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77:魔女が召喚す魔王降臨の術


 そして夜の9時を迎えた。獅子座が東の空より昇り始めている頃だ。
 纏依(まとい)、あやめ、ユリアンの三人は纏依の部屋のリビングに集結している。
 横一メートルに縦八十センチほどの紙に纏依が下書きした獅子座の形式で星が位置する場所にそれぞれ白い蝋燭を、火が点いている余分の蝋燭から蝋を滴らせて溶着していく。
 そしてα星になる獅子の心臓部に他の蝋燭とは一回り大きい赤の蝋燭を溶着した。
挿絵(By みてみん)
 これで後は全ての蝋燭に火を点けて十二宮の最初から獅子座までの五つのキーワードを口答した後に、最終呪文を唱えながらシンボルマークの書かれた紙を赤い蝋燭で燃やせば完了。
 纏依は五センチ角の紙にシンプルな獅子座のシンボルマークをボールペンで書いてユリアンに見せた。
「こんな感じでどうだ」
 すると申し訳なさそうにユリアンが顔を上げる。
「すまない。言い忘れていたがそのマークは君の血で書かなくてはならないんだ」
「は!? 俺の血――!?」
 咄嗟の事に纏依の表情は愕然とする。そんな彼女に同感する様にあやめも声を発する。
「そういう大事な事、もっと早めに言わなきゃダメだよユーリ。でもどうして血で書くと分かったの?」
 訊ねられてユリアンは広げていた両手を合わせて指を組み合わせると、両方の人差し指を重ねたまま突き出して顎先に当てながら答えた。
「夢で視た映像では赤い蝋燭で燃やしていたシンボルマークが赤色だった。それで直感から召喚者の血だと判断したんだ。君も同じ夢を視たから覚えている筈だろう?」
 彼の言葉にあやめはハタと思い出した表情を浮かべた。
「あ。アレ、血だったんだ。気付かなかった……」
「お前ら……」
 二人のカップルのやり取りに纏依は呆れ果てながら片手で顔を覆う。
「でもでもっ、血って! どうやって!? 怪我させるのは痛いだろうから、んーとぉ……そうだ! 鼻血なんてどうですか?」
 慌てふためきながらあやめは少し考えると、閃いたと言わんばかりに手を叩いてから笑顔で人差し指を立てて見せる。それに眉宇を寄せる纏依。
「お前鼻血ったってそう簡単にはだなぁ」
 それに迷わずあやめは平然とした顔で言ってのけた。
「私とユーリのエッチィところ見せたら鼻血噴きます?」
「一体どこの純情ボーイだ俺は! つかそれ以前に女だし、そんなもん見たくもねぇわ!」
 顰めた表情で喚き返す纏依に、あやめは不思議そうな顔で困惑する。
「えー、そうですかぁ~? う~ん……じゃ~あ~……あ! 先輩、今生理中とかじゃ――」
 スパンッ!!
 賺さず纏依は憤怒の形相であやめの後頭部をはたく。
 確かに今のはいくら女同士とはいえ、ユリアンがいるこの場で構う事無くそれを言ったあやめが悪い。ユリアンも困った表情で苦笑いを浮かべるしかない。
 すると纏依は素早く向きを変え足早に作業場にしている部屋へ入って行ったかと思うと、カッターナイフを手に戻ってきた。
 それを確認するやこの後の出来事を予測にして青褪めるあやめ。両手を突き出して左右に振りながら慌てふためく。
「ややややや! ヤダやめてくださいよそんなの纏依先輩!!」
「構わん平気だ」
 抑揚のない口調で平然と言ってのける纏依に対し、尚もあやめは自分の気持ちを必死に訴える。
「纏依先輩が平気でも私が無理なんですってば! そういう痛いの見たりするのって!」
「だったら見なければ良かろう」
 そう冷静にあしらいながらカッターの刃を押し出す纏依の様子を窺いながら、ボソリと一言小さく呟くユリアン。
「時々口調がレグに似てきたような」
 そうこうしている内に纏依はカッターの刃を人差し指にキュッと押し付けた。
「はわわわわわわ……」
 途端にあやめが間抜けな発声と共に腰を抜かしてその場にへたり込む。纏依の人差し指の腹からはジワリと赤い鮮血が滲み出てきた。改めて余分に用意していた五センチ角の用紙を取り上げるとその傷口を擦り付けた。
「よし。さぁユリっち、これでいいだろう?」
 そこには纏依の血で描かれた“♌”なる獅子座のシンボルマークが示されていた。それを認めるとユリアンは微笑の表情で首肯する。
「ああ結構だよ。では蝋燭に火を点けていこう。さぁあやめも手伝ってくれ」
 ユリアンは腰を抜かしているあやめの手を取って立ち上がらせると、三人で手分けして計十六本の蝋燭にそれぞれライターで火を点け始めた。
 そして最後の赤い蝋燭に纏依自身が火を点ける前にユリアンが部屋の電気を消す。纏依は二人の顔を交互に見ながら確認する。
「じゃあ始めるぞ」
「五つのキーワードと魔王降臨最終呪文は覚えているね?」
「ああ、しっかりと」
「頑張って下さいね纏依先輩!」
 暗い室内の中蝋燭の明かりだけが三人の顔を浮かび上がらせている。
 あやめからのエールに無言のまま首肯すると纏依は、ゆっくりとした手つきでα星に位置する赤い蝋燭に火を点けた。そしてその火を真っ直ぐに見据えながらそっと口を開く。
白羊宮(アリエス)――我あり、金牛宮(タウルス)――我は待つ、双児宮(ゲミニ)――我思う、巨蟹宮(カンケル)――我は感じる、獅子宮(レオ)――我は決意する……」
 ここまで唱えると手にしていた血で描いた“♌”のシンボルマークの紙を赤い蝋燭の火にかざす。ゆっくりと紙の端から燃え始めた時、纏依は最終呪文を力強い口調で唱えた。
「五つの言葉の鍵にて導かん、今こそその門を解き放ち来たれレギュラス!」
 シンボルマークの紙は瞬く間に燃え尽きて灰となる。
 三人は息を呑んで静まり返る室内を見回す。暫くすると、全ての蝋燭の火がまるで水をかけられたようにして突然ふと消えた。一瞬で室内が暗闇に包まれる。その中で半ば怯えたあやめの息遣いが響く。
「……電気を点けるよ」
「あ、ああ」
 ユリアンの言葉に戸惑いながらも纏依は返事する。
 電気が点いて室内が明るくなる。同時に纏依は大急ぎで部屋中を確認して回る。しかし、どこにもレグルスの姿は見えなかった。
「どこだ……どこだよ……っ、一体どこにいるんだレグルス!!」
 その後を追ってきたユリアンが纏依の腕を取る。
「落ち着くんだミス在里(ありざと)。私達は予知夢通りに行った。失敗はない筈だ」
「じゃあどうしてレグルスは戻ってこないんだ!?」
「よく考えると必ずしもこの場所に姿を現すとは限らないのかも知れない。現に君は病院で姿を消したにも関わらず、この部屋に姿を現した。それと同じく、レグもここではない別の場所なのかも知れない」
「でも! テレパシーすら聞こえないのはどういうわけだよ!?」
「何らかの原因で能力を発揮出来ないと予測出来る。もう一日様子を見ようじゃないか」
 何とかユリアンは纏依を落ち着かせるべく優しく諭す。俯き加減の纏依の腕からユリアンはそっと手を離す。そんな落ち込み気味の纏依の手を今度はあやめが取った。
「纏依先輩、外に出て獅子座を一緒に見てみましょうよ!」
「……そうだな……」
 纏依は溜息混じりであやめの誘いを承諾する。
 こうして三人はマンションの屋上に出ると、東の空にある獅子座を見上げる。特別な変化もなく獅子座の星々は夜空に瞬いていた。
「レグルス……」
 纏依は小さな声で呟いた。



 翌日の夕暮れ、毎度お馴染み国立図書館で副館長は今日も館長室の椅子に鎮座するべくルンルン気分でドアを開けて、飛び上がった。
「ひぃっ!!」
 そこのソファーには見覚えのある漆黒の大男が横になり眠っていたからだ。
「かかかかかかっ、館長! いっ、一体いつの間にお戻りになられて……!!」
 その騒々しい叫声に気付きふと目を覚ます漆黒の大男。
 そして暫くここがどこなのか思考を巡らせながらゆっくりと上半身を起こして、ドアの前で腰を抜かしている顔面蒼白の副館長を見つけた。相変わらずの抑揚のない無愛想な低い声が発せられる。
「……よもや真っ先に目にした人物が汝であるとは。一体そこで何をしておられるのですかな?」
「あ、あわわわ、あの、その、閉館の見回りで……っ! お、お帰りなさいませスレイグ館長!!」
「ふむ。然様か。構わぬ。後は(それがし)に任せて汝はお帰りになられよ」
 憮然とした口調に変わるレグルスの冷ややかな言葉に、副館長は後退りながら返事した。
「は、はいぃぃっ!!」
 そうして副館長は床を這うようにしてその場から大慌てで立ち去って行った。
 そんな副館長には目もくれずレグルスは暫く黙考する。今まで意識を失っていたせいで記憶がないのだ。
 覚えているのは一次元世界から強制排除されたのが最後だ。自分がいつどうやってここに戻ってきたのかさえも思い出せない。
 レグルスは嘆息を吐きながら軽く頭を振ると、気分を切り替えるべくひとまずソファーから立ち上がる。すると重力を全身に感じて体が鉛のように重い事に気付いた。
 一体今までどれだけの間この現次元にいなかったのかと考えながら窓辺に辿り着くと、気だるそうに窓枠に手を突いた。そしてぼんやりとしながら窓の外に広がる庭園を眺めるが、外はもう薄暗く街灯が点いている。その中でも庭園を彩る桜が映えていた。
 桜を確認するやレグルスは更に混乱した。季節は春を迎えていたのだ。いよいよもって自分が長期間この世界にいなかった事を思い知らされる。
 そういえば副館長が閉館の見回りがどうのと言っていたのを思い出す。壁時計に目をやると十九時を回っていた。
 似たような事が過去にもあった気がする感覚に捉われながらふと街灯の下にあるベンチを見下ろすと、見覚えのある人影が横たわっている事に気付く。
 瞬間、レグルスは弾かれる様にして今自分が真っ先に何をすべきかを思い出した。同時に心の中で唱える愛する女の名前。
 “纏依――!”
 しかし返事がないところから街灯の下のベンチに横たわっている彼女の様子を察するに眠っているのだと結論付けるやレグルスは、激しい虚脱感も忘れ素早く踵を返すと館長室を後にして足早に庭園へと向かった。


 
 
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