7
恭司が私を案内したのは、北条公園に設置された一つのモニュメントの前だった。
空に手を伸ばすようにして大地にそびえる、重厚な造りの像。ここに眠った人達の事を考えれば、あるいは慰霊碑と呼ぶのが正しいのかもしれない。例えそれが事実として人々に認識されていなかったとしても、だ。
さておき、緑溢れるこの公園内においては異質と呼べる存在ではあるが、しかし像としては決して独特というほどのものではない。
だが。
私にとっては特別以上に思い入れのあるモノ。
恭司と再会した日にも訪れた、『あの娘』が眠る場所。
再訪を約束はしたけれど、まさかこんなに早くその機会が巡ってくるとは思わなかった。
そんな感傷を抱えていると、恭司が何やら木の棒を拾ってきて、モニュメントの周囲に奇怪な図形を描き始めた。せっせと作業に没頭する直向きさはともかく、あるいはそのせいでか、第三者的な見た目には結構な不審者なのだが、詩音さんの結界が滞りなく作動しているのだろう、見渡す限り不自然なほどに人気はない。だから今この場に居るのは私達だけ。
それをいい事に呑気にお絵描き……というわけではないだろう。
「―――魔術」
うん、と律儀に手を止め、こちらに向き直って頷く。
そして再び作業に戻りながら、
「にわか仕込みになっちゃったけどね。さすがに魔術を一夜漬けレベルで習得しようなんてのはムシが良すぎたかな」
「それはもしかして」
「そう。ここ二日、姉貴に頼んで付きっ切りでね。……ほんと、我が姉ながら全く容赦のない授業だったよ」
詩音さんが徹底的に恭司をしごいている姿は想像に難くない。顔色も悪くなろうというものだ。
……ああ、それで。
「私にアルバイトなんて勧めて、連絡がなくてもその間の時間を持て余さないように」
何て用意周到な。
「姉貴は他にも理由があるとか言ってたけどね」
それは……ゆかりさんの事だろう。人手が欲しいと言っていたからまさに一石二鳥の妙案だったのだろう。
私の電話を無視してまで、ずっと、か。
「そうまでして、サプライズイベントにする必要があるものなの?」
確かに私は魔術を忌み嫌っている――――とまではいかなくとも、あまりいい感情を持ってはいない。
しかし事情さえしっかりと話してもらえれば、そしてそれが納得できる事情であれば、例えそれが魔術に関わる事であろうと、手助けを惜しむつもりはない。
ましてそれが恭司の頼みであれば、尚更の事だ。
恭司は手を休める事なく、しかし苦笑しながら、
「うーん、そこまで言われちゃうとね。予め言っておいて都合の悪いことなんていうのはないんだけど」
「けど?」
「やっぱりこう……何て言うのかな。プレゼントをあげる前のドキドキ感っていうか。七瀬がきっと喜んでくれるだろうなーとか、そういうことを考えながらだと、魔術の会得なんて大変な作業でも苦じゃなくなるっていうか……上手く言えないけど、ギリギリまで隠すことで増える喜びっていうのも、あるんじゃないかなと思って」
「そう」
不器用ながらに説明した恭司の言葉は、どこか自慢げだった。
それは自分のした事を誇るかのように。
絶対に私が喜ぶという確信を従えて。
……そこまで言うのなら。
私がその想いに茶々を入れるのは無粋だ。
だから私に出来る事と言えば、何が飛び出るのかを心待ちにしながら、恭司の作業を静かに見守る事だけ。
恭司は黙々と図形を地面に描いていく。つまりはこれが魔術に必要な『陣』という事なのだろう。よほど集中しているのか、額に流れ落ちる汗を気にする素振りもない。
後少しもすればそろそろ日も暮れる。多少の電灯くらいなら設置されているが、今よりは間違いなく視界は悪くなる。
それまでには仕上げたい、といったところだろうか。
もはや私の事が眼中にあるのか、それさえ疑わしいほどの熱意。
こうまで真剣な恭司の表情を見るのも久しぶりだ。詩音さんに似て―――と言ったら複雑そうな顔をするかもしれないが―――普段は飄々と……何か違う。余裕……違う。穏やか……そう、穏やかで、再会した後は殊更に大きく動揺したりする事がなくなった。三年前のあの事件が彼を大きく成長させたのか、あるいは……我が身可愛さに思い上がった事を言ってみれば、守る相手が出来た事で一本の芯が通ったというか。それがまたなかなかに魅力的で―――と、些か褒め殺しが過ぎたか。あまり言うと図に乗るからこのくらいにしておこう。
「……よし」
どうやら陣を描き終えたらしい恭司が満足そうに頷く。
ところどころ細かいチェックをして、もう一頷き。
私はそれを黙って見詰めている。
張り詰めるどころか、弛緩しているとさえ言っていい。
この場を支配しているのは、平穏だけだ。
蕩けそうなほどに心地良く、身体に馴染む。だから人がこうして平穏に耽溺する気持ちが良く分かる。確かにこれは抗い難いほどに甘美だ。
……別に緊張を忘れたというわけではないけれど、ね。
もうしばらく腑抜けさせてもらっても、罰はあたるまい。
そんな事を考えながら眺めていると、陣を書き終えた恭司は次に像の裏手に回り、最初から既に用意しておいたのか、茶色い袋を持ってきた。
その袋には見覚えがある。一昨日、恭司がゆかりさんの店に買いに来ていたものだ。
あの日星野骨董店を訪れたのは、今回の一件に必要な道具を揃えるためだったらしい。なるほど、別にゆかりさんに会いに行ったわけではない、と。
疑ってなどいない。断じてない。私との約束が無くなったそばからゆかりさんに会いに行った事を根に持っていたなんてそんな了見の狭い事はない。ないのだ。
とにかく話を恭司に戻そう。
袋から取り出したのは、古めかしい石製の香炉のようなものと、火を点ける為と思われる炭のようなもの。素人でしかない私にすれば一見して普通の香炉と炭だが、わざわざゆかりさんの店に注文したような代物だ。そのままずばりお香を焚くだけのモノではあるまい。
「見てみる?」
恭司が尋ねてきたので、
「いいの?」
と返す。作業の邪魔をする気はない。
ただずっと見てるのも退屈でしょ、と気軽に言うので、それならとお言葉に甘える事にした。
手渡される香炉。
それは思いの外重量のあるものだった。
ずしり、と手にかかる負荷。持ち上げられないなどという事はさすがにないが、ずっと抱えたままでは疲れるかもしれない。
それに何より―――コレに溜まっている魔力は尋常ではなかった。
なるほど魔術的に価値のある道具とはよく言ったものだ。こんな暴れ馬のような魔力を秘めたモノ、変に扱って外に解放させるような真似をすれば、怪我人が出るどころの騒ぎではない。
魔力テスター代わり、などと揶揄してしまったが、実際問題、ゆかりさんにはそういう役割の人材が必要なのだろう。それを改めて実感する。
「凄いわね、コレ」
「だね。なかなか曰くつきらしいから」
魔術そのものについての知識がそう在るわけでもない私にも危ないと分かるようなモノだ。
もう一つの炭も、きっと相当なモノなのだろう。
ある程度の納得をしたところで、恭司に香炉を返す。
恭司はそれを受け取ると、陣の真ん中に置き、懐から新たに粉のようなものを取り出すと、香炉の蓋を開き、その中に余さず入れた。
そして炭とそこらに生えている雑草をまとめて炉の下部の置き皿に入れ、火を焚く。
ほどなくして香炉から煙が立ち上り始め、次いで湿ったような匂いが周囲に流れ始める。これがそもそもの香炉の匂いなのか、中に入れた粉の匂いなのかはわからない。
しかし。
―――どこか懐かしいと、そう思う私が居た。
一体、どうして。
「それじゃあ七瀬」
そのまま思考に没頭しそうになった私を現実に引き戻したのは、恭司の温もりが篭もった言葉。
陣の外に一歩、また一歩と出ていきながら、傍らで待っていた私に近寄ってくる。
たった一人の観客にアピールでもするように両手を広げ、従者が主に恭しく頭を垂れるように一礼すると、
「これが僕の隠し事の種明かしだよ。……と言ってもバレバレだったのかもしれないけど、自分では上手くできたと思う」
そうやって言葉が大気に躍る度、香炉の下に敷かれた陣が淡い光を帯びていく。
「元はと言えば姉貴の入れ知恵ということになるかもしれない。それでも僕は、七瀬に喜んで欲しくて精一杯がんばったつもり」
香炉からくゆる煙はゆっくり、ゆっくりと空に舞い上がり、陣が放つ光と絡み合いながら、この場に幻想的な一幕を演出する。
「だから、ってわけじゃないけど」
そしてそれらは、徐々に像へと、『あの娘』の想いが眠る場所へと吸い込まれていき―――
「受け取って―――そして喜んでもらえたら、僕は嬉しい」
恭司が浮かべた最高の笑顔に見惚れていたのも束の間。
「あっ……ああ……!!」
我知らず声を発していた。
像の前には、今、溢れんばかりの光が収斂し、昼に逆戻りしたかのような明るさを呼び込んでいる。
その光の渦の中心に。
少し、また少しと、光が形を描き始めた。
楕円状に浮かんでいた光はゆっくりと輪郭を変化させ、まごつくように揺らめきながら、それでも先を急がんばかりに手を伸ばそうとする。
揺れる。
光が揺れる。
景色が揺れる。
私が揺れる。
きっとこれを引き起こした張本人である恭司だって同じだろう。
この場に在るあらゆるモノがその産声に祝福を授けるように、光が辿り着く先に見入っている。
揺らめく世界はソレが外に出ようとしている証。
声の無い声が光の姿を借りて、自分の存在を主張している。
ここに居る、と。
身動き一つ取れないまま、しかし瞳を逸らす事も出来ず、私はソレの誕生を見詰めていた。
徐々に発光が収まりつつある。
そして最後に与えられた形は―――ヒトガタ。
ヒトガタはそのまま命の息吹を吹き込まれたかのように姿を変え、ふんわりとした黒髪が生まれ、愛らしい顔が生まれ、柔らかな身体が生まれ、すらりとした手足が生まれ、無垢な感情が生まれ―――
ついにはソレは、ヒトガタからヒトへと成った。
「ああ、あぁ……!!」
私は言葉にならない言葉を発しながら、硬直していた身体にどうにか命令して、一歩ずつそのヒトへと歩み寄っていく。
光に包まれたまま、赤子のように揺れるそのヒトは目を伏せたまま。
構いはしない。
―――例えどんな形であろうと。
構いはしない。
―――例えどんな姿であろうと。
穏やかな光はゆっくりと空に溶けていく。
後に残るのは、今この瞬間にセカイに受け入れられた、そのヒトだけ。
私は何も考えられなくなって。
勝手に流れる涙も無意識に叫ぶ声も自然と高鳴る鼓動も全部無視して。
そのヒトに飛びつき―――力一杯に、この腕に抱き締めた。
私は叫ぶ。
心の底から……歓喜の感情を込めて!
「麻美―――!!」
「ん……うう……んぁ?」
私の剣幕なんて知らないとでも言わんばかりに間の抜けた声を上げながら、そのヒト―――かつて死に逝った私の親友は、重たげに瞼を開いた。
ぱちぱちと、何が起こっているのか分からない、といった表情で二、三、瞬きをすると、
すぐにぱあっと笑顔になって、
「あ、ツキちゃん。おはよう―――何かずいぶんと歳をとったね」
「麻美ぃ……!」
緊張感も何もないまま、泣きじゃくる私をどうどうと宥める麻美。
全く、これじゃどっちがどっちを心配していたんだか。
「あれ……ところでツキちゃん」
「……何?」
懐かしい呼び名に目を細め、涙を拭いながら、私は麻美の言葉に答える。
それがどんなものであれ、今は彼女の声が聞けるだけで嬉しいから。
「わたし、何で裸でこんなところにいるの?」
はっ、として気づく。
衝撃波すら巻き起こしそうな勢いで振り返れば、一応の気遣いのつもりか、いつからそうしていたかは知らないが、必死に顔を背けたまま大きな布切れをこちらに向かって渡そうとしている恭司の姿があった。
ふん、と鼻を一つ鳴らす。周到な用意に免じてまあ、今回だけは大目に見よう。
「ツキちゃん、はしたない」
「いいのよ今は」
麻美の小言は無視して恭司から布をふんだくると、何も身に着けていないままの麻美に掛けてやった。
カーテンで身体を簀巻きにでもしているような気分になりながら、それでも一応隠すところは隠せる。幸い結界のおかげで誰もやっては来ないから、いざとなったら恭司に服でも買いに行かせよう。
「えーと」
私にされるがまま、どこか困ったように笑う麻美は、恭司のほうに視線をやって。
「恭司さん、一応聞いておくんですけど……わたしって、やっぱり死んでるんですよね?」
「え?」
はた、と私の動きが止まる。
……そうだ。何を当然のような想いでいたのか。
麻美は一度死んでいる。それも―――私のせいで。恭司や詩音さんは優しいからきっと仕方のない事だと言うのかもしれないが、私には簡単に割り切る事は出来ない。きっと麻美本人でさえ、何でもないような顔をして私を許すのかもしれないが、それでも。
ううん、と首を振る。
気に病む事も謝る事も、それは後回しだ。
麻美がこの場に居る、という事に舞い上がりすぎて、現実的な思考を疎かにしていた。いや、まあそれ自体十分現実的とは呼べないのだけれど……
ともかく。
「恭司?」
「うん。ちゃんと説明するよ」
「お? おお〜」
私と恭司のやりとりから何を悟ったのか、好奇心を丸出しにして麻美がきょろきょろ私達の顔を交互に見比べている。
「麻美、少し静かにして」
「えぇ……なんかそれってひどいよ、ツキちゃん」
何だかやりにくい。
……まあいい。
「それで?」
「麻美ちゃんの言った通り、今この場にいるけど、麻美ちゃんは……死んだままだよ」
「それじゃあ、どうして?」
恭司はうーん、と眉根に皺を寄せて唸ると、
「最初から説明するとね。三日前の朝、姉貴が突然『麻美ちゃんの魂がまだこの地にいる』って言い出したんだ」
三日前。
それは恭司の様子がおかしくなり始めた日。
そうか、あの時から、もう裏では色々と画策が始まっていたという事か。
「あらら、わたしって自縛霊だったんだ」
私は何故か感心したように言う麻美を黙らせて続きを促すと、
「それで、蘇生、なんて奇蹟は当然無理だけど、一種の召喚っていうか降霊っていうか、そういうことならできるかなって話になってね。ほら、さっき香炉の中に粉を入れたでしょ? あれは実は……麻美ちゃんの遺灰だったんだ」
「遺灰……それはつまり、触媒のようなもの?」
詩音さんがたまに話す、聞きかじりの知識でどうにか辻褄を合わせる。
降霊と一語に言っても、特定の霊を降ろすのにはそれなりに条件が必要だろう。
ならば麻美の魂? とやらを呼び寄せるのには、手っ取り早い話、自分自身の元肉体を餌にすればいい。
その推測を恭司に伝えると、彼は我が意を得たりとばかりに微笑み、
「勝手に遺灰を持ち出すのもどうかと思ったんだけど……七瀬、麻美ちゃんが亡くなった時、相当に落ち込んでいたから。一も二もなく姉貴の話に乗っちゃって。本当を言うと、今……少し早まったかな、って思い始めてきたりしてる」
死者の魂を生者が自由にする。それが例え愛しい者との再会のためでも、冒涜と言われてしまえば黙る他ない。
生から死へと命が流れるのは、当たり前の事だから。
「いやー恭司さんが気にすることじゃないですよ? わたしはこうしてまたツキちゃんと会えてとっても嬉しいし。まあ、多少倫理観に欠ける話だけど……わたしに限って言えばもともと倫理なんてどうこう言えた立場じゃないですし」
「麻美、自分の事だからって、そんな言い方……」
しかし麻美はさして気にした風もなく、あまつさえどこか誇らしげな顔をして、
「何言ってるのツキちゃん。わたしにとってツキちゃんに会えることのほうが、遺灰をいじられるとか勝手に呼ばれるとかそんなどうでもいいことなんかよりよっぽど大事なんだから!」
「麻美……」
そうまで真っ直ぐに言い切られてしまえば、私だって何も言えやしない。
麻美が帰ってきて嬉しいのは、私だって同じなのだから。
恭司だってきっとそのはずだ。
「今日は八月の十三日でしょ? お盆の最初の日っていうのは迎え盆って言って……亡くなった人達が戻ってくる、っていう日だからさ。僕は降霊の専門家じゃないけど、元々がそういう日で、そういう術式に適した日だし、遺灰もあるし、ゆかりさんのアイテムもあるしで、付け焼刃の魔術知識でも迎火代わりに麻美ちゃんの魂を呼び寄せられるって話でさ」
だから、と一呼吸置いて。
「治療の終わったお祝いに、っていうほど大げさなことじゃないんだけど、僕は七瀬に麻美ちゃんと会わせてあげたくて、こんな回りくどいことを企画したのでした。……っと、こんなところかな」
種明かしはおしまい、とばかりに両手を振ってみせる。
……してやられた、と思わないでもない。
まさかこんな隠し玉を用意していたなんて。
こんなとっておきを出されたら―――私が喜ばないはずないじゃないか。
恭司から視線を移して麻美の方を見たのは、あまりの歓喜に感情が昂り過ぎていて、それを見られているのが照れくさくなったからだ。
その移した視線の先では、にこにこと、私が知る麻美の姿のまま少しも変わる事なく、この場に居る。
それがどれほどの幸福感を私に与えているのか、麻美は分かっているだろうか。
……きっと。
麻美も同じくらい、私とこうしてまた会えた事を喜んでいる。
そんな確信が何の根拠もなく芽生える程度には、私達の絆は深い。
「どしたの? ツキちゃん。あんまり見詰められると照れちゃうなぁ」
「……馬鹿ね」
「ふふっ、あいかわらずだよね」
「麻美もね」
和気藹々と、心地良い空気が辺りを包む。
が、
「そこで提案なんだけど」
和んだムードにメスを入れるように、恭司が口を開いた。
「提案?」
「このままだと、麻美ちゃんはお盆が明ける送り盆の日に、また還らないといけない」
「それは……」
何故、と反論しようとして、当然過ぎる事実にぶつかる。
死者は、死んでいるからこその死者だ。今の麻美は、たまたま恭司に呼ばれたからこうしてこの場に居るに過ぎない。
時期を過ぎればまた元の鞘に戻るのは、道理というものだ。
……そんな事に思い当たった私は今、どんな顔をしていたのだろうか。
それは少なくとも、恭司の奥歯に物を挟むくらいには動揺していたのだろう。
だから、と恭司は少しだけ言いにくそうに前置いて、
「二人さえ良ければ―――契約をしたら、どうかな」
『契約?』
私と麻美が同時に疑問を返す。
「契約って……つまりそれは」
「魔術的な契約。使い魔とか、そういう類の……ようは七瀬の魂に麻美ちゃんの魂を縛り付けて、現界したままこれからも一緒に過ごすのはどうかなってこと」
やはり私と麻美はお互いを顔を見合う。
どう答えていいのか分からない、というポーズだ。
どうやらそれを否定的な回答だと思ったらしく、恭司は妙に慌てて、
「いや、うん、そのっ! やっぱり勝手なことだよね? お節介なことだとは思うんだけどさ。やっぱり二人が一緒にいるのがいいっていうか。七瀬のためにって思ったんだけど、うん。やっぱりそんな死者の魂を私的に弄ぶような真似は、麻美ちゃんだってそう簡単に頷けることじゃないだろうしっ」
「まあまあ落ち着いてくださいよ恭司さん」
事もあろうに軽い調子で恭司を宥めたのは当事者の最前線に立つ麻美だった。
「……麻美ちゃんにそう言われちゃうと立場ないなあ」
照れくさそうに頭を掻く、自分でも動揺し過ぎだと思っていたのだろうか。
「それにしても使い魔、かあ」
興味深そうに麻美が呟く。
「別に使い魔ってことにこだわることはないんだけどね。君達の関係は知っての通り元々対等なものだし、立場を変える必要はなくて、ようは『こっち』に留まれるのなら理由として利用しようかなってことで」
分かってますよ、と本当に分かっているのか分からない顔で麻美は気軽に頷く。
「使い魔。ツキちゃんの使い魔―――なんだかおもしろそうだね?」
―――訂正。この娘は絶対分かっていない。
そう言ってやると、
「やだなあ、ちゃんと分かってるよ。つまりこうでしょ? これからもツキちゃんと一緒にいられるか、離れ離れか、どっちがいい? って」
「……貴女ね」
何と簡潔な二元論なのか。
そんな安直な選択肢に集約してしまったら―――答えなんてどう考えても一つしかない。
―――待てよ、と思う。
それはもしかしたら核心を突いているのかもしれない。
突き詰めればそんな簡単な選択肢になるものを、わざわざややこしく考えているだけ、なのだとしたら?
「ねえねえツキちゃん。ツキちゃんはわたしと一緒に居たい?」
意地悪そうな笑みで、そんな事を聞いてくる。
……自分勝手な理屈だなんて、頭では分かっているけれど。
そんな風に聞かれたら、私の答えなんて、最初から決まっている。
「……もちろんよ、麻美。私が貴女を厭う事なんて、あるわけない」
「だよねー。わたしもツキちゃんと一緒にいたいもん」
うんうん、と頷く。
「……さすが、二人の友情。僕があれこれ考えるほうが無粋だったのかな」
「あら、男の嫉妬はみっともないわ」
「まさか、嫉妬なんて。割って入れる相手じゃないんだから」
「拗ねないの。貴方も麻美も、私にとっては大事な人よ」
「七瀬……」
「あ、そうだそうだよツキちゃん! 私を無視してあっさり目の前でいちゃついてるけど、恭司さんとのこと、たっぷり聞かせてもらわないと! この様子だと二人、結構いいところまで進んだんでしょ!?」
「あー……うん、七瀬、パス」
「はいはい。それはまた今度ね」
―――また今度。
そんな言葉がすんなりと出るという事は、つまりそういう事。
それこそが結局―――私達の契約の言葉に他ならない。
三年前のあの事件で失った大事な欠片は。
こうして今を迎えて、ようやく全てを取り戻すに至った。
つい先程までは予想すらしなかったこんな結末。
神様なんていう存在が本当に居るのだとしたら。
なかなか小粋な筋書きを思いつくものだ、なんて。
そんな想いは、きっと全部。
私が私を認められなければ、生まれなかったものなのだろう。
「麻美」
「なぁに、ツキちゃん?」
「……おかえりなさい」
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、きょとん、とした表情を見せた麻美は、
次の一瞬には太陽と見紛うほどに双眸を崩して、
「ただいま! またよろしくね―――ツキちゃん!!」
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