Sense108
俺の頭上に浮かぶ数字は、『87』。これは、かれこれ三十分近くの打ち合いで打ち込まれた打撃数だ。
対して、目の前で自身の身長を超える棒を構えるミカヅチのカウントは、『0』とはっきりと差が着いている。
「立て! リアルじゃ青痣だらけだが、ここじゃあ何倍もの濃度で練習できるんだ! 寝てる暇はない!」
ミカヅチの激励を受けて、再び立ち上がる。何度も何度もゾンビのように立ち上がる。少しでも長く寝ていれば、寝ている体に容赦なく棒を打ち込まれる。一番長く寝ていた時は、頭をゴルフボールのようにスイングしやがったのは、精神的な衝撃が大きかった。
「普通の男より根性あるな。そろそろ時間も迫ってる。まだまだ行くぞ!」
「はい、お願いします」
言った直後に頭部に向けて振るわれる棒を身を屈めて避ける。次は、切り返して胴体を通過する位置、更に引いて槍のように突き出してくる。
それらを大きく避けながら、決して棒から目を離さない。
「ほらほら、一撃私に入れたら、お前の勝ちだ。勝ちを取りに来い!」
俺は、この挑発に挑み、何度も打ちのめされた。腕を、足を、腹を、肩を、頭を。
「そこっ!」
「っ! くはっ」
足払いのフェイントを読み切れずに、素早い切り返しで突き出された棒が腹に棒をねじ込まれて、後ろに倒れる。後ろに転がりながら立ち上がり、睨み返す。起き上がり、睨み返さねば、先ほどのように追撃を受ける。
「復帰の速さと精神のタフさは、最初より大分良いんだが、まだまだだ、なっ!」
こちらへの指摘に見せかけた突き。踏み込み一つと棒のリーチを利用した攻撃を大きく斜め後ろへと避ける。だが――
「なっ!? っ!?」
側頭部に衝撃が走り、頭が大きく振れる。一瞬、横に振られた棒が伸びたように思え、俺の頭を捉えていた。
完全に間合いから逃れたと思っていたが、また錯覚させられたようだ。
「また、棒の間合いを読み間違えてるぞ!」
「はい!」
立ち上がり、声を上げる。
また打ち込まれたことで、今まで受けた打撃の原因を反復する。
単純なフェイントは、全て貰い、短く持った棒の間合いを本来の間合いと錯覚し、そのまま打ち込まれた。
目や頭などの急所に過剰に反応して、目を瞑ってしまう。武器と相手から目を逸らさない。攻めようとする時、視線を攻撃位置に置いたままだった。相手の攻撃を察知するために、相手の目を見る。付加を有効には使えなかった。何故なら、ミカヅチが厄介だと判断されたために、その能力を十全に発揮できないように、速度上昇ならば、転ばされ、攻撃力なら腕を上げればすぐに叩かれる。何度エンチャントを使って攻勢に回ろうとしても全て意味をなさない。雲を攫むような手応えの無さ。無謀にも自身の強化で一撃加えようとしたが、何度目かのエンチャントの時、飽きた。の一言で喉元を突かれ、不発に終わったのは、肉体的よりも精神的なショックに呆然として三発ほどキツメの攻撃を頂いた。
俺は、ミカヅチから言われた言葉を心の中で復唱しながら、再び挑む。
「そうだ。体が覚えるまで叩き込んでやる」
俺は、ミカヅチへと真っ直ぐに駆けて行く。ミカヅチも俺が跳びこんでくるのを見てそのまま半身で構えた棒をそのまま突き出してくる。だから俺は、範囲ギリギリで踏み止まり、避ける。
俺のカウントが『90』を記録したが、突き出し切った棒を掴むという進歩があった。ミカヅチは突き出した力の入らない姿勢をまま俺は、棒を引いて奪いに掛かる。
「ほう、私から取り上げるのか」
「うらっ!」
俺は、全力で棒を引っ張り、奪おうとするが、勢いそのままに尻餅をついた。
「はぁ? がはっ!」
惚けて姿勢をすぐに戻さなかったために、ミカヅチの攻撃を許してしまう。すぐに起き上がろうとするが、鞭のように振るわれる棒が足に巻きつき、引っ張られて倒れる。
「いやはや、毎度の事でも笑ってしまうな。どいつもこいつも武器を奪おうとしたら、すっぽ抜けた直後の顔は」
「卑怯だぞ。そんな武器」
俺は、恨み節を込めた言葉を投げかけながら、立ち上がり再び向かい合う。
「これは、棍にもいろいろな種類がある。トンファーのような二対一組の武器であったり、これみたく多節棍だったり。まぁ、ファンタジーよろしく、私の意志で棍にも多節棍にも変わる武器とは便利だ」
そういって、中の鎖がじゃらじゃらと音を立てて巻き込まれ、元の棒へと戻る。
どうなっているのか、原理を知りたくはあるが、そんなことを突き詰めても意味のないことだ。
俺は、精神的な疲労から来る呼吸の乱れを正していると、ブザーが脳内に響く。PVPの終了の合図だ。
結果は、『91』対『0』とミカヅチの圧勝。文字通り手も足も出ない長い長い勝負に今度こそ地面に大の字に倒れる。
「はぁ~、疲れた」
「ご苦労だったな」
「それで、俺の評価は?」
一応、最後の方も何度も攻撃を受けたが、最初の方がもっと酷かった。開始直後に身動きできずに攻撃を食らい、寝ている所に何度も何度も。オーラバトルのような無敵時間はないために、すぐに迎撃態勢を作らねばならないから気が抜けない。
また戦っている最中、レベルの低い【看破】のセンスが少し成長したために、相手の攻撃を予測することができた。だが、できただけで反応ができたのか、と言えば、無理なのだ。
ならばと距離を取って魔法と思ったが、予備動作で見切られ、事前に喉を潰されるか、簡単に避けられて使用後の硬直時間で最低三発は貰った。
無駄にセンスは便利だが、それだけで勝てはしない。スキルや魔法に頼ったら余計に打撃を多く貰う。
だから早々にスキルや魔法に頼ったやり方を諦めたのだ。
「――あれだ。まさに素人って感じだ」
「へっ? ほかには?」
「あっ、あの時間で百回打ち込まれなかっただけ、マシだな。うん。素人にしては上出来だ」
いや、実際、リアルじゃ喧嘩とか小学生以来だから素人だけど、もう少し注意点とかあるだろ。
「もう少し何か具体的なことは?」
「嬢ちゃん、実際やってみてどうだった?」
「嬢ちゃん言うな、俺は男だ。まぁ、感想としては、フェイントに見事に引っかかるし、間合いを間違えて打ち込まれる。スキルや魔法に頼りっぱなしってことを実感した。最後は、どれがフェイントか本命かわかるけど、それは攻撃を受ける直前や避けられないと分かった時だからな」
「正解だ。それだけ分かってるなら、実際に避けるのに慣れれば良い。そもそも嬢ちゃんは、後衛だ。あんまり焦ってスキルや魔法に頼った攻め方だと逆に隙が大きい。それに、どんなにキャラのステータスを底上げしても慣れられたらお終いだ。使うなら、ここぞと言う時だ」
どんなに速度を上げてもミカヅチは、確実に俺を捉えた。エンチャントというカードを切る場合は、相手に俺の素の速度に慣れさせた所で一気にケリをつけるのが理想だろう。
相手の予測や慣れを逆手に取る。ミカヅチが棒を短く振るうのと同じだ。
「最初から全力じゃなくて、素の状態でどれだけ自分の技能を磨くか、に掛かってるのか」
「それだけ分かってるなら、まぁマシになるだろ。じゃあ、授業料でも貰うとするか」
「って、金取るのかよ!」
俺は、声を上げて抗議する。だが、楽しそうに笑っているミカヅチは、なーにをして貰うか。と独り言を口にする。
「そうだな。動いて小腹も空いたし、酒も飲みたい。とりあえず、ツマミになるようなもので良いわ」
「おい、最初に言えよ、そういうこと。全く」
俺は、文句を言うが、別に作るのは嫌ではない。
「じゃあ、こっちは先に飲んでるから」
「何も言わない。何も言わない」
キャンプイベントでも酒や食事絡みで一言言えば、その三倍は返ってくるのを知っている。
俺は、大人しく料理道具と食材を取出し、酒のお摘みを考える。
あまり面倒なのは嫌だから、簡単に炒めて作れるもので良いだろう。俺は、毒抜きされていないミルバードの肉を捌き、毒の原因である心臓を取り除く。それをリゥイの水で綺麗に洗い流す。この肉を部位毎に切り分け、ブツ切りにした鶏肉とブツ切りの野菜を串に刺して、バーベキューセットで網焼きしていく。
垂れる肉汁と薫る焼き鳥の匂い。半分火が通ったら、俺の普段使っているメーカーの味塩と焼肉のタレを漬けて、もう一度焼く。
本当に、調味料などがOSOでは広告アイテムとして売られるようになってからは料理を作るのが楽しい。
焼肉のタレと塩コショウの味付けの焼き鳥を皿に盛りつけて、すでにビールを飲んでいるミカヅチに渡す。もちろん、ビールも有名なビールメーカーの広告アイテムだ。
「おっ?! 焼き鳥か。青空の下で居酒屋か。なんだか、日本酒とおでんでも食いたくなってきたな。冬に熱燗とアツアツのおでん」
「いや、そんなの俺の設備じゃ時間が掛かるから。諦めろ」
「ちっ、まぁ、焼き鳥も良いな。うん、塩と醤油ベースの焼肉タレか、旨くて酒が進む。どんどん持って来い!」
ビールの缶を煽るように飲み、がつがつと豪快に焼き鳥を食べていく。
その匂いに釣られて、今までPVPに興じてきたタクやミュウがこちらへと物欲しそうな目で見ている。
「ほら、お前らの分もあるから、遠慮するな。って、遠慮なしかよ」
俺が皿に盛りつけて、差し出せば我先にとタクとミュウが焼き鳥を食べている。またミカヅチの方に視線を戻すと、クロードと共に焼き鳥を摘みながらの酒盛りをしている。二人でビール缶を直にぶつけて乾杯する様子は、ダメな大人の一面を見ているような気がする。
「あはははっ、クロの字。夜の月が綺麗で酒とツマミが旨いな」
「ふむ。目の前で繰り広げられるPVPを酒の肴にするのも悪くはない」
「ほうほう、鋼と鋼を打合せ、全力で筋肉を駆使し、技を披露して戦う者どもが組ず解れずするその姿を見る。くくくっ、良い趣味をしているな、クロの字」
「それも悪くないが、少女たちの弾けるような若々しさと瑞々しさが防具の下から溢れ出し、楽しそうに笑みを振りまく姿。激しく動くために見れるチラリズム。お前も感じるものがあるのではないか? ミカヅチよ」
「そうだな。いや、お前の変態さには敵わないな」
「くくくっ、俺などまだまだ道半ば」
「まぁ、酒でも飲もうや」
「そうだな。この良き酒と肴とツマミに乾杯しよう」
そう言って、喉を鳴らすような笑みを浮かべるミカヅチとクロード。どこか怖い。
そして、ミュウとタクは、二人美味しそうに焼き鳥を頬張っている。
「タクさん、こんばんわ~。それにミュウ様も」
「おう、夜半の所の、最近どう?」
まったりと休憩している二人に近づく一人の少年。目が覚めるような明るい色の防具を来た人物で肩に槍を掛けながら、腰を斜め四十五度に曲げて挨拶する姿は、体育会系の後輩のような雰囲気がある。
タクとの間柄には、対等な気安さがあるが、ミュウを様付けしているところから妙に神格化されている気がする。
「どうもこうも、無いっすよ。ヒキニート乙、ゲーム英雄とか知らない人に言われて! こちとら、夜型の通信だっての! 好きで夜型じゃねぇよ! って言いたいです」
「まぁまぁ、グッドマンさんも一本いる?」
「あっ、ミュウ様、ありがとうございます。頂きます。もぐもぐ、美味しいですね」
「だろ。あそこで焼いてるんだ」
俺へと指差し、視線を向けてくるので、軽く手を上げて挨拶する。
「追加の焼き鳥は必要か?」
「うーん、じゃあ、三人でもう十本!」
「了解。まずは、リゥイたちが先だから少し待ってくれ」
そう言って、既に焼かれた焼き鳥を網の上から退けて、新しい焼き鳥を焼く。
退けた焼き鳥は、一度串を抜いて食べやすいようにバラして、リゥイ、ザクロ、クツシタの前に置く。
三匹は、今か今かと待っており、置かれた瞬間に飛びつくのではないか、と思うほど勢いよく食べ始める。
正直、俺の食べる暇がない。
俺が幼獣たちに気を取られている間に、タクたちのグループの人数が二人増えた。そして、酒盛りグループは五人に増えていた。本当に、いつ増えたんだよ。
その後も、食欲の衰えることを知らない者共へと、焼き鳥の提供をした。ミカヅチには、PVPの授業料があるが、他の人は、タダで貰えるとは思ってないようだ。
グループ毎で俺にお金を渡したり、アイテムやちょっとした小ネタ情報だったり、と俺の材料と手間を考えれば、貰い過ぎな気もして、サービスで更に焼き鳥を焼くという循環。
いつの間にか、俺の周りが動いて疲れた人の休憩所となり、ここで食べて休んだからまたPVPという流れが出来上がった。
まぁ、近々ある学園祭の練習と思って動けば良いか。料理を運ぶ時の接客は担当しないが。
それにしても――
「自分自身。それなりに戦えると思ってたけど、思い違いだったな」
今後の課題としては、戦闘スタイルの確立、スキルや魔法の使用タイミングの見極め、自分の戦闘技能の向上だ。時間を掛ければそれなりに形になりそうだが、後二週間も無いのだ。せめて、スキルや魔法という有利に働く手札を適切なタイミングで使いたい物だ。
まぁ、俺の本懐は、生産職にあると割り切って、スタイルの確立や技術向上を後回しに、安定した攻撃性を持った薬や道具の開発を研究するのも一つの手だ。
最近では、南の湿地帯で入手できる素材からボムのマジックジェムの粗悪品や劣化品のような爆弾やダメージ・ポーションが作られている。威力の不安定さ、採取素材の入手難易度が初心者向けではない事が原因で、価格、威力、共に俺の中では、まだマジックジェムに軍配が上がっている。
マジックジェムを持たない普通のプレイヤーなら、MPポーション大量に買い込んで、魔法を放つ方が効率が良いだろう。だからこそ、人が足を踏み入れない分野を研究しようと決意する。
大方、作った薬師は、スキルを利用した作成だろう。ちゃんと製造工程を研究すれば幾分からの能力の向上が見込めるはずだ。
――と、実は現実逃避していたのだ。
「いや~、美少女の焼き鳥旨いな! 俺らのギルドの専属料理人になってくれよ!」
「抜け駆けしないでよね。私たちはパーティーなんだけど、料理人としてパーティーに加入しない?」
料理センスの地位向上によりかつての嫌がらせやβ時代の古い毒料理事件など忘却の彼方に追いやられ、空腹度システムの導入により、少ない料理人の奪い合いも一部勃発している。料理人の作る料理は、物によればステータスの上昇が見込める。この毒抜きしたミルバードの肉料理は一品食べれば、十分間でATKが3から7の範囲を上昇させる。この焼き鳥だって一時的に5上昇させている。
でも、この焼き鳥十本食べたからと言ってATK+50になるわけじゃない。一本食べても十本食べても5だ。ただ、モンスターの肉や野菜や果物の料理素材などを組み合わせて一つの料理を作ると、飛躍的に効果が上昇したりする。その効果は、下手なアクセサリー並の効果を生み出す。
料理センスの作り出す料理は、それだけではない。俺は、別のアプローチで料理センスを研究しているが、作れないことはない。
つまり、ここに来て、また勧誘が起こっているのだ。
老若男女問わずの勧誘だ。俺は、苦笑いを浮かべて、適当に流すが、酒が入り酔った者や場の雰囲気に酔った者たちが次々と宣言していく。
いや、主に元凶はミカヅチだが。
「おめぇーら! 私から酒のツマミを奪おうとする不届き者は、どこのどいつだ!」
「いやいや、誰も奪おうとしてないから」
「こーなったら、だれがこの見目麗しい料理人を保有するに相応しいかを決めようではないか!」
高らかに宣言するミカヅチ。保有って、俺は所有物ではありませんから。
「さぁ、勝った奴が、ユン嬢ちゃんを貰えるぞ。さぁ、私の屍を超えていけ!」
「俺を景品にするなよ! てか、そこ。なに徐に(おもむろに)武器持ってやる気なんだよ」
「さぁ、【モード:バトルロワイアル】の途中参加ありだ! てめぇら、掛かってこい!」
直後に酔っ払い共が始める無差別残虐ファイトを俺は、焼き鳥を焼きながら眺めていた。
舞うプレイヤー、踊るプレイヤー、跳ぶプレイヤー。
皆が皆、一番近い人間に切りかかる狂乱の宴。その中でも一際目立つのが、発案者のミカヅチだった。
「おらおら、そんなヘッポコ攻撃当たるか!」
「くそっ! 共同戦線提案。ミカヅチの排除に掛かるぞ!」
「「「オウッ!」」」
「ちっ、流石に、連携はキツイな! だが負けん。私の酒のお供は、渡せんぞ!」
俺への認識は、酒のお供ですか。と思うのだが、どうもミカヅチの分が悪いようだ。即席の連携とはいえ、人間の死角に回り込み戦う者たちも中々に強い部類だろう。
ルール無用のバトルロワイアルでは、近いもの同士が、争い生き残りを図るか、共闘して生き残りを図るか。最終的にはたった一人が生き残れば良いのだ。後で、敵になろうとも今生き残る道を模索して戦う。
まさに、敵の敵は味方。という言葉を思い浮かべる。こんなPVPもアリなのか。と感心する反面、俺を景品とするPVPなんてやるなよ。とツッコミを入れる。
「全く迷惑だよな。俺は、フリーで居たいのに」
近くで休んでいるミュウへと同意の言葉を求めるたのだが。
「誰かが、お姉ちゃんを嫁とか言った。嫁とか言った」
「おーい、ミュウ? ミュウ様? 妹様?」
目が据わっているミュウが、腰の長剣のするりの引き抜き、目の前のPVPのフィールドを睨んでいる。
自身の白銀の騎士や聖騎士と例える高潔な姿は無く、その目は、獰猛な肉食獣や狂戦士の物に思える。
「ユンお姉ちゃんは、私の嫁だぁぁぁっ!」
「俺は、嫁じゃねぇ! 男だ! タクも何か言えよ! てか、止めろ!」
最後の希望であるタクへと視線を向ける。急いで焼き鳥を頬張る姿。そして、俺へと食べ終わった皿を渡してくる。
「ご馳走様」
「あっ、お粗末様です?」
「この争いを止められるのはお前しかいないんだ。ほら、定番のセリフ」
タクは、俺自身が最後の希望。とでも言いそうな視線を向けてくる。
「さぁ、争わないで。とか私のために、とか」
「はぁ? マジか?」
「マジ」
なぜ、そんなことを、と思いながらもやる気のない声を上げる。
「あー、おれのためにあらそわないでー」
「……じゃあ、俺も混ざってくる」
最後の望みは、そう言い残して、嬉々とした表情で跳びこんでいく。ツッコミ不在かよ! 棒読みの事に突っ込まないで放置かよ! 一人恥ずかしいわ!
そして、タク。お前も混ざるんかい!
「うおぉぉぉっ! 我らの食事事情の改善を!」
「男ばかりのむさ苦しい空間に花を! 一輪の花を!」
「モフモフの癒しもホシィィィッ!」
「女の子は女の子同士が一番なの! 獣のような男に可憐な少女を渡せるかぁ!」
かなり狂気と欲望渦巻く混沌の坩堝を化している。俺は、夜空を見上げて、目頭を押さえる。
「あー、クロード。俺は疲れたよ」
「そうか? ならば休むと良い」
「うん。そうする。あー、それと防具の制作依頼してもいいか? オーカー・クリエイターの頭部」
狂騒を背後に背負い、俺は、なるべく日常らしい会話を務める。
俺の防具であるオーカー・クリエイターは、まだ未完成。頭部と腕部などの部位を少しづつ購入しているのだ。
「では、受け持とう」
「あと、こいつも防具に組み込んでくれ」
「強化素材か、分かった。じゃあ、二十五万Gだ」
「頼む。先に強化素材を渡しておくから」
俺は、お金と強化素材【暗者の泥土】を渡して、ログアウトした。
ログアウト直後に遠ざかる狂乱のBGMに安堵し、静かな現実世界が俺を出迎えた。
その後のPVPの結果は? だと。そんな知るわけがないだろ。いや、むしろ内容や結果は、知りたくない。