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rotoio人外ものシリーズ

いずれはあなたの顔までも

作者:riki
 異世界転生しちゃって《人魚》とか、夢があるよねーと思った人。あなたこそ夢見がちだー!
 世の中そんなに甘くない。考えてみて?
 海中にお城がありますか、王侯貴族がいますか、人魚にセレブがいますか!?

 わたしが異世界で産声をあげたのは人魚としてだった。
 女性が人魚なのはいい、でも男が魚人ってどういうこと!? 体はヒョロイのやらマッチョまで、中には好みの体型もいれど、全員頭部が魚。
 ありえない。マグロだろうがオコゼだろうがエンゼルフィッシュだろうが関係ない。顔が魚とか、ギョメン、無理。
 なまじ日本人の記憶があるから悲惨だった。わたしは異世界で恋人いない歴イコール年齢というキャリアを着々と積み上げている最中だ。本当はジェンガみたいに崩れたいのに。キャッキャと恋バナに花を咲かせる人魚たちを横目にギリリとコンブを噛みしめる。

 『あの人の鱗の色、ヤバくない!?』……新鮮で美味しそうな銀色ですね。食欲的にヤバい。
 『あの人の瞳、深く澄んでて吸いこまれそう!』……死んだ魚の目、とは言わないが、一万歩譲ってもただの魚の目だあーっ!!
 『あの人に偶然触ったの! 皮膚がヌルッとしてて超ときめいちゃった!』……そこときめくポイントじゃないよね!?

 人魚は童話に違わず美女や可愛い娘ばかりだからか、よけいに魚人とのギャップがね……。
 カップルが仲良く泳いでいる姿が、B級ホラー映画に見える。
 可憐な人魚が「怪人!魚男!!」に追い掛け回されているように錯覚する、この日本人思考をどうして神様はなんとかしてくれなかったの。らぶらぶキスシーンとか「喰われるってー! 超逃げてー!」な絵面で通報したくなる。
 精神だけ異種族のわたしは、このままひとり寂しく海底の砂になることを覚悟していた。



『ミーハ。ビスラドの岩場の海流があたたかくて気持ちいいんだ。今夜は月が明るいし、遠泳に行かない?』

 今日も今日とてボッチでディナー(サザエさん)を食していたら、思念で話しかけられた。
 彼の名はシャイ。なぜかわたしにかまってくる存在だ。
 わたしは成人して三年。三年もつがう相手が見つけられない人魚なんてまずいない。容姿うんぬんではなく、人魚や魚人は繁殖期になるとムラムラして、そこに鍵穴と鍵があれば差し込んでしまいたくなる衝動がつきあげてくる。
 わたしは三度の繁殖期を海底のコンブに埋もれて過ごした。身体の奥がムズムズと熱くはなったけれど、魚人の顔を見ると「ないないアレはないっ」という気持ちになって、番う相手を見つけられずにいた。

 ところが、そんなわたしにもついに、春(なの?)がやってきた。
 稚魚のころから不思議とわたしに懐き、貝の割り方や小魚の追いかけ方などを教えてあげた少年。彼は成人を迎えた日からわたしの番いとして名乗りを上げてきたのだ。
 性格は素直で勉強熱心で、行き遅れのわたしにまでかまってくるのだから面倒見も良い。
 ボディも合格。というか、ストライク。しなやかだけれど筋肉におおわれた肉体。細マッチョが好きなんですよ。ムキムキすぎると引いちゃうので、わたしはこれくらいが好み。張りのあるなめらかな肌は、今年成人を迎えた若人の特権的輝き。背骨に沿ってひらひらと動いている背びれ、腰骨から三角定規のようにひらめく腰びれ。人魚や魚人は人間と違って下着を身に着けないので、中心に鎮座まします逸物もオープンに揺れている。立派だ。拝んでもいい。
 性格も体も文句のつけようがないぐらい好みなんだけど。

 アジな顔をしている。
 言葉のあやじゃなくて、文字通り頭部が鯵なのだ!!

『ミーハ? 機嫌悪いの?』
『……いいえ、せっかく誘ってくれて悪いけど、今日はやめておくわ』
『じゃあ明日? 昼でもいいよ?』
『……明日も、一日中都合がつかないかも』

 ギョロリ、と動くシャイの目玉。丸い目に浮かぶ感情を読み取れるのも付き合いの長さだろう。落胆とか不安とか、わたし相手に感じる必要なんてないのに。
 シャイは活きの良い鮮魚なので、わたしなんかにこだわらずとも相手は選びたい放題だ。素直なところが年上人魚に受け、面倒見の良さが年下人魚に受け、今もっとも番いたい相手として人気絶頂のフレッシュ魚面イケメンらしい。
 人間は顔じゃない。外見で差別するなんて何様だよと自分でも思うけど、こんないい子を振るとか一生を棒に振ってるよとか思うけど、でもね……人間の顔じゃない。

『いつなら行ってくれるの?』
『先の予定はわからないわ』
『それって、僕と出かける気はないってこと?』

 一回断ったらあきらめるのに、今日は食い下がってくる。わたしは途惑ってシャイを見つめた。

『もうわたしにかまわないでって言ったでしょう? シャイにはもっとふさわしい娘がいるからって。キュリーは? 彼女なら今年成人であなたと同じ歳だし、ちょうどいいんじゃないの?』
『――僕にふさわしいのが誰かって、どうして他人が決められるの』

 シャイが吐き捨てるように言った。
 周りの海水温が一気に下がった気がした。パクパクと開閉する口の隙間から、並んだ歯が見える。近眼のシャイはわたしにグッと顔を寄せてきた。魚人の首は可動域が狭いので、体ごと屈んで覗きこんでくる。威圧感に逸らした顔を、シャイの手によってふたたびまっすぐにされた。彼の目は底なしの闇のように黒く、静かに見つめてくる。

『僕はあなたが好きなんだ。他のどんな人魚もいらない。……欲しいのはあなただけだ、ミーハ』

 すがるように細くなる思念。
 瞼という彼の持たない器官を使い、視線をシャットダウンした。
 ――深く澄んでて吸いこまれそう。
 まさか共感する日がくるなんて思わなかった。

『お願いだから、僕の番いになってよ』
『……シャイは繁殖期だから、そんな風に思っているだけよ。なにか勘違いしてない? あなたの面倒を見ていたのは、わたしが暇だったからよ。自分の暇つぶしに付き合ってくれる存在だから、餌の取り方とか海流の読み方を教えただけ』

 魚人は肩から下が人間なので、稚魚のころは人魚の子より泳ぎが下手だ。小魚をどこに追い詰めたら捕まえられるか、海水の流れに乗って効率よく泳ぐ方法、背びれや腰びれの動かし方、ひとつひとつをシャイに教えた。前世の記憶があるせいで価値観の違う人魚となじめずにいたわたしは、無心に懐いてくるシャイの存在にとても慰められていた。

『あなたは暇をつぶせるなら、誰でもよかったと言うの?』

 感情のこもらない言葉は、咎められているのか単なる質問かわからなかった。

『一緒に過ごすのがシャイでよかったとは思うわ。だけど、もうわたしの傍にいる意味なんてないでしょう? 餌も取れるし、泳ぎは巧みだし、荒れた海でもひとりでやっていけるわよ』
『僕が生きる術を教わるためだけに、あなたの傍にいたと思っているの?』
『わたしが暇そうだったから声をかけたんでしょう? 気にしないで、失礼なんて思ってないから』
『失礼なのはミーハの方だ!』

 突然強い思念を叩きつけられ、ビクッとした。目を開けるとシャイの顔は鼻先が触れんばかりに近づいていた。人魚のものより何倍も大きな目は中心に寄り、鬱屈した感情が渦巻いている。

『僕が好きと言った言葉の意味がわかってる? もうあなたしか見えないのに。三年前、あなたが成人を迎えて僕は気が気じゃなかった。どうあがいても年齢差は縮まらない。誰がこの銀色の尾に触れるか、この黒髪を梳くのか、嫉妬に胸が張り裂けそうだった。コンブの森にあなたが隠れたとき、僕はその痕跡を慎重に隠したよ。そしてあなたを探す奴には嘘を教えた。隣の海域まで探しに行った先で別の人魚と番ったそうだけど、やすやすと海域を超える男にまた嫉妬した』

 初耳だ。海域を超えることは、成人した人魚や魚人であっても危険を伴う。
 よほどわたしが間抜けな顔をしていたのか、シャイは吸いこんだ海水を吐き出した。魚人の溜息がゆるゆると肌を撫でる。少し横を向いた彼の頭部。顎や鰓の方は銀色に輝いていて綺麗だった。

『嫌だな。追い払った男があなたの気を惹くなんて』

 今見とれていたのはシャイの鱗だったことは黙っておいた方がいいみたいだ。
 拗ねた鯵の機嫌をとったことがないので、とりあえずポンポンと腕を叩いた。稚魚のころに彼の頭を撫でたとき、鯵たる証の稜鱗が手に刺さって以来、シャイはわたしが頭を撫でようとすると避けるのだ。
 ……これが一生の不覚になるとは。
 シャイの手に力が加わった。頬に触れていただけの大きな掌は、顎まで包み込むように指を広げ、わたしの顔を固定した。

『ねえ、僕はずっと疑問だったんだ。ミーハは意識的に僕ら魚人の顔を見ないようにしてるよね? 人魚の顔は普通に見るのに。でも彼女たち、違うな、自分の尾びれを見るときも複雑な顔をしている。魚は抵抗なく触るし食べるのに、変だと思っていたんだ。ミーハは顔が魚じゃない、身体に尾びれがない、人間が好きなの?』

 ご推察の通りです。
 右上を見て、左下を見て。キョロキョロと視線を彷徨わせるだけのわたしに、『やっぱり』、と確信を得たらしい思念が降ってきた。

『じゃあなにも問題はないよね。今から交尾しよう』
『はい……?』

 ちょっとクラッときたけれど、やっぱり相容れないよねーという話ではなかったの!?
 呆然としていたらシャイの腕に力強く引き寄せられ、ぐんぐん海面を目指して泳いでいた。海の中にはおぼろげにしか届かない月光も、海面が近づくと眩しいほどだ。
 今夜は満月。繁殖期の人魚や魚人にとって、一番性的欲求が高まる日だ。
 ざば、と海面に顔を出したところでさすがに我に返った。

「ちょっ、ちょっとシャイ! どこに行くの!?」
「とっておきの場所があるんだ」
「イヤイヤイヤ、それはきたる日のためにとっておきなさいっ」
「あはは。上手いね、ミーハ」

 洒落じゃなく!
 海から出て聞いたシャイの声は低くてわたし好みだけれど、悠長に声変わりを祝っている場合ではない。
 抜け出そうとしても魚人の怪力はわたしを捕らえて放さず、尾びれをくねらせたところで腰をがっちり掴まれていてはビチビチと彼の足を叩くのみ。そのまま岩場に着き、シャイが浅瀬に立つとわたしは抵抗できなくなった。
 だって人魚の足は尾びれですから。
 わたしを横抱きにすると、シャイはためらいなく岩場に上がった。ずんずんと勝手知ったる者の足取りで突き進み、やがて木立の間にぽっかりと空いた空間で足をとめた。地面は岩から下草の生えた土に変わっている。丁寧な手つきで地面に下ろされたけれど、這いずって海に戻るには相当距離がある。
 わたしは怒りに任せてビタン!と尾びれを強く地面に打ち付けた。

「やめて。あなたの鱗に傷がつく」
「そう思うなら海に帰してよ! 陸の上に連れてきたりなんかして、人魚の干物でも作る気なの!?」
「ミーハは繁殖期を誰かと過ごしたことがないから、知らないんだね」
「なにを? というか、どこを触ってるの!!」

 シャイはわたしの腹部を撫でながら言った。そして「えい」というなんとも軽いかけ声で肩を押す。彼は弱く押したのかもしれないが、わたしは仰向けにひっくり返った。さっと差し込まれた腕によって後頭部を打たずにすんだけど、気遣うべきところはそこじゃなく、いきなり押し倒したところじゃないのかと小一時間。

「僕らの臍には真珠が埋まってるでしょう。それをね、お互いに交換するんだ。相手の真珠を自分の臍に埋める」

 人魚や魚人には生まれつきお臍に真珠が埋まっている。それは自分のお臍にもあるから知ってましたが。
 あれって、取れたの?
 素朴な疑問はコロリと肌の上を硬質なものが転がった感覚で解決した。
 まったく痛くなかったから抵抗も忘れてしまった。月光で象牙色がかった真珠がわたしのお臍からこぼれて、シャイの手に。同じくシャイのお臍から離れた真珠は、わたしのお臍に軽く押し込むように埋められた。
 瞬間、カッと身体が燃えるように熱くなる。
 電気のような痺れはこめかみから尾びれの先へと走り抜け、ハッと荒い息がもれる。

「……いきなりなにするのよ!?」

 キッとして睨んだそこに、鯵な顔の魚人はいなかった。
 青みがかった黒髪にはメッシュのように銀色の房がまじっている。澄んだ黒い瞳は底がないように深くて、じっと見ていると心ごと吸いこまれそうだ。高い鼻を辿った下、唇が薄く開く。
 ぼんやり見上げると、青年はシャイと同じ低い声で喋った。

「――僕の顔はあなたの好みに合うかな? そうであれば、これ以上ないぐらいに幸せだけど」

 やや目尻の垂れた黒い目が細められる。魚人は表情をとりつくろうことを知らないらしい、感情をそのまま表に出すなんて。不安、期待、喜び、愛じょ……心臓に悪い。彼がまだ鯵の頭だったときにぶつけられた思念と行動を思い返すと悶え転がりたくなる。魚の表情が読めなくてよかった。とても平常心ではいられない。
 とろけそうに甘い微笑みを見ていられず、下を向いたわたしの視界に銀色の尾びれはなかった。
 あー……、うん。
 人魚と魚人がどうやって繁殖するのか、だいたいわかりました。

「たぶん忘れているよね。僕があなたについて回っていたのは、稚魚だったころにあなたに命を助けられたからだよ。それはあなたを愛するようになったきっかけにすぎないけど。恩返しがしたくてあなたの周りを泳いでいたら、餌の取り方や色々なことを教えてくれた。変わり者だと言われてるあなたが誰より優しいのを、僕だけが知っている」

 精神が異種族というわたしが、人魚の群れから浮くのは仕方がないとあきらめていた。自分から引いた一線を越えようとしなかったくせに、飛び越えて傍にきてくれた存在がたまらなく嬉しいなんて、わたしは救いようがない。
 自己嫌悪に呻くわたしの注意をひくように、シャイがわたしの手を握った。お互いの水かきがなくなり深く繋がった指は、彼が腕を引くとつられて動く。
 手の甲にチュッと口づけられた。
 肌に触れる吐息と唇の熱。流れる血に温度が宿ったことを身をもって知った。

「もう僕の全てはあなたに捧げているから、今夜はあなたをもらうことにする。……本当に嫌なら断って」

 横暴だ。思念の使えない身体は、唇を塞がれると話せなくなるというのに。
 仕方がないので舌を絡めることで返事にかえた。



 番ってみればシャイは溺愛といっていいほど愛してくれて。
 今ではわたしも、お腹の子はシャイに似た鯵頭がいいなー、なんて思うぐらいに彼を愛してます。

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