ジャンル「ショートショート」 字数1200~1300程度
ある夜のことだ。俺は職場の同僚に誘われ、ちょっと高級なダンス・クラブへ遊びに行った。
俺はたいして金を持っている男ではない。しかしプロジェクトを成功させて褒賞金を得た同僚が、飲み代を奢ってやると言ったから、場違いとは思いながらもくっついてきたのだった。
一通りのダンスと酒を堪能した後、ほろ酔い気分を冷ますべくバルコニーに出た。
すると10Mくらい離れた場所だろうか。酒が入っているため曖昧だが……まあそのあたりに、男性たちと談笑するひとりの女性を見つけた。
俺はその女性をどこかで見たような気がして……いや、どこかで会ったような気がして、か? まあ何か感じるものがあって、遠巻きにその女性の姿を見ていた。
はて。どこかであの女性と会っただろうか。
冷たい空気を吸いながら鈍った脳細胞に問いかけてみるが、有力な情報を得ることはできなかった。
しかしどうにも気になってその女性をじっと見た。まだ若い。化粧の仕方で多少、大人びて見えるが、まだ22・3くらいの小娘だろう。メイクの下に瑞々しい肌を隠していることがはっきりと見てとれる。
ただ俺ももう40の身だ。20過ぎの娘と知り合う機会などない。ではどこかですれ違った程度だろうか。でもそれなら大して性能のよくない俺の脳が覚えているか?
いろいろと疑問が膨らんでゆく。そのうちに、足が自然と女性への距離を詰めていた。するとそんな俺の様子をどこかで見ていたのか、同僚が傍に寄ってきてこのように言った。
「なんだ。お前、あの娘に興味があるのか。話をさせてやろうか?」
「できるのか?」
頷く同僚。どうも彼女と見知った仲らしく、機を見て女性に話を通しに行ってくれた。
「いつもお世話になっています」
同僚は女性に対し、恭しい敬語で挨拶をした。女性も華やかな微笑でそれに応えている。
(おいおい。10も年下の娘にあいつが敬語でしゃべってやがる……)
俺は女性の身分がますます気になった。まさかどっかの重役の娘か、はたまた同伴者かなにかだろうか。見覚えがあるのも、どこかの会合でお偉いさんの脇にいたためか?
――だとすれば俺もさっさと挨拶しにいかなければまずい。そう思い、女性がどこの誰だかわからないままに、同僚の傍に寄って女性に挨拶をした。
そうして二言・三言の世間話を交わす。声にも聞き覚えがあった。だがそれでも、自分は彼女とどこでどのような形で会ったのか。それだけが思い出せない。
俺はどうしても我慢できずに「どこかでお会いしましたっけ」と女性に聞いた。もし会ったことがある相手なら後で謝る覚悟もできていたから。
すると女性は少しの間を置いてはにかむような表情を作った。
「たぶん、画面の向こうでですよ」
「……ああ、芸能人の方でしたか」
「いえ、まあ、その……」
女性が顔を寄せてくる。息がかかりそうな距離に迫られ胸が高鳴る。
女性は俺の耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。
「わたし、AV女優なんです」
ほとんど次の瞬間だった。俺は脊髄反射のような速さで、改めて同僚と同じ挨拶を彼女にした。
「あ、その、いつもお世話になってます」
女性読者にそっぽ向かれそうな出だし。こんな短編集ですがよろしくお願いします。
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