序章 『短編集』
『水平思考ゲーム ファイナル』 ⑥(推理)
第六話 真相
タキヅカの思考はこうだ。
アジトには誰も入れない。……ならば黒幕は、最初から部屋の中にいたのではないか。
疑えば映像の違和感を嗅ぎ付けるのは簡単だった。薄暗い部屋の中、描写されるのは三人の“男”の挙動ばかり。不可解な状況もすべて男たちの台詞がそう思わせるだけなのだとタキヅカには気がついていた。
「で、ではなぜAが倒れた直後、その“女”はBとCに疑われなかったんだ!?」
ギャラリーの誰かが声を上げた。
「そ、そうだ。Aが倒れた直後、CはBだけを疑った! 女のことを一言も口にしていない!」
彼の言うことももっともだ。確かに三人の男の他に女が最初からいたとすれば、女がAを撃った容疑者からはずれているのはおかしい。
だがそんな更なる不可解も、テーブルに向かう男にはすでに答えの目星がついているようだった。
「女は立場上、Aを撃つ事など不可能と思われた人物だったからさ」
「不可能と思われた……?」
「ああ」
「武装していないはずの人間ということか? しかしそんな人間がなぜアジトに」
「その人間がいたことこそが、現金強奪を成功させた鍵になるからさ」
方々から疑問の声が沸き立つ。しかしプレイヤーのタキヅカは至って冷静に、
「資産家から四億。どうやって奪ったか」
そう言って人差し指を伸ばした。
「現金を力技で奪う方法はいくつもない。それも四億なんてぶっ飛んだ額だ。個人が一箇所に保管しているケースなんてありえない。
犯人は資産家に“四億を用意させて奪った”そう考えるのが妥当だろう。
ではなぜ資産家は犯人グループの都合のよいように四億を集めたのか。そしてアジトにいる女性とは何者か」
丁寧に正確に、宝石を削りだすようにゆっくりと論理が詰められてゆく。
現金強奪の手段という事件の背景に着眼し、かつ、女がアジトにいた可能性を確かめた。
――その時点で勝負は大勢を決したといっていい。だがタキヅカはあくまでも抜かりなく、コンマ数パーセントの“負け筋”をも完全に塞ぐよう思考した。
「強奪の手段と女の存在を結びつけて考えるのが妥当だろう。
――六つ目の質問だ。
犯人グループが資産家から現金を強奪した手段は、“誘拐”じゃないのか」
もはや質問ではない。確認だった。「YES」そう答えるディーラーに対しても、「ほらな」の一言だった。
「ではまさか」
タキヅカが小さな頷きをデイサンに返す。
「ああ。アジトにいたのは“女の人質”さ。BとCの二人も拘束されているはずの人質がAを撃ったなんて疑えない。そしてそいつが今回の黒幕さ。
ここまで来たら後は確かめるだけだな」
視線を戻すと共に、唇が動く。
“止めだ”
何も聞こえなかったが、そう言っているようにデイサンには見えた。
「――最後の質問だ。
アジトには最初から人質のふりをしたボスがいた。そいつがグルだったAを殺し、現金を持ち去った犯人だ。
正しければYES。そうでなければNOと答えろ」
喉元に刃物を突きつけるような一言。
「YES」
返されたディーラーの声はまるで蚊の鳴くような声だった。
「おおぉっ!」
熱を帯びていた会場が沸く。誰もがタキヅカの勝利を確信した。
そんな中デイサンだけが冷静に、タキヅカへ問う。
「Aと人質がグルなのはわかった。
ではなぜAは人質、いや、ボスを殺さなかった? 殺せば金を独り占めできるんだろう?」
「四億を独り占めするのが目的じゃなかったからさ。
Aが欲しかったのはおそらく金と“人質の証言”。つまり安全だ。
ボスは一貫して人質の立場だ。そいつがでっち上げの証言をすれば、Aは金を得られて、なおかつ先の安全が保障されるって算段だろう」
「成程な。女は自分の家から四億を奪おうとしていたわけか」
「そうだ。家の財産が四億あるのと自分が個人として四億を持つのは違うからな。
さ、決着の時間だ」
鋭く対決の相手を睨んでいた瞳がそっと閉じられる。
「答え合わせをしよう。
最初にAが倒れたのは狂言。BとCが仲間割れするのを待ち、Bを殺したCが油断したところを殺した。
そして人質であり共犯者の“ボス”の縄を解いたところ、ボスに撃たれてしまった。
停電は意図的なものだから、もちろん復旧させることはできる。ボスは停電を復旧させ、予め用意しておいた別の場所に現金を移して隠した。
そして後は警察に保護されるのを待つだけ。現場の状況はそれらしいことをでっち上げたか、分からないとでも言ったんだろう。
これが事件の真相だ」
推理の果てに行き着いた回答を澱みなく口にする。
――最後は流石にタキヅカも固唾を呑んでディーラーの宣言を待った。
一秒が長く感じる。張り詰めた空気が火照った肌をひりつかせる。
吐き気のしそうな緊張だった。
こればかりはいくら修羅場をくぐってもなくならないな。
そんな思いを押さえ込み、タキヅカはゆっくりと瞳を開いた。時を同じくしてディーラーの口が開かれる。
「正解です」
宣言と共に倍近くの高さへと積まれたチップがタキヅカの目の前に置かれる。
後はもう歓喜の爆発だった。
耳をつんざくような拍手が大勝負を制した青年へと向けられる。
「――見事だ」
脇に居た相方の声すらも届かない。タキヅカはただほっとしたように肩を下ろした。そしてデイサンを振り返り、本当に珍しく満面の笑みを向けた。まるで少年のような笑顔だった。
『終わったか。
いや、此処からが始まりだな』
カジノ三階最奥。President section。
現場の大騒ぎをモニター越しに見ていた男は、目いっぱいグラスを傾け、ソファを立った。
『鼠狩りの始まりだ』
狂気を帯びた眼光の先には小切手を受け取るデイサンの姿が映っていた。
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