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④から続いています。
序章 『短編集』
『古畑任三郎の弟子』⑤(推理)
「それではさっそく、事件の全貌を明かしていきましょう」

 死体のある通話スペース。外には車掌を立たせ、西園寺と私のたった2人だけを前に、女刑事……ミサキは口火を切った。

「まずは確認です。この殺人はお金目当ての犯行ではありません。お財布からお金を抜き取ったのは犯人のカムフラージュです」

「まあデジカメを持ち去らず破壊している点から見てもそうでしょうな」

 私はテンプレどおりの返事をした。デジカメはさすがに持ち去ろうという気にはならなかったのだ。あの時は鞄も持っていなかったし、あのデジカメはポケットにしまうには大きかったから。

「お目当てはおそらくデジカメの中身。ここに動機があるから犯人はデジカメを壊したんでしょう。
つまりはこのデジカメにあったデータさえわかれば、犯人に目星をつけることができるわけです」

 それはその通りだ。確かにデータの中身がばれれば、私と愛人の旅行もばれる。そうなれば私が犯人だと疑う充分な根拠になりえるだろう。

 だが調べることができないようにあえてSDカードを壊したのだ。それがあるから私には余裕があった。しかしミサキはその自信を、次の瞬間、粉々に砕く。

「データの中身がわかりました。答えは彼の着ていたジャケットの内ポケットにありましたよ」

 そして彼女は一枚の写真を私に提示した。そしてそこには……私が愛人と仲良く手をつないで微笑んでいる姿が映し出されていた。

「ど……うしてこんな写真が……」

 枯れたような声が喉の奥から絞り出た。対してミサキはきわめて流暢にそのわけを説明した。

「被害者の滝本さんが、データのほかに写真も用意しておいたのですよ。
 彼は会社の上司とその愛人の関係を写真に収めた。そしてそのデータを取引するときのために、写真も一緒に現像しておいたのでしょう」

「どういう……ことです?」

 馬鹿な! という叫びをすんでのところで飲み込み、声を絞り出す。

「――それは安全に取引を行うためです。想像してみてください」

 ミサキは静かに目を閉じて語った。

「デジカメに愛人との逢引を収めた……そう言って相手がすんなりとそれを信じてくれれば問題はありません。すぐに取引を行うことができます。
 けれどもしそれを相手が信じなかったら?」

「……なるほど。相手を信じさせるためにデジカメの中身を見せる必要が出てくるね」

 西園寺の相槌にミサキが頷く。

「そう。デジカメの中身を見せて信じさせなきゃいけない。相手がハッタリと思い込んでしまったら面倒ですからね。
 でもデータの存在を確認させるために直接、デジカメ本体を渡すわけにはいかないでしょう? なんらかの手段で奪われてしまうかもしれないから。となると相手に見える形で提示するための写真を一枚、脅す側が用意しておこうとするのは自然な考えです。
 だからわたしはデジカメが壊されているのを見た時点で、被害者はどこかに写真を持っているだろうと見込んでいました」

 ミサキはそれだけ言って視線を私に戻した。動機を示す決定的な物品を見つけて解決を確信したのだろう。自信がその瞳から見てとれる。

 確かに奴が写真を持つ可能性にまで頭が回らなかったのは私の失策だ。それは認めよう。

 だが私だって必死だ。このくらいのことで罪を認めるわけにはいかない。

「――そうですね。私はその写真にある通り、女性と逢引をしていました。それも妻以外の女性と、です。言い訳をするつもりはありません」

 しかし……そう付け加えて、あらかじめ言うつもりだった言い訳を口にする。

「私は滝本君に写真を撮られていたことなど知りませんでしたよ。それをネタに脅されてもいません。
 だから殺された彼が私の写真を持っていたのはたまたまです。あるいは犯人が私に罪を着せるために、彼のジャケットへ写真を忍ばせたのかも」

 無理がある。けれどありえないとも言い切れない仮説を私は提示した。

「この写真を動機と“仮定”するなら明らかに怪しいのは私です。が、犯人が私であるという物的証拠にもならない」

 往生際に立たされてなおも抵抗を試みる私に、西園寺は無機質な視線を送ってきた。そこから感情が読みきれない。きわめて不気味だ。

 しかし私とていまだ決定的な証言は引き出されていない。そのくらいで怯んでたまるか! 負けじと2人を睨み返す。

「お話はこれだけですか。なら私は座席に戻ります。もう駅に着く頃でしょうしね」

 失礼……と、その言葉が出掛かる瞬間。私の台詞はまたもやミサキによってかぶせられた。

「ありますよ。証拠」

「は?」

 明らかに威圧を含む私の声にもまるで動じず、ミサキは淡々と話す。

「犯人はミスをしています。お金目当ての犯行に見せかけるというミスをね」

「――ああ確かに。でももうそれはどうでもいいでしょう?」

「そうでもないんですよ。その行為が、今回の事件を解決する証拠になってくれるはずです」

 ミサキはそう言って財布を取り出し、お札を1枚抜いて見せた。

「犯人はお金目当ての犯行に見せかけようとした。つまりお札を被害者の財布から持ち去っているんです。
 “被害者の指紋のついたお札”をね」

 彼女の指に挟まれた札がぴらぴらと音を立てて空を切った。

「つまりそのお札が、物的証拠です」

 その見解は確かに詰みの一手にふさわしいものであった。もしも私の財布から被害者の指紋つきの札が出てこればもう言い逃れはできない。

 ――だが残念。その手はもう私の読みの範疇にあった。わたしはミサキが最後、この手で私を仕留めにくると読んでいたのだ。

 ゆえに対策は万全である。私の財布に、例の札は“もうない”。

「……ほう。ではあなたは私の財布から被害者の指紋がついた札が出てくるとでも?」

「いえ。思っていませんよ」

「はあ?」

 まったく回りくどい女だ。話していてイライラする。

「だったら証拠にならないでしょう」

「……持っていないのは知っています。だってあなたはわたしがここに呼び出す前、すでにそのお札を使ってしまっているのですから」

 こいつ気づいていたのか。まあ問題ないとは思いながらも、予期されていたことが気に入らず舌打ちをする。

「わたしに疑われているのを知って、急遽、証拠のお札を売店とタバコの自販機で使ったのでしょう?」

 そこまでわかっていたか。その鋭さには正直舌を巻く。

 そうだ。ミサキの言うとおり、私はもう2枚のお札を使ってしまった。私が疑われている以上、これ以上滝本の指紋がついたお札を持っているわけにはいかないと思ったから。

 もちろんそのお札に私の指紋はつかないように注意した。ゆえにそれを発見されたとしても、私が証拠隠滅のために使ったお札なのか、生前の滝本が使用したお札なのかを確かめるすべは無い。

 ミサキもそれを知っているなら私を追い詰める証拠が出ないこともわかっているだろう。彼女の失策は、あからさまに私を疑う態度を見せてしまったことだ。それさえなければ、私は未だに証拠のお札を持っていたかもしれないのに。

 まあこいつの策もここまでだろうな……。そう思った。だがミサキはこの期に及んでまだ手を隠し持っていた。

「それでも、犯人はあなたであること以外にありえません」

 ――それも必殺の一手を。

 それから1分。この事件に決着をつける、最後の駆け引きが始まる。
 


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