琴葉は、クッタリとしながらルークに覆いかぶさるようにして、横たわっている。ルークは自分の上にいる琴葉の背中を撫でたり、髪の毛を弄んだりして、激しいセックスの後の緩やかで甘い愛撫をほどこしているのだ。
激しさ愛しさとは違う、安らかな愛しさを交し合う、ひと時。
琴葉は、性的な快楽とはまた、違った気持ちよさを覚えながら、うっとりとだるい体をルークに預けている。
しかし、心はここにはない。頭の中は別のことで、グルグルしていた。
琴葉の頭を悩ませているもの。それは、バレンタインのことだ。こっそり、手作りチョコレートを用意したいのだが、そのチャンスがない。ルークが四六時中、一緒にいるのだ。そのため、作る時間どころか、買いにいく時間もなかった。
内緒でチョコレートの材料を買うためには、一人で買い物に行かなければならない。ルークがついてくるから、どうしてもチョコレートの材料を買う余裕がないのだ。
ルークの前で買ってもいいのだが。それでは、琴葉の始めての本命チョコが味気ないものになるような気もする。内緒で、手作りチョコレートを渡したい。
「琴葉……琴葉……」
ルークに呼ばれて、琴葉は「何?」とかえす。どうやら、何度か呼ばれていたみたいだ。チョコレートをどうやって準備するか、悩んでいて気づかなかった。
「はぁ、何、考えてた?」
ルークの溜息が旋毛にかかって、琴葉は躊躇う。正直に答えるのは、ちょっと。
「え、ルークのこと」
琴葉は曖昧に笑いながらはぐらかそうとする。あながち嘘ではない。ルークに渡すためのチョコレートのことを考えていたのだから。
しかし、ルークはそれを許さない。二人でいる時は、100パーセント。自分のことだけを考えていて欲しい。それなのに、琴葉は別のことを考えて、そんな風に誤魔化そうとしているのだ。
「あっ!」
琴葉は、ぴくっと反応して、甘い声を漏らす。ルークの指が背中の窪みをつたうように撫でられたからだ。それは、安穏とした気持ちよさではなく、性的快楽を起こす動作だった。
「何を考えていた」
ルークの言葉に琴葉は、しばし葛藤する。このまま口を割らなければ、体に聞かれそうな感じだし。かといって、チョコレートのことを言うのは忍びない。
「いいぞ。言いたくなかったら、体に聞くだけだ」
返事の遅れた琴葉に焦れて、ルークはそう言うと、お尻を掴んでしまう。琴葉は慌てて「白状する」と告げる。
ルークはそれに気をよくして、手をとめた。琴葉はだるい体を起こし、ルークを見おろす。仰向けになっているルークは、じっと琴葉の姿を映した。
「あのね、えっと」
琴葉はどう言えばいいのか、わからず、言葉を濁す。ルークはそのことに、神経質なほど反応する。最近の琴葉は二人でいても、上の空でいることが多いのだ。かと思えば、そわそわしたり、こっそりと何かを読んだりしている。
琴葉に限って二股をかけている、ということはないだろうが。他に好きな奴ができた、という可能性は拭いきれない。そして、そうなれば、琴葉は必ず別れを告げるだろう。琴葉はそういう人なのだ。
ルークは琴葉を閉じ込めておきたい。鳥籠の鳥のように、主人がいなければ生きていけない世界に閉じ込めて、自分だけのための声。瞳。肌。を手に入れたいのだ。
しかし、無理矢理そんなことをすれば、今ある琴葉の笑顔を奪うことになる。ただ、それだけのことが、ルークに行動を起こさせないのだ。
ルークは、ピリっとした一瞬をにおわせながら、琴葉の言葉をまった。事と次第によっては、実行してしまうかもしれない。誰かの手に堕ちてしまうくらいなら、いっそ自分の手で手折ってしまう方が、ずっといい。
「あのね。しばらく、一人で帰ってもいい?」
まったく同じ講義を選択しているため、大学の行き帰りまで一緒なのだ。別々に帰るようになれば、チョコレートの材料を買いに行く時間ができる。次にクリアしなければならないのは、作る時間だ。
家ではなく、他の場所で作るという手もあるのだが。そうなると、今の琴葉には智樹の所しか思いつかない。しかし、カラオケの一件以来、智樹と二人っきりというのは躊躇われる。
別にあれが智樹だった訳ではないのだから、今まで通り接すればいい。と頭ではわかっていても、感情がどうしても納得しきれない。妙に緊張するのだ。しかも、部屋に行くというのは、あまりよろしくないようにも思われた。
智樹の部屋にいって、二人で鍋をしたり、テレビゲームで遊んだりしたりした。少し前に普通にしていたことが、できなくなっている。それほど、あの経験は琴葉にとって、大きな影響をおよぼしていた。
「なぜ?」
ルークは琴葉に問いかける。琴葉はルークが変な勘ぐりをしているなんて、これっぽっちも考えていない。だって、ルークはいつも自信満々だと思っているからだ。嫉妬とか、あんまりしない。と思っている。
「うんと、その。一人で行きたい場所があるっていうか、欲しい物があるっていうか」
琴葉の言葉に、ルークの瞳が妖しく揺らぐ。そして、快楽を引きずりだすインキュバスの瞳に変わる。赤い瞳が琴葉を捕らえる。
ルークがいない方が都合がいい。と言われ、ルークは琴葉の気持ちが他に移って行っている。と勘違いしたのだ。そうだと気づかない琴葉は、まったくの無防備。
「ぁっ。どうして…」
琴葉はその赤い瞳がもたらす効果を痛いほど知っている。気持ちが通じ合ってからは、あまり見なくなったその瞳に、琴葉はどうしようもないほど魅入られてしまう。
蕾が、ズキン、ズキン、とうずいて、息が荒くなっていく。あれほど激しく、あれほど濃厚に体を繋げたばかりなのに。今の琴葉の体には、新しい淫欲の芽が育ち始めている。
熱い吐息を零しながら、ルークに口付けたい気持ちを、グッと我慢した。その儀式をしてしまえば、間違いなく甘い悦楽に身を落としてしまう。
「オレじゃないと、満足できないことを忘れたのか」
ルークの言葉の意味がわからず、琴葉は困惑と欲情で体を染めた。何を言っているのだろう。この体は、ルークに変えられて、ルーク以外では意味がないのに。こんなやらしい体にしたのは、ルークなのに。これ以上、どうすればいいのか。
「だめ。そうじゃない。欲しい物があるからっ」
琴葉は太股を撫でてきたルークの手に抗議しつつ、熱い息交じりの言葉を投げる。このままでは、肝心なことを了解してもらえずに、陥落してしまう。
「何が欲しいんだ」
ルークは起き上がり、琴葉の耳を齧りながら囁く。琴葉は少し強く齧られて、「はぁん」と悩ましい声をあげる。ぞくぞく、して。
快楽に流されないように眉をしかめる表情は、独特の色香を漂わせ。
「今は秘密だから、許して」
琴葉は自分にあたえられる焦れた快感への許しなのか、一人で出歩くための許しなのか、わからなくなる。どちらも許して欲しい。
「ルーク、欲しいよぉ…」
琴葉はそう言って、ルークの顎先に舌を這わせ、ちゅっと吸いつく。体はもう、ほとんど陥落している。抱きついて愛撫を強請る琴葉に、やっとルークが冷静さを取りもどす。
自分に心がなければ、赤い瞳を見たとしても、琴葉がこんな風になることはない。つまり、自分とのセックスを求めることは、琴葉の心が自分にむけられていることへの何よりの証だ。
「しかたない。願いを聞いてやる。そのかわり、護衛をつけるからな」
ルークはそう言って、自分の影から一匹の獣を登場させた。獣といっても小動物だ。クリクリの目と尖った耳がとても特徴的。
「肌身離さず、連れ歩くように」
ルークは琴葉に呟く。琴葉は素直に頷いた。ルークはそんな琴葉に満足して、再び、シーツに身をまかせる。そして、琴葉に手をさしのべた。優しい笑みを浮かべて、クスクス。笑っている。
「ほら、おいで」
琴葉はルークの言葉に、羞恥で身を染める。しかし、欲しい快楽はルークしかあたえてくれない。琴葉は手をとり、ルークの体を跨る。甘く、激しく、疼いている蕾は、もう濡れて欲しがっている。我慢させないで。
ルークが誕生させた(?)小動物はムーと命名した。ムーはとても可愛くて、いつも琴葉の鞄のポケットから顔を覗かせて、小さな鼻を、ピクピク。させている。他の人には見えないらしい。講義を受けている時は、ちょこっと座っている。すごく愛らしい。
「ムーのお陰で、チョコが買えたのよ」
琴葉はそう言って、ムーの額を撫でる。ムーはうっとりと、くりくりした瞳を細めた。すっかり、琴葉はムーの虜だ。
「さてと、どこにしまっておこうかな?」
ムーをたっぷりと労ってから、琴葉は机の上の材料を見て考える。失敗してもいいように、少し多めに買ってきたのだ。台所をぐるりと一周する。やっぱり、あそこが一番。
琴葉は台を持ってくると、その上にのる。そして、戸棚をあけた。そこにはお菓子用に使う器具がしまわれている。ごそごそ、と材料を置けるだけのスペースをあけると、そこにしまいこんだ。ここなら、父もルークも開けたりはしない。
「ムーと私の秘密よ」
ムーの口を人差し指で閉じると、琴葉はそう言って微笑んだ。きゅぅ、とムーは鳴いて首をかしげた。そして、ムーは琴葉の腕をつたって、肩に乗る。
琴葉は材料とともに買ってきたチョコレートの本を手に持つと、自分の部屋にむかった。後は、いつ作るかが問題だ。チャンスがあればいいけど。
「やっと帰ってきたのか?」
先に帰ってきていたルークがそう言って、声をかけてくる。琴葉は「うん」と返事をかえす。本にカバーつけてもらってよかった。と思いながら、琴葉は勉強机の前に座る。本をしまって、課題としてだされている論文を片付けにはいる。
時間がおしい。というより、ルークのせいで時間がとれないのだ。ルークと付き合うようになるまで、課題がギリギリになることはなかった。
「琴葉…」
背後からルークの指が伸びてくる。ベッドで横になっていたのに。甘い声と甘く肌をざわつかせる指先。それが首筋から顎のライン、耳を撫でていく。ほら、来た。
「ダメよ。勉強中」
琴葉はその手をつねる。こんなことばかりしているから、課題がいっこうに終わらないのだ。期限がせまっている、というのに。
「腹が減って、飢えて死にそうだ」
ルークは琴葉の項にキスをしながら言う。聞いている琴葉は、何を言っているのか。と呆れた。なんて燃費の悪い体なんだ。と。
朝起きてフレンチキスから始まり、ディープキスでエネルギー補給をする。それから、隙をみては、抱きついたり触ったりと濃いスキンシップをして。父が眠り、夜も静まれば、濃厚で熱い情熱的な愛情確認がはじまるのだ。
「死にそうになったら、キスしてあげる」
琴葉はそう言って、迫ってくるルークの唇を押さえた。琴葉の冷たい態度に、ルークは拗ねた瞳をむける。琴葉の願いを聞いて、先に帰ってきた自分に感謝の気持ちがあってもいい。
「ちょっと、ルーク!」
琴葉を抱き上げるとルークは、ベッドの上に座る。横抱きにされたままの琴葉は、ルークを見上げる。拗ねた優しい瞳が、自分を見つめている。ちょっと可愛いかも。
「ズルイな」
ルークの言葉が唇にふってくる。「ぅんっ」と鼻を鳴らせば、今度は、かぷっと鼻を噛まれる。これでは、主人を困らせる犬と変わらない。
「もう、ダメでしょ」
琴葉は甘い譲歩の言葉を言って、ルークの頬を撫でる。まったく、困ったものだ。そんなことを思いながら、顎にキスをした。本当にルークに甘い自分は、どうかしている。いつになったら、課題は終わるのだろう。
くすくす、笑うルークは、とても満足そうだ。やっと観念した琴葉に、ルークは口づける。子供がじゃれあうような、他愛のないキスをくりかえして、互いを高めあうような大人のキスを交し合う。
「もう、お腹いっぱい?」
唇が濡れた息とともに離れて、琴葉が問う。ルークは「もう少し」と言いながら、再び、琴葉に口づける。大人しく琴葉はそれを受け止めながら、甘い息を零して、ルークにしがみついていた。
琴葉が「食べてみたい」と目を輝かせていたケーキを買いにきていた。インキュバスに体力を奪われている琴葉には、食べ物を食べるという行為はとても大切だ。
琴葉は幸せそうな顔をして、完食していくのだ。特に甘い物や果物を食べている時の琴葉の表情は何とも言えないものがある。
幸せそうな、ほわほわ、した表情を満面にだして食べている姿を見ると、ついつい、もっとあたえてやりたくなる。という訳で、ルークがお使いにでることは少なくない。
淫魔を顎でこき使うのは、琴葉くらいのものだろう。お皿をだしたり、ご飯をよそったり、風呂掃除をしたりもする。
よくよく考えると、琴葉は意外とバイオレンスな所がある。枕で叩かれたり、つねられたりするのは常日頃のことだ。セックス拒否の軽い抵抗なのだが、まあ、些細な抵抗だ。
「よう。流羽琥じゃん」
そう言って、馴れ馴れしく声をかけてきたのは智樹だ。智樹は琴葉の男友達で、ルークにとっては最大級の害虫だ。
馴れ馴れしい手が触れる前に、ルークは交わすと嫌そうな物を見るように、智樹を見た。
「何してんの?こんな店の前で」
智樹は、オールで遊びまわり、やっと帰宅する所だった。眠たそうな目で欠伸をして、帰宅途中にルークを見つけたのだ。女性に人気の洋菓子店の前で。
ルークは開店前の店に並んでいた。琴葉が食べたい。と言ったのは、限定品のフルーツタルトだ。つまり、悪魔がケーキを買うために行列に並んでいるのだ。整理券を持って。
「見てわからないのか。ケーキを買いに来たんだ」
ルークは素っ気なくそう言うが、智樹はちっとも答えていない。正確に情報が脳に届かないのか、ただ単に馬鹿なために言葉の意味がわからないのか。どちらにしても、気の毒な奴である。
「そうなんだ。琴葉のお使いか?」
当然のように言われて、ルークは「ああ」と短い返事をかえした。その言葉はやはり素っ気ない。
「ここのケーキ美味いんだよいな。俺も買って帰ろう」
そう言えばこいつも甘党だったな。とルークは苦虫を噛み潰す。どうして、こんな所で、こいつと一緒に並ばなければならないのだろうか。
「ふん、勝手にしろ」
ルークはそう譲歩する。智樹ともめると後で、琴葉が怒るのだ。こいつは琴葉の大切な友達だからと、自分には言い聞かせているが。
10分後、店が開いてやっと店内に入ることができる。目的のケーキ以外に、数個他のケーキも買う。父の分を買ったのだ。琴葉が入れてくれるお茶で、親子でティータイムをすることを、ルークは何気に楽しみにしている。
ふと、棚に並べられているチョコレートの箱を見て、手を伸ばす。琴葉はチョコレートも大好きだ。嬉しそうにチョコレートを食べている琴葉の姿が目に浮かんで、ついつい、手にとってしまった。
「お前、この時期によくそういうチョコ買う勇気があるよな」
智樹はバレンタイン用にラッピングされたチョコレートを見て言った。バレンタイン1週間前、普通の男ならその箱に手を伸ばす勇気はない。
「あ?どういう意味だ?」
ルークは智樹を怪訝な目で見る。チョコレートはチョコレートだろう。そんなルークに呆れた目をむけて、横に置かれているプレートを指差した。
「この時期は、女の子の物なんだぜ。チョコレートは」
智樹の言葉とプレートに並んだ“バレンタイン”と“告白”という文字に、そういうことか。と納得する。
人間界には、バレンタインという仕様もないイベントがあった。欧米や西洋を縄張りとしていたルークは、あまり日本のバレンタインに馴染みはない。
たしか日本のバレンタインは、女が好きな男にチョコレートを渡して告白する日だ。どうして、チョコレートを渡すのか。この日だけが、女から告白できるのか。わからないが、人間のすることだ。
「それに、お前、買わなくても貰えるだろう。いっぱい貰えるんだろうなぁ」
校内で一番モテルのだ。紙袋どころではないだろう。トラックがいるかもしれない。
ルークは馬鹿にしたように、智樹の言葉を鼻で笑った。インキュバスがモテなかったら、面目丸つぶれ。廃業もいいところだ。
「この時期の女の子達って、特に可愛いよな」
智樹の言葉に、最近の琴葉の態度を思いだす。そして、そういうことだったのか。と納得して、不意に優しい笑みが零れてしまう。そわそわ、こそこそ、と何かを買いに行ったり、したりしているのは、そういうことか。
「これは、失礼だな」
ルークはそう言って、チョコレートを買うのをやめる。そして、少し多めにケーキを頼むと、会計を済ませて店をでた。智樹が会計をまだ終わらせていないが、知ったことではない。
自分に内緒で、こっそりとバレンタイン用のチョコレートを用意しているか。と思うと、どうしても笑みが零れてしまう。何て可愛いことをするんだ。
絶世の美男子の微笑に行きかう女性は、うっとりと見惚れているが、当の本人は気づきもしない。だいたいこんな視線を気にするようでは、インキュバスとしては未熟者だ。当たり前として受け入れなければならない。
琴葉は机に頬をつけて、携帯のカレンダーを怨めしい気持ちで見ていた。瞳は、2月13日に釘つけだ。せっかく、苦労して材料を集めたのに、それを調理する機会がまったくない。
「ああ〜、どうしよう」
困った顔で携帯を見ている琴葉に、ムーが、きゅぅぅ〜。と同じように困った顔をして、困った声で鳴く。後10時間もしないうちに、14日がきてしまう。
作る物は決まっていて、ブラウニーと2色のトリュフだ。ブラウニーは義理チョコ用で、父と智樹にあげる予定だ。肝心なのは2色のトリュフ。こっちが本命用。
2色のトリュフはクーベルチュールチョコレートのセミスイートとホワイトを使っている。溶かして、お菓子を作るためのチョコレートでカカオバターの含有量が違う。口溶けがよく、艶があるのが特徴らしい。
しかし、ブラウニーの方はコンビ二とかに売っている普通のチョコと変わらない。しかも、ラッピングの仕方も違う。
トリュフの方は、7つに仕切られた黒の箱で、包む包装紙には黒地に白い文字で書かれた愛の言葉。そこに、真っ赤なリボンをつける予定だった。そして、ブラウニーの方は、白地に赤いハートが印刷されているナイロンの袋だ。
こんなに差をつけていい物か。とも思ったが、ルークのことを思い浮かべて、買い物をしていると、ついついこんな風になってしまった。
が、作れなければ意味がない。もう、目の前で作ってやろうかな。と自棄っぱちになりながら怨めしい気持ちで、真っ暗になった画面に映る自分を見ていた。
「これから、流羽琥と一緒に飲みにいってくるが、琴葉も来るかい?」
父が襖ごしに声をかけてくる。その言葉に、琴葉は天の助けだ。とばかりに表情を明るくした。そして、襖を開けると父に言う。
「うんん、行かない。何時くらいに帰ってくるの?」
「そうだな。9時過ぎ頃に帰ってくるよ。もしかしたら、それより遅くなるかもしれないから、先に寝てなさい」
9時と言う言葉に琴葉は、さら気持ちを浮上させる。6時間もある。充分な時間だ。
琴葉は隠しきれない気持ちを、にっこりと表して父の背中を押しながら、玄関まで行く。玄関には靴を履いて、コートに手を突っ込んで立っているルークがいた。
「琴葉、鍵をかけておきなさい」
「琴葉は行かないんだな?」
「たまには外で男二人、ゆっくり飲むのもいいじゃなか」
「そうだな」
琴葉は父の言葉に「はーい」と返事をかえす。父とルークの会話を、ニコニコしながら琴葉は聞いて、手をふって送りだした。
素早く玄関の戸を閉めると、鍵をかける。そして、ウキウキした足取りで台所にむかった。
戸棚から買っておいた材料をとりだす。そして、気合をこめて、エプロンをつけ、髪を縛って、くるっと団子にする。
ルークと恋人同士になって始めてのバレンタインだ。出会って1年もたっていないのだから、何もかもが始めてになるのだが。
しかも、琴葉はこれまで、好きな人や恋人がいなかった。正真正銘、初めての本命チョコである。それでは、自然と気合が入って当然であろう。
「よし!頑張るぞ!!」
琴葉はそう言って、気合を入れると、先ずは手を洗った。料理を作る時のスタート地点はここからだろう。そして、計量器で、ブラウニーの材料とトリュフの材料を全て計り、器に分けていく。
「先ずは、これよね」
琴葉はそう言うと、生クリームを沸騰させ、刻んだチョコレートにいれる。艶がでてきたところでラム酒をいれて、冷蔵庫で1時間冷やす。そう、ガナッシュを作れば、トリュフは8割完成だ。後は形成して、コーティングするだけ。これを白と黒の2色作った。
「この間にブラウニーを、と…」
琴葉は鼻歌を歌いながら、刻んだチョコレートを湯銭にかける。バターと一緒に溶かしている間に、卵をほぐして、砂糖を加えて、混ぜ混ぜ。
バターとチョコレートを混ぜ合わせると、卵とラム酒をさらに混ぜ合わせる。小麦を入れて馴染ませてから、オーブンにかけて刻んだ胡桃を入れる。こうして出来た生地を型に入れて、胡桃を上にのせてオーブンで焼いた。これで、30分くらいすることがなくなった。
落ち着くために紅茶を入れて、ひと息つく。それでも、そわそわ。とオーブンと冷蔵庫をいったりきたり。目線は時計を、ちらちら。
それから2時間たって、ブラウニーもトリュフも完成した。やっとの思いで完成したトリュフの味見をする。焦る気持ちを抑えながらの調理は疲れたけど、楽しかった。
「ふうん、美味しい!ラム酒が効いてて、いい感じ」
そして、もう一つのトリュフにも手を伸ばす。ぱくっと食べると、こちらも美味しかった。トリュフは満点かな。口溶けも中々。
ブラウニーの端も食べてみる。こちらも文句なく美味しかった。胡桃の香りが食欲をそそる。
「後は、ラッピング〜」
琴葉は予想以上の出来に、満面の笑みを浮かべながら言う。ムーはそんな楽しそうな琴葉をじっと見ていた。全てのラッピングが終わり、ムーの前にブラウニーを一切れ置いてあげる。
「はい。ムーにもバレンタイン」
ムーは、きゅ〜。と鳴いて、くんくん。と匂いを嗅ぐと、忙しなく食べる。今回の一番の功労者を労う気持ちで、可愛いムーを見ていた。
ちょうど琴葉が、チョコレート作りに精をだしている頃。父とルークは、焼き鳥を食べながらビールを飲んでいた。店にはいって2時間。そろそろ、お腹もふくれただろう父に「帰ろう」と声をかけた。しかし、父はルークに言う。
「まだ、8時前だな。もう少しゆっくりしていこう」
父はそう言って、ビールを頼む。ルークは、なぜ、家に帰りたがらないのか。不思議に思いながら父に言う。
「父さんもだいぶんと酔っているんだろう?琴葉も心配だ」
「まあ、今日は一人にさせてあげなさい」
父が琴葉に気を使っていることがわかった。しかし、それは、なぜ?そのままの言葉で「なぜだ?」と聞くと、父は楽しそうな顔をして言う。
「明日はバレンタインだ。準備の邪魔をしては、悪いだろう」
ルークはそういうことか。と思いながら、自分もビールを頼んだ。明日、渡すチョコレートを頑張って作っている琴葉を想像して、目尻がさがった。父を見ると同じ顔をしている。
父は毎年恒例の手作りパパチョコが何よりの楽しみだ。父の日もしてくれるのだが、あまりメジャー感がない。父親としては、2月14日の娘からのチョコレートの方が嬉しいのだ。もちろん、父の日だって、とても嬉しい。
「で、何時ごろに出る?」
帰る時間を父に聞く。父は腕時計を見ながら答えた。
「そうだな。9時過ぎと言ってあるから…8時半くらいにでようか」
「わかった。それじゃあ、お土産に焼き鳥を包んでもらおう」
ルークの提案に「そうだな」と父は言うと、店員を呼んだ。そして、10種類の焼き鳥を3本ずつ頼んだ。少し多いかな。と思ったが、最近よく食べるようになった琴葉なら、平らげてしまうかもしれない。
食べ過ぎ。と思うものの幸せそうな琴葉の顔を見ると、父としてはついつい、多めに買ってしまうのだ。
ルークと父は琴葉へのお土産を手にぶら下げて、とぼとぼ。とゆっくり家路についた。
こんな父とルークの会話を想像もしていない琴葉は、チョコレートをラッピングし終り、ほっとした気持ちと、明日への期待感で、わくわくして二人の帰りを待っていた。
「ただいま」
父の声に耳を、ぴくっと立てて、琴葉は何食わぬ顔をして居間でテレビを見ながら二人をむかえた。そんな琴葉の背中を見て、二人は思わず、ぷっと笑ってしまいそうになる。背中が、わくわく感をかたっているのだ。
「琴葉、土産だ」
ルークはそんな可愛い背中に声をかける。目の前に焼き鳥の箱を置いてやった。父は琴葉の隣りに座る。
「やった。碌な物、食べてないんだよね」
琴葉はそう言って、焼き鳥を摘む。琴葉が夕飯として食べたのは、残ったブラウニーとトリュフ。そして、お茶付けだ。
そんな琴葉に、ルークは白いご飯とお茶を持ってきてやると、父と同じように琴葉の隣りに座る。二人は幸せそうに焼き鳥を食べている琴葉の横顔を見ていた。子供のように、頬にタレをつけているのが、何ともいえない愛らしさがある。
いつも通りの朝なのに、琴葉は少し早く目を覚ます。一人でベッドから出ると、琴葉は顔を洗うよりも先に、昨日、用意したチョコレートを取りにいった。そんな琴葉をルークは背中で感じて、こっそりと笑う。
琴葉は自分の身支度をすませると、台所にたつ。朝食を作り、父が席に着いたのを見ると、ルークを起こしにいった。
「ルーク、起きて」
琴葉の気配を感じると、ルークは起きていた目を閉じる。寝たふりをする。ベッドにあがってきて、体を揺する琴葉に言う。まだ、目蓋はあけない。
「オレの朝食」
琴葉はそれを聞いて「わかってる」と頬を少し染めてかえした。これでは、眠り姫と変わらないような気もするが、しかたない。ちゅっと離れていった唇にルークは、腕をまわしてひきとめる。
「もっとだ」
そう囁いて、再び、重ねる。いつもより、濃厚で長いキスをした後、やっと起き上がる。
「…はぁ、はぁ」
いつも以上の情熱をぶつけられた琴葉は、足腰がおぼつかない。14日の朝は、いつもより熱く始まってしまった。
「お父さん、待って…はい、これ」
朝食もすませ、父が会社に行こうとする。琴葉は父をひきとめると、用意したブラウニーを渡す。父は毎年のパパチョコをもらうと「ありがとう」と言って、琴葉に照れた笑いをかえす。娘から貰うのは楽しみなのだが、少し照れがはいるのも毎年のことだ。
「大事に食べてね。パパチョコ」
これは、2月14日の恒例場面だ。そう言って、父を送りだすと、今後はルークだ。と意気込んだが、ルークの前にきて急に恥ずかしくなる。
「何か、用か?」
「え。うんん、何でもない」
どうやって、渡せばいいのか。そう考えて、もじもじ、していると、時間がなくなっていることに気づいた。そして、慌てて鞄と残りのチョコレートを持って、玄関を飛びだしていく。
予想外にもこういう物を渡す時って、すごく気恥ずかしい気分になる。作っている間は楽しさで、わくわく。していたが、今は恥ずかしさで、もじもじ。してしまうのだ。意外な落とし穴に、琴葉は渡すタイミングを逃してしまった。
インキュバスであるルークとは、世間的には兄妹ということになっている。明らかな本命チョコを人前では渡せない。二人っきりになった今がチャンスだったのに。しかし、琴葉はそれでも夜がある。と自分を勇気づけながら、それまでに、勇気をためることにした。
バレンタインで少し浮かれている街を抜け、これまた、浮かれている校舎を抜けて、教室へとむかう。
キャンパスの男たちの視線が自分にむけられていることに気づかず、琴葉はすり抜けていった。琴葉が持つ紙袋が、どこへ渡されるのか、期待と好奇心に満ちた目が琴葉を追いかける。
そんな目を気にすることもなく、琴葉は先にきていた智樹にあっさり渡した。智樹は当然のようにそれを受け取ると、「サンキュー」と言って、早速、食べはじめる。
「智樹もそろそろ、友チョコ以外を食べれるようになりなさいよ」
「ふん。琴葉が知らないだけで、家にはチョコのピラミッドができてるんだぜ。ファラオも真っ青って感じのな」
智樹は琴葉の言葉にそうかえす。琴葉は、智樹の持っている友チョコをさっと取り上げると、意地悪な顔をして言った。
「じゃあ、これは犬にでもあげようかなぁ」
「ああ、ごめん!ごめん!嘘です。僕のチョコ返して〜」
態度を、コロッと変えてきた智樹に、琴葉は「よろしい」と言うとチョコを渡してあげる。そして、二人で可笑しそうに笑っているのだが。それを冷淡な瞳で見ている男が一人。
どうして、自分より先に琴葉から、チョコを貰っている。父より後なのは仕方ないとしても、智樹よりも後というのは、どうしても納得できない。
「流羽琥くん、これ受けとってくれる」
そう言って、女性徒5人が小さな箱をさしだした。ルークは何の躊躇いもなく、薄い微笑を浮かべると「うれしいよ」と言って、5人のチョコを受け取った。女生徒たちは「きゃ〜」と言って、去っていった。
「琴葉、その開いた紙袋をくれ」
「え、うん」
琴葉はルークに紙袋を渡した。ルークは紙袋に、もらったチョコレートを無造作にいれる。これは、琴葉へのあてつけだった。自分でも子供っぽいことをしている、と思う。
琴葉は家をでる前とはあきらかに違う、どんよりとした空気をまとって午後の授業を受けた。さらに、追い討ちをかけたのは増えていく紙袋だ。
始めに受け取ってしまったのが悪かったのだろう。チョコは絶え間なく増えていき、あっという間に持って帰れないような量になった。
「持って帰るの」
琴葉の浮かない声が、ルークに問う。ルークは「何か悪いか」とかえして、紙袋の一つを持つ。その紙袋には、市販のチョコレートばかりがはいっている。手作りなんて気持ちが悪くて、食べる気にはなれない。他のチョコレートは、寂しい男たちにくれてやった。
琴葉の表情が曇ったのを感じたが、ルークも意地になっていた。ここまでやって、未だにチョコレートを渡そうとしない琴葉に、苛立ちすら覚えているのだ。
「帰るぞ」
紙袋を肩に担ぎ、ルークは琴葉を促す。そして、教室をでて行こうとした。しかし、琴葉は動かない。そんな琴葉を、振り返って呼んだ。しかし。
「悪いけど、先に帰ってくれる」
琴葉はにっこり、微笑んで言う。ルークは紙袋を手から落としてしまった。紙袋のガサっという音と、ムーのきゅぅぅ〜という泣き声が耳にはいってくる。
「こ、琴葉…」
ルークは琴葉に呼びかけたが、琴葉は無視して鞄を持つ。ムーは定位置のポケットに顔からはいると、もそもそ。して顔をだした。そして、琴葉は颯爽と去っていく。
取り残されたようにルークは、遠ざかっていく琴葉の背中を見送った。ムーは、ウルウルした瞳で、取り残された主人を見ている。
「おい、何か怒ってたぞ…」
智樹がそう言って声をかけてきた。「うるさい」と言おうとして振り返ると、智樹の顔も引きつっていた。ルークも上がってしまった頬が戻らない。
琴葉は屋上で大の字になりながら、溜息をついていた。今すぐ一人になりたくて、人気のない所にきたのだ。屋上は基本的に立ち入り禁止なのだが、ムーが鍵を開けてくれたお陰で、安心して一人になることができた。
「ちょっと、反省かな」
琴葉は自分の態度を振り返る。大人気なかった。と反省はするものの自分の援護も忘れはしない。ルークがモテルのは仕方ない。
インキュバスがモテないと命にかかわりそうだし。しかし、頑張って用意したのに、それなのに、誰から貰っても一緒みたいな、あの態度。
「二人で食べちゃおっか」
青空をバックにしている赤いリボンのついた箱を見て言った。ムーの返事は、きゅ〜。しかし、自分で食べるのも何だか癪な気がして、起き上がると服の埃をはらった。
無意識に変な思いこみがあったのだ。自分以外の人のチョコレートをルークが受け取らない。そんな変な思いこみ。
「ああ、バッカみたい」
琴葉はそんな陳腐な自信を持っていた自分が、馬鹿らしくなって、空しくなった。琴葉は、大きく振りかぶると、空に向けてチョコレートを投げた。青い空に放物線を描いて落下していくチョコレートを琴葉は振り返らない。
「さてと、帰りますか」
ムーにそう言って、鞄を拾うと屋上を後にした。落ちていったチョコレートにもう、悔いはない。猫か犬かに食べて貰えれば御の字だ。そんなことを思いながら、琴葉は階段を下りていく。この軽はずみな行動がどういうことになるかは、まったく考えてなかった。
琴葉は自宅に帰ってまでこんな思いをする、とは思っていなかった。玄関には数人の女の子。対応しているのは琴葉だ。
「流羽琥さんに渡しておいて下さい」
そう言って女子高校生達が、琴葉に紙袋を渡す。琴葉は、引きつった笑みを浮かべながら「わかりました」と答えて、戸をしめた。紙袋の中には、名前と携帯番号の書かれたプリクラがはいっていた。もちろん、チョコレートとともに。
「もう、いいわよ」
琴葉は台所のテーブルにおかれたチョコレートの山を見て、げっそりしながら呟いた。若干、頭痛がするような気がする。ついさっきまで、何で怒っていたんだっけ。あまりのチョコレートの量と運動量に、怒りも忘れてしまう。
居間に行こうとして、来客を告げるチャイムが鳴った。琴葉は、げんなりして回れ右をすると、玄関へとむかう。
「あの〜。流羽琥くんに、これ渡しといてくれるかしら」
今度は、少し年配のケバイ女の人だった。夜の匂いがする。
「はい、わかりました」
琴葉は何回言ったのかわからないほど、同じことを言っている。そして、戸を閉めた。溜息をつく。これが、数分おきにくりかえされているのだ。とうに怒りなどある訳ない。
「もう、邪魔くさい」
琴葉はそう呟くと、玄関に暇つぶしの携帯電話を持って座りこんだ。どうせ、すぐにまた、ここに呼び戻されるのならこうして座っている方がずっと楽だ。
玄関に座り込むこと1時間。琴葉の背後には、チョコレートの小山ができている。もう、立って応対するのも嫌になっていた。
こうして、たくさんのチョコレートを受け取っていると、好きな人のためにチョコレートを一生懸命用意していたのは、自分だけじゃなかったのだ。そう思う。大学での自分の行動(心)が狭く、浅ましいもののように思えた。
誰だって、一生懸命用意した物を受け取ってもらえなかったら、悲しい。勇気をだして、渡した物なのだ。ぞんざいに扱うのは失礼だ。教室での自分の行動を深く反省する。
その時、玄関に人の気配がした。もう、チャイムが鳴る前に人がきたことがわかるようになった。変な特技ができたな。と思いながら、戸を開けた。
「はい、はい。ルークへのチョコ受け取ります」
琴葉は敬意を込めて愛想笑い全開だった。が、すぐに無機質な表情に変わる。玄関にいたのは、大きな勇気を胸に抱いて、一生懸命な気持ちをこめたチョコレートを手にしている女の子ではなく、ルークだ。
「お帰りなさい。お兄ちゃん」
琴葉はそう言って、玄関を去ろうとする。ルークの顔を見たら、あっという間に怒りがぶり返してきた。一応、チョコレートは持っていないようだ。もし、持っていたら、拳で殴っていたかもしれない。
「琴葉!」
ルークが手首を掴んできた。その部分を冷たい視線で射ると、琴葉はルークの腕をつたって、ルーク自身を射抜く。
「離して、お兄ちゃん」
ルークは、今まで言われたことのなかった「お兄ちゃん」と言う言葉に、琴葉の怒りを感じてつい手を離してしまった。しまった。と思った時には遅く。琴葉は、浴室にむかっている。こんな所にいて、体が冷えていたのだ。
ルークは琴葉を追って、脱水所まできた。琴葉はトップスを脱いで、キャミソール姿になっていた。ルークはそんな琴葉の背中を抱きしめようと手を伸ばした。
「いま触ったら、一生セックスしないわよ。お兄ちゃん」
琴葉の言葉に、ルークの手が、ピタっと止まる。ルークの手は宙でどうしようもなく、泳いでいた。琴葉は、そんなルークに背中を向けたまま、衣類を脱いでいく。
「はいってこないでね。お兄ちゃん」
琴葉はそう言うとタオルを片手に浴室へと消えていった。ルークは、ヒヤッとした汗が背筋を流れていた。
ずるい考えをしていたことを見抜かれたような気がする。セックスでなし崩しに許してもらおう。と考えていたのだ。インキュバスの最大の武器はセックスだから。
ジャー。とシャワーの音が聞こえてきて、ルークは諦めたように背中をむけた。これでは、チョコレートを貰うどころの話しではない。何とか琴葉の機嫌をとらなくてはいけない。
とりあえず落ち着こうと、台所にむかった。そして、机の上の山を見て、溜息をついた。これほど、チョコレートがあるというのに、欲しいチョコレートは一つもないのだ。
「たしか、玄関にもあったな」
ルークは玄関にあった山を思いだして、空しくなった。琴葉が用意してくれていたチョコレートは、もう食べられたか、捨てられたかのどちらかだろう。
琴葉は浴槽に浸かりながら、はぁ。と溜息をついた。お風呂の蒸気で唇が、ぽてっとしている。その唇に触れながら、いつまでも意地をはるようなことじゃなかった。と反省した。
しかも、どうしてあんな意地悪に動くのかな。この口。「お兄ちゃん」だなんて。あてつけもいいところだ。
でも、山のように積まれているチョコレートの中に自分のチョコレートもはいったかもしれない。と思うと、それはそれで嫌なものがあって。支離滅裂だ。
「今までで、一番、最悪なバレンタインだなあ」
毎年、こんな思いをするのかな。と思うと、琴葉はバレンタインを嫌いになりそうだった。ゆっくりと口をお湯に沈めると、ぶくぶくぶく。と泡を吹いた。
『一生セックスしないわよ』
そんなの私の方が無理だ。琴葉は自分の言った言葉に、心の中でかえす。
ルークと出会う前なら、それでも平気だった。でも、毎晩、毎晩、抱かれ続けた体は、その切なさも甘さもすべて知ってしまっている。もう、なかった頃には戻れない。
ルークがエネルギー切れで消えてしまうなら、琴葉は寂しくて死んでしまう。
意地をはって完全に仲直りをするきっかけを失ってしまった琴葉は、食器を洗いながら溜息をついていた。ルークは居間でテレビを見ている。
ツゥルルルル。と電話の音が鳴り、ルークが電話をとってくれる。琴葉はそれを背中で感じながら、気まずい。と思うのだ。
「父さん、今日は帰れないそうだ」
ルークの言葉に「そう」と短く答える。こういう日にかぎって、父がいないなんて。
琴葉は食器を洗い終わると、することがなくなって困ってしまう。いつもは、ルークの隣りでテレビを見たり、抱っこされたまま音楽を聴いたりしている。それが、あまりにも日常になってしまって、ルークが現れるまで自分がどうして過ごしていたのかわからない。
ルークはルークで、どうしたものか。と考えていた。テレビはついているだけで、まったく内容は入ってきていない。
そもそも今回の喧嘩はどちらが悪いと判断しにくい。琴葉が一生懸命用意してくれているとわかっていながら、意地悪をして他の子からチョコレートを貰ってしまった。
しかし、琴葉もルークより先に、智樹にチョコレートを渡したのだ。いや、やっぱり。オレが悪いのかもしれない。
「ごめんなさい」
ルークが謝ろうと口を開こうとした時、琴葉が先に謝った。ルークと琴葉の視線があわさる。琴葉は何のための謝罪をしたのだろう。自分の気持ちを察してくれたのだろうか。
「どうして、琴葉が謝る?」
「え?だって、教室とかであんな態度…」
琴葉の言葉にルークは自分が期待している謝罪ではなかった。と肩を落として苛立つ。どうして、わかってくれないんだろう。あんなの売り言葉に買い言葉だ。本質をわかっていない謝罪。
「琴葉は何もわかってないんだ」
ルークは苛立ちを隠さず、琴葉にぶつけてしまった。そんな自分が見苦しいと思いながら、いつまでたってもわかってくれない琴葉に怒りをぶつけてしまう。
「痛たッ、ふぅん」
髪を引っ張られ強引に上をむけさせられる。そして、そのまま息もできないほど口腔を奪われて、琴葉は戸惑いと驚きが支配する。こんな手荒な扱いを受けたのは始めてだった。
「っ…はぁ……ルーク……?」
琴葉の瞳が怯えている。ルークはその瞳から逃げるように琴葉を抱きしめた。どうしたら、わかってもらえる。どうやったら手にはいる。何度、自問自答しても答えなんてでない。
いくら「愛してる」と囁きあっても、いくら体を繋げても、本当に欲しい物は指の間から、零れ落ちていくばかりで。
琴葉はルークの体に腕をまわした。震えているように感じたからだ。不安そうに、一人で置いていかれた子供のように震えているように感じる。腕をまわした体は、びくっと強ばる。
琴葉はその背中をただ抱きしめつづけた。ルークが安心するまで、ずっと抱きしめる。自分はルークの側にいる。愛しているよ。と伝えるために。
やっと落ち着いて体を離すと、琴葉は優しく微笑んでいた。聖母のような微笑に、ルークは優しく心を抱きしめられる。そして、自分のしてしまった失態に気づいた。
「唇が切れてる」
琴葉の唇が切れて、血を滲ませている。琴葉は「え?」と驚いたように小さな声をだして、唇を触った。すると、少し親指に血がついた。
「本当だ」
琴葉は暢気な声で言うと、笑った。傷はちょっとしたもので、全然たいしたことではないからだ。これぐらいなら、食事もちゃんとできる。それなのに、ルークの顔があまりにも真剣で。
「ごめん」
ルークは項垂れて言った。人間はこんなにも脆いのだ。すぐに傷ついて、動かなくなってしまう。悪魔は千年以上を生きる。しかし、人間はせいぜい100歳くらいが限度だ。かけがえのない者を手に入れてしまったルークには、あまりにも短すぎる刹那。
「これぐらい大丈夫だよ。食事もできるし」
琴葉は、そう言うと身をのりだす。ルークの唇に自分の唇を押しつけた。そして、少し照れたように言うのだ。
「キスもできるでしょ」
「ああ、そうだな」
ルークは琴葉に白旗を揚げて言う。そして、口づけた。舌で傷を舐める。舌に琴葉の血の味がして、体の中から支配された気がした。
ルークがわざわざ小さな傷を治したことに、琴葉は、くすくす。笑って「無駄使い」と注意した。治った唇を確かめるように、ルークは何度も唇をはさんだり、なぞったりしている。
「…抱きたい…琴葉を抱いてもいい?」
ルークの覗き込んでくる瞳に、琴葉は言葉を失って頷く。その瞬間、電気が消えた。真っ暗になった家は、まるで二人を閉じ込めてしまったみたいだ。
「停電だな」
ルークはそう言って、立ち上がろうとする。琴葉はそんなルークのシャツをつかんだ。そして、見上げて言うのだ。
「満月がでてるから平気…」
恥ずかしそうな弱々しい声に、ルークは琴葉を抱きかかえる。縁側にでると、月光の下で愛し合う。琴葉は、はぁ。と熱い溜息を投げかけてきて。
「愛している。受けとってくれるか」
ルークはそう言って、箱にはいった赤い薔薇の指輪を差しだした。西洋では、男が女性に赤い薔薇を送るのが、バレンタインの習慣だ。
「わぁ、石が薔薇になってる」
赤い石を薔薇のように彫ってある。茨の金が赤い薔薇を支えている。アンティーク感のある高そうな指輪だった。細工の細かさに琴葉は驚いて、子供のように目を輝かせた。
ルークはそんな琴葉を、くすくす。笑って、左手の薬指をつまみあげて、指輪を通す。指輪ごと左手を包み込むと、誓いをたてるように指輪に口付けた。
琴葉は、ドキッとしてルークを見つめる。手の平にはルークの熱が、じんわり。と伝わってきて、瞳を閉じて神聖な雰囲気で口づけるルークは綺麗だった。
「愛してる。琴葉だけを」
月光の下。愛の告白に、琴葉はどう答えていいのか、わからない。そんな琴葉にルークは、「琴葉は?」と問う。
「あっ、私も…愛してます」
妙に緊張してルークに告げると、ルークの唇が甘く優しく触れてくる。琴葉は、ルークの手に触れる。ルークの手の平が伝えてくる温かさを、琴葉もルークに伝えたかった。
「ここじゃ、いや」
キスが濡れたものに変わって、琴葉はその先を促され、困ったように呟いた。
ガラスで仕切られていても、目の前には外につながる庭と、大きく白い満月があるのだ。しかも、ベッドの上じゃない。恥ずかしくて、琴葉はこれ以上は耐えられない表情を見せた。
「ベッドまで、我慢できない」
「ゃっ、だめっ」
ルークは琴葉の服を脱がしていく。か弱い抵抗なんて、逆に煽るだけだ。ルークは月光の下。晒された琴葉の裸体に目を細めた。白い肌が、淡く光って妖しい雰囲気をまとっている。
「綺麗だ…」
ルークは呟いて、ふっくらとした胸に顔を埋めた。琴葉の心臓が、信じられないくらい脈打って、体が緊張している。おもわず、ちゅっと口づける。
「あっ…っっっ〜」
可愛い声が驚いたように零れて、ルークは、ちゅば、ちゅば。と何度か口づける。琴葉の胸の谷間を、ルークのつけた赤いキスマークが彩る。見おろしながら、シャツを脱ぎ捨てる。
「これだけで、濡れてる」
ルークは蕾に触れて告げた。蕾の零す甘い香りに誘われて指で愛撫すると、琴葉は背をしならせて、甘い声を殺そうと口を閉ざす。閉ざされた空間では、あまりにも大きく響いてしまう。
家の中なのに、外でしているようなそんな緊張感がある。声をだすことは躊躇われて、必死に声を抑える。そんな琴葉の態度を、ルークは無駄だ。と思いながら、さしだされている乳房を口に含んだ。
「っ…ぅん…っっ」
琴葉の体が、ビクっと反応して、甘い声が喉の奥でこもる。琴葉の体を支えていた手が、悪戯に下ろされる。足の付け根から尻の形、背のしなり具合を確かめるように、あがっていく。
「ぁっ、やだぁっ」
声を出させようとするルークの手の平に、琴葉は抵抗の言葉を投げかける。乳房を愛撫している口を離して、仰いでいる首筋に吸い付く。赤い痕を宥めるように、舌先でなぞると、甘い催促をした。
「鳴いて、甘い声で、オレを犯して」
琴葉に包まれて、琴葉の声で耳を犯されながら繋がりたい。ルークはそんな思いで琴葉に告げる。琴葉の首筋に顔を埋め、甘い声を隠してしまっている所を愛撫した。隠さないで。
「ふぅん。ぁ、ん…やぁぁっ…ルーク」
琴葉の声が零れ始める。背中にまわされている腕が羞恥で震えていた。快楽と羞恥の狭間でゆれながら、それでも、ルークを求めるように、蕾は絡みついてくる。
「…ばか、いじわる…うんんっ、はぁぁ、もっと」
琴葉は責めるように、甘えるように、ルークに伝える。ルークはファスナーを寛げる。琴葉が欲しくて、硬く震えているペニスを取り出すと、琴葉の腰を支えてそこへと導いた。
「きゃっ、ああっ」
ぐちゅ。と濡れた音を零して、蕾はルークを飲みこんでいく。琴葉は、満月を背にルークを受け入れていく。すべて、飲み込むまでそんなに時間はかからなかった。
琴葉に許可も得ず動き始めるルークに、琴葉は首をふって抗議する。立て続けの感覚に琴葉が音をあげる。最上級の快感だけが、たてづづけに追いかけてくるような感覚。
「くぅん、ゆっく、ああっっ」
抜け落ちてしまいそうなところから、ズンっと貫かれて、琴葉は表情をゆがめる。目尻に涙を浮かべて、半開きになった口から覗く赤い舌と零れる音。
「やらしい唇だな」
ルークは琴葉の唇を見ながら、呟いた。月光の下でもわかるほど、熱く腫れぼったくなった唇は、きっと紅をさしたように赤くなっている。その色を確かめたくて、琴葉を冷たい縁側に横たえさせる。
全身を月光に晒した琴葉は、まるで月の女神のように美しかった。力なく握られた手が、床に落ちて、光る指輪が、支配欲を満たしてくれる。人間の雄にもわかる所有の証。細く白い指に光る赤い薔薇。
「あっ、つめたいっ」
ルークで火照った体に、ヒヤッとした感触と板の硬さが背中に伝わる。琴葉は満月を背に、自分を見下ろしているルークを見上げて、その顔に、ぞくっと感じた。そして、それを誤魔化すようにルークに伝える。
「はぁ、ルークにチョコ…やぁ…」
「チョコがどうした?」
「やぁぁ、そこだめぇ…ルーク、あげれない。ふうんっっ」
残念そうに、あたえる感覚に耐えるような表情をして、やらしい唇でつたえる。琴葉の言葉にルークは一度身をひく。
「え…」
小さな声で、琴葉は物寂しくなった体をおこした。ルークが台所へと消えていったからだ。そして、数分後。数箱のチョコレートを持って帰ってきた。
「食べるの?」
自分と抱き合っているのに、他の子から貰ったチョコレートを食べるのか。と怨めしい気持ちになりながら、琴葉は言う。ルークは無造作な手つきでチョコレートをすべて開けると、一粒つまんで手の平にのせた。
「琴葉、見てみろ」
ルークに促されて、琴葉は手の平にのったチョコレートを見る。すると、ルークの手の平の上でチョコレートは溶けていくのだ。驚いて、琴葉はルークの手の平に触れたが、手は別に熱くない。
「え?どうして?」
頭にたくさんの?をつけて、手の平のチョコレートを見ている琴葉に、くすくす。笑いながらルークは、琴葉の手をチョコレートのついた手で捕まえる。そして、チョコレートで汚れた手に舌を這わせて、チョコレートを味わった。
「こうやって、琴葉からもらう」
ルークはそう言うと、チョコレートを二つ手の平にのせる。そして、それを琴葉の体に零した。
「やだっ。ルークっ…ううん」
零れたチョコレートをルークの舌が拭う。琴葉は快感に力を失って、床に体を倒す。甘い声を零しながら、顔を隠すように腕を交差して、ルークの扱いに耐えた。羞恥でひどい。と思う心と、気持ちよく悶える体。
「ぁ、やぁん…ルークっ、あっ、はぁんっ」
チョコレートのついた手の平が、胸を触れば、当然のように舌がチョコレートを食べに追ってくる。ルークはチョコレートを拭うふりをして、ぴん。と立った乳首に歯をかすめる。
「きゃっ…だめぇ。そこばっか」
胸ばかりを舐められて、弄られて、琴葉は無意識的に言葉を零す。そして、ハッとして体を朱に染める。これでは、他の所にも催促したように聞えた。
ルークは胸から唇を離して、琴葉を見おろす。ぐったりと体を弛緩させ、濡れた表情を浮かべて、悦楽に震えている。色っぽいなんて、品のよいものじゃなく。貪りつきたくなるような色香を漂わせて、琴葉は恥らう。
「あっ、そこだけはやだっ」
チョコレートを補充した手の平が、琴葉の白い内腿を撫でる。琴葉は、びくっとして「やめて」と縋った瞳を見せた。ルークは背筋を駆け上がる感覚に微笑み、その手で蕾を撫でた。
「いやっ舐めないでっ…ふうっっ」
琴葉の足を持ち上げ、広げて折り曲げる。月光に晒された蕾はいやらしい色をチョコレートでコーティングしている。
「こんな所にも、ついたな。琴葉、期待してたんじゃないか?ひくひく、してるぞ」
自分がしたのに、そんなことを言って琴葉を嬲るのだ。
「やっ、ちがっ」
琴葉がそれを否定する。しかし、自分でもわかるほど、蕾はルークを誘って、ひくついている。
「どうだか」
ルークはまったく信用していない。と言うように呟き、チョコレートのついた内腿に舌を這わしていく。舌が触れた瞬間、「あっ」と琴葉の声が漏れた。ルークは喉で、くくく。と笑うと、そのまま内腿のチョコレートを綺麗に食べてしまう。
「くすくす。やっぱり嘘だったな」
ルークはそう意地悪な笑みを浮かべる。琴葉の蕾は、足の間から零れてしまいそうなほど濡れ、いやらしく呼吸をくりかえしている。
「ちがうっ、ちがうから」
琴葉の言葉にルークは新しくチョコレートを溶かすと、琴葉に見せつけるようにして、ぽと、ぽと。と蕾に零していく。
「あっ、ふんっ」
たったそれだけで喜びを示す琴葉に、ルークは笑みを零して追い詰める。快楽に身は負けて溶ける。それをなけなしの理性が引きとめようとしている琴葉。
「言えよ。舐めてって」
そんな琴葉を陥落させる興奮。快楽でその理性を食い尽くしてしまう喜びは、インキュバス独特の物と愛する者が手にはいる高揚感。両方を味あわせる。
「やぁぁっ」
琴葉は濡れた瞳を見開いて、ルークに懇願する。もう、これ以上はダメだと。おかしくなる。羞恥と身を焼くような快楽に支配されて、おかしくなってしまう。
「嘘つき。こんな、やらしい音させて…」
チョコのついていない手で蕾を、ぐちゅ、ぐちょ。と撫でる。指は入れず、揉むようにして弄ってやると、蜜はさらに溢れてくる。
「な・・・な、め、て……」
途切れ途切れの小さな声をルークは聞いた。微笑みながら、蕾に顔を近づけると、ふぅ。と息を吹きかける。琴葉とちがって、すごく素直な蕾は、きゅうっと目にわかるほど、締め付けてくる。
「どうして欲しい?」
ルークの意地悪な問いかけに琴葉は、溢れていた涙を零した。勇気をだして言った言葉を、かき消され、それ以上のことを求められる。そんな堪らない琴葉の表情をルークは顔を上げて見る。そして、問うのだ。「どうして欲しい?」と。
「舐めて、きれいにっ」
叫ぶように伝える琴葉に、ルークは、にかっと笑みを零す。
「やっと素直になった」
そして、ちゅうぅ。と蕾に吸いつく。
「はぁぁぁん、あっ、いいよ。るーくぅ」
甘えた声と快楽に震える声がルークの耳を犯す。それだけでイッてしまいそうな琴葉の声にルークは笑みを零す。できるだけ、やらしい音をだして、蕾のチョコレートを舐っていく。
「ゃぁ…あっ、あつい…ああん、ぁぁっ」
琴葉はルークに食い尽くされるような錯覚を覚えた。ルークが食べているのは、チョコレートのはずなのに、琴葉自身を食べられているような。もっと、たべて。
琴葉の蜜で濡れたチョコレートは、甘すぎる。ルークはそう思いながら、ぴちゃ、くちゃ。と音を立てて、チョコレートを食べつくした。誘う花びらに舌を入れてやりたいが、今度はこっちが限界だ。
「ここのチョコが一番、美味かった」
快楽と羞恥に染まる体に、わざわざ感想を言ってやる。琴葉は恥ずかしくて、ぽろ、ぽろ。と涙を零した。虐めすぎた。とルークは反省しながら、琴葉に口づける。羞恥美に染まる琴葉が、美しくて、可愛くて、愛しい。
「そろそろ、一つになろうか?」
ルークの言葉に琴葉は頷く。開いたままの足にルークは身を沈めた。ぐちょっと音を立てて、繋がっていく体に、愛しい熱が絡みつく。
「くっ、飢えすぎだ。琴葉…」
「ふうん、あっ、あっ、やぁ、もっと、もっと」
互いの肉がぶつかり合う音と濡れたやらしい音。月光はそれら全てを、見下ろして照らし出している。セックスに意味があるなら、それは愛し合う者にしかわからない。
「琴葉も食べてみろ」
ルークはチョコレートが一粒残っていたことに気づいて、同じように溶かして、琴葉の口にもっていく。琴葉の舌が指についたチョコレートを舐め上げる。
「ふうん、う、うんっ」
琴葉の口腔を、チョコレート味の指が犯している。体の全てをルークに支配されて、体の全てを食べつくされている。そんな錯覚に陥りながら、琴葉は涙に滲む瞳で、月光を背にしているルークを見た。表情ははからないけど、きっとおなじ表情をしている。
「何してた?」
問いかけてきた声は、表情と同じように剣呑としている。ルークは、庭にいる智樹を見て「お前か」と何食わぬ顔で言った。琴葉と抱き合っている時に、チャイムが鳴ったからだ。
智樹は大学で、黒い包みの赤いリボンのチョコレートを拾った。リボンに挟まれるようにして、『I love you』と手書きで書かれたカードがはいっていた。筆記体で書かれたその文字を見て、ひと目で琴葉の字だとわかった。
琴葉にこのチョコレートを渡すために、わざわざここまで来たのだ。こんなに丁寧に包装されて、きっと大切な人に渡すために。失って困っていると思ったから、なのに。
「見てわからないか?」
ルークは勝ち誇ったように、くすっと笑うと「セックスだ」と伝える。そして、琴葉の額に口づけた。激しいセックスに気を失った琴葉は、情事の生々しさをまとったまま、ルークに身を預けている。
ルークの発した単語に、智樹は真っ赤になる。ルークに抱かれている琴葉は、ルークのシャツを着ていた。体中に、赤い花を散らしながら眠っている。
「それを届けにきてくれたのか。オレのだ」
ルークは智樹の手に握られている赤いリボンの箱を見ていった。琴葉が作ったチョコレートだ。と直感的に思う。
手を差し出して、チョコレートを渡すように催促する。それを手にするのは、オレだと。腕の中にいる琴葉も、オレの琴葉なのだ。と主張するように。
「琴葉は妹なんだぞ」
智樹の責める言葉。こいつが琴葉に惚れていることは、ひと目見てすぐに気づいた。友達のような顔をして、ずっと琴葉を想っていたのだ。
「関係ない」
ルークはそう言って、琴葉の頬を手の甲で撫でる。兄妹だとしても、オレの琴葉だ。と思い知らせてやる。二度と琴葉をそんな目で見られないように。
それに本当の兄妹ではない。ただ、琴葉と四六時中、離れたくなかったルークが一番、都合のよい立場を選んだだけのことだ。琴葉を抱きしめて眠りたかった。それだけだ。
「お前がよくても、琴葉は女の子なんだぞ!」
ルークは無機質な目で、智樹を見ていた。世間的なことを気にして、あの時、ルークは彼女を失ったのだ。もう同じ過ちは、犯しはしない。
「兄妹じゃ…流羽琥、お前じゃ。琴葉は幸せになれないんだぞっ」
智樹の言葉に、ルークの瞳が苛立ったものに変わる。そんなこと、こいつに言われなくても、自分がよくわかっている。
「じゃあ、お前がオレの立場なら、琴葉を諦めるのか」
「それは…」
ルークの刺すような言葉に、智樹は言い濁る。智樹の見せた動揺をルークはさらに揺さぶった。
「そんな想いなら、とうに諦めてる」
彼女を諦めきれず100年もの間。この家にとどまり、再び、彼女が現れるのをまった。その100年間、彼女にだけ触れることを夢見ながら。
智樹は言葉を失って、縁側に歩み寄る。静かにチョコレートを置いた。琴葉を見ると、安らかに、安心した顔をしていた。ここにチョコレートを置いていくのは、琴葉のためだ。決して、ルークの想いを認めた訳じゃない。
「誰にも渡さない」
チョコレートを置いて無言で帰っていった智樹の残像に、ルークは告げる。今の記憶を智樹から消してもよかった。でも、あいつは公表するような奴じゃない。あいつは惚れた相手に不利になるようなことはしない。ルークはそう判断して、何もしなかった。
何も知らず眠る琴葉の薬指に口づけて、頬を寄せると冷たくなっていた。体が消えた琴葉を抱き上げて、暖めるために浴室へとむかう。
翌朝、投げ捨ててしまったチョコレートが机の上にあって、琴葉は心底、嬉しそうな顔をして、ルークに一日遅れのバレンタイン・チョコレートを渡した。もちろん、ルークから貰った赤い薔薇は指に光っている。
「どこにあったの?」
と、琴葉が不思議そうに聞いて来たので、ルークは「ムーに探させた」とはぐらかして、琴葉からチョコレートを受けとった。昨夜の智樹とのことは、琴葉が知る必要もないことだ。
「智樹〜」
上機嫌の琴葉は、智樹の後姿に飛びついた。智樹は、なるべくいつもどおり、普段どおりに振舞って、「痛ってえなぁ〜」と言って、琴葉と挨拶を交わす。
琴葉の態度に、昨夜のことを聞いていないことを察知すると、智樹はルークを見た。
「ほら。いつまでも重いだろう」
ルークはそう言って、琴葉を片手で荷物のように持ち上げる。そして、地面におろした。
片腕で、軽がると琴葉を持ち上げたルークに、どんな力をしてるんだ。と智樹は思いながら、ルークとむかい合う。ルークも智樹と同じように、視線をそらさない。
琴葉は二人の一瞬、見せた雰囲気に違和感を覚えて、双方を見つめたが、次の瞬間にはいつもの二人だった。変なの。
「なあ、琴葉。ちょっと話しがあるんだけど」
不意に智樹に腕を掴まれて、告げられる。琴葉は、何だろう。と不思議な目で見つめて「いいよ」とかえした。智樹はルークを見て、「流羽琥も」と言った。
「人気がない方がいいだろう」
流羽琥はそう言って、二人を屋上へと連れて行った。鍵なんて、開けるのは簡単だ。立ち入り禁止の屋上には、三人以外、だれもいない。
「琴葉。オレは琴葉を女の子として好きだ」
智樹のまっすぐな言葉に、琴葉は理解力を失う。それは、想像もしたこともない言葉だったからだ。だって、智樹はずっと親友だ。と思っていた。
「オレは流羽琥から、琴葉を奪ってやる」
ルークに向き直って、智樹は宣戦布告をした。琴葉はその言葉に「うん?」と眉を寄せた。なんだか、とても嫌な予感がした。
「ふん、琴葉が愛してるのはオレだ」
ルークの自信ありげな顔が、智樹を返り討ちにしようとする。たしかに、琴葉が愛してるのはルークだけど。
「も、もしかして…」
琴葉とルークが愛し合ってること、知ってるの?
「ああ。お前たちのこと知ってるぜ。琴葉、オレにしとけよ。オレなら、琴葉を誰よりも幸せにしてやる」
智樹の言葉に、眩暈を起こしてしゃがみこんでしまった。何か、立っていられない。
「オレは世界で2番目に幸せにしてやる」
ルークは智樹に喧嘩を売るように言った。琴葉は二人を見上げながら、ことの成り行きを見守っている。と言うか、何ていえばいいのか、わからない。
「オレは1番だぜ?」
ルークは怪訝な顔をして言う智樹を、馬鹿にしたように笑い言う。その態度がとても偉そうだ。
「馬鹿か。オレが1番だ。琴葉がいるだけで、オレの幸せは未来永劫、世界で一番だ」
ルークはそう言う。琴葉は、人前でそんなこと言われて、耳まで真っ赤にした。ルークって気障だ。
真っ赤な顔を隠すようにして、二人を見上げると、二人は火花を散らしていた。その二人の背後には、青い穏やかな空とこれまた、穏やかにゆったり流れる雲があった。
二人は琴葉に理解できないことを、ぎゃ、ぎゃ。言い合っている。しゃがみこんでいた琴葉の腕を持ち上げるようにして、ルークが立たせる。そして、そのまま、唇をふさいでしまった。
「ふぅん…くちゅ、ぁ、ふぅんっ」
エロく、長いキスが離れていって琴葉は、ぐったりとルークに身を預ける。ルークは誇らしげに、智樹に言う。
「どうだ。お前みたいな、ひよっ子じゃ、琴葉は感じないぜ」
智樹は真っ赤になりながら、それでも悔しそうに表情を歪めている。勝ち誇って、優越感に浸かりきってしまっているルークには、腕の中で、なわなわ。と震えている琴葉に気づかなかった。
「こ、こ、この、馬鹿ぁぁぁぁぁ」
バッチ―――――ン!
青空に快音が響いた。 |