作中連載『箱庭の少年少女』
ジャンル「ライトノベル」 初回拡大版 前編
※このお話は3000文字を超え、また前後編の構成となっております。ご了承ください
序章 『短編集』
第一話 前 『つけない嘘』(ライトノベル)
「なあ、頼む。うちの妹を外へ引っ張り出してくれないか」
春もうららかなある日の昼下がり。昼食を終えて下校の準備を整えていた俺は、教室に現れた部活の先輩からこのような依頼をされた。
「こんなことを頼めるのはお前しかいないんだ」
「……逆に聞きます。なんでそんなことを俺に?」
鞄に教科書を詰め込む手を止め顔を上げる。だってそうだろう。引きこもりの矯正など普通、部活の後輩に頼むようなことじゃない。
「専門家に頼むのが妥当だと思いますけど」
当たり前の意見を返す。すると先輩はすがすがしいくらい、しれっ、とこう言った。
「え、だってお前が専門家じゃん。二年も引きこもってたし。」
「確かに俺は引きこもっていましたけど。二年も」
意図せずして突っ込みにため息が混じった。確かに俺は中学の頃、世間で言うところの“引きこもり”生活を謳歌していた経験がある。しかしそれを指して専門家と評されるのは初めての経験だ。
「カウンセラーとか教師とかはもうさんざん手を尽くしてくれたさ。でもだめだった。だったらもう経験者しか頼るアテはないだろっ」
「いや、その理論はどうかと思いますが」
百歩譲って俺が引きこもりの専門家であるとしよう。だが決して引きこもりを矯正させることのできる専門家ではない。
「ほかならぬ先輩の頼みです。聞きたいのは山々ですが、正直、お役に立てる自信はありませんよ」
丁重にお断りの言葉を差し出す。しかし先輩はよほど必死なのか、まるで引く姿勢を見せない。
「頼む! やるだけやってくれ! 大事な妹なんだ!」
無理です。頼む! 無理です。頼む!
そんなやり取りを10数ターン繰り返したあたりだったか。結局、先に折れたのは俺のほうだった。
「わかりました……」そう力なく声を吐き出すと、先輩は嬉々として約束の日を取り付け、この場を去っていった。
――だが正直、このときの俺は何もわかっていなかった。
この口約束が、近い将来。我々の学校生活を大きく変えてしまうことを。
箱庭の少年少女
第一話『つけない嘘』
さて翌日の下校時。俺は先輩と共に問題の引きこもりが巣食うお宅へと赴いた。
そしてまずはリビングに通され、作戦を練る。
「俺はいまから少しだけ出かけるという設定でいこう。その間、例の妹には客人の相手をしておくように伝えておく。梶本(俺の名前)は俺が帰るまで、ここで妹といろいろ話を振ってみてくれ。とりあえずはそれだけでいい」
「妹さん、俺の相手なんてしてくれますかね」
「少しは心を開いているからか、俺の頼みはそこそこ聞いてくれる。それくらいなら多分どうにかなるはずだ」
それからふたりで少しだけその後の打ち合わせをした。その間で妹の情報を聞く機会も当然含まれる。その中には特にふたつほど興味を引かれる内容があった。
まずひとつは例の妹が俺と同じクラスの人物であること。あまり気に留めたことはなかったが、うちのクラスにはいまだ新学期から一度も姿を見せていないクラスメイトがいる。確か“工藤なぎさ”と言ったか。それが先輩の妹さんなのだそうだ。
そして二点目は、今回のお相手がかなり特殊な“能力”を身につけていることだった。
「うちのなぎさ(妹)には、嘘が一切通じない」
耳を疑うような先輩の言葉。「え?」と思わず間抜けな声が漏れた。
「家庭環境やら、一家が詐欺にあったことやらが災いしてね。……まあ原因についてあんま詳しいことは言えないんだけど、なぎさは嘘をつくことに関して限りなく過敏なんだ。
例えばカウンセラーが甘い言葉をかけても、それが本心からのものでなければ一瞬で見抜かれてしまってる。だからあいつと会話するときはなるべく本音で話をしたほうがいいって感じだ」
「あの……」
挙手をする俺に先輩は視線で発言許可を出した。
「嘘を見抜けるって、マジですか」
まるで小説の主人公が持っているような設定に眉唾ものの感情を抱く。愚直な先輩がこのタイミングで嘘を言うなどとは思っていないが、ついそんな疑問が口から出た。
「まあ信じられないだろうけどね。
本人が言うには、相手の表情とか声色、身体の微細な震え、態度……とかそういうものに反映される違和感がむちゃくちゃはっきりと見えてしまうそうな。
もちろんあいつも心が読めるわけじゃない。でも相手の言っていることが嘘かどうかはほぼ100%判ってしまう。そういう体質なんだ。その精度は兄の俺からも保障しておくよ。
――じゃ、そろそろ出かけるってことをなぎさに伝えてくる。なにか問題が起こったら連絡をくれ。
あとは頼んだぞっ」
「え、ちょ!」
俺の静止に耳を貸さず先輩は階段を上ってゆく。あっというまにリビングに取り残された。
……嘘が全て見抜かれる、ねえ。
一人で待つ間。なんとなく、俺は先輩の言葉を呟いて、何度か反芻をしていた。
そしてリビングで待つこと数分。先輩も玄関を出て行った後、問題の妹、なぎさがリビングに姿を見せた。
「こんにちは」
挨拶にも無言。そして無表情。見事なまでのノーリアクションで、なぎさが向かいのソファに腰を下ろす。もちろん俺と向かい合う位置に居てくれるなどという親切設計はない。
(まあこのくらいは予想済みだけど)
気にも留めずになぎさの観察を行う。直接会うのは初めてのことだったが、ぶっちゃけかなり美人だと思った。パッチリ開いた二重に白い肌。首もとで束ねられたつやのある黒髪。引きこもり中は運動不足になるため太りやすいが、無駄な肉のついていないスタイルも持ち合わせている。
笑顔がないため可愛くは見えないが、印象を除いて判断すれば顔立ちもかなり整っていると思えた。学校に通うようになればお近づきになろうとする男子が後を絶たないことだろう。そんな映像が頭に浮かんだ。
「ねえ、あなた」
思案に暮れる最中、急に声をかけられる。少し焦った。しかし表情には出さないよう努めながら、なぎさに向き合う。
「あなた、専門家の人?」
質問から、俺が何者だか彼女に伝わっていないことが読み取れた。まあ適当に相槌を打とうと試みる。
――しかしそこで先輩の言葉が脳裏を過ぎった。
『なぎさには、嘘が一切通じない』
(……本当かよ)
少しばかりの好奇心、つまりは邪悪ないたずら心が胸に芽生える。試してみるか。そう思って俺は
「まあ、そんなものだ」
とこう返した。
するとなぎさ。俺の表情からつま先までじろじろと見回し、小首を傾げた。
「嘘。しかもばれる前提で嘘をついてる。
――あなた何者?」
射抜くような視線が飛ばされる。正直、かなり萎縮した。別に怖いと思ったわけじゃない。先輩の言っていたなぎさの能力が本物だとわかって、異質な驚きを感じたためだ。
(……先輩が俺のことを事前に伝えていた可能性もないわけじゃない。でもそれなら予め教えてくれているだろう。
なにかカラクリがあるのか?)
いや、それではまず先輩がそのカラクリを教えなかった理由から説明がつかない。彼女が確実に嘘を見抜く確かな能力を持っている。もうとりあえずはその前提で話を進めていったほうがよさそうだった。
「……元、引きこもりだよ。言ってみれば専門家みたいなもんだ。
今はお兄さんと同じサッカー部に所属してる。俺はマネージャーだけどね。つまりお兄さんの後輩だ」
「なにしに来たの?」
あえて避けた説明を、間髪も入れずにつっこんでくるなぎさ。普通ならここで『先輩と遊ぶつもりで来た。用事が済むまでここで待つようにいわれている』とでも言えばいい。
しかし目の前の人間にはそれが通じないのだ。嘘を見抜かれるということが思った以上に厄介であること。今、それをようやく体感した。
(本題をかわし続ければ、ごまかすこと自体は……できるのかもしれない。でも後で先輩に聞かれたときに矛盾が生じるかもしれないな)
つまり結局のところ、俺は馬鹿みたいに本当のことを言うしかないようだった。
「まあ……もうわかってるみたいだけど、お兄さんに頼まれて来たんだ。引きこもり経験者として。君の話を聞きにね」
「……馬鹿にしているの?」
「そのつもりはない。多分、先輩にも」
「帰って」
もともと俺の目を見て話さなかったなぎさが顔そのものを他所に向けた。種がはっきりした今、もうこの場を閉めたくてしょうがない様子だ。
だが俺としても先輩の頼みでここに来ている以上、簡単には引き下がれない。もちろん場をつなぐ努力をする。
「俺は先輩が帰るまで、ここで待つよう言われている。だから帰るわけにいかないよ。それに」
目はそらされているが、あえて視線に力を込めて言った。
「それに君も、先輩が帰るまで客の相手をするよう言われている」
なぎさの表情が明らかに険しくなる。けれど反論はせず、その場を立ち去ることもしなかった。どうやら彼女、性質は理知的で正論は聞く引きこもりのようだ。
昔の自分とは違ったタイプだな……と、ちょっと昔の自分を思い返す。そんな淡い回想の時間を引き裂いたのはまたもやなぎさの冷たい声調だった。
「あなたの相手をしろとは言われた。でも話したいことなんてなにもない」
「まあそう言うなよ。襟巻きトカゲの話でもしようぜ」
「興味ない」
淡白なボケをより淡白な態度で潰される。まあツッコミを期待してたわけじゃないからいいけど。
「じゃあ俺の話したいことでも勝手に話すよ」
まだ初日なのだ。場が保てば充分だろう。
それから俺はとりとめのないことを延々と語った。なぎさは相槌ひとつ打ってはくれなかった。まるで一人語りをしているような感覚だ。
だが自分が引きこもりをしていた頃の態度を思えば寂しさも苛立ちも覚えることはなかった。
ただ少しだけ、まるで過去の自分を前にしているようで、胸の締め付けられる思いをした。
「……」
ほとんど間髪をいれずに話していた俺が先輩の淹れていってくれた麦茶を口に運ぶ。するとなぎさはスカートのポケットから携帯電話を取り出した。
そして電話を耳に当てる。コールを待っているのか数分の沈黙が場を満たす。しばらくして、彼女は何も話さずに携帯を折りたたんだ。
(おそらく電話の相手は先輩だな。用件は早く帰ってこいとかそのあたりだろう。
でも残念。先輩は俺が帰るまで君からのコールをとらないよ)
この辺は事前の打ち合わせどおりだ。
「ケータイ、持ってたんだな」
俺が言うと「……しらじらしい」と冷たくあしらわれた。知らないフリまでもきっちり見破られる。その精度に内心で舌を巻いた。
「……まあ別にそのことを変わってるとか言うつもりはないよ。家族間通話が無料のケータイは内線代わりに使えて便利だよな。俺も昔は随分とお世話になった。まあ内容はほとんど『腹減った。飯もってこい』だったけどね。
別に悪意があって言ったわけじゃないんだ。ケンカを売ったつもりもない」
「……」
なぎさは相変わらず素っ気なかった。だがかまうことなく続ける。
「ただちょっと羨ましいと思った」
昔の記憶をなぞりながら、嘘の混じらない気持ちを言葉にする。
「当時の俺には電話なんてかけられる相手がいなかった。使ったのはメールだけだったよ。誰の声も聞きたくなかったからな。
誰にも会いたくなくて部屋からも出なかった。いや、出られなかった。
……でも君には少なくとも、声を交わすことのできる相手がいる。それってすごく心強いことだと思うよ」
言葉が出きったとき、ポケットの中で携帯が震えた。先輩の帰宅が近いようだ。今日のミッションはひとまずこれで終わりになる。
合図を受けて俺はソファを立ち上がろうとした。そのときだ。
「別に私は、自分が恵まれてもそうでなくても、全然どうでもいい。あなたの価値観なんか知らない」
なぎさの口から出た相変わらずの言葉。しかしはじめて、彼女は俺の語りに応えてくれた。
(お!)
もしかして脈ありか? ちょっと調子に乗って、予め用意しておいた連絡先を差し出してみる。今日はおよそ無理だと思っていたが今ならいけるかもしれない。そんな期待を込めて彼女の前にメモを出した。
が、残念ながらそれは目の前で破り捨てられる。
まあそうだよね。
軽く頭を掻いて俺はその場を立ち去った。
玄関口を出る。そこで当初の打ち合わせどおり、先輩に今日の首尾を報告した。
「先輩の言ってた通り、ほとんど相手にされませんでした」
「まあ、そうだろうな」
「連絡先もきっちり破り捨てられましたよ」
「予定通りじゃないか」
先輩が苦笑いを浮かべる。ただ俺が
「でもそっぽ向きながら、話はちゃんと聞いててくれたみたいです」
と言うと、先輩は
「それは……予定通りじゃないな」
と悪態をつきながらも
「でも期待以上じゃないか」
そう言って、ニッ、と笑った。
こうして我々の“引きこもり矯正プロジェクト”第一日目が終了。
現在、特筆して成果なし。
ただ解決の見通しあり。同メンバーにて計画を続行すべきと、先輩に報告を済ませた。
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