11話 「達成の鍵」 2/4
昼近くになると、かなり広そうな村に到着することができた。
この辺りは、腕のいい農民の集落なのだろう。村に入る少し前から一面の青々とした小麦畑だった。
ところどころに大きな風車も建っている。谷あいの村で生まれ育った私には、広々とした景色が気持ちがよくて、もう朝から休みなく歩いている疲れも忘れてしまうほどだった。
やっと民家らしい建物のあるあたりまでやって来た時、ウッジがやっと口を開いた。
「ウチ、少しだけお金を持っているの。ここで何か食べ物を分けてもらえないか、聞いてみる。」
そういって、低めの垣根越しに中の様子をうかがってみるが、誰かがいそうな気配がしない。
「この辺り、農家っぽいからねー。もしかしたら昼間はみんな野良仕事に出かけているのかなもな。」
「確かにここに来るまで、ずっと麦畑だったもんね。…あれ、チャーちゃんどうしたの?」
そういえば、ちょっと前からチャルカの声を聴いてなかった。5歳の女の子には、そろそろ限界なのかもしれない。
「…大丈夫だもん」
ぽつっと、強がってみるけど、完全に大丈夫ではなさそう。
見かねたウッジが「もう、仕方がないなぁ。」といって、背負っていたリュックを前に回した。
そして、チャルカに背中を向けてしゃがむ。
「ほら、チャルカ。」
それを見たチャルカが、いかにも糸が縺れた様な顔をして、むむむむむ…とウッジを見ていた。
「チャルカ、おんぶしてもらったら? 」
ストローのその言葉が引き金になったみたいで、チャルカが泣き出してしまった。
「やだーーーー! 歩くもん!わーーーーーん! 」
「はいはい。歩く歩く。メイシアごめん、チャルカを背中に乗せてくれる? 」
「え? あぁ…うん。」
チャルカはすこーしだけジタバタと抵抗をするものの、私が脇の下に手を入れて抱えるとヤダヤダ! と口だけで、すんなりとウッジの背中に吸い付いた。
「よいしょっと。」
チャルカの声だけ攻撃も気にしていない様子で、ウッジが立ち上がった。
「じゃ、農作業している人を探しながら歩いて行こうか。」
チャルカがウッジの背中でそこそこ暴れている。
「気にしない気にしない。そのうち、寝てしまうから。」
「寝ないもーーーーん!! ゼッタイ寝ないもん!! 」
「はいはい。」
そんな二人のやり取りをあっけにとられながら、再び歩き始めた。
程なくして、ウッジの言う通り、チャルカは寝てしまった。
子供は子供だなぁ…と寝顔を見て思う。
「ウッジ、大丈夫? オラ、代わろうか?」
「いや、大丈夫っていうか、ウチにはそのストローの荷物は絶対もって歩けないし…」
「…それもそうだね、あはは。ごめん」
確かにストローの荷物はすごい大きい。私も絶対に無理だ。何が入っているんだろう…。
「あ、私が代わろうか? 」
「いいよ。気にしないで。よくあることなの。それよりほら、あそこ。また家があるよ。人がいたらいいんだけど。」
私たちが向かう方向に民家らしい建物が見えていた。
そこまでたどり着くと、脚が疲れてきたこともあるし、お腹も減って休憩もしたいし、もしわかるものなら、ロードさまのところまでの距離や道程なども聞きたいので、誰か居ますようにと祈るような気持だった。
背の低い垣根越しに何か見つけたようでストローが声を上げた。
「あ、おばさん! すみません! …あ。気づいてくれた。こっちに来てくれるよ」
背の高い人はいいなぁ。
垣根の向こうで、住人が何か合図をしてくれたようで、ストローが「あ、あっち? 分かりましたー! 」と身振りをしながら答えた。
「玄関あっちみたい。行こう」
黄色いレンガの道から垣根沿いのあぜ道に入ったところに玄関があった。
出てきてくれたのは、背の低いおばさんだった。私と同じくらいの背の高さだろうか。大人にしては低い。
「何か御用? 」
私が住んでいた地域では見たことのない白い三角巾を立てたような帽子に、カラフルなディアンドル。あと、木の靴を履いていた。
「私たちは…」とロードに会うために旅をしている…と説明しようとしたとき、
「まぁ、あなた、そのペンダント。」
「? ……これですか? 」
私の着けているペンダントを見て、目を真ん丸にした。
「タイヘン! とりあえず中に入って。おもてなししなくちゃ。」
何が何だかわからないまま、おばさんに家の中に招かれてリビングダイニングに通された。
「さ、さ。座ってね。お腹減ってない? 田舎料理しかないけど、食べて行ってね。」
と、キッチンへいそいそと姿を消した。
「メイシア、それ何? 」
ストローが、私のペンダントをまじまじと見た。
ウッジがチャルカを薄いクッションのしかれた長椅子の上に下ろしながら「そのペンダントを見た瞬間に、おばさんの態度が変わったけど…」と。
「やっぱり? このペンダント…別に大したものじゃないのよ。私がお手伝いをしていた教会の牧師さまに頂いたの。達成の鍵っていうらしいんだけど。」
そう。これは牧師さまに教会で見習いをしたいと打ち明けた時に牧師さまがくれたものだった。
棒の片側がかくかくと渦になっていてるだけの簡単な鍵のような形をしているペンダントトップ。渦になっていと反対側の端に赤い石が一個ついている。
その時は、今よりももっと子供だったしネックレスもしたことがなくて、とても嬉しかったのだけど、色々物事を知るにつれ、普通教会で貰うならメダイやロザリオなんだと知って、複雑な心境に変化していったというか…なんでこれを私にくれたんだろう? 他で達成の鍵なんて聞いたことが無い。
日ごとに不思議が募り、牧師さまに聞いたりもしたけれど、いつも牧師さまは「信じる心が一番大切なのだ」と答えになっていない返事ばかりで、何も教えてくれないのだった。
「オラの村では見たことないな。」
「でも、そのペンダントのおかげで、お家の中に入れてもらえたような…。次、おばさんが来たら聞いてみようか。」
「…うん。そうね……」
そりゃ、私にとっては牧師さまの形見みたいなものになってしまったわけだし、大切なものなのだけど何か特別な物だなんて思えない。…何だかとても複雑な心境で達成の鍵を見つめた。
しばらくしたら、おばさんがオムレツやら、ジャガイモのスープやら、ニシンという魚やらを運んできてくれて、とても豪華な食卓になった。
「急だったからね、そんなに大したものも出来ないのだけど、許しておくれ。あるものしかないけれど、お腹いっぱい食べておくれよ。」
「わぁ!! めちゃくちゃ美味しそう!! 全部食べていいんですか?! 」
ストローが目を輝かせている。
「もちろんだとも! 」
「でも私たち、お礼できるだけの持ち合わせが…」
「いいんだよ、気にしないで! なんたって、達成の鍵を持っているお方達なのだからね。この村を救ってくれる方たちからお金はもらえないよ! さ、とりあえず、座って座って! そこのお嬢ちゃんも起こしてあげな。起き抜けだと食べられないかね? 」
マシンガンのようなおばさんのおしゃべりと勢いに押されて…空腹も重なって、とりあえず食事を始めることにした…
「チャーちゃん、起きて。ごはんだよ」
食事を始めるので、チャーちゃんを起こそうとするけど起きない。
「メイシア、そんな優しく起こしたって起きないよ。鼻をちょっとつまんでみて。」
「え? …大丈夫? 」
と言いながら鼻をつまんでみたら、一瞬、スンと息が止まって俄かに眉間にしわが寄って、ぷふぁ!! という声とも音とも判別しがたい現象と共に上半身を起き上がらせて、うわーーんと泣き始めてしまった。
「チャーちゃん、ご、ごめん!! 」
「ほら、チャルカ! オムレツがあるよ! 早く食べないと、チャルカの分なくなってしまうよー」
ウッジの言葉にチャルカが素早く反応して、チャーも食べるーー!! とウッジの横の席にあっという間に座った。
ウッジのチャーちゃんの扱いがお見事で…
「メイシアも早く席について、食べ始めちゃうよ!! 」
ストローが待ちきれないとばかりに、急かしてくる。
「お水でいいかね。」と、おばさんが大きな水差しを持ってきてくれた。
なみなみと冷たそうなお水に緑色のシトラスの輪切りが浮かべられてあった。
「ありがとうございます。」
「「身光の下…」」
相変わらず、ウッジとチャーちゃんはいつもの食事のあいさつをしている。私も見習いとしてやった方がいいのだろうな…と思いながらも、ストローと「いただきます」とだけ言って食べ始めた。
「おいしい! 」
ニシンという魚の塩漬けが、初めて食べる味でとてもおいしい。生でお魚を食べるのは初めてだ。
「口に合ったかい。良かったよ。この地方の料理なんだよ。」
「どれもおいしいです。こんなに豪華な料理ばかり、ありがとうごさいます。」
「いいんだよ。ところで、アレを追っ払いにやってきたくれたのだろう? 」
「アレ? …アレって何ですか? 」
「え、まさか、何も知らないでこの村にやってきたのかね。」
おばさんの眉間に少し暗雲が立ち込める。
「オラたちは、ロード様のところへ向かう途中なんです。」
「おや、じゃぁ、本当にアレの件でやって来たんじゃないのかい…」
今度はすごくがっかりした様子になった。
落胆が半端なくてどうにかしてあげたい気持ちになってしまう。
「てっきり、この子お嬢ちゃんが達成の鍵を持っているし、そのお嬢ちゃんは斧を持っているし、アレを退治しにやってきたくれたのかと思ったよ…」
ウッジがチャルカに手を焼きながら話に加わってきた。
「あぁ、あれは斧ですが、薪割り斧です…大した斧ではありません。ところで"アレ"っていうのは、なんなのですか? 」
「オラたちもこんなご馳走してもらったから、何かお手伝いできることがあったらやりますよ」
突然のストローの発言に、何を言っているの! 安請け合いしないで! と声に出ないくらいの急な展開にオロオロしていると、急におばさんオーラがパァと明るくなって
「本当かい! それだったら、これもロード様のおぼしめしだね! あんたたちならやってくれると思っていたよ! 」
なんだろう、この展開。初めての展開だけど、なんか…知ってた…。
「実はね、ここ数か月、夜になると野獣が出るんだよ。まだ村の者襲われてはいないのだけれど、家畜が次々とやられてね。見た者の話だと、とても大きな獣で、獅子のようなのに翼があって飛んで家畜を持って行ってしまうらしいんだよ。大嵐が村を襲った後からだから、また災いの一つかとみんな気味悪がっていてね。それで領主さまも手を焼いているんだよ…あぁそうだ! 領主さまのところへ行けばいいよ! きっと領主さまなら、もっとご馳走もしてくださるだろうし、協力して獣をやっつけておくれよ。あはは、いい事思いついたねぇ、あたしも! そうとなったら、急いでおくれよ! でも、いっぱい食べるんだよー!! あんた、いい食べっぷりだね! あはははは! 」
と、ストローの背中をバシッ! と叩いて、ひとしきりしゃべり倒したらキッチンへ引っ込んだ。
頭の中で、今の話を整理する。
家畜を襲う(人も襲うかもしれない)野獣が出没していて困っている
↓
ストロー「お手伝いしますよ」
↓
おばさん「領主と協力して野獣をやっつけてくれ」
↓
断れない雰囲気(ご馳走してもらっているし)
サーーーっと血の気が引いていくのが分かった。
私はこの旅に出る前までは、歌う仕事がしたいのにできないでいるという事だけが悩みの普通の女の子だったのだ。
人を襲うかもしれないという危険な獣と戦う術なんて持っていない。
「…どうしよう」
「メイシア、大丈夫だよー。まだオムレツあるよー。」
チャルカが、顔を覗き込んできた。
この子には、まだ緊急事態が分かっていなのだろう…この子だけでも巻き込まないようにしなくては。
「チャーちゃんは、このお家に少しの間預かってもらおうか。」
と、ストローとウッジの顔を見たら、二人も顔が青ざめていた…
「やだやだ! チャーはみんなと行く! 」
チャルカの聞かん坊はもう、わかってきたので連れていくしかないようだ…。