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ドラゴン・ロード

戦闘シーンがないと作者のモチベーションが上がらないので、強引に挿入。

カリーニン帝国サイドの話です。


 エレメンド市に敵襲。市街地炎上中。


 その第一報が、カリーニン帝国がウラジーミ属州駐留軍司令部にもたらされたのは、3月19日の14時15分のこと。報告を受けた当直指揮官は仰天した。同市には第三皇女が滞在中であるからだ。

 仰天した当直指揮官は、しかし、ただ仰天していたわけではない。直ちに反応した。

 司令部スタッフ全員を招集。同時に、エレメンド市近郊の演習場にいた第527歩兵連隊戦闘団を同市に派遣。


 この連隊戦闘団は、たんなる演習のためにそこにいたわけではなかった。ウラジーミ属州のような辺境に、皇族が来訪するのは極稀。この為、皇女殿下に万一のことがあってはならぬと、属州総督並びに属州駐留軍司令官の命令によって、あらかじめ配置しておいたものだ。

 エレメンド市そのものに連隊戦闘団を配置せずに、山を越えた演習場に配置したのは、昔からある設備を利用して兵を配置した方がやり易いという運用上の利点と、第三皇女が過剰な警備を好まなかったことによる。



 一方、命令を受けた連隊戦闘団本部。こちらは軍司令部からの命令を待つまでもなく、既に戦闘準備を行っていた。当然である。無線機が突如として使用不能になるとともに、山向こうのエレメンド市からは砲声。さらに言えば、エレメンド市に分派しておいた歩兵中隊からは、有線回線を通じて悲鳴のような応援要請。


 連隊長は、連隊戦闘団全力でエレメンド市へ急行することを決意。演習のために分散していた各部隊を呼び集めるべく、伝令を各所に走らせる。……もっとも、砲声を聞いた部隊長たちは、演習を中断。戦闘団本部に合流したため、これは無駄に終わるが。


 同時に、連隊長は第3騎兵中隊を斥候として先行させる。

 この騎兵中隊の本来の所属は、第56騎兵連隊。第527歩兵連隊固有の部隊ではない。連隊戦闘団を編成するにあたって、騎兵連隊から分派されたもの。

 同連隊は、従来型の騎兵連隊から脱却し、戦車部隊へと改編を終えた戦車型騎兵連隊――面倒臭いことに帝国陸軍には、騎兵主体の従来型騎兵連隊と、戦車部隊である戦車型騎兵連隊が存在。その上、それだけでも厄介極まりないにもかかわらず、一部の騎兵連隊においては、従来型騎兵中隊と戦車型騎兵中隊が併存、等という訳の分からない事にもなっている。


 ――戦車が来ると思ったら、馬が来た。

 ――騎兵連隊が来ると聞いて馬用の糧食を準備していたのに、到着したのは戦車連隊。


 このようなエピソードには事欠かない。

 悲劇というべきか? はたまた喜劇と評すべきか?


 まあ、娯楽に飢えている庶民からすれば笑っていればいいのだが……軍司令官や参謀たちにとっては悪夢そのもの。

 多数の現場司令部からの抗議を受けた陸軍参謀本部にはしかし、イニシアチブが不足していた。上級将官や政治家、高級官僚の間にある、どろどろとした人間関係――個人的な反目や、政治的駆け引き、恐喝、懐柔――によって機能不全。

 悪態と呪詛の言葉を吐き続ける現場の不評をものともせずに、この奇妙な“騎兵”制度は改められることがなかった。


 さて、そんな第3騎兵中隊。ヘクタルス軽戦車10両からなるその機械化部隊は、あっと言う間に未舗装の悪路を走破。峠を越え、稜線からエレメンド市を見下ろす。


 そして目撃した。


 エレメンド市が襲撃を受けている様子を。

 襲撃者たちの装備は前近代的。剣や槍。弓で武装。馬に乗った騎兵が逃げ惑う人々を追いかけまわり、ランスで胴体に風穴を開ける。人間だった“もの”に貪りつく豚顔の怪物。煌びやかな甲冑に身を包んだ男が、並べられた住民たちの首を次々に撥ねていく。


 それらの光景に騎兵中隊員たちが絶句すること暫し。やがて中隊長は、自らの任務を思い出した。自らの精神に喝を入れた彼は、皇女の仮住まいとなった別荘へと視線を向ける。


 そして、絶句する。



 別荘は炎上。燃えさかる別荘のすぐ側には、巨大な爬虫類。全長五十メートルはあるだろうそれ。神話やおとぎ話に出てくるような、ドラゴンの姿。






******





 “それ”は退屈していた。


 “それ”の種族名を、人間たちはドラゴン・ロードと呼ぶ。普通の人間にとって、ドラゴンは圧倒的な存在。巨大な体躯に、強靭な肉体。剣も弓も通用しない強固な鱗。一噛みで城砦を砕く、人外のあぎと。それだけでも人間には手に負えないのに、ドラゴンは空を舞い、炎を吐く。

 そんなドラゴンの上位種、それがドラゴン・ロードだ。


 恐れるものなど何もない、天空の支配者。神の化身。“それ”が敗れたのは、ただ一度。500年以上も前のこと。

 いつものように気紛れに飛行。思いつくままに毛無猿ニンゲンたちの集落を襲撃していたところ、小癪な毛無猿の逆襲にあって敗北したのだ。


 その毛無猿は、自分を聖女だと告げた。聖光教会なる団体の幹部らしかった。“ポチ”という屈辱的な名前を付けられ、首輪を付けられた“それ”は、以来、教会に逆らえなくなった。

 ポチが逆らおうと、首輪が絞まって息が出来なくなるのだ。何度も引き千切ろうとしたが、その度に失敗。その首輪は、一撃で城砦を崩壊させるほどの硬度を持つドラゴンの爪をもってしても、全く歯が立たないのだった。


 こうして、聖光教会の便利な尖兵に成り果てたは、この日も布教のために異世界へとやって来ていた。

 もっとも、布教と言っても、大したことをやるわけではない。異世界へと赴き、毛無猿の集落を襲い、猿どもを殺すだけ。大空の支配種族であるポチからすれば、実に簡単な仕事。


 そして、今回もそうだった。回廊を通ってこの地へと到着したポチは、ざっと周囲を見回す。海。そして、陸。

 海に浮かぶのは小舟ばかり。ポチはすぐに興味を失う。一方の陸側、そこそこの規模の街が見える。そして、その街を見下ろすように山腹に立ち並ぶ、立派な邸宅の数々。


 あれにしよう。

 ポチは獲物を決めた。無数の邸宅の内の一つ。ひときわ大きなもの。


 GHYAAAAAAAAAAAA! と咆哮。眼下では毛無猿ニンゲンたちが何やらわめいているが、無視する。

 一直線に獲物へと向かう。


 ん?

 と、ポチは思う。獲物に近づいたとき、邸宅から何かが飛んでくる。石弓のようだ。どうやら、邸宅の守備兵たちが、こちらを迎撃しようとしているらいい。

 だが、脅威ではない。カンカンという固い音。ポチの分厚い鱗は、あっさりと守備兵の攻撃をはじき返す。


 その守備兵たちは見たところ、一匹の毛無猿を守るように円陣を組んで展開。そして、邸宅の近くには魔導馬車の姿。円陣は、魔導馬車へとじりじりと近づく。

 ふむ、とポチは思う。どうやら、この場から逃げ出そうとしているようだ。


 ふっ。取り敢えず、あれを捕虜にでもするか。


 ポチは当面の方針を決定。ブレスを発射。魔導馬車を炎上させる。炎にあぶられ、逃げ惑う毛無猿たち。標的変更。次に、守備兵たちを消し炭にかえる。うっかりと大火力にならないように注意する。毛無猿は脆弱で、炎に巻かれただけで簡単に死んでしまうからだ。死んでしまっては捕虜にならない。


 守備兵たちを皆殺しにした後、ポチは着地。今、ポチの目の前にいるのは、高位の者らしい毛無猿ニンゲン

 体型からすると、雌のようだった。ひどく怯えて、泣きじゃくっている。その右半身は焼け、黒ずんでいる。毛無猿の右腕は、肘から先が消失。

 いかんな。うっかり手加減を間違えてしまったらしい。


 ポチは少し反省。しかし、すぐに気分を切り替える。まあ、別に良いか。毛無猿ニンゲンなんて幾らでもいる。この猿を殺してしまったとしても、ほかにも高位の毛無猿がどこかにいるだろう。


 そう考えたポチは、目の前の毛無猿で少し遊んでみることにした。取り敢えず、前足を伸ばし、毛無猿に残った左手を踏みつぶす。


「ギぃアアァアァ!!」


 毛無猿の悲鳴。絹の咲くような甲高い音。次の瞬間。猿はガクリと倒れ込む。何と軟弱な生き物か。どうやら両腕を失った程度で死んでしまったらしい。腕などいくらでも生えてくるものだろうに。

 そこまで考えたポチは、ん? と思う。毛無猿は腕が生えないんだったか? いや、生えたっけ?

 んんん? どうだっただろうか? 生えたような、生えなかったような?


 益体もない思考。ポチはその巨大な首をブンブンと振って、思考を切り替える。

 取り敢えず、周囲を観察。眼下の港町では、聖光教会の陸戦隊が揚陸。次々と住民たちを殺して回っている。一部で、魔導士隊らしき敵兵が頑強に抵抗。まるで雨あられ。連続した光弾を放っている。

 その魔導士は、毛無猿にしては中々の手練れのよう。散水機のごとく攻撃魔法を放つそれは、陸戦隊に出血を強いているようだ。

 だが、ポチはそんなものに興味はなかった。陸戦隊など死んでも構わないような、鼻つまみ者ばかり。囚人とか。専従奴隷とか。下級の妖魔とか。

 ポチは、布教艦隊の活動を支援しろとは命じられているが、陸戦隊を支援しろとは言われていない。それで、無視することにした。


 何か面白いものはないか? ポチは、周囲を見回す。

 そして、それらを見つけた。


 なんだ?


 山の上、稜線上。街道が整備されているらしきそこには、奇妙な鉄の箱が数台。箱からは、攻城筒のような奇妙な突起が飛び出ている。箱からは何人かの毛無猿が顔を出して、こちらを窺っている。


 ふっ。魔導馬車の様なモノか。発見した魔導馬車に興味を持ったポチは、その羽をはばたかせ、空へと舞い上がる。





******





「ちゅ、中隊長殿! 飛びましたぜ! あいつ!」


 誰かの叫び声。それを聞くともなしに聞きながら、中隊長はドラゴンを睨み付ける。体長は目算で五十メートル強。空を飛ぶ生物としては、異常にでかい。全身を黒光りする漆黒の鱗に覆われている。羽根は左右に二対。計四枚。ドラゴンの巨体に比べると、羽が異様に小さい。

 おとぎ話の絵本でしか目にしたことのない存在。それが彼の目の前で、宙をまい。こちらへと接近しつつあった。


 あのような巨大飛行生物が、なぜ今まで未発見だったのか? 一体どこから来たのか?

 そんな疑問が中隊長の頭の中に浮かんでは消える。だが、今はそれどころではない。あれは敵だ。であれば、やることは一つ。


「対空戦闘準備! 目標! ドラゴン!」


 命令を発しながらも、中隊長の顔が歪む。ドラゴン相手に対空戦闘とは! 一体いつからこの世界は御伽話になったのか?

 それに、戦車で対空戦闘というのも、いかにも不味い。ほかのあらゆる戦車と同様、彼の指揮する戦車もまた、上面装甲が薄いのだ。それでなくても、軽戦車は機動力で装甲を補うとされており、装甲板が薄いのに……。

 上空から攻撃されると、いささか以上に問題があった。


 幸いというべき要素は、ドラゴンが低速である点。どうやら、こちらを観察しながら飛行しているらしい。まるで熱気球のようで、かなりの低速。


「第二小隊、対空戦闘準備よし」


「第三小隊、準備よろし!」


「こちら第一小隊、準備完了」


 各小隊からの報告が上がる。本来ならこのような命令のやり取りは、無線機を通じて行われるはずなのだが……あいにくの電波障害。まったく無線が普通である以上、ハンドサインを使うか、大声で叫び合うほかなかった。


 ドラゴンが主砲の射程内に進入したのは、それからしばらくして。


「撃ち方はじめ!」


 命令一過、ヘクタルス軽戦車10両の主砲が一斉に火を噴く。発射されるのは25ミリ機関砲弾。毎分120発の連射性能を持つそれには、四発に一発の割合で曳光弾が混ざっている。曳光弾の輝きを目印に、各戦車は照準を修正。


 図太い火箭が十本、ドラゴンに迫る。


 そして、


「GYAAAAAA!」


 悲鳴。ドラゴンの羽根がもげ、腕が吹き飛ぶ。次々と命中する砲弾は、ドラゴンの全身に赤い斑点を生み出していく。


「GUUU!」


 ドラゴンの口が開き、咥内にオレンジ色の輝きが出現。ブレスを吐こうとしているようだ。しかし、そのような隙を見逃すような中隊長ではない。


「口を狙え!」


 砲手に指示を出す。中隊長のみならず、何人かの戦車長も同様の指示を出したらしい。複数の火箭がドラゴンのあぎとに集中。発射準備中のブレスに命中。

 次の瞬間。


 ドラゴンの頭部が爆ぜた。




******




 そのとき、ポチは混乱していた。魔導馬車から発射される、あり得ない威力の攻撃魔法。それらは、頑強な筈のドラゴンの鱗を容易く貫通。腕が吹き飛び、羽根が切り落とされる。


 ばかな! ばかなっ!! 毛無猿ごときがぁ!!


「GUUU!」


 怒りの咆哮。不躾な毛無猿たちに教訓を与えるべく、ブレスを発射しようと口を開く。だが、攻撃魔法の照準。それが修正され、口へと向かう。慌てたポチはブレスの発射を中断しようとするが、全ては遅きに失した。

 攻撃魔法の一弾が、準備中のブレス。炎熱魔法の塊に命中。毛無猿めがァ!!

それがポチの最期だった。次の瞬間。衝撃。それに熱。頭部が爆砕さポチの意識は暗転。永遠に目覚めることはなかった。


ちなみに、帝国軍における標準的な“戦車”中隊は、戦車10両からなります。

中隊長車×1

第一小隊、戦車×3

第二小隊、戦車×3

第三小隊、戦車×3


さらに、

戦車中隊が二~三個で、“戦車”大隊。

戦車大隊が四~五個で、“戦車”連隊。

といった感じです。

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