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ジャンル「コメディ」 字数2100~2200
序章 『短編集』
『撤去しました』(コメディ)
 うちの近所に小さな公園がある。広場の隅に滑り台と砂場、水飲み場、そしてトイレがあるだけのしょぼい公園だ。
 子供の頃、俺はよくこの公園で遊んでいた。だから一応の弁護をしておこう。
 この公園も昔は今ほど寂れた公園でもなかった。

“撤去しました”
 
 かつてブランコが設置されていた場所にはそんな立て札が立てられている。
 子供の安全を守りましょう。……そんな名目のもとで、ここにあった遊具は次々に撤去されていったのだ。回転する球体のジャングルジムにバネつきの木馬。子供たちが生傷をつくりながらも、遊びの幅を広げていた魅惑の遊具はいまやその影も残していない。
(ついにブランコまで撤去か。多少のスリルもない遊びの何が面白いのかね)
 朝の通勤途中、茂みの向こうに見えていたブランコが消失しているのに気がつく。ついため息が漏れた。幼い頃にあのブランコで遊んだ思い出が脳裏にじわりと甦る。
(そのうちあの公園も“撤去しました”の札でいっぱいになるんだろうな。いっそ広場にしたほうがまだ遊びやすいんじゃなかろうか)
 自らの想像に苦笑してその場を去る。なんとなくブルーな気分で会社へと向かった。ただそんな気分も、デスクの資料を開いたあたりで吹っ飛んだ。



 まあ前置きはその辺にして。
 突然ですが、俺は今すごく腹痛に苦しんでいます。


「くそ! やはり駅のトイレで待つべきだった!」
 俺は10分ほど前に『家まで我慢する』という判断を下した自分を呪った。
 腹痛には波がある。家までは余裕でもつと思っていたんだが……。
 不自然な小走りで家路つく。だいたい3分の2くらいは進んだが、それでもまだ7、8分はかかかる道のりだ。腸運動の波にもよるが、正直、我慢しきれるかはかなり怪しい。
「お」
 そんなとき目に入ったのが前述の公園だった。
 そうだ、公園ならトイレがある。渡りに舟!
 俺は勇んで広場の端にある建物へと向かった。

 男性用のトイレには個室がふたつあった。急いでいる俺は手前の個室に足を踏み入れ、すぐにベルトへと手を伸ばす。
 しかしそのときだ。俺はなぜか、本当に意味もなく今朝の出来事を思い出した。
 なくなっていたブランコ。そして“撤去しました”の札。そして今日に限ってその光景が妙に気になった自分。
 ……これってもしや、物語で言うところの『フラグ』ってやつでは?
 一気に警戒の念が高まる。もしかしたらこのトイレでも、思いもよらないものが撤去されているのかもしれない!
 普通に考えれば間抜けな思考である。しかし腹痛で冷静さを欠いていた俺は妙にヒロイックな気分で確認を始めた。
(そこか!)
 便器の脇を見た。トイレットペーパー……はちゃんとある。撤去されていない。
(と、見せかけて背後! ドア板か!)
 振り返る。バネで開きっぱなしだが、扉もちゃんとそこに存在していた。
「……。まあ、そりゃそうだよな」
 俺はそこでようやく一息をついた。トイレットペーパーが切れていることならまだしも、撤去されているなどはさすがにありえないことだ。
 馬鹿なことやってないでさっさと用を足そう。――そう思って、扉に手をかける。
「ん?」
 扉に触れた右手に妙な感触を覚えた。扉に何かついていたのか? 手を離すと、扉に自分の手形が残っていた。
 キイィと高い音を立てて扉が戻る。そしてはじめて、扉の外側にある張り紙が目に入った。


“ペンキぬりたて”


 手を見やる。見事に白く染まった俺の掌。
「っちっくしょう!」
 乱れたベルトを直す間もなく個室を飛び出した。このままではズボンを脱ぐ際にペンキが付着してしまうではないか。それに紙をとる際にも利き手がこれでは不便がある。
 だが塗りたてのペンキなら洗えばそれなりには落ちるはずだ。
 まだ便意は我慢できそうなので素早く手洗い場へと向かう。5秒で到着! そしてペンキのついていない左手を蛇口に伸ばす。
 しかし手洗い場には狙い済ましたかのように
“撤去しました”
の札が貼られていた。

 おお神よ。私が何をしたというのです。

(――いやいや、パニックに陥ってる場合じゃねえって!) 
 無意味に出かかった祈りの言葉を飲み込み、思考を働かせる。……そうだ! 確かすぐ傍に水飲み場があったはずだ。確か今日の朝、ちらっと見た気がする。今度こそ撤去されているなんてことはない。
 俺はすぐに建物を出た。水飲み場はすぐ傍。
 そこへは4秒で辿り着けた。すぐに蛇口をひねる。水はちゃんと出た。ペンキがしつこくて落とすのに手間取る懸念もあったが、手は瞬く間に肌の色を取り戻した。
 よし、後は用を足すだけだ。
 手の水を切り、背後のトイレへつま先を向ける。しかしそこで足が止まった。
 自分の腰ほどの高さに、ツインテールに髪をまとめた女の子の頭が見えたのだ。
 その子は言った。
「ねえ、おにいさん。なんでズボンはいてないの?」

 ――言葉の意味を脳が理解する前に、視線は自身の下半身へと降りていた。
 露になったトランクス。ずり落ちたズボン。
 そして個室を出るときに締めそびれたベルト……。
 すべてが目に飛び込んできて、一瞬、視界が真っ暗になった気がした。


 その後、女の子にどんな言い訳をしてトイレに向かったかは覚えていない。
 まあご近所問題にもならず、トイレに間に合わないという結末にもならなかった。
 だが俺は、負けた、と思った。運命に。
 結果として目標を達成することはできたけれど、個室を出たときの俺は、言葉にできない敗北感でいっぱいだった。
遊びは危険だから面白いんじゃないか。なあ? 相棒


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