Sense102
すこーし、ユンくんのリアルの側面
家族の朝食を用意するのは、主に俺の仕事である。
十一月の寒い季節、余裕を持って起きた俺は、朝食と俺たちの弁当を用意する。
俺たちの通う学校は、エスカレーター方式の中高一貫で、学校の大きな行事は一緒にやる。
ゲームにのめり込み、リアルを疎かにしているように思われるが、やることはやっている。最近、差し迫る行事には、一週間後の学園祭がある。
忙しいとは言っても、部活や生徒会よりは緩く、日常よりは忙しい俺は、クラスに従事することが出来、やることさえきっちりとやれば、決まった時間に帰れるのだ。
家事の一部を担う者としては、ありがたい限りだ。
リアルは、学園祭準備期間。午前の授業と午後の準備が一週間前の今日から本格的に始まり、休日二日間掛けての学園祭。そしてその後は振り替え休日である。
ゲームは、平日夜と休日午後。そんな二重生活を楽しんでいる。
「おはよ~。おにぃちゃ~ん」
「おはよう、美羽。寝ぼけてないで、顔洗って目を覚ませよ」
「ご~れむ、かたいよ~」
ふらふらと寝ぼけた美羽が洗面所へと去っていく。きっと、昨夜は遅くまでボスのソロ狩りでもしていたのだろう。
美羽が起きてきた音に釣られてか、階段からは更に別の足音が複数響く。
今日の朝は家族が揃っての朝食を取れることに内心、小さな笑みを浮かべる。
「おはようございます。峻さん」
「おはよう、父さん」
中年の成人男性らしい中肉中背の体型。髪の毛は、所々に白髪が混じり、優しそうな笑みとこちらまで脱力してしまいそうな雰囲気の男性は、父の彰英だ。
家族全員を溺愛しており、その度合いが時折、明後日の方向に加速しているような人だが基本は、良い父である。
仕事は、自宅と事務所と出張と、を繰り返している。柔和な雰囲気と違い多忙で苦労人らしいのだが、仕事の内容は教えられていない。
尋ねる度に、恥ずかしい、秘密です、その方がミステリアスでしょ? などとはぐらかされ、この歳にもなると聞くのも面倒でどうでも良くなるが、ちゃんと収入があるようなので、無職の遊び人ではないのは確かだ。
余談だが、家事の掃除と洗濯の一部。そして、俺の買い残したメモで食材の買出し。等の家事を行ってくれる。
「父さん、簡単なものは、もう洗濯機回してあるから」
「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、後で干しておきますね」
「うん。頼む」
そして、父の影に隠れるように立つ女性は、母・桜子。小柄で昔は美女としての面影のある顔。今は、歳の所為か若干の豊齢線が目立つスッピンだが、化粧をすると本当に化ける人だ。
「峻、コーヒー頂戴。それと、おはよ」
「おはよう。また、そんな用件だけを短く。それと挨拶はついでか」
夜勤のある仕事でバリバリのキャリアウーマンと呼ばれる種類の人間で、職場では人の尊敬を集めるような人物らしいのだが、一度家に帰れば、その反動からかやる気の無いオーラを全身から放つ。父の脱力系のオーラとは別に、気力を失うオーラを纏う。そうかと思えば、思い出したかのように俺たちに甘え、父と共に俺たちを溺愛する。
家事の洗濯と食事を担当している。
余談なのだが、可愛い物、面白いものは、種類関係なく割りと好きな可愛い人である。
「今日は、私は休みだ。だから、朝食食べたらまた寝る」
「はいはい。お昼は食材が冷蔵庫にあるから自分たちで作ってね」
「うぃ~」
どうやって、この穏やかな気質の父と無気力系な母の下で、自分たちのような子どもが生まれたのか。謎である。
いや、姉の静姉ぇは、父親の穏やかな気質を受け継ぎ、妹の美羽は、母の可愛い部分を受け継いだと考えられる。そうなると、自分は、父の苦労人気質と母のオーラの一部を受け継いでいると考えると……うん。やっぱり、二人の子どもだ。
「お兄ちゃん、顔洗ってきたよ。って、お父さん、お母さん。今日は起きたんだ」
「おはようございます、美羽さん。私は、今日家での仕事なので……」
「おはよう、美羽。はぁ~、家の中に可愛い息子と娘が居るのって幸せだわ~。峻、美羽。撫でさせろ」
「ちょっと、お母さん!? くすぐったい!」
まぁ、朝の光景である。俺は、伸ばされた母の手にコーヒーカップを突きつけ、それぞれのテーブルに食事を用意する。
トーストにジャム、ベーコンエッグとレタス。それとチーズ。まぁ、軽めの朝食で足りない人には、ソーセージを茹でたり、トーストの量を増やして調節している。
「父さん、足りる?」
「そうですね。トースト二枚追加。それと、ソーセージ三本」
「お兄ちゃん、私は、トースト一枚とソーセージ二本」
「コーヒーうめぇ~。峻、おかわり」
「はいはい」
立ってる者は、親でも使え。と言わんばかりに俺に用件を言ってくる三人。まぁ、何時もの光景を横目に、追加の朝食を準備し、弁当にご飯を詰めて、おかずを揃えていく。
弁当にご飯を詰める際、すぐに蓋をしてはならない。ご飯が温かいまま蓋をすると蓋に水滴が付いたり、おかずと一緒に入れると傷みやすくなる。
夏場なんかは、そのまま、おかずが傷んで食中毒の原因になったりもする。なので詰める場合、十五分から三十分くらい放置してから蓋をするのがベターだ。
「さて、準備も出来たし、食べ始めるか」
「じゃあ、家族揃ったし、久々に」
「「「「――頂きます」」」」
一応、習慣としての食事の挨拶。
それにしても毎度、食事の食べる量を見ると思うが、俺と母さん。そしてこの場に居ない静姉ぇの食べる量は普通だが、父さんと美羽の食べる量は、俺たちに比べて多い。
その点では、美羽は父に似たんだな。と思う。
「そう言えば、峻と美羽。もうじき学園祭だけど、あんたら何やるの?」
ずずずっ、とコーヒーを飲みながら、聞いてくる母。片手には、携帯端末が握られ、目ぼしいニュースをそれでチェックしている。
「俺は、休憩所を兼ねた喫茶店。美羽は?」
「私のクラスは、地域文化の展示だよ。だけど、外で屋台もやる」
「へぇ~。定番ね」
学校の規模を考えるとそこそこな予算が組めるためにある程度大きなことは出来る。クラスによっては、校門から入り口までの通りに出店を構え、クラスでは別の展示をやる。俺のクラスは、部活や委員会が比較的に多いために、クラスで喫茶店一本に絞っているが、シフトの関係でそこまで忙しくない。
「アキ。どうする?」
「そうですね。今まで、直前まで仕事で分かりませんでしたけど、いけると思いますよ」
「私も問題ない。じゃあ、行くか」
結構あっさり。そこが我が家の母親であることは間違いない。
「そう言えば、それぞれどのような出し物をするんですか?」
父は、言葉の少ない母に代わり、話題を上手く広げる。こういう二人だからきっと上手くいくんだろうな。などとどこか遠くで思ってしまう。
「俺は、ケーキと飲み物売って、手作りのクッキー焼いて売るだけの店だ」
「私のクラスの地域文化展示って、地味だから見ても面白くないかも。まぁ、みんな展示よりも屋台に力入れているよ。突き抜けた感じの屋台」
「そうか……何を売るんだ?」
「クレープ屋台。突き抜けた感じを演出するために、味じゃなくて、店員で勝負するんだ。女子中学生のメイドクレープ屋台」
「それはまた……羞恥心を露にする姿が見れるな」
母の人の悪い笑みがコーヒーカップの陰から見て取れる。愉快そうに歪められた口元を見て俺は、名も知らぬ美羽のクラスメイトに合掌する。
「で、峻さんの方は、全て手作りですか?」
「いや、ケーキは、近くのケーキ屋に相談して、学園祭用のケーキを納品して貰う予定。俺たちが用意するのは、衣装とドリンクと後は手作りクッキーだけ」
「ほうっ、つまり、峻が女子の衣装を……」
「母さん、またその定番の茶化し……全力で回避した」
何だ、つまらん。とすぐに興味を失ったのか、僅かにこちらに向けていた視線も携帯端末へと向き直る。
「俺の配置は、クッキー作りと会計。クッキーは、会計の時にお土産として売るものだ。ちなみに、一袋百五十円」
「そうですか。じゃあ、峻さんのクッキーを食べに行きましょうか」
「いや……絶対に俺の物とも限らないって。他にも同じ担当の人が居るんだから」
「では、当たるまで買いましょうか」
何? 当たるまでって。と言うか俺のが当たりなの? そもそも当たりって何さ。さらっと買占め宣言しないで欲しい。
冗談だよな。そのニコニコと優しそうな笑みは全然冗談言ってる風には見えないけど、冗談だよな!
「こら、アキ。峻の顔が面白いようにコロコロ変わってるじゃないか。少しは冗談は自重しろ」
「すみません、峻さんはいい表情をするので」
「……ああ、冗談なのね。良かった」
安堵の溜息が漏れたが、すぐに目の前の朝食に集中する。学校には十分間に合うが、食べる速度の速い美羽に遅れないように食べていく。
しばらく、俺たち二人を親が楽しそうに眺めているのを無視して、食べ終わる。
「ご馳走様。美羽、鞄取りに行ったらすぐ出るか?」
「うん、行こうか。お弁当は?」
「そこに置いてある。忘れるなよ」
俺たちは、自室の鞄を持って、弁当を鞄に仕舞い家を出る。
「学園祭の準備楽しみだねお兄ちゃん」
「俺は微妙だな」
年に一度のお祭り、とは聞こえは良いが、用意するほうは受ける側の想像の数倍のことを準備に費やす。
配置決め、シフト、料金設定、メニュー考案。細かいところで無駄を無くす努力を今日まで費やした。主に、俺を含めるクラスの三人で。
クラス委員と学園祭実行委員の二人。主な計画立案はこの二人で俺は役職は無いのだが、なぜか泣いて相談された。必要だけど気が付き難い点や計画困難な部分などを教えただけだ。
「まぁ、無理が無い程度には、計画が立ったかな」
「当日、お兄ちゃんの喫茶店に行っていい? お兄ちゃんの奢りで」
「ダメ。その代わり、準備の練習で作るクッキー持って帰ってきてやるから」
「わーい!」
「ただし、美羽のクラスメイトにうちの喫茶店を宣伝してくれよ」
「了解であります!」
他愛の無い会話をしながら、俺たちは余裕を持って学校へと辿り着く。日常だけど少し浮き足立つ非日常の混じる学園祭前の雰囲気の学校へ。