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福岡県警


 西暦2017年3月19日


 福岡県警察本部


 福岡県警察本部が所在するのは、福岡市博多区東公園7番7号。これは福岡県庁の住所とまったく同じだ。このことから分かるように、福岡県庁と福岡県警察本部、福岡県の中枢である二つの主要建造物は隣り合って建造されていた。

 いや、この表現は正確ではない。厳密には、福岡県庁の警察棟。そこに、警察本部が入っているのである。

 なお、福岡県庁警察棟には、国の機関である警察庁の九州管区警察局も入居。一部の業務で県警察本部と一体的に運用されている。従って福岡県警察本部は、九州方面における警察機構の中枢部であると言える。


 さて、このとき、その福岡県警察本部は鉄火場のような混乱状況に陥っていた。


 理由は簡単。110番通報が相次いでいるからだ。


 13時00分。最初に異変がおきたのは、その時刻だった。無線通信が全く不可能になったことに、通信指令室の職員たちが気付いたのだ。

 当直幹部は直ちに、通信網の復旧を指示。復旧業務の優先順位は、最優先に指定された。これは当然の措置であると言える。現代の警察機構において、指揮通信ネットワークは最も重要な基幹インフラの一つであるからだ。

 しかし、これは成功しなかった。周波数をいくら変更しても、依然として無線機はウンともスンとも言わない。完全に沈黙したままだった。


 13時15分。緊急時対応マニュアルに従い、携帯電話を用いて通信網を回復しようとする。しかし、これも失敗。携帯電話に表示されるのは“圏外”の文字。電話機能もメールも、ネットサービスも使用不能だった。

 しかしながら、有線通信は依然として使用可能なため、まったく通信が不通になったわけではない。各警察署、交番との連絡は可能。

 問題なのは、その先だった。各地を巡回するパトカーや警察官。110番を受けて現場に出動した捜査員たち。彼らとの通信が、ほとんど不可能になってしまったからだ。

 この結果、応援要請が必要な場合には、いちいち公衆電話を探して警察署まで電話するという余計な手間暇が必要になったのだった。しかも、公衆電話がなかなか見つからない。携帯基地局の充実してきた昨今。携帯電話普及率は百パーセントを超え、公衆電話設置数は減少の一途。

 小学生の中には公衆電話のかけ方が分からない者もいるぐらいなのだから、何をか言わんや、だ。


 かくして、福岡県警のC3I能力、指揮(コマンド)統制(コントロール)通信(コミュニケーション)情報(インフォメーション)能力はヒモ無しバンジージャンプのごとく急降下。

 目端の利く警察官の中には、民家で固定電話を借りることを思いついたものもいたが、共働き世帯の多い近年は無人の家が多い。そもそも、携帯電話が普及した今、固定電話を引いていない住宅も少なくない。通信状況の回復に役立っているなどと表現することは、とてもできなかった。


 13時20分。福岡空港より通報。県警管内における重要防護施設の一つである同空港からの通報内容は、以下の通り。


 電波障害により、航空機との無線通信不能。空港監視レーダー(ASR)も使用不能。このため、航空管制が不可能になっている。

 さらに、これに加えて、電波障害により、各航空機搭載のGPS(全地球測位システム)空中衝突防止装置(TCAS)対地接近警報装置(GPWS)も使用不能になっていると推定され、旅客機等の墜落ないしは衝突事故が発生する危険がある。


 もっとも、この警告。ただでさえ業務過多に陥りつつある県警本部からすれば、「へえ。それで俺たちにどうしろと云うんですかね」などと皮肉の一つも返したいところではあったのだが……無論のこと、そんなことが出来る訳もない。

 取り敢えず、航空機の墜落事故に注意するよう、各警察署に連絡を行った。……まあ、連絡を受けた警察署長たちからすれば、それこそ正に「どうしようもないだろ! そんなの!」と言いたいところではあったのだが。


 しかもこの間。電話が通じないなどという、お門違いも甚だしい110番通報が相次ぐ。これは普段、訳の分からない酔っ払いからの通報や、いたずら電話、お門違いな電話番号案内へのかけ間違いなどに応対している、百戦錬磨の通信指令室オペレーター達をも辟易とさせた。


 その後。

 13時55分。このときを境に、緊急通報の質が変質する。通報主は、福岡県北西部にひろがる玄海灘方面を主な漁業区にしている各地の漁業組合。それと漁師たち。


 ただし、肝心の通報内容はほとんどホラ話同然。

 例の、対馬海峡上に発生したなぞの発光現象から正体不明の帆船が出現。発光現象周辺で操業していた漁船や、海上保安庁の巡視船、漁業取締船を砲撃しているというもの。


 おおよそ荒唐無稽。非常識かつ非現実的な通報。当初、通信指令室のオペレーターたちはこれを、通信障害に乗じた愉快犯たちによるイタズラ電話だと判断。大規模であることから、2チャンネルか何かで仲間を募って悪さをしているのだろうと考えていた。


 14時00分。相変わらず、帆船船団による襲撃を通報する110番が続いていた。このころになると、オペレーターたちの間にも疑念が生まれてきていた。

 「100回繰り返せばウソも真実になる」とは上手いことを言ったもので、人間というものは何度も同じ話を聞かされていると、本当ではないかと思うようになってしまうからだ。光の中から船が出てくるなどアホ臭い。

 しかし、もしかすると本当にそんなことが?


 オペレーターたちがそのように考えを改め始めたころ、状況が変わる。今までと違い、政府機関からの通報が入ったのだ。その内容は、水産庁が九州漁業調整事務所に所属する漁業取締船〈白萩丸〉が、光柱から出現した帆船による砲撃をうけて、損傷したというもの。

 通報を受けたオペレーターは最初、これを公務員詐称と判断。逆探知を実行した。しかし得られた結果は、白。まぎれもなく、政府機関からの通報だった。


 ここに至り福岡県警察本部は、ようやく状況を把握。「光柱から帆船が云々」の部分は理解不能だが、少なくとも不審船により漁業取締船が攻撃を受けたという点は事実。恐らくは、不審船から砲撃を受けて現場がパニック状況になった結果、情報が錯綜しているのだろう。

 県警幹部はそう認識した。


 同時に福岡県警は、不審船の正体についても推測する。すぐに思いつくのは中国、北朝鮮、ロシアといった国々。

 この中でもっとも蓋然性が高いのは、北朝鮮。同国の工作船は1960年代以降、たびたび日本領海内に侵入しては、多数の日本人を拉致。また、麻薬や銃火器等の密輸にも従事していたとみられている。ときおり海上保安庁の巡視船に発見され、能登半島沖不審船事件や、九州南西海域工作船事件なども引き起こしていた。


 県警が北朝鮮の犯行を疑うのは、当然といえた。

 だが、むろん、福岡県警は陸上の治安維持組織。臨海部での犯罪に備えて数隻の警備艇を有してはいるものの、それらは総トン数にして10トン程度の小型船。武装も搭載していないし、最大速力も20ノット程度。

 一方の北朝鮮工作船は、過去の“戦訓”から対戦車ロケットや重機関銃まで搭載していると推定された。

 これでは、とてもではないが、北朝鮮の工作船に対処できない。


 かくして、福岡県警は、自力での対処は不可能だと判断。不審船情報を、第7管区海上保安本部ならびに、海上自衛隊 佐世保総監部に伝達。

 (もっとも、当然の問題として、この時点ですでに両機関は、水産庁からの通報を受けていたりしたのだが)。


 同時に、県警本部は、福岡県管内における臨海部の各警察署に対して、対馬海峡に“不審船”が侵入していることを伝達。沿岸部の警戒を強化するよう指示した。


 また、それと並行して、九州管区警察局にも不審船情報を通報。これを受けた管区警察局は、直ちに九州各県の警察本部に警報を発するとともに、警察庁並びに中国管区警察局に情報を伝達した。




 “不審船情報”を受けた警察の初動は速かった。

日本の役所はマニュアルに従って動いているからだ。独創性とは水と油のような関係にあると評価されることもあるが、それは事の一面でしかない。一度経験してしまえば、それをマニュアルにフィードバックさせる。その程度の柔軟性は有している。

そして、日本警察は幾度となく朝鮮人犯罪者を取り逃がしたという苦い経験がある。当然、この経験はマニュアルに反映されており、綿密な計画が組まれていた。


 計画が既に存在する以上、後はそれに従って行動するだけ。警察機構は日本人官僚機構的な純朴さでもって、招集を開始。非番の警察官たちを呼び寄せるとともに、各機動隊に待機命令が下る。


 ただし、このとき、福岡、佐賀、長崎、山口の日本海沿岸部では、依然として電波障害が発生中。異常を知った警察官の中には、自主的に警察署に向かう者達もいたが、如何いかんせん交通インフラにも悪影響がでており、その招集には時間をようするものと見込まれた。


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