春の時、花弁は鮮やかに舞う。
風に揺られて舞い散る一つ一つの花弁は地へと落としていく。
そして、彩った道を作る。
此処は花見の場所。桜の花弁が絶えず散っていく残像が映る。
桜の木の下に場所を作ってシートを引く。人々はその引かれたシートの周りに座る。
ある春の某月某日の些細な出来事。GWが過ぎてから一週間後、コナンと蘭そして、いつもの如く飛行機から東京まで訪問する大阪の二人と花見に訪れた。
云うまでもなく大阪の二人とは、服部平次と遠山和葉。
突然に、二人揃って毛利探偵事務所を訪問した。
探偵甲子園の時に殺人事件が重なって花見を堪能する事が出来なかったという事で再び花見に来る事にした。
「桜かぁ。なんか久しぶりに見たって感じやな」
場所に付いた途端に和葉が感慨深く言葉を発する。
「そうだね。この前は寺の殺人事件で、花見が潰れちゃたもんね。花見する機会なんて滅多に無いから今度は事件とか起こらないと良いんだけどね」
可憐な蘭は嫣然と笑みを浮かべて会話を繋げる。
舞い散る桜に少しばかり一瞥する。
直ぐに和葉の方へ視線を泳がせて小声で囁く。
「でも、どうして急に桜見たいっていい出したの?」
「えっ、なんでそんな事を?」
疑問を抱いた和葉は瞼を大きく開けて訊ねる。蘭が発する事の無い言葉を溢した事について疑問符を浮かべる。
「だって…和葉ちゃん京都に花見しに来た時に服部君の初恋の人の事で愚痴っていたから…。花見はあんまり行きたく無いのかな?て思っていたの。今日の花見行くって言い出したのは、和葉ちゃんでしょ?」
「うん……」
陽気に言葉を洩らしてした和葉の声がか細くなる。
和葉は蒼い双眸を細める。喉元から零れそうになる嘆声を押し殺しながら結んだ唇を開ける。
「それにあたしが小三の頃に見た桜の事を思いだしたから…。無性に見たくなったんや」
微笑を交えながら言葉を漏らす。
作り笑いを映すにつれ憂いを含んだ表情に変わる。
(和葉ちゃん……)
和葉の様子を捉えていた蘭は同情の念を抱く。傍観する事しか出来ない事にもどかしさを覚える。
「何や? 和葉……おまえが桜見たいゆうたから連れててってやったのに…何でそない沈んだ表情になっているんや?」
少し離れた場所から声が漏れた。”その事”で現実に引き戻された和葉は呆気に取られた様子で立ち尽くす。
視界の歪みが消えてから潤んだ双眸を声の届いた位地に向ける。
(平次……)
「和葉姉ちゃん……どうしたの?」
子供の雰囲気を丸出しのコナンが付け足して呟く。悪魔でも”そんな雰囲気”を曝け出すのは、和葉や蘭の手前だと云うのもあるが、偽っているとは気付かない程の抜群の演技を見せる。
「いや……何でもないんや。大丈夫やで」
顔の前に手を振って微苦笑をする。
「なら、ええんやけど………」
一瞥しながら平次は何気に呟く。
視線を和葉から遠ざけてとりあえず目に付きやすいコナンの方へ動かす。
当たり障りの無い会話をしながらうろたえる。
和葉は哀れんだ表情になりそうな顔を伏せる。いつも所有していた御守りに握り締めながら京都に行った日の記憶を遡る。
(平次……本当は気付いていたんやろ? 思い出していたんやろ? 初恋の人の事教えてくれたってええのに……何でや? 何でや?)
和葉の脳裏に電車のホームで起きた事柄が浮かぶ。
”まあ、1500年ぐらい経ったら教えてやってもエエで!”
平次の発した言葉が脳裏に植え付けられる。
一見冗談で済まされるような一言が鮮明に浮かびあがる。
桜の木の真下に立ち尽くす和葉の周辺に清爽な風が吹き出す。
桃色に染まった彩りの良い景色が、見開いた双眸に鮮やかに映る。
無性に寂寥感が溢れる。
「和葉ちゃん余計な事聞いてごめんね。折角此処に来たから綺麗な桜を見ようよ。私が余計な事言わなければ良かっただよね。ごめんね…」
蘭は微かに嗚咽を漏らしながら言葉を切り出す。
そのついでに現在の状況についても付け足して呟く。
その燦然たる双眸が一点の視線を凝らす。
視線を向けられた和葉は空笑いして視線を送り返す。
そして、近辺にいる色黒少年の方を一瞥する。
「蘭ちゃんは悪くないんやから…気にせんでええで……問題っていうより原因はあの平次のアホやから」
微笑を交えて蘭にたいして言葉を漏らす。
思いもよらぬ言葉が返ってきた平次は勃然な態度を取る。苛立たしい気持ちに駆られる。
呆気に取られた表情にして、言葉を発する。
「何でオレがアホ何や?」
訳も分からず発された言葉にたいして反発する。
「だってこの前の初恋の人教えてくれへんもん!!」
子供のように泣きじゃくって拗ねながら言い返す。表情が崩れていく。不意に瞼が綴じられる。
眉を動かして蒼白な双眸で平次にたいして訴えかける。
「何でそない事おまえが気にするんねん…」
「だって平次のお姉さん役やから。あたしも知らへん平次の初恋の人の事は気になるんや」
有りの儘に喋り出す和葉。敷かれたシートの上に座って文句の言葉を次々と漏らす。
”お姉さん役”を強調した口調で淡々と語る。
「いや…おまえもよく知っているヤツや。やかましいてやかましいてしょーも無いヤツ。そないヤツ経った一人しかおらんやろ?」
和葉が苛立っているのにも関わらず平然と陳述する。 隣で座っているコナン達は、平次の可笑しな言い回しに呆気に取られる。
コナンは微苦笑を含んで平次を凝視する。
(ハハハ……)
軽く笑った後に再度平次の方向へ視線を向ける。
コナンは少し離れた距離から傍観する。
顎に手を添えて呆れた表情で見詰める。
様子が気に成りつつあるものの他人事のような目線で見詰める。
(はぁ…)
不意に息を漏らして桜の木を見上げる。
何気に桜の方に視線を送る。
コナンは無機質に何気に持ち運んだ推理小説を繙読する。
「やかましいてしょーも無い……? 誰なんあたしそんな人知らへんよ? そない人が初恋なん!? そんなんあかんやろ」
(そりゃおまえやろ……)
和葉を凝視しながら平次は心底で呟く。”此れ”を云い明かしてしまうと和葉の苛立ちが憤ってしまう。余計な事を言わせると和葉は剥れるだけ。
そんな事を脳裏に浮かべて言葉を呑み込み口許を結ぶ。
「まあおまえが心配せんでも大丈夫やで」
言葉を選んで当たり障りの無いように呟く。微笑を交えて和葉の方へ視線を泳がす。
胡座でシートの上に座り直す。
言葉を吐かないように唇を噛みしめて不審な程和葉から視線を離す。
不満足そうに頬を膨らませて篭った溜め息を漏らす。時折瞼を曖昧に開ける。 澄明に映し出す薄紅の配色の道を麗しい双眸が見据える。
(何なんや? 平次は)
応答を返す事の無い平次にたいして不可思議そうに見据える。
蒼白な表情を示す和葉に気遣おうと蘭は和葉の傍に座る。
靡く髪を掻き分けながら軽い足取りで和葉の近くまで移動する。
「でも、良かったね。和葉ちゃん」
蘭は突然和葉の前で小声で囁く。貴重な事のように蘭の言葉を一点に耳を澄ませる。
「………………………」
なにが”良かった”のか。突如曖昧に囁かれた言葉の意味が分からなくて疑問符を浮かべたいような表情になり、焦る。
(口では、あんな事言っているけど…服部君初恋の人が和葉ちゃんだってわかっているんだよね。昔から服部君に想われていただよね。良かったね和葉ちゃん…)
様子を伺った蘭は二人の背景を元に呟く。自分の事のように莞爾と笑う。
まだお互いに自分の本心を明かせない二人。
本当の事に関係ある事は触れず口ずさまないまま。
彼らの瞼の裏には鮮明に桜の花弁の残像が映える。
”お互いに云いたい事はある。”
しかし余計な一言を加えずに黙って景色を凝視していた。
それぞれの想いを抱きながら。
蘭は艶やかな双眸を大きく開ける。そして、柔らかな笑みを浮かべる。
蘭の笑みこそが二人の想いを理解していた事を示していた。
花見に来た四人の周りに花吹雪のような薄紅色の世界が作られた。
今はお互いに吹雪く花弁に見とれているだけ。 |