんだか違う気がする。
「ちょ、ここで禁制品の話?!」「えっ? 漫研で裏の……」「是非、購入しないと!?」「はぁ、創作物でも見ることができるのね」「今回は、誰?」「三年の副会長と運動部の……」「きゃっ、買わなきゃ」
一部女子の方は絶対に関わってはいけない気がする。時折、俺と巧の方へと熱い視線が……。
中には、普通の会話はある。そう、俺の求めるような普通の。
「ねぇ? 学園祭、一緒に回らない?」「ごめん、私、彼氏と」「えっ!? あんた彼氏いたの!?」「う、うん。その隣のクラスの……」「う、裏切り者め」「あ、でも、彼の友達も学園祭見に来るっていうから……」「そんなベタなセッティングで恋が芽生えれば苦労しないわ!」「そんな、ウガァァ、って嫉妬のポーズしないでよ!」「リア充の幸運なんて全て吸い取ってやる!」
普通の女子も恋に忙しい様子だ。ってあれ? 俺の求める普通はどこに行ったのかな?
「どうしたんだ、峻。そんな遠い目をして」
「いや、俺のクラスって結構濃いメンバーが多い気がする」
「ああ、楽しい奴らだよな。話す内容が中々興味をそそられる」
お前は、ポジティブで羨ましい。
「この時、学園祭であんなことが起こるなんて、まだ二人は知る由もなかった」
「って、変なナレーションを入れるな! 遠藤」
「いや、お前だって普段大差ないことやってるだろ? で、遠藤さん、今は実行委員の方を手伝ってたんじゃ?」
「問題発生したから当事者。いや、被害者二人について詳しい事情を……」
俺たちは、訳が分からずに、廊下へと連れ出される。
被害者だと俺たちは言われたが、言い辛そうにする様子から先手で謝ってしまいそうになる。
「えっと……峻くんと巧くんは、漫画研究部は知っているわよね」
「まぁ、漫画好きと称して、人目に晒してはいけない汚物を生産しているっていう」
あれ? 俺の知っている漫研は、漫画好きが趣味を語らいながら健全な漫画を作り上げて人様に発表するのが本来のあり方じゃないの? しかも、遠藤さんは、概ねあってる、と肯定する始末。うちの学校の漫研は何をしてるんだ。
「それでね。まぁ、彼らの一部が学園祭の費用を別途利用していたのが発覚して……」
「それが、俺たちと何の関係が?」
被害者なのだが、話が見えてこない。普段のようにサクサクとした話し合いではないために不安感が募る。
「……に、出てたのよ。君たちが」
「はい?」
「漫画に、出てたのよ、君たち二人が」
「おいおい、肖像権は無視かよ」
巧は疲れたように溜息を吐き出すが、俺は俺で何のことかわからないでいた。
「どういうことだ?」
「メインの登場人物が君ら二人で、その……不健全図書と化していた」
聞いた瞬間に、様々な情報が頭の中に繋がり、顔から血の気が引く。
「……他の部員は、本人確認してあったんだが、それだけが君らの本人確認なしの独断と偏見の混じった内容で……」
「なぁ、遠藤。原本はあるか?」
静かに差し出す紙袋。なぜか、俺の目には禍々しい紫色のオーラが漏れ出ている錯覚を覚える。
袋の中から一冊の薄い冊子と取出し、流し読みする巧。一瞬だけ俺を気遣うような視線を向けた後、冊子を袋に戻した。
「ギルティ・オア・ノットギルティ」
「ギルティ。有罪判決」
「決まりね。じゃあ、禍根の残らぬほどに徹底殲滅するわ」
「話が見えないから! 言葉の端々の不穏な響きが含まれるのが怖いから!」
俺が声を上げるが、巧に肩を掴まれ、額が触れるほどの距離に詰め寄られる。
「あれは、耐性と免疫と覚悟の無い奴が見るべくものじゃない。良いか、よく聞け。あれは悪魔の書だ。峻のような一般感性を持った人間の目には触れてはいけないものなんだ!」
「そ、その……」
「安心して良いわ。峻くん。肖像権の侵害と学園祭費用の横領と汚物の増産の罪。その有罪判決を巧くんから貰ったら、あなたは何も知らなくて良いのよ」
聖母のような微笑みとその背後に隠された真実が怖いです。
「忘れなさい。何もなかったわ」
「えっ、でも俺も……「忘れなさい。何もなかったわ」……はい」
言葉を被せられ、有無を言わさぬ様子。
その後は、巧と遠藤さんが慌ただしく校内を駆け回った事は俺の与り知らぬ事だ。
その後、モヤモヤとした気持ちで作業を続けたが、夕方に新作ゲームのイベントを終えて帰ってきた美羽から様子を聞いていたら、忘れていた。