Sense101
(おおっ? 気持ち良さそうに寝てるね)
誰だろう。頭の上から声が降りてきている。少し声量を抑えた感じのために、ぼんやりと半覚醒の頭では意味が理解できない。
(そうだね。起しちゃ悪いし、また来ようか)
待った! 今起きる。と頭では言うが身体が付いていかない。そして、動悸のような苦しさで頭の前の部分が重さを感じる。だが、それもそこまで、閉じた瞼からでも柔らかな光に包まれるのが分かる。包まれた端から身体の苦しさがスッと抜けていき、再び規則的な寝息を始める。
(あっ、苦しそうだったのに、また落ち着いたね)
また、落ち着いた? またってことは二度あったってことだろうか。
俺は、重い瞼を何とかこじ開けようとして、意識を覚醒へと向かわせる。
「……んっ」
「あ、起きたんだ、おはよう。いやこんにちはかな?」
「……おはようございます?」
顔を上げると、良く見知った二人。生産職仲間のマギさんとリーリー。この二人だけと言うのは珍しい。そして、アトリエールに直接来るのは初めてではないだろうか。
二人が来て珍しいものの無い、印象としては目立たない小さな雑貨屋なのだが。
「ユンくん、寝るならゲームで寝ないで現実で寝なきゃ」
「えっ? あっ、すみませ……」
また、遠退く意識。しかし、話の途中で倒れる前に、ザクロの小さな身体から繰り出される弱い体当たりで意識を戻された。
「忘れてた。装備したままだった」
慌てて装飾品の装備をすべて取り外し、マギさん達に向き合う。
話している途中でまた倒れたりしたら、問題だ。
メニュー画面で色々と情報を得たが、最後に意識が途切れてから二時間ほど時間が経っている様だ。
「すみません。色々と……」
「ううん、別に良いよ。私としては、ユンくんの寝顔を堪能できたし、涎を垂らしたり」
「えっ、嘘!」
「……嘘だよ」
って、どっち! 嘘なの、本当なの!? 慌てて口元を手で押さえるが、そもそも涎って垂れるのか? 何が真実なのかが分からなくなる。
「マギっち、冗談はそれくらいで用件」
「そうだね。うっかり忘れていたよ」
年下のリーリーがかなり大人に見えたよ。あのままだったら話が逸れていたと思う。
「それで、用って何ですか?」
「うん。ついに! ついに、ギルドの目処が立ったんだよ! 来週に設立で再来週にイベントを少し企画してるんだよね」
ついに、か。俺は、外野でノータッチだったが、マギさんにリーリー。それにここにいないクロードの三人を中心に、長期持続できる互助的な生産ギルドの設立を目指していた。
システムの構築やギルドのメンバー以外も活用できる場所、素材アイテムの売買、組織として話を詰めるのに時間が掛かり、支持者を集めるのに時間が掛かった様子だ。割と細々と影に隠れる印象の生産職が一つのギルドに希望を持っているのは肌で感じられるのは感慨深くある。
「設立は来週って分かりますけど、どうして再来週にイベント? 急じゃないですか? まぁ、リアルと違って労力は幾分か楽ですけど」
「十二日後にVR機の追加販売でその二日後。だから……」
「ああ、なるほど。それに合わせて」
新規プレイヤーたちを生産職に取り込む算段か。他のギルドでも初心者支援だとか、色々と謳って、人を集めているようだ。生産職のためのギルド、となれば、最初から生産職に興味のある人間を引き付けるには丁度良さそうだ。
既存プレイヤーは今更、生産職に転向しないし、今の生産職は大体加入をする、しないに関わらず活用はするだろう。
露天や店を持たない生産職は、工房部だけをどこかで借りてアイテムを作り、ギルドに持ち込んで、オークションをしたり、指定した金額で売ったりと、色々だ。
まぁ、その辺のシステムは、人ではなくギルド専用のNPCを立てて運営させることが出来る点では、プレイヤーの生産時間が運営に奪われないで済むと思われる。
NPCには、マニュアル以外の行動は取らないように指示されているので、たとえギルドマスター。そうマギさんでも、不正は出来ないように設定してある。
そう、誰もギルドを私物化できないように入念なマニュアル作成に時間が掛かったのだ。あとは、他にも設立資金と運営するために必要な素材と資金などの準備には思いのほか時間が掛かっていた。
「それにしても、マギさんがマスターか」
「本当に、どうしてこうなったんだろうね? サブマスは、クロードだし。私全部クロードに押し付けちゃうよ」
笑うマギさんに対して、俺は、良いんじゃないですか? と賛成。
「まぁ、クロードが人の頭に立つよりは、印象的で明るい人物がトップの方が分かりやすいですしね」
「あー、分かる。クロっちって影の支配者とか、参謀とかの役が合いそうだよね」
「分かる分かる。計画通り。とか、マギなど所詮人形に過ぎん。このギルドの支配者は俺だ! とか言ってそう。私は、人形かぁ」
妙に、しみじみと呟くマギさん。いやいや、あなたは人形じゃありませんよ。立派な鍛冶師です。
「それで、そのクロードは?」
「クロっちは、別の生産職の人たちに報告と挨拶回りしてるよ。今日から色々な所でイベントの告知が始まる予定。で、僕らは僕らで回っていてユンっちの所に来たって所かな」
小まめだな。と呟く俺に対して、二人は、色々と眺めている。
「初めて来たけど、良いお店だね。まさに隠れた名店って感じで」
「そうですね。自虐的に言うなれば、NPC店舗に限りなく近い店ですから」
「そんなこと無いよ。ユンっちは、色々と目立つよ」
そういうが、自分自身では、目立つ要素は、無い。いや、悪目立ちはしているが、他の輝かしい派手な戦闘をする人たちに比べれば、記憶の片隅に居る程度だろう。
「まぁ、狩りに出ないときは、店に居ることが多いですけど……そこまで客を呼ぶほどじゃないですよ」
「うんうん、そうだよね。お店の看板はやっぱり、ユンくん自身だよね」
「これが、世に言う看板娘!」
「だから俺は……はぁ、俺見たさに来るよりも、同類って奴ですよ」
何度目かの溜息が漏れる。
この店に初見で来る人は、殆ど居ない。主要な施設は、南以外に集中しており、無意味のレッテルを貼られた畑を購入する人は何人居るだろうか。まぁ、多少はネタアイテムとして持っているグループは存在するが、個人でこの辺に店を構えるのは、本当に少数だろう。
来るのは、狩りをそっちのけで町巡りの雰囲気を楽しむような人だ。
そんな人が、へぇ~、こんな所にNPCの店が。とか言いながら入ってくるのを眺めて、リゥイとザクロを見ると、これがあの【アトリエール】か。こんな所にあったんだ。と有り難いんだか、有り難くないんだかの言葉を頂いた。それに、あのってどういう意味なのだろう。
「それで、マギさん達は、挨拶以外にも用事があるんでしょ」
「やっぱり、分かっちゃうか」
照れるように言う二人は、すぐに本題を告げてくる。
「実はね。イベントの一つに腕自慢の生産職と戦闘職を集めたバトル大会を開催する予定なんだよ」
「ルールは、回復薬禁止、制限時間は五分のPVPの予定。それで、参加者募ってるんだ」
「それって勝ち目あります?」
どう考えても、生産職に勝ち目は無いみたい。俺のヴィジョンの中には、兵であるミュウやセイ姉ぇ、それにタク。なんかと対戦して一方的な蹂躙しか想像できない。むろん、負ける方向性で。
「大丈夫。生産者だけを集めたマイスタークラスと戦闘職だけ集めたバトラークラス、それとバトラークラスと掛け持ち出来る混合構成のマスタークラスの三つを用意したから」
「それなら俺は、マイスタークラスですかね? まぁ暇だったら参戦します」
「ユンっち頑張れ! ちなみに僕は、マスタークラスに参加。マギっちとクロっちは実況解説だよ」
ギルドのツートップ解説か。豪勢な戦いになりそうだ。
「それとね。解説に、各店舗の紹介を挟んだり、休憩には、店の紹介をするんだよ!」
「……徹底してるな。まぁ、俺も二週間後に向けて狩りや何かして、鍛え始めるか」
「そうだね。武器の調整とかが必要なら、僕の所に」
さり気無い宣伝に苦笑を浮かべ、二人は店を後にする。他にも回る場所があるようだ。
去った後の静けさに、ほっと溜息が漏れて、何の気なしにステータスを開く。
「あー、状態異常で寝てたのか。やっぱり、誰かに見てもらわないとダメだな」
五種類のレベルが軒並み6レベルに上がっていたのは、低レベルの所為か、それとも、経験値的なものが低めなのか。この調子ならすぐにでも消費したSPは回収できるのではないかと思ってしまう。
「まぁ、あまり根を詰めてやると良くないし、今日はこれ位にして落ちるか」
一つ背伸びをして、俺はOSOからログアウトする。
リアルでも忙しいし、ゲームも楽しい。全く、随分と世間一般とは離れた充実な日々を得てしまったと自虐的に笑い、目を覚ます。