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ジャンル「コメディ」 字数3100~3200
序章 『短編集』
『アイディア商品開発室』(コメディ)
 彼はバカか、天才か。
 入社の頃から何度、わたしは頭を悩ませたかわからない。
 現在は同じ職場で働いている男、その名は田村。友人がアイデア商品を扱うベンチャー企業を立ち上げた際に、わたしが招いた人材だ。
 どんな男かを一言で表すと、生粋の変わり者。あるいは変人と言っても差し障りはない。
 とにかく一般人とはちょっとずれた思考回路の持ち主で、昔から周囲に奇異の目で見られていた男だ。
 どういう風に変かというのはまあ置いておくとして、田村はその変人さゆえか就職先が決まらず、大学を卒業してからも暇そうにしていた。そこで小学生の頃からの知り合いであるわたしが彼を入社させたのだ。当時会社は人員不足にあえいでおり、わたしの紹介の後押しもあって、田村の入社はあっさりと決まった。
 アイデア商品の開発を担当するわたしは、田村の変人的発想に期待していたのだ。
 彼ならきっと、常人には思いもつかないような商品を考え出してくれる。
 そんな期待を抱きつつ彼と開発をはじめて早二ヶ月。思惑とは違い、未だにまともな企画書の一枚も作れていないわたしは焦りはじめていた。

「今日こそは上の目に適うような商品を作るわよ。このままなんの成果も出せないようじゃ、わたしらマジでやばいんだからね」
 わたしの叱咤に、田村は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「今回の商品には自信があるよ。実はすでに試作品も作ってきた」
 そう言って鞄を漁り、商品を机上に置く。
 ゾンビ(?)のようなロボットのような人形だった。そしてゾンビの足元には、小さな女性の人形が台座に固定されている。
「なに? これ」
 わたしが問うと、彼は「ライターだよ」と簡潔に答えた。どうやら足元の女性はスイッチになっているらしい。
 こんなのがアイデア商品……? つまらない結果を想像しながら女性を押してみると、
『焼き払えッ!』
という叫びとともに、ゾンビの口から炎が噴出した。

 これ巨神兵じゃねーか!!

「おもしろいっしょ? ちなみにオイルが減ってくるとね……」
 内蔵された燃料を抜いて再度女性の、もといクシャナ殿下の頭をプッシュする。

『どうした、撃て! それでも世界で最も邪悪な一族の末裔か!』

 微妙にセリフが変わった。
「どうよ!」
「どうよじゃねーよ」
 わたしはでかいため息を巨神兵に吹きかけた。
「版権にバリバリ抵触しちゃってるじゃない。あとアイデア商品の意味も微妙に履き違えてる気がする」
「でも面白いだろ? それにお前、ジブリとか好きだったじゃん」
 好きとかそういう問題ではなかろうに。確かに面白いっちゃ面白いけど、こんな一発ネタのためにジブリを敵には回せまい。
 何度か押してみると、他にもいくつかセリフがあるのがわかった。
『すまぬ』
 クシャナヴォイスに代弁させる田村。若干のイラつきを覚えたのは言うまでもない。
 他にまともなのはないの? わたしがそう目で訴えると、田村はすかさず次の商品を取り出した。
 机上に置かれた棒状のものを手に取る。見たところ、普通のシャープペンシルだ。
「シャーペンだ」
「シャーペンよね」
 ……。
「で?」
 わたしが軽くメンチを切ると、田村は慌てて説明を始めた。
「た、ただのシャーペンではない。なんとこのシャーペン、ノック一回につきちょうど1ミリの芯が出るように設定されているのだ」
 親指でシャーペンの尻をノックすると、かちりと音を立てて芯が出た。一度に出る芯が心なしか市販のものよりも長い気がする。
 しかし、だからなんだというのか。わたしがそのように問うと、田村はやたら不敵な笑みを浮かべた。殴っちゃおうかな? とか若干思ったりもしたが、とりあえず説明を聞くまでは耐えることにする。
「このシャーペンはきっかり1ミリしか出ないシャーペン。つまりこの機能を使えば、算数・数学の特定の範囲を簡単に攻略できるのだ!」
 ……。
「たとえば比の値を求める問題でも、ノックの回数によって公式を用いなくとも答えを出すことができる。これなら小難しい公式を暗記する必要もなければ、計算ミスだって防げる。同様に長さを求める問題だって楽勝だ!」
 ……。
「これが普及したら算数業界に革命が起こるぜぇ! 近い将来、教室でこのカチカチ音が重奏を奏でる日もそう遠くは……」

 よし、殴ろう。

 革命がどうたらのくだりですでに握力をチャージしていたわたしの拳は、田村の眉間を正確に打った。
「いてえ!」の叫びとともに悶絶する田村。
「文科省にもマークされたいの? こんなのバトエン(バトルエンピツ)よりも迅速に禁止令が出されるわよ学校で。あんたの考えるのはどうしてこうも敵を増やしそうな代物なわけ?」
「で、でも画期的だろ? それにお前算数とか苦手だったから」
「どうしてわたしの好みばっか……」
 そこまで言って気がついた。いや、自ら口にしてはじめて気がついたというべきか。
 今まで、田村が提案してきた商品たちの法則に。
「ねえ、あんた。どうして、いつもわたし基準で商品を考えてくるの?」
 わたしは、ジブリ作品が好きだ。特に風の谷のナウシカなんかは子供の頃から大好きで、小学校のころはナウシカの筆箱を使っていた覚えがある。
 そんな小学校時代、特にわたしが苦手としていたのは算数だったっけ。計算が素早くやれず、テストはいつもからっきし。一部のクラスメイトから馬鹿にされ、悔しい思いをしたこともあった。
 昔からの知り合いである田村が提案してきた商品の数々。偶然と片付けるには符合が揃いすぎている。
 わたしの問いに、田村は少し戸惑いを見せながらも、はっきりと答えた。
「だって、俺はお前に喜んでほしかったから」

 ――俺はお前に感謝してたから、お前の喜びそうなものを作るのにモチベーションを感じているんだと思う。だって、お前がいなかったら俺は今でも無職生活のままだ。これまでは誰も俺を認めてはくれなかった。けどお前は俺の特性を信じて、俺をここに呼んでくれた。
 そのことへの感謝がずっと俺の意識の底にあったんだ。だから自然と、お前のことを考えてアイデアを練っていたんだと思う。

「でもそれじゃ本当の意味でお前に恩を返すことにはならないんだよな。……ごめん。俺、全然役に立てなくて」
 沈んだ声でわたしに謝る田村。わたしは彼のゆがむ表情を見て、胸の痛みを自覚した。
 彼はわたしのために頑張っていたのだ。結果はどうであれ、全部、わたしのために本気だったのだ。
 商品開発は大事なことだが、彼の気持ちもまた無下にしたくはない。わたしの中で実績を求める合理的な思考と、パートナーに対する情がともに熱を帯びたような心地がした。
 だったら……
「田村」
 彼の名を呼ぶ声が静かな会議室に反響する。
「これからも変わらず、わたしのために商品を考えなさい」
 わたしの声に、田村は机に落としていた視線を戻した。
「わたしが、消費者のニーズを的確に反映できる人材になればいいのよ」

 そうだ。わたしが変わればいいのだ。
 田村はいつもわたしの好みを的確に捉えた商品を提案してきた。世間にうけるかどうかはともかくとして、わたし個人としてはどれも面白いと感じた商品ばかりだった。つまり方向性さえ定めてやれば、田村の才能は確かなものであるといえるわけ。
 だったらわたしがニーズを捉えられれば、彼の発想によってそれを魅力的な商品として具現化できる。
 彼の才能を生かすことができる。
 都合のよい見通しなのかもしれないが、とにかく、やってみなくてはわかるまい。
「いままで、あんたひとりに頑張らせてごめん。これからはわたしもセンスを磨いて、いい商品作れるように協力するから」
 わたしの心からの言葉。田村にも届いたようで、彼の表情がフッと緩むのがわかった。
 そして何故か机の上のライターをわたしに差し出して、ボタンを押す。

『すまぬ』

 気付いたら、わたしの拳は馬鹿の眉間を捉えていた。
コンセプトは”清清しいくらい台無しのオチ”


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