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歳の差夫婦それとも・・・

 こんな暮らして何年になるのか・・・それはどうでもいい。ここ都会では住民は全て漂流民みたいなものだ。だから仕事に行ってはかえって寝るだけの単調な生活を繰り返して何年もやっているので、すべてはルーティンワークの一コマに過ぎないのだ。

 だから、職場でもどこでもプライベートに深くかかわることは全くなかった。しかし澤村さんは違った。なんとなく惹かれるものがあったのだ。もちろん同性愛的なものではなく純粋なものだった。とにかく彼は家庭的だった。酒の付き合いもたまにはするけど、いつも家族が心配だから早く帰るという事がよくあった。いかにもマイホームパパという感じだった。

 そんな彼にある日誘われた。それで彼が住む裏野ハイツを訪ねた。最寄りの駅で降りてから坂道を上り、途中のコンビニでお土産のお茶菓子を買い、郵便局のATMでいくばくかの現金を下ろした。郵便局には暑中見舞いの葉書のポスターがあったが、もうすぐ残暑見舞いの時期に移ろうとしていた。そとの街路樹からは夏の生命感の象徴ともいえる蝉時雨がうんざりするほど聞こえていた。

 そうして私は澤村さんが住む裏野ハイツに来たが、このハイツは昭和時代に作られたような外観をしていたが、坂の上という立地のせいか風雨にさらされるせいかあちらこちらに部材の腐食が見られた。それでも私が住む築六〇年の長屋住宅よりはましといえた。

 澤村さんの部屋は一階にあったが、彼から聞いた話ではこの裏野ハイツは変わり者ばかりといっていた。特に隣の男は買い物にも行かずどうやって生きているのか不思議だと愚痴をこぼしていた。彼の部屋の101号室のドアベルを押した。すると澤村さんが出てきた。

 澤村さんは私と同じ50歳代で同じ部署で働いていた。ただ私は転職したばかりであるのに対し、長年勤めているので彼が上司だった。でも、なにかと話が合ったので、この年頃では数少なくなった親友という感覚だった。

 今日は妻の誕生日だからパーティーにこないかということだった。なんでも娘は海外に嫁いでいて戻ってこれないので、二人でするのも侘しいので来てくれとのことだった。私は結婚をせずにこの歳になったので久しぶりに一般家庭に入ることになった。

 「田口さん、いつも主人から聞いています。あたしが家内の玲子です、今日は私のために来てくれてありがとうございます」

 そういって澤村さんの後ろから出てきたのは、姿は30前後の女だったが、こころなしか松田聖子がむかししていたような古めかしい髪型だった。いまリバイバルで流行っているのだろうか? それに洋服も今では見なくなった昭和のファッションのようにみえた。

 「ごめんね田口さん。うちの家内は昭和ファッションにはまっていてね。だから家ではいつでもそんな恰好なんだよ」

 そう言われながら通されたダイニングのテーブルには彼女が腕を振るった数々の料理が並んでいた。どうも彼女は料理が趣味のようだった。それから三人で楽しい時を過ごした。

 その日澤村さんは何故かこの裏野ハイツの事ばかりを話してくれた。一階の隣の隣の部屋に住む家族は子供のしつけをしすぎたのか不気味なぐらい静かだけど、いつも近所の公園ではものすごく音痴な声で歌っているので、もしかするとドラえもんのジャイアンにあこがれているのかという話や、二階の老婦人とは知り合いだけど、昔事故で亡くした孫の写真と一緒に寝ているとかと話していた。

 そして澤村さんはこのハイツが出来たときからずっと暮らしている古株で、これからも住み続けたいといっていた。でも、気になることを言っていた。

 「田口さん。もうすぐ私も還暦なんだ。うちの会社の定年は65歳だけど玲子のためにどこかに引っ越そうと思うんだよ。妻の実家がある福岡に。だからもしかすると近いうちに会社を辞めるかもしれないよ」

 「そうなんですか。そしたら引っ越されたら一度訪ねてもいいですか? わたしの生まれ故郷は佐賀でしてもう十五年も帰っていないのですが、そのついでというわけでもないのですけどいいですか?」

 「それはいいよ。でも大したところじゃないと思うよ。それでもよかったら来てもらえないかな。今日よりも豪勢な料理を玲子に作ってもらうから」

 その日はたらふく食べてたらふく飲んで楽しい時を過ごす事ができた。玲子さんの誕生日だったので澤村さんと年甲斐もなくラブラブとした様子を見せられてうらやましく思ってしまったが、とにかく彼女は可愛らしいとおもった。わたしも、彼女のような妻がいたら人生は大きく変わっていたと思わずにはいられなかった。

 玲子さんは明るい人で割と下ネタを言うし女芸人のように面白い話をしていたけど、なぜか死人のように青い顔をしているのが気になっていた。わたしはそれは室内の照明のせいだと思い過ごした。そして帰宅する時間になって玲子さんからお土産をもらった、それは博多人形だった。

 それからしばらくして澤村さんが出勤してこなかった。その日はたまたま急な業務のない日だったのでそんなに気にはならなかったが、午前10時を過ぎても連絡がないので、うちの部署はちょっとした騒ぎになった。

 「澤村さんの自宅も携帯もつながりません、誰か様子を見てきてくれませんか?」

 それに私は志願したが、その前に総務課によることにした。澤村さんが出勤していない旨の報告とともに。玲子さんの携帯番号を総務課が知っているかもしれないと思ったからだ。事情を説明したところ総務課の女性職員は怪訝そうな表情をした。澤村さんに家族はいないはずだと。

 「あのねえ、澤村さんにご家族はいないのよ。会社には扶養控除の申請が出されたこともないし社会保障の申請もない。ましては娘さんもいないよ」

 「そんなはずはないですよ。この前澤村さんの部屋に招かれたときに奥さんがいましたよ」

 「その人は内縁の妻かなんかじゃないのかね? それにしてもおかしいわ・・・あの人は今頃珍しい操を立てた人なのに」

 「えっ?」

 わたしは絶句した。意味が分からなかったからだ。その様子を見たかのように奥の部屋から前会長の年老いた奥さんが出てきた。彼女は経営に参加していないけど時々会社の中をウロウロしている人だった。

 「田口さん。その人は玲子さんといっていなかったかね?」

 「ええ、そうですが・・・」

 奥さんは少し考えた後で自分を裏野ハイツに連れていくようにといった。奥さんが同行することになったのでわたしは社用車を運転することになった。その道中で信じられない話を始めた。

 「澤村さんは、高校を卒業してからずっとうちの会社に勤めていたけど、三十近くになってうちで働いていた玲子さんと結ばれたんだよ。
 それでうちが所有する新築アパートを新居として紹介したのよ。そしたらお子さんも生まれてね。それに二人目もすぐに出来たので、一緒に福岡の実家に帰すことになったのよ。丁度お盆休みになるはずだからってね。
 あの日も今日と同じ暑かったわ。わたしが福岡まで新幹線で帰ったら身重の身体に堪えるだろうと言ってね、飛行機で帰省することになったのよ。いまのあなたのように澤村さんは社用車を使ってね昔の羽田のターミナルに連れて行ってあげたのよ。わたしも見送りに来たのよ。
 お土産も沢山持たせてあげてね、わたしからすれば玲子さんは娘みたいにかわいかったからね。そしたらすごく喜んでいてね、まだ幼い娘を抱いてねカウンターの向こうに行ったわ。
 玲子さんのご家族も福岡で待ち合わせしてくれてね。だから順調にすすむはずだったのよ・・・」

 そこまで話したところで奥さんはハンカチを取り出して大粒の涙を拭い始めた。会社では見たことない姿だった。

 「そのあと彼女たちが乗った飛行機が墜落したのよ! あの有名な航空事故で・・・あなた知っているでしょ帰省客で満員のジェット機が鈴鹿山中に墜落したのを!
 あの事故では奇跡的に助かった人もいたけど・・・彼女たちはその中にいなかったのよ。会社としても澤村さんに最大限協力したけど帰ってこなかったのよ、玲子さんは。彼女の遺体が確認されたときの澤村さんの姿、死ぬまで忘れること出来ないわ。
 わたしがあんな航空会社のチケットなんか購入したからいけないのよ。本当に今も悔やんでいるわ。
 それから澤村さんは私が勧める縁談を全て断ってきたけど、操をたてたわけよね・・・彼女のために。
 それにしてもあなた。あなたが見たという玲子さんはどんなひとだったの?」

 わたしは玲子さんの事を知っている限りはなした。すると奥さんの顔が青ざめた。

 「玲子さんは・・・漫才が好きでねえ、噺家のようにしゃべっていたけど、けっこう下ネタが多くてね。それに料理するのも好きでね・・・まさか、ずっと澤村さんと暮らしていたというの? あなたは・・・」

 裏野ハイツに到着したとき、前に訪ねてきた時には感じなかった恐ろしい違和感を覚えた。わたしは前もって連絡していた不動産管理会社の社員に101号室の施錠を解除してもらい、リビングに入ると・・・澤村さんが冷たくなっていた。その手にはこの前訪ねたときには見なかった二つの位牌が握られていた。玲子さんと娘さんの・・・澤村さんは致命的な発作に襲われ、死ぬ間際に位牌を抱きしめて最期の時を迎えたようだった。その表情は穏やかで笑みを浮かべていた。

 「澤村さん、ようやく玲子さんのところに行けたのよね。彼は言っていたのよ。この世で生を全うした後は玲子さんとお子さんと一緒に暮らしたいと。ようやく神仏に許されたのね、冥途にいくことを。いままで一人で生きてきて辛かったんよね?
 いまごろきっと玲子さんと再会を喜んでいるのようね、きっと玲子さんも待っていたはずよあなたとまた暮らせる日が来るのを・・・」

 そういって奥さんは泣き崩れてしまったけど、わたしは違うと思っていた。澤村さんはいつからかは知らねいけど玲子さんと再会することが出来たのだと。それで、この部屋でずっと幸せに暮らしていたのだと、そう信じたかった。だって、あの日招かれた私がみた二人は幻でないはずだからだ。

 騒ぎを聞きつけてハイツの他の住民が集まってきたが、その中に上の階に住む老婆がいた。

 「澤村さんお亡くなりになったの? 奥さんのところに行けたのかしら。向こうに行くのだったらわたしの事を孫に伝えてほしいなあ。だって一緒に亡くなったのだから奥さんも孫も」

 どうやら、この老婆のお孫さんも同じ航空機事故で亡くなったようだった。そのときわたしはある気配を感じていた。この部屋から数多くの霊魂が昇っていくような感覚だった。もしかすると澤村さんの魂をあの世へと導いてくれる存在だったかもしれなかった。

 澤村さんが亡くなったあと、いろいろな事務処理をわたしは会社から任され、澤村さんの遺品を整理してもらうため業者を呼んで立ち会うことになった。
 遺品の中には玲子さんの衣服が数多く残されていたけど、それらはみんな1980年代のファッションだった。あの日玲子さんが着ていた服もあったが、綺麗にたたまれていた。あれは幻だったんかと思っていたが、机の上にあった写真を見たらわたしはぎょっとした。

 それはわたしと澤村さん夫婦が同じフレームに写った写真だった。あの日の記念写真だった。そう玲子さんとわたしは確かにこの部屋にいたんだ・・・

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