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ちょっと誘拐されました

作者: 花城 あきら

 遊森 謡子さまの企画【武器っちょカムバック!】参加作品です!

 どこの神様の気紛れだか何だかわからないけれど、どうやら俺は《異世界転生》とやらをしていたらしい。

 過去形なのは、――そのことに、たった今気付いたからだ。

 ただ、残念なことに、今のこの状況が、「異世界転生ひゃっほーいッ!!」とか、「俺にはまだ遣り残したアレやコレやソレがあったのに!!」とか、「あそこに隠してたエロ本とAVがッッ!!」とか、(もだ)えてる場合じゃないってことだ。

 つまり、もっと大変な状況ってことだ。

 なんていうか、その、……どうも俺、誘拐されてるみたいなんだよな。

 俺が生まれ変わったのは、この、剣と魔法のふぁんたじぃ世界の中でも、まったく魔法に縁はないけどやたら身分だけはいい《お貴族様》のお家だったらしい。

 今思えば、せっかく生まれ変わったのに魔法使えないなんて!! って感じだけど、前世でごく普通の一般家庭で育った俺には、良すぎる待遇だろう。

 ちなみに、奥ゆかしい国代表・日本(ニッポン)の、運動神経だけは並外れて良いが、それ以外はどこにでもいるようなごく普通の大学生だった俺は、今、金髪碧眼色白華奢な十歳の美少年だったりする。……自分で言ってて鳥肌立つっての。つか、誰だよコレ、みたいな?

 で、何で俺が誘拐なんかされてるかっていうと……。

 ――そんなのこっちが知りたい。

 大方、家が金持ちだからとか、俺がビショーネンだからとかだろ、きっと。……後者だったら、全力で脱出したいけど。あ、いや、後者じゃなくても、誘拐なんて勘弁なんだけど。

 俺に魔法が使えたら、こんな状況、嬉々として打破していたのに!!

「……ねぇ、大丈夫?」

 俺が心の中で外見年齢十歳らしからぬことをブツブツと呟いていたら、すぐそばで幼い声が聞こえて、俺は文字通り飛び上がるほど驚いた。

 慌ててそちらを見ると、そこには俺よりも少し年下っぽい少年がいた。

 美少年、というわけではないけれど、ツンと天を向いて逆立つ銀の短髪に、浅黒い肌、勝気なほど鮮やかな紅い瞳が印象的な少年だ。

 何でこんな子が俺と一緒にいるんだ? と思ったが、良く考えたら、俺が誘拐された時に偶然近くにいて、巻き添え食って一緒に連れて来られたような気がする。

 俺はすぐに鳩尾(みぞおち)に一発食らって意識を失ったから、状況はあまりわからないんだけど。

 で、良くわからないままに俺とこの少年は後ろ手に縛られて薄暗い部屋に押し込められてるってわけだ。

 つーか、あの鳩尾の一発で俺は前世を思い出したんだよ。やった奴の顔は覚えてないけど、十歳の子供相手にあんな一発食らわせるなんて、最低ヤローだ。今度会ったらただじゃおかねぇ。……顔覚えてねぇけど。

「あまりに怖くて声も出ないの?」

「――は!? ビビッてなんかいねぇよ!!」

 少年の言葉に、思わず前世のまんまの感じで叫んでしまい、叫ばれた少年はポカンとした顔で固まった。

 ……そりゃそうだよな。

 お貴族様のお屋敷で大事に大事に育てられた美少年が、いきなり柄の悪い平民みたいな言葉遣いをしたんだから。

 でもしょうがない。

 前世の俺は、どちらかというと平民寄りだ。

 記憶が蘇った今、これまでみたいに《僕》とか言えない。……絶対言えない。きーもーいー!!

「なんだ、良かったー。こんな機会めったにないもんね。楽しまなきゃ!」

「…………は?」

 縛られてピンチな状況のはずの少年は、にっこりと微笑むと超プラス思考の台詞を吐いた。……なんだ、この子。

「ね、お兄さん、クルーソ・プラソスって名前で合ってる?」

「……なんか違うけど、だいたい合ってる。……クリューソ、だけどな。」

 無邪気に聞いてくる少年に、俺は微妙に頷いた。確かに今の俺は、そんな名だ。絶対自分の名前じゃなきゃ、こんなの覚えられない。俺は日本人だ、横文字なんて嫌いだ、悪いか。

「僕だけでも何とか間に合って良かったー。」

 緊張感の欠片もない笑顔で少年はわけのわからないことを言う。

 誘拐されて縛られて放置されてる現状で、どこが《間に合って》るんだろうか。ひとまずそこを端折(はしょ)らず教えてくれ。迅速に。……つーか、その前に、おまえは誰だ。巻き添え食ったその辺の子供じゃないのか?

「あ、僕はねー、イグザークっていうの。お兄さんのお父さんがね、息子が悪者に狙われてるからって、僕の師匠に護衛を依頼したの。で、師匠が説明を受けてる間、僕、つまんないから散歩してたんだ。そんでちょうど人攫(ひとさら)いの場面に居合わせたから、一緒に攫われてきたの。」

 ……攫われてきたのっておまえ……。

 てか、俺の親父も、こいつの師匠も一歩遅かったというわけか。

 だって俺ってばもう誘拐されちゃってるから護衛の意味ないし。

「師匠のことだから、きっともうこっちに向かってると思うんだよね。お兄さんも早くお父さんを安心させたいでしょー? ここを抜け出して、師匠と合流しよう!!」

 …………。……なんかこの子、とんでもないことを何でもないように言ってるんですが。

 子供って怖い。

 無邪気って怖い。

 純真無垢って怖い!!

「助けが来るなら待ってた方が良いだろ? そもそも縛られてるし、武器ないし、周りの状況わからないし、危険だろ。」

 俺のすばらしい正論を聞いて、少年はきょとんとした顔で可愛らしく首を傾げた。

「何心配してるかわかんないけど、大丈夫だよ? 僕が武器だから。」

「…………は?」

 あっけらかんと言った少年の言葉に、俺はポカンとアホみたいに口を開けて固まった。

 ――――頼むから、一般人の俺にもわかる言葉を話してくれ。

「ほら。」

 少年は俺の目の前に両手を差し出した。

 あれ? 手って、後ろ手に縛られてたはずじゃ……。

 はらり、と少年の手を縛っていた紐が落ちる。だが、俺の視線は違う場所に釘付けだった。

「て、ててて、手がッッ!?」

 少年の右手が、――右手がある場所が、信じ難いものになっている。何だアレは。うん、アレは、ナイフだ。

 手首から下がナイフになってる!!

 何この子!! サイボーグなの!? この、剣と魔法の世界にサイボーグとかっているの!?

 半ばパニックになった俺を余所(よそ)にイグザーク少年は、背面で縛られた俺の手首の紐をナイフの右手で切ってくれた。

「あ、あり、あり、ありが、とう……。」

 感謝の気持ちを忘れない礼儀正しい国で前世を生きた俺は、パニックながらも礼を言う。

 少年はにっこり笑うと、ナイフの右手を何気なく振った。その瞬間、鋭利な刃物が、ごく普通の子供の丸っこい手に戻る。

「人間なのッ!?」

 大変失礼な俺の言葉に、少年は悩ましげに首を傾げた。

「うーん、たぶん、違うかなー? 僕は師匠の剣となり、盾となる者。ただ、それだけの存在だから。」

 全然言ってる意味はわからなかったが、この少年が師匠とやらを大切に思ってることはなんとなくわかった。

「……俺の、味方?」

「うん! 師匠がお兄さんを守ると決めた時点で、僕はお兄さんの味方だよ。」

 迷うことなく大きく頷いた少年に、俺はホッとした。

 この、右手がナイフになっちゃう不思議少年が実は、俺を油断させるために味方のフリして近付いてきた敵だった!! ……なんてのだったら、人間不信になってしまいそうだ。

「味方だったら、いい。……うをーッ!! なんか興奮してきた! ファンタジーっぽい展開じゃねぇか!!」

「……ふぁんた、じじい?」

 興奮で体を火照らせた俺は、少年の心無い一言で一気にクールダウンさせられた。

 なんだよ、ソレ。

 きっつい炭酸ジュースをグビグビ飲んで、イエイ! と親指立ててるツルッパゲの爺さんが脳裏に浮かんで、だいぶげんなりする。

 それを首を振って追い出し、俺は目の前のちっこい少年を見下ろした。

「イグザークっつったっけ? おまえ、他に何かできたりすんの?」

「んっとねー。僕、魔導士だよ!」

「まどーしッ!?」

 その言葉に胸が高鳴る。

 まどーしって、まどーしって、まどーしってッッ!!

「見たい! 見たい! 魔法! 何かやってッ!!」

 思わず身を乗り出してイグザークの両手を掴む。

 俺のあまりの肉食獣ぶりにビビッたのか、少年は体を仰け反らした。

「わ、わかったよー! 何かやるから! だから離してー!!」

 ――この時俺は、前世の記憶が蘇ったばかりで、たぶんものすごい興奮していたのだろう。

 自分たちが攫われてきたのだということを、信じられないことに、綺麗さっぱりまるっと忘れていた。

「おまえら、うるさいぞ!!」

 小学校低・中学年くらいのガキんちょが二人、きゃいきゃい騒いでいるのだ。そりゃ確かにうるさかろう。

 部屋の外にいたらしい見張りの男が怒鳴り込んできた。

 もちろん俺たちは心臓が飛び出そうなくらいびっくりし、俺のすぐ隣のイグザークは驚きのあまり、あろうことかその男に向かって魔法を繰り出したのだ!!

「ウェイ・ジーア!」

 呪文と共に、ボワッと彼の両掌の中央から、テニスボールくらいの炎が生まれ、男に向かって勢い良く放たれる。

「ぅぎゃあああッッ!!」

 突然炎のボールを投げつけられ、しかもその炎が服に燃え移った男は、ものすごい悲鳴を上げ、焦ったように服を叩き始めた。

「まほーすげー……。」

 八歳くらいの子供が繰り出すエゲツナイ攻撃魔法が初めて見た魔法ってちょっとどうなの? と思わなくもないが、それでも、手品でもない、CGでもないソレは、俺には充分刺激的だった。

「ちょっと何ボケッとしてんのーッ!! 今の内に逃げるよ!」

 ポカンとしていた俺の手を掴み、サイボーグなんだか魔導士なんだか良くわからない人外の少年は走り出した。



 俺たちの逃亡がすぐに知れ渡ったのか、わらわらと人が現れる。

 それを、次々と繰り出した魔法でイグザークは活路を開いた。俺よりも小さい体の彼に手を引かれ、俺は転びそうになりながら走る。

「捕まえろ! 顔は傷つけるな!」

 そんな言葉が聞こえて、俺は思わず眉を(ひそ)めた。

 ……つまり、俺はビショーネンだから攫われたわけね……。

 観賞目的か慰み者かわからないけど、どちらも最低だ。これは早々に逃げるに限る。

 と、突然、イグザークが何もない床に蹴躓(けつまず)いた。手を引かれていた俺は前方に振り払われる。

 前方には、俺を捕まえようと両腕を広げて構えた男がいて……。

 ――ヤバイ。

 このままだと俺はあの男に抱きつくことになる!!

 足を(もつ)れさせながら、何とか最悪の事態を回避しようと俺は必死に頭を回転させる。

 けれどパニックの頭で良い案が浮かぶとは思えず、ますますパニックになった瞬間、体が勝手に動いた。

 男の両腕に飛び込む直前に体を低く落とし、足を踏み込む。腹に力を込めて、下方から突き上げる形で男の顎に向かって右拳をめり込ませた。

「――――――ッッ、」

 華奢な十歳の拳がどれくらいの威力だったかわからないけど、おそらく反撃なんて予想してなかっただろう男の体は、声無き悲鳴と共に見事に後ろに吹っ飛んだ。

 ――昔取った杵柄(きねづか)、とでも言うのだろうか。

 前世での俺の唯一の取柄というのが、恵まれた運動神経というものだった。

 頭は大して良くはなかったけれど、運動と言えるものは、大抵人並み以上にできた。

 走るのも早かったし、球技も水泳も得意だった。武道だって、喧嘩だって強かった。一つの競技だけを真面目に続けていたらオリンピックも夢じゃなかったのに、と嘆かれたこともあるくらいの運動神経だったのだ。

 きっと前世の記憶が蘇ったと同時に、その感覚も思い出したのだろう。無意識の内に体が戦闘態勢に突入したらしい。

「やべー、俺すげーッ!!」

 あまりにも綺麗に決まったアッパーに、俺の気分も高揚した。

 魔導士の少年と拳闘士の俺のガキんちょコンビ、最強かも!? とか、ニヤニヤしながら考える。

 助けが来るなら待ってた方が良いだろ? なんて言っていた自分が嘘のようだ。

 立ち上がったイグザークと俺は顔を見合わせ、不敵に笑った。


 *****


 やたら広い屋敷の廊下を、魔法と拳で敵を薙ぎ倒しながら俺たちは出口を目指して進む。

 ただ、残念なことに俺たち二人は、出口がどこか知らなかった。

 俺とイグザークのどちらかが方向音痴だったのか、それとも、俺たちを追う奴らの策略に嵌ったのか、気付いたら立派な広間に辿り着いていた。

 ふかふかの臙脂(えんじ)色した絨毯(じゅうたん)が敷かれたその広間の奥に、一人の仮面の男が玉座のような椅子に腰掛けている。目の部分だけ隠れた仮面が不気味だった。

「あぁ、待ちきれなくて君の方から僕に会いに来てくれたんだね。嬉しいよ。」

 浮かれたような声を出し、そいつは椅子から立ち上がり、両腕を広げた。

 ……何だよ、その腕は。

 まさか、俺にそこに飛び込めと……?

 わけのわからない人物の登場に、俺は今までの高揚した気分が一気に萎えてしまった。

 たぶんこいつがこのでかい屋敷の主で、きっと俺を攫わせた張本人なんだろう。

 ヴェネツィアの仮面みたいなギラギラゴテゴテの仮面を着けているから顔はわからないけど、横から流れる髪は燃えるような赤い色をしている。

 体格は太すぎず細すぎず、見事な上背に相応しく綺麗な筋肉がついているように見えた。

 ……黙って立っていたら、もしかして、かなりのイイ男なんじゃないか?

 ――――小児性愛者(仮)でなければ。

 断言できないのは、決定的な証拠がないからだけど、でも、俺たちを攫う時点で犯罪者なのは間違いない。

「本当に美しい。君は僕の前に舞い降りた天使だ!」

 鳥肌が立つような台詞を感極まったように言われ、俺は思わず後退(あとずさ)った。

 ……変態な気がする。

 うん、絶対変態だ、こいつ。

 両腕を広げたままだんだん近付いてくる仮面男に、俺たちは気圧されたように後退る。

 ――その時、

 天井から大きな音が聞こえ、気付いたら鉄格子でできた鳥籠みたいな檻に閉じ込められていた。

「な、なんだよコレッッ!!」

 ガシッと鉄格子を掴み揺らすが、ビクともしない。こんな立派な鉄の棒相手では、さすがの俺の拳だって役に立たない。……チェーンソーでもないと無理だ。

「おい変態! ここから出せ!」

 ガンガン鉄格子を蹴りながら叫ぶと、仮面男は驚いたように口をポカンと開けた。

 天使だと思っていたビショーネンがものすごい言葉を遣って(わめ)いているのだ。きっと現実を受け入れられずフリーズでもしたのだろう。ざまーみやがれ。

「……お兄さん、ちょっとそこどいてー。」

 背後から少し間延びしたイグザークの声が聞こえて、俺はそちらに顔を向けた。そして絶句する。

 ――イグザークの右手が、今度は立派な(のこぎり)になっていた。

 何なのこの子!!

 仮面男と同じように口をパカンと開けて硬直する俺を余所に、イグザークはギコギコと右手で――というか鋸で鉄格子を切り始める。

 八歳くらの子供が懸命に鋸を使っている姿は、まるでお父さんのお手伝いをしているかのようで、何だかとっても微笑ましい。……微笑ましい、のだが。

「わあ! ダメだよ! それ、特注品なんだから!」

 仮面男がハッと我に返ると、慌てたように近付いてきた。

 ……イグザークの右手よりも、この檻の心配かよ。

 やっぱり変態は頭の構造も他と違うらしい。

 何となく雰囲気で、殺されたり傷付けられたりすることはないだろうと判断した俺は、妙に冷静になり、周りを観察することにした。

 そういえば、あれほどしつこかった追っ手が一人も来ない。

 俺たち二人で全員倒したのだろうか。

 でも、このでかい屋敷に相応しい人数を薙ぎ倒してきたかと言われれば、首を傾げてしまう。十人は倒したけど、二十人は倒していない。……屋敷の規模に比べたらだいぶ少ないだろう。

 ――じゃあ何でだ?

 その答えはすぐにやって来た。

 そう、文字通り、やって来たのだ。

「イグザークッッ!!」

 ガラン、と見事に切られた鉄格子が、一本床に転がる。それと同時に男の切羽詰ったような叫び声が聞こえ、名前を呼ばれた彼は、それはそれは蕩けそうなほど嬉しそうな笑顔で振り返った。

「ししょーッッ!!」

 せっかく鉄格子一本切ったにも関わらず、イグザークはそこから出ず、そのまま後ろに駆けていく。鉄の棒にしがみ付き、いつのまにか元に戻っていた右手を一生懸命外に伸ばしている。

 俺の護衛をするはずだったイグザークの師匠とやらは、パッと見、薄汚れたオッサンだった。

 年は三十前半か半ばくらいだろうか、激しい運動の後みたいに乱れた黒髪に、(まば)らに生えた無精髭。目も髪と同じで真っ黒だった。

 前世の俺と同じような色だが、やっぱり人種が違うのか、ほのかに西洋人風というかファンタジー色が漂う容姿をしていた。

 服装は埃っぽい傭兵風で、でも腰には深紅の繊細な模様が描かれた、不似合いなほど美しい黄金の剣が輝いていた。その隣には、何故か中身のない(さや)だけがある。

「イグザーク、良かった……。」

 あからさまにホッとした顔で師匠さんは息を吐く。その息が少し乱れているのは、ここに来るまでの間に屋敷の人間を蹴散らしてきたからだろう。

「まったく。無事だったから良かったものの、勝手な行動するなっての。彼が怪我でもしたらどうすんだよ!」

 ――あれ? 俺の心配?

 てっきりイグザークの心配をするのかと思ったら俺の心配をされて、反対に俺がビビる。

 ――ああ、でも、こいつ、人間じゃないんだっけ。

 見た目は子供だけど、そう簡単に怪我をしないとわかっているんだろう。そんな信頼関係が、ちょっとカッコ良かった。

「でも! このお兄さん、ちょー強いんだよ!! 僕たちすっごくイイコンビだったんだよ、ねぇ!?」

 振り返り俺を見つめてくるイグザークに、俺は無言で頷く。

「強いって、何言ってんの。強かったら護衛必要じゃないでしょーに。」

 呆れたように言う師匠さんに、ホントだってばーッ、と頬を膨らませてイグザークが喚いた。

 ま、そりゃそうだよな。

 前世の記憶を思い出す前の俺は、病気がちで、引っ込み思案の、深窓のビショーネンだったんだから。

 たぶん、意識の奥底にある日本での生活との差異に戸惑ってどうしていいかわからなかったんだろう。思い出した今は、その差異を楽しめる余裕すらあるけど。

「無断で人の屋敷に侵入してきて、僕を無視するな!!」

 すっかり忘れていた仮面男が騒ぎ始めて、そういえば結構ヤバイようなヤバくないような状況だったな、と思い出す。

「――――イグザーク、」

 木琴のように柔らかく低い声で、師匠さんがイグザークを呼ぶ。彼が差し出した手を、鉄格子越しにイグザークが握る。

 その時、不思議なことが起きた。

 繋いだ手の先から溢れるように黄金の光が零れ、イグザークの体の輪郭が崩れていく。

 みるみるうちに小さく細くなったそこには、一振りの美しい黄金の剣が握られていた。

「―――――はッッ!?」

 目の前で起きた現実に、俺は目を疑った。

「びっくりした? これがイグザークの本当の姿だよ。」

 柔らかく笑う師匠さんと、その手にある剣を交互に見比べて、俺は目を何度も何度も(しばた)かせた。

 どうやら本当にイグザークは人間じゃなかったらしい。

 確かに、《師匠の剣となり、盾となる者》と言っていた気がする。自分のことを武器だと言い切ったのも、今では充分すぎるほど納得できる。

 つまり、彼は生きた武器なんだろう。

 自分の選んだ主のために、文字通り剣となり、盾となり、自らを変容させる。

「……ふぁんたじぃだ……。」

 ヤバイ。何か面白くなってきた。

 今までゲームの中でしかなかった世界が、現実として存在しているのだ。

 魔法の才能がないのが残念だけど、でも、前世と同じで類稀(たぐいまれ)な運動神経は健在のようだから、きっとこの世界でも上手くやっていけるような気がする。

 家も金持ちだし、――うん、ちょっと自分がビショーネンってのが余計だけど。

「僕と天使の仲を裂こうとしたって、無駄なんだからな! 彼は僕と出会うために生まれたんだから!!」

 …………俺が将来のことを真面目に考えてるそばで、仮面男が気色悪いことを捲くし立てている。

 だ・れ・が、天使だ。誰がおまえのために生まれただ。

 イラッとして、俺はイグザークが開けた穴から檻を出る。眉間に深い皺を刻んだままズンズンと仮面男に向かって歩いていく。

「あぁ、僕の天使!! ようやく僕の腕の中に――、」

「俺は天使じゃねぇッ!! んでもって、俺は、俺のために、ここに生まれてきたんだッッ!!」

 腕を広げてきた変態仮面男の前で腰を落とし、思い切り腕を下から上へ突き上げる。

「――――――ッッ!!」

 声にならない悲鳴を上げて、仮面男は後ろに吹っ飛んだ。

 俺様の、本日二度目のアッパーは華麗に変態の顎に決まった。


 *****


 そして俺は今、イグザークの師匠さんこと、ゼクティオードさんの背中におんぶされている。

 何故かって?

 つい昨日まで深窓のお坊ちゃまだった俺の華奢な体が、今日の大暴れで限界を迎えたからだ。

 意外と弱かったラスボスを倒してホッとしたのか、その直後、俺はその場にへたり込んで動けなくなってしまった。

 そもそも病弱だったから、走ることも、人を殴ったり蹴ったりすることだってしたことなかったのにあんだけ暴れたんだ。筋肉プルプルだよ。限界だよ。体ちょー痛いよ。死んじゃうよ。

 ――てなわけで、ゼクティオードさんの広くて温かい背中に背負われて、俺はことのあらましを説明した。

 前世だ云々を本気で信じてくれたかはわからないけど、信じないと俺のこの変貌の説明がつかないようで、困った唸り声を上げながら頷いてくれた。

 俺にしてみれば、俺の前世話よりも、人間に化ける剣を持ってる方がびっくりなんだけどな。

 あ、イグザークはまだ剣のままだ。

 鞘だけあった場所に綺麗に収まって大人しくしている。そこが彼の家らしい。

 納得というかなんというか……まぁ、いい加減俺もファンタジーの世界に慣れてきた。

 郷に入っては郷に従えって言うだろ?

 幸いなことに、俺は今十歳だ。

 夢や希望を大きく膨らませることができる年齢だ。

 頑張って修行を積めば魔法も使えるようになるかもしれないし!

「よし、やってやろうじゃねぇの!!」

 俺の気合に、何故かゼクティオードさんは深い溜め息をついた。

「……頼むからその容姿でその言葉遣いは止めて……。」

 小さく零れた言葉はまるっと無視をすることに決めた。

 こうしてゼクティオードさんに背負われて家に帰った俺は、改めて見た親父殿が目ん玉飛び出るほど美形だったのに驚き、俺のがさつな言動にあっちも驚き、事情を説明して納得させるのに随分時間がかかって危うく家庭崩壊の危機になりかけたのは、――また別の話だ。



 そんなこんなで、俺の非日常的な長い一日は終わった。

 そして、――――始まった。


《…Fin.》


 勢いのままに、私にしてはかなりの短期間で書き上げました。

 初の異世界転生ものだったり……。

 

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